第五章砂漠の街U

 
 
 カサルアが城で独立宣言をしている頃、アーシア達は駐屯地跡で後始末をしていた。
被害が最小限だったといっても大きな力戦だった為、それなりに周りに被害を出していたのだ。

爆風で傷を負った者、建物が半壊したものなどあったが迷惑な顔をするものは一人もいなかった。

街に出ては好き勝手に略奪、暴行など繰り返していたゼノア軍の〈龍〉達を一掃し、解放してもらったのだから

みんな進んで後始末を手伝ってくれていた。
 アーシア達が怪我人を集めて治癒をおこなっていたところへ声がかかった。
「すみません、あっちで半身が家の下敷きになっている人がいて、わしらだけじゃ動かせないんで来てもらいませんかね」
「じゃあ行きましょ」
「アーシアはいいよ。瓦礫ぐらいだろう?俺らだけで十分」                      
 ラシードも立ち上がって、衣の土を払いながら同意する。
「ああ、アーシアはいい。ラカン行こう」
 アーシアは二人を見送りながら水を汲みに立ち上がった。
 側で手伝ってくれていた女性が声をかけた。
「わたしが行きますよ」                                     
「大丈夫よ。水場はどこかしら?」
 あちらです、と指さすほうへアーシアは歩いていった。
水場は砂漠地帯に点在する小さな森のような所で、木々に囲まれた水源がある。

水場は何時もは人々でにぎわっているのだが、さすがにこの騒ぎの中、
呑気(のんき)に家事をするものも無く人はまばらだった。
 アーシアは水を汲み終わると、木陰から人目を避けて立つ影から名前を呼ばれた。
「アーシア、私よ」
「誰?」
「リラよ。ラシードの件で少しお話したいの。こちらに来てくださらない?」
 アーシアは、ラシードの件と訊いてびくりとした。
(先日のリラとラシードの件だろうか?今思えばラシードがあんな態度とったのは・・・私のせい?

私を好きになったからリラを振ったようなものだもの・・・・)
 そう思うとラシードが悪いのだけど、自分も何故かリラに申し訳なかった。

誘われるまま、水桶を置き木陰に入って行った。その姿を誰も見止めるものはいなかった―――
「あの・・リラ、ごめんなさい」
「なに謝っているの?自分が悪いことしていると思っている訳ね?」
「悪いことって・・あれはラシードが勝手に・・・」
 リラの怒気を帯びた形相に、アーシアは言葉を呑んでしまった。

憎悪、嫉妬、怨みが渦巻く心を映し出す瞳で、
(えぐ)りとられるかのような視線が突き刺さる。

今まで、こんな感情をぶつけられた事など無かった。

〈宝珠〉として大事に扱われ、アーシアの性格からも人から憎まれるような経験は無かったからだ。
 その時、アーシアは後から羽交い絞めされて鼻と口に布を押さえつけられた!

驚く間も無く強烈な匂いがしたかと思うと意識が遠のき、がくりと力が抜けた。
 崩れるアーシアを見るリラの唇は冷笑を刻んでいた。
「さあ、ガイ行きましょう」
 次元回廊は既に用意されていた。ガイは回廊を繋いだままアーシアを襲ったのだ。

ぐったりとするアーシアを肩に抱えて回廊に戻り、リラが道を閉じながら後を追っていった。
 ラシードとラカンが戻ってみるとアーシアの姿が見えない。

水を汲みに行ったが戻ってこないと聞く。急ぎ、水場に向かうがどこにもいないのだ。

汲まれたままの水桶がそのままで、水温を確かめたがまだ冷たく時間はそんなに経っていないことがわかる。

 周辺を、名を呼び探すが返答がない―――
  
 次第にラシードは焦りもあらわに激しく名前を呼びだした。
「アーシア!どこだ!」
「まさか!残党がいたんじゃないだろうな?」
「!」
「冗談じゃないぞ、ラカン!」
「俺らだけで探しても話にならない!カサルアのところ行くぞ!」
 その後、城からも人手を出して捜索するが、まったく手がかりがでてこなかった。

水場で水を汲んでいる姿までは目撃されていたが、それ以後の足取りがつかめないのだ。

 だが、場所の特定は出来ないが州内で次元回路を開いた形跡が見つかり、

カサルアは州外の次元回廊の妨害と街道を遮断させた。
しかし、州内にいることは間違い無いが、

何の手がかりが無いまま二日が過ぎようとしていた。
 カサルアも何度となく念視を飛ばしてみたが、とらえることが出来無かったのだ。

日増しに焦りと、苛立ちが増してきた。アーシアの封印を解除できずに過ごした日々を思い出した。

嫌、それよりも悪い、
居所が分からないのだから・・・・・
 カサルアは口調も激しく言った。
「ここまでして何一つ手がかりが無いのは、計画的としか考えられない!」
「まさか、宝珠狂いの州公じゃないのか?」                     
「もうそれは調べた!逆に〈伝説の宝珠〉をもう一度しっかり見たい一心で先頭に立って手を尽くしているぐらいだ!」
 ラシードは無言で卓上の地図を見つめていた。

 カサルアと同様、寝ることなく念視を飛ばしては地図に×印をつけていたが、それもほとんど

印でいっぱいになっている状態なのだ。自責の念に何度も自分を失いそうになった。後悔が後から後から襲ってくる。
(なぜ、あの時アーシアから離れてしまったのか!)
 レンも探索のため離龍州に来たが、明らかに様子が違っていた。いつも穏やかな彼が取り乱しているのだ。
「もう時間がありません!カサルア分かっているでしょう?時間がないのです!」
 声も荒々しくレンはカサルアを揺さぶって訴えた。
「わかっている!」
ラカンは、鋭く聞きただす。
「時間が無い?どういうこと?」
 レンは大きく深呼吸をすると、声の震えを抑えて答えた。
「アーシアが死んでしまいます」
 ラシードがばっと、振り向くとレンにつかみかかった。                    
「どういうことだ!説明しろ!」
「アーシアのあの傷が治っていないのです!どういう訳か治癒が効かないのです。今は私の〈力〉で

薬を作りそれを止めていました。それも短期間しか効かないのです。薬を止めても三、四日は大丈夫だと思うのですが・・・

その効力が無くなれば再び心臓に達する傷が開きます」
 ラカンはアーシアが持っていた、きれいな小瓶を思いだした。
「薬って、アーシアが毎日一回は飲んでいた貴石の粒?」
 ラシードは怒りをみなぎらせてレンを更に、締め上げた。                              
「そんな大事なこと!なんで黙っていた!」
 ラカンはラシードをレンから引き剥がしながら言った
「そうだよ、そんな大事なこと!アーシアも知らなかったんだろ?」
 カサルアは憔悴しきった顔で代わりに答えた。
「それは私も同罪だ。レンに口止めをした。アーシアがあまりにもゼノアに恐怖を抱いていたから、

ゼノアにしか解けないような忌まわしい事実を知らせる事が出来なかった。

まさかこのような事になると
は想定外だった」  
「同行する私たちに隠す必要はないじゃないか!」
 ここで一番冷静なのはラカンだった。大きな声で一喝した。            
「馬鹿野郎!今は言い争っている場合じゃないんだ!いずれにしても、時間はあと一日だ。見落としている所がないか

再度確認して潰していこう!カサルアやラシードの念視で見えないのならそれなりの〈龍〉が関係しているということだ。

それも地元に詳しい!離龍州出身の〈龍〉を洗い直そう」
 ラカンの言葉に三人は冷静さを取り戻し、再び探索を始めたのだった。
  
 二日前、連れ去られたアーシアは誰も訪れることのない、もちろん人家など一切ない砂岩の渓谷にある

リラの隠れ家に連れ込まれた。

隠れ家にしているだけあって結界も施し、完全に外界より遮断しているがカサルア達の能力を思えば油断は出来ない。
 リラはぐったりと意識の無いアーシアを憎々し気に見ていた。
(これ見よがしに紅の衣なんか着て!火の宝珠のつもり?)
 ガイを見れば好色そうな眼でアーシアに魅入っている。
(まったく!男の龍はこんな小娘などに構って!馬鹿らしい!)
 リラはアーシアの頬を叩いて目覚めさせようとするが、ぴくりとも反応しない。

 アーシアの恐怖におののく顔が見たかったが予想に反して苛ついていた。
「ガイ!薬が効き過ぎよ!」
「ああ、そうみたいだな。反応がないんじゃつまらん!それにしても本当に最高級だな・・・・〈珠力〉の輝き・・・」
 ガイは意識のないアーシアの細い首元を撫でて興奮気味に呟いた。    
 リラは冷めた眼でガイを見た。
(馬鹿な男。その宝珠がどんなものか知らないで。本当なら触ることさえ出来ない代物なのに。

いい気味だわ。こんな安っぽい男の物になるんだから)
 ガイは、先程のアーシア達を見ていないのだ。

 しかし、リラは一部始終見ていた。予想通り、彼らは事をおこした。

 圧倒的な力で、一気に百からなる龍達を葬り去る彼らに感嘆し、

燃え上がる炎に照らし出されるラシードを見て胸が熱くなった。

紅蓮の炎を操るその姿に魅入られた―――だが、その横に紅の衣を纏い寄り添うアーシアを見止めて

急速に心は冷めていった。
 いずれにしても、アーシアをこの男の宝珠にしてしまえばラシードも(あきら)めるだろう。契約は宝珠の意思。

少しぐらい行方不明になったとしても問題にならない。宝珠は龍の不利になることはしないのだから。

契約しないなら一生閉じ込めるまで―――
この馬鹿な龍も放さないだろう。殺すなんて優しいことはしない・・・・・         
 まる一日半過ぎた。アーシアは体力が消耗していたせいもあって、意識が戻るまで時間がかかったようだった。

朦朧
(もうろう)
とする意識の中、アーシアは悪寒が走った。生温かいごつごつとした感触が、自分を撫でているのだ。

それに荒い息が首元にかかる。はっとして意識を取り戻した。眼の前にはまったく知らない男がいたのだ。

 アーシアは恐怖で、これ以上ないというぐらい瞳を見開いた。
「おっ、気がついたか!それはいい。お人形相手にしてもつまらんからな」
 アーシアは状況がわからなかった。確かリラと話していたら急に・・・・・
はっとして周りを見渡たし部屋の隅にリラを見つけた! 
「リラ!どうして?」     
 リラは冷笑を浮かべながら近づいて来た。そして信じられない事を酷薄に告げたのだ。
「その人はあなたの新しいご主人様よ。ラシードよりあなたにふさわしいわ。私に感謝して欲しいわね。

紹介してあげたのだから、ねえガイ?」
                       
 リラはガイの首に腕を絡める。

 ガイもアーシアから身を起こし、リラに答えるように二人は唇を重ねた。

そしてリラは顔をあげると、嘲るように続けた。
「ねえ、アーシア彼はラシードよりいい龍よ。これからゆっくり教えてもらうといいわ。

でも・・そうねガイ、もっとわたくしがこの子に言って訊かせるから二人だけにして貰いましょうか?

向こうにお酒を用意しているから召し上がっていてくださらない?」
「リラがそう言うならそうするか。楽しみは後のほうがよりいいしな」
 ガイが扉を閉めると同時に、リラは怒りをあらわにしていた。
 アーシアはリラを凝視しながら震える声で訊ねた。
「リラ、なぜこんなことを・・・」
「なぜ?なぜですって!白々しい!私のラシードを盗んでおいて!」
「盗むなんて、そんな事してないわ」
 ばしっ、とリラがアーシアの頬を平手打ちした。
「じゃあラシードはあなたのこと、何とも思ってないと言うの!」                        
「それは・・・」
 アーシアは口の中で血の味を感じながら、あの夜のラシードの言葉を思い浮かべた。
 ―――アーシア、君を愛している―――
「でも・・私はなんとも思ってないわ!」
 アーシアは咄嗟(とっさ)にそう言ったものの、胸がつきんと痛んだ。
 リラは一層怒気をはらむと、顔をアーシアの間近に寄せて噛み付くかのように喋る。
「嘘つき!ラシードは絶対に渡さないから。彼は私のものよ!」  
 そしてアーシアを突き飛ばし、扉に手をかけると振り向いた。
「ラシードの前に出られないぐらい、めちゃくちゃにされるがいいわ!」
 扉が閉まり、鍵をかける音がした。その音は、絶望を音にしたようだった。              









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