第四章砂漠の街

 

 湖水に浮かぶ屋根付きの優美な小船に三人だけで乗っていたが、

周囲は今日一番の話題の三人を密かに窺っているのが分かる。
     
 ラカンは船べりで、だらしなく寝そべり、楽しそうに話しているように見せながらも内容は深刻だった。
「おい、ラシード。お前リラと別れて無かったんだな!あんなんじゃ支障をきたすぞ。

しかしお前、今回はまずかったなぁ〜リラは今までの女達と違うと思うよ。

自尊心が強いから今までのように“冷たすぎて、ついていけないわ
”とかで勝手に去って行ってくれないぞ!

今回ばかりは勝手にさせとかないではっきりしとけよ!」
 ラシードは酒の杯を傾けながら、楽しそうな振りして答える。
「ああ、分かっている」
 アーシアは船べりで、水面に手をつけて流れを楽しんでいる振りをしながら、

ふたりの話に耳を傾けてはいたものの、話に入れないでいた。
(ラシードは本当にもう彼女と別れるのかしら?私には関係ないけど・・・

本当にどうしようにも無い人だわ。呆れちゃう)
 アーシアはふと浮かんだ言葉を呟いた。
「リラには悪いことしちゃったわ・・・」
 ラカンはそれを訊きとめると、からかい半分に声をひそめて喋ってきた。         
「そうそう、アーシアとっても可愛らしくって良かったよ。嫉妬する感じが良かったねぇ〜俺らもう首ったけだよ〜」
 ラシードも調子を合わせるとラカンとは逆に周りに聞えるように言った。
「アーシア、私は君だけを思っている。だから嫌わないで欲しい・・・・」
「うわ〜さらっと告白してんじゃないよ!アーシアこんな奴は無視しちゃいな!」
 アーシアは、心にもないラシードの言葉にドキリとしたが、この二人に負ける訳にはいけない。

水面で遊ばせていた手で湖水をすくって二人の顔へ、ぴちゃっと、飛ばすと

誰もが魅了される花のような微笑みを浮かべ楽しそうに笑いだした。
「どうしようかしら?私はまだ許していないわ」
「ご機嫌を直してくれないかな?お詫びに何か贈らせてもらおう。何がいい?」
 アーシアはちらっとラシードを見て興味なさそうに軽くあしらった。
「いらないわ。ラカンから色々頂いたもの」
「ラカン!お前が悪い。あんなに沢山贈るから私の出番がないじゃないか!」
「へえ〜そんなこと言うかよ、先にこっそりと宝珠飾り贈ったのは、お前じゃないか」
 言い争う二人にアーシアはまた、ぴちゃっと、水をかけると、にっこり笑んだ。
「喧嘩したら駄目よ、二人ともありがとう。それよりも私、喉が渇いたわ」
 二人は慌てて、同時に飲み物をだす。     
 アーシアを挟んでの顛末(てんまつ)が、またまた噂に拍車をかけていくようだった。
 夕刻、宴はおひらきとなり皆、帰途につきはじめた。

 アーシは今日一日でとても疲れたが、以外と楽しかった。ラカンは普段と変わることはないが、

いつも近くにいるだけで緊張してしまうラシードの雰囲気がやわらかくて居心地がよかったのだ。

その余韻は残っていて城の敷地を抜ける間も、周りに人はいなかったが三人は他愛無い話を続けていた。
「今日はなかなの出来だったじゃん」
「くすっ、ラカンもラシードも放蕩息子らしかったわよ。あっ、でもラカンはいつもと変わらなかったけどね」
「ええ〜そりゃないだろ?いつもはもっと真面目じゃん!」                  
「お前は本当に特な性格だな。表も裏も同じでいいのだから」
「あら?ラシードもそうしたらいいじゃないの?普段でもにこにこ笑っていたら?」
「君の望みでもそれだけは勘弁して欲しい。こいつみたいな楽観的な性格じゃないから」
「なんだよ、それ!だいたい―――しっ!」
 ラカンは近くに誰かの気配を感じ言葉を途切らした。

 建物の影から現れたのはリラだった。その艶やかな美貌は怒りをあらわにしていた。
       
「ラシード、話があるのだけど」
「じゃ、ラシード俺ら先に行っているよ」
 ラカンはラシードに視線をおくると、アーシアを連れて去ろうとした。    
「いや、すぐ終わるから待っていてくれ」
 ラシードの雰囲気は一変して、凍てついた夜のようだ。

 離れて待つ二人に気にする事なく、リラは話しだした。
「こないだからどういうつもり?」
「どういうつもりかと訊かれても、別に何かを約束したわけでもなったと思うが?」
 驚愕するリラを無視して、ラシードは酷薄に続けた。
「一、二度関係をもったからと言って恋人きどりは迷惑だ」
 リラは蒼白になり言葉もなく立ちつくした。

 話は終わったとばかりにラシードはリラに
一瞥(いちべつ)もなく、横を通りすぎ離れて待つ二人のもとへ歩きだしたのだ。

 リラの顔は蒼白から怒気で紅潮し、振り向いてラシードの名を呼んだが、彼は振りかえることは無かった。
走り去るリラを見ながらラカンは、非難の色を滲ませて言った。     
「ラシードお前、もっと違う言い方があるだろうが」
「はっきりさせろと言ったのはお前だろう?だからはっきり気持ちを言ったまでだ」
「はあ〜これだから・・・・はっきりしすぎだ!別れ話はもっと穏やかにしろよな」
「別れ話もなにも恋人になった覚えも無いと言っただろう?」
 アーシアはラシードが女性にはいつも冷たいとは思っていたが、訊いているこちらが震えるくらい

酷薄で冷淡な声で話すのを
()の当たりにして驚いていた。ラカンに言わせるといつものことらしいのだが・・・・・
彼の心にかかる何か暗い影を見たような気がした。しかし、アーシアは許せなかった。  
「ラシードあなたは悲しい人ね。リラは真剣にあなたのこと愛していたと思うわ。

それなのに自分は
(もてあそ)んだだけなんて酷過ぎる。最低だわ!」
 叱責(しっせき)するアーシアの言葉を聞き、ラシードは彼には珍しく、感情をあらわにした。

彼女の言葉が自分の薄れつつあったの愛に関するわだかまりを彷彿させたのだ。
「何が分かる?所詮、愛などまやかしだ。リラにしてもそうだ、自分の飾り程度にしか思ってもいないだろう。

都合よく私が当てはまっただけだ!条件が合わなければ去っていくだけだ!誰だってそうだ気持ちは変わる。

変わらない思いなどこの世にありはしない。宝珠でもそうだ!皆、一緒だ!」
 宝珠を卑下されてアーシアは怒った。
「私達は違うわ!無二の誓いをたてたら一生涯、その気持ちは絶対に変わらないわ!」
 ラシードは酷薄な笑みを(たた)えた。それは見る者の胸を締め付けられるような・・冷たく悲しい微笑みだった。
「宝珠の誓いか・・・なぜ私が宝珠を嫌いなのか教えてやろうか?」
 ラカンはラシードを静止するように腕をつかんだが、彼は振りほどくと更に冷淡に薄く微笑んで言った。
「私の母は・・父の宝珠だったんだよ。それなのに誰か知らないが父以外の男との間に私が産まれた・・・不義の子だ。

無二の誓い?
ハッ、馬鹿らしい!契約した宝珠でも龍を裏切るのだ。絶対なんてありえない」
 アーシアはラシードの心の闇を垣間見た。だが、彼の暗く沈む真紅の瞳を見返しながら言った。
「お母様はとても辛かったでしょうね。私達は契約した龍を絶対に裏切ることは無いのよ。

もしそうなれば命を削ってしまうのだから。そんなのは力の発動の場合だけと思っている龍は多いと思うけど違うの。

心の問題なのだから龍の意思に反する事は全てにおいて出来ないわ。私が龍を嫌うのもそこにあるの・・・

龍の言うことは絶対。自分の意思は関係なく、龍に逆らうことなど出来ないのだから・・・・


もしお母様が間違えを犯したとしたら・・・それは死を意味する。そうなれば、あなたが産まれることもない筈。

お母様は契約の龍でもあったお父様の意思でそうされたのね・・・・」
 そのような考え方など思ってもみなかったラシードは瞳を剥いた。

そして、その場に膝を崩して地面を拳で叩きつけると、血を吐くように叫んだ。
「馬鹿な!そんな事があるものか!」
 アーシアは初めて見たラシードの(もろ)い心に驚いて戸惑いを覚えたが、

自分より小さく震えるラシードを優しく抱きしめて囁いた。
「私は宝珠だから分かる・・・龍との誓いを破ることなどありえないのだから夫婦なら尚更・・不義なんて考えられない。

何か特別な事情があったとしか考えられないわ」
 アーシアの腕の中で、ラシードは乾いた声で笑いだした。                          
「じゃあ、父を裏切ったのも、幼い私を殺そうとしたのも・・・・全て〈龍〉である父の意思だったと言うのか?答えろ!宝珠(・・)!」
 アーシアは胸に痛みが走り、抱きしめていた腕をおろした。

ラシードの悲痛な言葉と、以前のように名前でなくて
宝珠 と呼ばれた事が辛かった。

彼の深い悲しみが辛かった―――
                 
いつの間にかアーシアの瞳には涙があふれだした。

 地面に手をつくラシードの手の甲に雫が落ちた。ラシードは、はっと、顔を上げてアーシアを見た。
大きな淡緑の瞳は(まばた)きすることなく、涙は残照に光りながら止めどなく流れていた。

 アーシアは少
し微笑んで立ち上がり、涙をぬぐうことなく答えた。
「答えは、お父様が知っていらっしゃるわ」
 涙は止まらない―――
「信じて・・・宝珠は、決して裏切ることが無いことを・・・・・」
 ラシードはゆらりと立ち上がり、真っ直ぐに自分を見る彼女を見つめ返すと、強く胸に引き寄せ抱いた。

アーシアの熱い涙は、ラシードの胸肌をつたい流れた。その涙は彼の凍てついた心を溶かすように、

少しずつ
()みこんでいくようだった。どれくらいそうしていたのだろうか?

長いようで短い間、黙ってラシードはアーシアを抱きしめていた。
     
 二人をしばらく見守っていたラカンは、ふと微笑んでラシードの肩を叩く。
「ラシード、そんなに強く抱いたらアーシアが壊れてしまうよ。さあ、もう帰ろう」
「ああ・・・・すまない、アーシア」
 ラシードは名残惜しそうに、アーシアから腕をほどくと、穏やかな笑みを(かす)かに浮かべ、彼女を見つめた。

 アーシアも真っ直ぐラシードを見つめ返す。
 ラカンは二人の間に割り込んで双方の背中を押すと、にかっ、と笑って勢い良く言った。
「さあ!帰ろう!」
 アーシア達はその後、何回か宴に出席しては話題をさらい、

例の特別な〈宝珠の宴〉に難なく招待されるようになっていた。宴まであと数日――――







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