第五章砂漠の街U

 

 〈宝珠の宴〉前夜、カサルアはラカンの別邸に最終の打ち合わせに訪れた。

 家人から隠れる為に次元回廊を直接、最奥の一室に繋いでやってきたのだ。

 アーシアは久しぶりの再会に嬉しくてカサルアが現れるといつものように飛びついた。

 カサルアも
強張(こわば)っていた表情を一変させて朗らかに微笑んで抱擁を交わしている。
「久しぶりだねアーシア、元気にしていたかい?」
「ええ。カサルアも大丈夫だった?一人だったのでしょう?」
「ああ、楽しかったよ。州公と、それはそれは楽しく過ごした」
「楽しく?絶対嘘ね。意地悪していたのでしょう?」                        
「ははは、アーシアは全てお見通しかい?」
 ラカンは、再会を喜び合う二人を見ているラシードに視線を向けた。

 無表情だった―――その冷淡さが情の深さを感じる。
(前途多難だ、まったく・・・大事の前だってぇゆうのによ)
 ラカンは思う。カサルアとアーシアはいつもこんな感じだが、明らかにアーシアはカサルアに対して

他の者達とは違うものを感じる・・・
(奴の最大の敵は、やっぱカサルアか・・・・ )
 いつも驚かされるが、カサルアもアーシアの前だととても柔らかくなるのだ。イザヤだってそうだ。

だが、一番はやっぱりラシードだろう。確かに彼女には特別な雰囲気があるようだ。

春の風のように優しく語りかけて心地よく癒してくれるような気分になる・・・・・
(さてと、これ以上ラシードを刺激してもらっても困るんで割り込ませてもらおうかな・・)
「カサルア!アーシアも頑張ったよ」
「ああ、ちゃんと宝珠らしく過ごしたようだね。州公がぼやいていた。

 二人が取り合っている宝珠を見せてもらいたいのに二人が全然見せてくれないとね」
「ああ〜分かる分かる、州公の奴、(うらや)ましそうに指くわえて見ていたもんな」
「お前たち、そうとう勿体つけたみたいだな。州公は、今度の宴に招待したから、堂々と見物するとか言っていた」
「しっかし、腰抜かすだろうな。なんせ〈伝説の宝珠〉なんだから!」
 カサルアは州公に会った最初の日を思い出して、苦笑しながら言った。
「まったくだ。じゃあ、はじめようか」
 カサルアが地図を取り出し、結界の場所を説明しだした。

 それは民家を除けながら駐屯地を囲んで地中に貴石を埋めた手の込んだ代物だ。

その日は州城でも四大龍臨席の大きな宴を催すので、城から駐屯地には振る舞い酒と女達を出させて、

軍をその場に留まらせる予定だった。
「結界完成までの発動時間は一時間だ。完成すれば内側からも外側からも結界の気配は消える。

その発動中の波動を妨害するのは二人に任せる。抑えたその力でも奴らの近くにいれば有効だからな」
 カサルアは続けた。                        
「結界完成後、まず私が駐屯地に仕掛ける。それを合図に、君達は私のところへ来て欲しい。

その後、四大龍を結界の場所へ誘い込む。一歩でも入れば籠の鳥だ。ラシードとラカンは〈炎水の陣〉を

結界内に叩き込んで龍達を一掃してくれ、私は四大龍らを狙う」
 沈黙していたラシードが始めて口を開いた。
「炎水の陣は、結界内で使えば効果絶大だが標的は選べない。一般民も巻き込むが?」
「炎水の陣って?」
「ああ、俺とラシードの必殺技!相反する〈火〉と〈水〉をぶつけて最大限に高まる反動の力を組み合わせるんだよ」
 ラカンは勿体(もったい)つけてにやりと笑った。
「それで、どうなるの?」
 今度はラシードが淡々と答えた。
「炎の津波だ。一気に紅蓮の炎が全てを呑み込む」                    
「そう、彼らのような技は見たことない。正しく必殺だ。全く違う要素同士の組み合わせなど考えられないんだけどね。

そういう事だが、アーシア大丈夫そうかい?」
      
「同時に三つよね。大丈夫だと思うわ」
 ラシードとラカンは、何が大丈夫なのか?何が三つなのか?疑問をもったが答えはすぐ、カサルアから語られた。
「ラシード、派手にやって構わない。アーシアが二人の力を補助する。〈龍力〉の増幅もだが〈力〉を掌握して統制し、

龍以外のもの達を全て〈力〉から回避させる。もちろん私の〈力〉も同時にしてもらうが」
 二人は驚いた。

 さすがのラシードも真紅の瞳を信じられない、と見開いた。
アーシアは全ての〈力〉の源である要素を使うことが出来るが、それも同時に出来るそうだ。

火と水、そして私の光・・・最強の宝珠だよ」
 そんなの今まで聞いたことも、見たことも無い。ラカンはうわずった声で呟いた。
「・・・・魔龍王が躍起になった筈だな・・伝説の それを手にするもの天地を与えられるであろう≠ヘ

作り話でなかったてことか・・・」
「大げさよ、ラカン!私、天も地も贈ってあげられないわよ!龍がいなければ何にもならない、役立たずなんだから」
 ラシードは、少しむくれて反論するアーシアに目線を流すと、軽く笑んで言った。
「そうだな、少々元気のいいだけで普通だ」
 アーシアはまた、自分が必要ないと言われているような気がして(しゃく)にさわった。
「天も地もあげられないけど、天地をひっくり返すぐらいの力をあげるわ!」
「へえ〜それは凄いね。それは契約してくれるということ?」
 揶揄(やゆ)するように言うラシードに、アーシアはますます腹を立てて()きになった。
「だ、誰が、契約するって言ったのよ!」
「言ったじゃないか。力をあげるって」
「言ったけど、言ってないわよ」
 言った、言わないともめる二人をカサルアは、不思議なものを見るように見ていた。

あんなラシードは初めてだった。冷静沈着といえば聞こえはいいが、冷徹、無感動のいつも冷淡な態度だったからだ。

 カサルアはラカンにそっと耳打ちした。
「どうなっているんだ?あの二人?というかラシードは?」
「まあ〜色々あって、自分に正直になったってところでしょうかね〜」
「正直?」
「アーシア限定みたいですけどねぇ〜」
  カサルアは成程と、納得した。 ラシードの事情を多少は知っている。

深く心に残る傷は早々癒されるもので無いことも―――
(宝珠嫌いのラシードが、宝珠のアーシアを好きになるという日がくるとは・・)
 カサルアは、自慢の妹を好きにならない者などいる訳がないと思いつつ、彼には同情した。
(アーシアの龍嫌いは筋金入りだからな前途多難だ。いずれにしても、お前の本気を見せてもらう。

遊びでは許さないからな・・・)
 そう思うカサルアの刺すような金の視線に、ラシードの言葉が止まった。

  彼も、すっと真紅の瞳を細めた。
「それで、詳細は分かってもらっただろうか?質問が無ければ解散する。アーシアは残ってくれ話がある」
 カサルアとアーシアを残し、扉が閉じた。
「さあ、アーシア横においで」
「もう、なに?」
「宝珠ごっこの話し聞かせてもらいたいな。それに離龍州風の衣もいいね、可愛いよ。今度それを贈ろう」
「もうそれはいいわ!一生分の衣、ラカンから貰ったから!」                    
「ラカンに?それは手当りしだい貰ったんだろうな」
「ええっ〜知っているの?ラカンのやり方!」
 カサルアは大きく肩をすくませて答えた。
「以前、何度か頼んだものが数倍になってやってきたから。アーシアも困っただろう?」
「もうびっくりよ。でもラシードが選別してくれたから大丈夫だったわ」
「ラシードが?彼の趣味なら間違いはないね」
 そうなのよ、と次から次へと話しが進む。          

 時折カサルアは笑いながら、苦笑しながらアーシアの話しを訊いていた。
「それでね、碧の龍たら気味が悪いし どうだ、私に惹かれるだろう? とか言うのよ。

心の中で
ばあ〜か って言ってやったわ。もうラシードなんか碧の龍を () って言っていたし」
「ははは、ラシードが珍しいね。ラカンもそんなこと言っていたな。

ラシードが
消していいか と言っているってね。何でまたそんなに?」
「碧の龍がしつこかったのよね。抱きすくめられるは、無理やり口づけされそうになるわで、ぞっとしたわ。

確かにラシードらしくないけど、たぶん今は
ごっこ の最中だから演技に余念がないのよ。

もう怒っちゃって、大変!あんなことまでするんだから!」
「あんなこと?」
 アーシアは真っ赤になって、なんでもない!と首を振った。

 カサルアは、ラシードが気の毒になってきた。
(たぶんラシードは演技じゃないな・・・全く、このお姫様は鈍感なことだ)
 先程からアーシアはラシードの話ばかりなのだが、本人はまったく気付いていないようだ。

 なかなか良い傾向だと思う半分、自分が一番でなくなるが悲しい気持ち半分というところ。
(まあ、辛いところだな・・・・)
 カサルアは感慨にひたりながらアーシアを見るのだった。
 一方、自室に戻ったラシードは、部屋に残ったカサルアとアーシアのことが気になっていた。

念視してみるが視えない。力の強い〈龍〉は自分に結界をはるので行動は視えないのだ。

アーシアが視えないということはそれだけカサルアに寄り添っている証拠・・・・・
 ラシードは自分の気持ちを持て余していた。

自覚してからアーシアに関しては
些細(ささい)なことでも気持ちを抑えることが出来ない。

心の最奥から得体の知れないものがあふれてくるのだ。
    
カサルアは素晴らしいと思う。自分のことは過小評価しないが、カサルアには(かな)わないと思う

〈龍力
〉だけの問題ではない。やり合った事はないが〈力〉では互角と思う。

しかし、彼に対抗しようなどとは少しも思わないのだ。側で支えていきたいとしか思わない。
 だが、アーシアは別だ。例え相手がカサルアだとしても争ってでも手に入れたい―――
「はは・・・・情けない。私がこんなになるとはな 龍は宝珠を乞いし恋焦がれる か・・・(まさ)しくそのとおりだ」
 灯かりの無い部屋で、ひとり呟やいた。

 どれくらいそうしていたのか?アーシアの気配が邸外に感じた。

カサルアが去り、庭にでも出ているのだろう。ラシードは導かれるようにそこへ向かった。
 アーシアは、明日は大事な日だから早く寝なくてはと思うものの、なかなか寝付かれず夜着のままに外へ出てみた。

薄い夜着を撫でるように夜風がそよぎ気持ちいい。

館の周りに流れる水の流れる音だけが、静まり返った闇夜に響いていた。
「アーシア」
 アーシアは突然名前を呼ばれて振り返ると、いつの間にかラシードが真後ろに立っていたのだ。
 ラシードは先程別れた時と同じ服装のまま無表情で、じっとアーシアを見ていた。
「どうしたの?」                         
「カサルアは帰ったのか?」
「ええ、そうだけど。何か用事があったの?」
 ラシードはアーシアから一度視線を外して、再び戻すと強張った低い声で(たず)ねた。
「アーシア、君はカサルアの事どう思っているんだ」
 アーシアは何故、今そんなことを訊かれるのか理解できなかった。
「どうと訊かれても・・・私を一番理解してくれる大切な人かしら?」
 ラシードの表情が変わった。その顔はどこか苦痛に耐えるようだった。声は更に低く搾り出すかのように再度(たず)ねた。
「カサルアの事が好きなのかと()いているんだ」
「ええ、大好きよ。何故?」
 アーシアはさらりと答えた。
 ラシードはアーシアを強く引き寄せかき抱くと、きつく瞳を閉じた。
「きゃ、何するの!放して!」
 ラシードがなにか呟いている。様子のおかしいラシードにアーシアの声も小さくなった。
「何?なに言っているの・・・放して・・」
「―――渡さない」
「何?」
「カサルアに渡さないと言ったんだ!」
 ラシードは強く言い放ち、開いた瞳は紅蓮の炎のようだった。そして、ゆっくりと囁いた。
「アーシア、君を愛している・・・」
「なに?何言っているの?今お芝居する必要ないじゃない」
「芝居なんかじゃない!」
 アーシアは驚きのあまり、カタカタと震えだした。
「うそ・・・・」
 ラシードは彼女の震える肩を優しく抱きしめながら耳元で囁やいた。
「嘘じゃない。愛している。君の宝珠の力など関係ない。たぶん初めて氷結の中で見た時から惹かれていた・・・・

だが、自分をずっと誤魔化していた。君のことは関係ないと――だけどもう自分を誤魔化しきれない!」
 抱きしめる腕に力が増していく。囁きはしだいに慟哭のように変わっていった。
「愛している・・・誰にも渡さない。私だけを見て欲しい。そして私だけを求めて欲しい」
 驚きで見開いたままのアーシアの瞳を見つめながら、続けた。
「―――例え・・今は・・カサルアを好きでも構わない。私は絶対に彼に負けはしない!

だから見ていて欲しい。そして覚えていて欲しい、私が君に恋焦がれていることを・・・・・」
 ラシードはそう言い残して去って行った。
 アーシアは怖かった。強く望まれるのはゼノアを思い出し震えがくるのだ。脳裏に刻まれたゼノアの言葉を思い出す。
  ――お前は私のものだ。誰にも渡さない――
 しかし、ラシードが触れた肩も背中も熱く、違う感覚を呼び起こした。彼の脈打つ心臓の鼓動に、

自分の脈も速まっていくようだった。アーシアは低く囁かれた言葉を思いだした。慟哭のような言葉を・・・・・

 何故か自然と胸が熱くなるような気がする。こんな感覚は経験にない―――
アーシアは思いに戸惑い眠れない夜を過ごす破目になってしまった。    








                   
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