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第一章
出逢い5![]()
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カサルアとイザヤがアーシアの部屋に向かった頃、
目覚めを知らせに来たレンはその場に残り、ラシードとラカンと共に二人が戻るのを待っていた。
中でも興味津々のラカンは煩 いイザヤが出て行くと、待っていましたとばかりに彼らに話かけてきた。
「で、どうだった?結界とか、封印とかさ!」
「別に問題はない」
「おいおい、ラシード一言でおわりかよ。ああ〜もうっ!使えない奴。レン?」
「はい、結界は介入した事さえ気付かない状態だったと思いますよ。
たぶんあの場に魔龍が赴かない限り封印も解除されているとは分らないでしょう」
「すごいな!で、肝心の〈伝説の宝珠〉は?さっきはバタバタと部屋へ連れて行かれたから、
ちらっとしか見えなかったけど・・・・な〜んか思っていたのと違ったなぁ〜なんか小さくない?
俺もっと艶っぽい感じかと思ってたぁ」
「失礼ですよ!氷結に眠る彼女は可憐で清らかでとても美しかった。触れるのさえはばかるように神々しく
輝いていました。私は感動しました。ねえ、ラシードあなたもそう思いましたでしょう?」
「・・・・・・・」
レンから同意を求められたラシードはすぐに答えなかった。
(跳ねっかえりの間違いじゃないのか?)
彼女が自分を蹴ったり、叩いたりしていた姿が浮かんできた。
ラシードの口調はいつもと変わりないが少し苦笑を滲ませながら言った。
「・・・・まあ。それと負けん気が強そうで、確かに小さかった」
その答えに呆れたレンは、ラカンにどれだけ素晴らしかったのか詳しく言って聞かせた。
「まあ〜いずれにしても近々会えるから楽しみだな!それにしてもイザヤだけさっさと付いていってさ!」
「宝珠をこちらの陣営に取り込むように話をするのだからイザヤが適任だろ?
相手に 否 と言わせない話し方をするのだから・・・」
皮肉を含ませてラシードは言った。
「まあね。だけど俺はカサルアを見たら絶対堕ちると思うな。龍の俺たちさえクラッとくるぐらいなんだからさ!
他の宝珠達なんかもカサルアを見る目違うもんな。だけど・・・ちょっと待てよ!
それならカサルアのもんになるかもじゃん!うわ〜勝ち目ねぇ」
ラシードとレンはしきりに自問自答するラカンに呆れながら顔を見合わせた。
〈宝珠〉達の人気は何もカサルアだけじゃない。ラカンも十分注目されている。
本人の自覚が無いだけのようだが〈力〉の強い龍は取り分け宝珠の気をそそるものだ。
『水の龍』であるラカンもラシードに次ぐ〈力〉の持ち主なのだから当然の事だった。
翌日、主だった者達が中央の大広間に集められた。ラシード、ラカン、レンを含む龍や宝珠達だ。
広間はざわめきに溢 れていたが扉からイザヤが入ってくると皆一斉に静まり返り注目した。
彼は周りを見回すと低く通る声で話し出した。
「皆も知っての通り昨日〈氷結の宝珠〉の奪取に成功した」
当然知っている事だったが、一同ざわめいた。イザヤは皆を手で制して続けた。
「その宝珠は我々の新しい仲間となった――紹介しよう、伝説の宝珠を」
一同、再びざわめきながらイザヤが開く扉に注目した。
カサルアに伴われて入ってきたアーシアは、胸高に飾り紐で結んだ白地の縁に銀の刺繍を施した
清楚で優雅な衣を纏い、美しい貌を引立たせるように〈宝珠飾り〉の貴石が額と耳朶 に
光の雫のように煌き、サラサラと揺れていた。その貴石で創られたかのように輝く淡い金の髪。
微笑む瞳は春を思う、優しい緑。
〈宝珠〉は美しいものが多い。彼女に匹敵する容姿のものもいるだろう。
しかし、アーシアの内側から溢れる〈珠力〉の揺らめきは本人を貴石のように更に美しく輝かせるのだ。
その場に現れたカサルアとアーシアは、お互いに輝きながらまるで一対の絵画のように感動的だった。
大広間に集まった者達は口々に、感嘆の声をあげた。
(恥ずかしい!にいさま恨むわ!こんな豪華な衣と宝珠飾りなんか付けさせて!)
にっこり微笑むアーシアは、心の中で恨み言を言っていた。カサルアは以前から用意していたのだろう。
色々と部屋に持ち込んでアーシアを飾りたてたのだ。
白が似合うからと言って選び、一番輝くからと鉱物の貴石の中では一番貴重なものを
ふんだんに使った〈宝珠飾り〉を選んだ。宝珠飾りとは宝珠の装飾というよりも実用目的の為、
額と耳朶に付けられる。龍は貴石の力で自己の力を増幅する事も出来る。
もちろん宝珠はその最たる貴石のような存在なのだ。だから更に宝珠の力を高める為にその貴石の飾りを付けさせる。
もともと自分の容姿に無頓着なアーシアは気楽なものを好むが、カサルアはその逆で容姿をより引立たせるものを好む。
アーシアも兄が自分のだけそうするのは一向に構わないのだが自分のだけで無く、
いつも彼女のものを選ぶのを楽しみにしているのだ。
今回もいつもの兄の選択にアーシアは異を唱えたが、負けてしまった。
そんな気持ちをよそに皆の反応に満足したカサルアが、機嫌良く紹介し始めた。
「さあ、アーシア。ここの宝珠達を紹介しよう」
皆〈伝説の宝珠〉との対面は興味を覚えていたが、さすがに緊張していた。
しかしアーシアの気取らない性格が幸いして、友好的に受け入れられていたようだった。
次に龍達だがこちらは少々興奮気味の様子で、自ら次々と膝を折り最礼しては名乗りを上げていた。
アーシアは何時もの事だが、龍達のまるで女神を崇めるかの態度に少しうんざりしながら受け答えをしていた。
少し途切れた時、ふと広間の後方に強い〈龍力〉を数名感じて視線を向けた。
(あっ、一人は昨日治癒してくれた人?もう一人は知らない人だけど、えっ!手振ってる?振り返したらいいかしら?)
手をあげかけて、ぎくりと止めた。その後ろにもう一人いたのだ。
(昨日の真紅の瞳の龍!)
ラシードは龍達の浮き足だった様子に冷めた目を向けていた。口々に賞賛する彼らが馬鹿らしくて仕方が無かった。
〈宝珠〉の何がそんなに良いものなのか理解できなかったのだ。貴石と同じで戦力にはなるのは確かだが
同じ物ならかえって心がある宝珠の方が面倒なだけだと思っていた。渦中のアーシアに目線を投げてみた。
丁度、様子を伺っていた彼女と瞳があった。
(あっ!)
アーシアは驚いた!怜悧な真紅の冷たい目線に思わず瞳を逸らしてしまった。なんだか落ち着かなかった。
(びっくりした!あのひとなんだか苦手・・・昨日の事、怒っているの?
助けてくれていたのに散々叩いたし・・・うわ〜恥ずかしい)
アーシアがドキドキしながら思い悩んでいると、その中の一人が他の皆が退出するのを見計らって進み出てきた。
それから最初、大げさに最礼したかと思うと快活に話し出した。
「やあ、アーシア!会えるのを楽しみにしていたよ。俺はラカン・ネイダ、宜しく!ほ〜んと可愛いねぇ〜
なんか分んない事があったら何でも聞いてくれよ!」
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします!」
アーシアは彼の明るく大きな声に思わず笑みがこぼれた。
ラカンは待ちに待った〈伝説の宝珠〉との対面で上機嫌のようだ。それに期待のアーシアには花丸合格点を出したようだ。
次にレンが優雅に最礼をとり優しく言った。
「体調は如何ですか?私はレン・リアターナと申します。昨日は名も名乗らずに失礼しました。
これから宜しくお願いします」
「こちらこそ助けて頂いたお礼もしてなくて、本当にありがとうございました」
二人はお互いに微笑みあった。そのときラシードが口を開いた。
「ラシード・ザーンだ」
アーシアは低く深みのある冷たい声に、はっとして目線を彼に移した。ラシードを間近で見た。
凍 てつく氷のような整った貌 に、冷めた真紅の瞳。短い黒髪は後ろに撫でつけて、
長身の体躯 は黒地に銀の刺繍を入れた衣 を隙無く典雅に着こなし悠然と立っている。
アーシアは何故か胸がきゅっとなり、やっぱり落ち着かない気分になった。
(やっぱり怒ってる?)
「あの、昨日は、ご、ごめんなさい!」
アーシアは弾かれたように頭を下げ、宝珠飾りがシャリンと高く音がした。
ラカンはすぐ反応すると面白そうに聞き返してきた。
「何?何?どういう事?」
アーシアはラカンの言葉は聞いていない。
「昨日は助けてもらったのに勘違いして、叩いたり蹴ったりしてしまって、
本当にごめんなさい!ごめんなさい!」
「ええ!叩いたぁ〜どういう事?ラシード!」
ラシードはつまらなさそうに瞳を閉じて、口を開かない。
ラカンはへぇ〜と一言漏らし、にやにやして言った。
「へぇやるねぇ〜このすかした紅のラシード≠ノ、直接拳を叩き込む奴なんてそうそういないよ〜」
「きゃあ―ごめんなさい!本当にごめんなさい!失礼しました!」
シャリン、シャリンと飾りの音が鳴る。どうしたの?とカサルアにも訊かれ、アーシアはいたたまれなくなってきた。
「彼が・・・ゼ、ゼノアかと思って・・・・・」
レンが彼女の言葉を遮った。
「封印から解放されたばかりで意識が混乱していたようでしたから仕方ありませんよ」
「な〜るほどね。ラシードは頑丈だから平気、平気!だいたい、お前が悪い!
そんな怖い顔してっからアーシアが気にすんだろう!おいっ、てば!」
ラカンは涼しい顔で立つラシードを思いっきり突いた。そして笑いながら言った。
「こいつはいつも、こんな顔しているだけだから気にしなくていいよ」
再度ラシードを突く。ラシードは軽く溜息をつくと薄く瞳を開けて一言言った。
「気にしていない」
「そ、そうですか。それに助けて下さって、本当にありがとうございました」
「礼も必要無い。指令されたから遂行したまでだ」
あくまでも突き放したかのようなラシードの冷たい口調に、アーシアは反抗心がムクムクと湧き上がってきた。
(何!この傲慢な態度!だから嫌いよ!力ある龍は!)
カサルアは不味いと思い会話に入ってきた。(大人しくね、アーシア)と彼女に目で語って説明する。
「ゼノアは〈火の龍〉だから同種の〈力〉で解封する必要があってね。ラシードはこの中で一番強い火の龍なんだよ」
アーシアも一度点いた炎は消せない。
(だからなんだって言うのよ!)
ラシードに向かって、瞳を見張るような優雅な物腰で深々と礼をとり、
すいっと上げた瞳には挑戦的な光を放ち微笑んだ。
「それでも、お礼だけは申し上げますわ。ご迷惑をおかけいたしました。失礼!」
角のある大人びた物言いで言い放つと、くるりと踵を返してさっさと退出して行った。
やれやれとカサルアが後を追う。
イザヤも、相変わらず涼しい顔をして立つラシードに視線を流して、それに続いた。
面食らったラカンは声を出して笑い出した。
「ああ〜おかしい!ラシードにあんな態度とる女の子初めて見た!あの瞳見たか?
天敵を見るようだったよ!ははは、いやぁ〜気に入った!」
「ラシード、どうかと思いますよ。その態度は」
いつも穏やかなレンが珍しく厳しい口調で咎めた。ラカンもそうそうと頷きながらラシードを指差して言った。
「いやぁ〜ラシードの宝珠嫌いは今に始まった事じゃないけどさ、今日は特別感じ悪〜い態度だし。
何が気に入らなかったんだよ?
いい子だったじゃん。可愛いし。ちょっとは優しくしてやんなよ。まあ、優しく なんかお前、
絶対無理だもんな」
ラシードは答えない。先程のアーシアの淡い緑の瞳を思い浮かべていた。
他の宝珠にしても女達にしても、いつも自分の瞳を見て話す事がないのだ。
見つめれば、すぐうつむいてしまう。彼女は真っ直ぐに見返してきた・・・思わずその瞳に思わず魅入ってしまった・・・・
それがどうしたと思い、ふと浮かんだ感情を締め出すと興味も失せた様子で扉に向かって歩きだした。
「おい、ラシード待てよ!話の途中だろうが、逃げんなよ!」
一方、腹を立てて出て行ったアーシアはカサルアの静止も聞かず、自室へ足音も高く戻ると
カサルアの鼻先でぴしゃりと扉を閉めた。
「疲れたの!ひとりにして頂戴!」
諦めたカサルアは溜息をつくと、追ってきたイザヤに肩をすくめて言った。
「締め出されてしまった。確かにラシードはアーシアの嫌いな典型だけど・・・いつもだと逆に無視をして
あんな態度取らないんだが・・・よっぽど相性が悪いのだろうな」
「そうですか・・・・」
受け答えながらイザヤは思った。ラシードはカサルアに次ぐ〈力〉を有する。
もし彼がアーシアを手に入れてしまったら?と、不安がよぎった。
(ここは、用心するべきだな・・・) イザヤは心の中で呟いた。
部屋に飛び込んだアーシアは、カサルア達が遠ざかる気配を確認してから衣装を手荒く脱いだ。
それから寝台に身体を投げ出すと、怒りをぶつけながら叫んだ。
「もう!頭にきた!ちゃんと謝って、お礼も言っているのに、指令だったから仕方なくやったみたいな言い方して!
あんな言い方しなくてもいいのに!ただ頷くだけでいいじゃないの!冷血漢!大嫌い!大嫌い!」
些細なことなのに、なんだか気に障って仕方が無かった。
先程のラシードの姿が瞳に浮かんで腹が立つのだ。
彼の見た瞳の色とは反対の・・・まるで凍てついた冬を思わせるような『真紅の瞳』を思いだした。
最初、あの真紅の瞳が〈力〉を使う時のゼノアのようで萎縮して戸惑ったが、ゼノアと全然違っていた。
色が同じでも印象が違うのだ。ゼノアの瞳は暗く深淵に沈んで、
何を考えているのか分らない底知れない怖さを感じるが、ラシードの瞳は燃えるような真紅をしいるのに
冷たく、深い孤独を感じさせるものだった。
(悲しく、寂しい色・・・・) アーシアは又、きゅっと胸が痛くなるのを感じるのだった。