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第五章
砂漠の街U5![]()
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(逃げなくては・・・・)
アーシアはよろめきながら部屋を確かめるが、扉一つだけで窓も無く壁も頑丈な石造りだった。
扉も手に血が滲むくらい叩くがびくともしない。
がちゃりと音がして扉が開いた。
入り口に立つ男は酒気で顔を赤らめ、とろんとした眼でアーシアを嘗め回すように見ている。
アーシアは横をすり抜けて部屋から出たが、すぐに腕をつかまれたかと思うと乱暴に引き戻され
床に転がされてしまった。
「なんだ!大人しくなってないじゃないか!」
アーシアはじりじりと床を後に下がって行ったが、壁に行きどまった。
ガイはアーシアの頭の上に片手で両手首をまとめあげ、逆の手で顎をとらえた。
「さあ、俺の宝珠になるって言いな!そうすればずっと可愛がってやるからよ」
アーシアはもがくが、びくともしない。脚もばたつかせてみた。
ガイはアーシアが抵抗すればする程、その大きな体躯をのしかけて押さえこんでくる。
「暴れるんじゃねえよ!」
「い、いやぁぁ――――っ!」
切り裂くような絶叫が部屋に響きわたった。
アーシアの瞳に涙が滲む。成すすべもなく助けを呼んだ。
「助けて、ラシード!ラシード!」
兄でもなく他の誰でもない、ラシードの名を無意識に叫んでいたのだった。
そしてアーシアは、あらん限りの勇気をかき集め暴漢に拒絶の言葉を投げつけた。
「これ以上好きにさせないわ!こんなことしたって絶対あなたの宝珠になどならない!私に触れることは許さない!」
気高き宝珠の輝きに一瞬、ガイは思わず身を引いた。
ガイはアーシアを見た。 衣は引き千切れ胸元ははだけ、手足は抵抗で痣をつくり、
強く扱えば屈服などたやすく思えるのに、これ以上触れることがためらわれる。
死を厭わないかのようなアーシアの様子に手が出せなくなったのだ。
その時、アーシアの胸に突き刺さるかのような鋭い痛みが走り、ぐったりと力が抜けてきた。
(どうしたんだろう・・・苦しい・・・・・)
ガイは驚いてアーシアを揺さぶるが、ぐったりしたままで反応は薄い。
連れ去られて二日目が過ぎようとしていた。薬の効力が弱まってきていたのだ。
リラは、アーシアが倒れたことは知らない。
アーシアの恐怖に歪んだ顔に満足し、次は泥にまみれて堕ちた彼女を見るのを楽しみに、
ラシード達の様子を見に戻ってきていた。
三日目の朝、リラは城に行ってみた。
離龍州は独立に向かって体制を整え始めているようだったが、アーシアの探索を重点的にしている様子だ。
徹底的に包囲網を張っているようだった。ラシードを見かけた。厳しい表情で眉間に大きなしわを刻んでいる。
リラは思わず、近づいて声をかけた。
「ラシード、大変なことになったわね。私も何かお手伝いしましょうか?」
ラシードは、すいっとリラに眼を向けたが、すぐ戻し答える様子もない。
リラは、腹が立った。
(そんな態度とっていいのかしら?あなたの大事なあの子は、私の手の中なのに)
「以外と自分で姿を隠していたりして?好きな龍が出来たとか?思わず遊んでいるだけだとか?」
ラシードがギラリと刺すような眼でリラを睨んだ。リラは一瞬ひるんだが、たどたどしく続けた。
「ほら、だって、自分で森の中に入っていったのでしょう?」
ラシードから青い炎があがったかのようだった。一瞬にして全てを凍りつかせるような、炎がまわりで揺らめいた。
そして凍りつくかのような声が唇からもれた。
「なぜ、知っている?森に入ったと・・・・」
「み、みんなが言っていたから」
「そんな事を言うものなどいない。水を汲んでいた としか目撃はないのだから」
(しまった!)
踵を返すリラを、ラシードは力ずくで捕まえた。
「待て!何を知っている!」
「知らないわ!放して!」
ラシードは引きずるように連行しようとして騒ぎになった。
それを聞きつけたラカンが、二人を一室に押し込んだ。
リラは横を向き黙って黙秘を続けた。その彼女を絞め殺すかのように睨み据えるラシード。
ラカンは説得にかかった。
「リラ、話てくれないか?何か知っているんだろう?」
リラは、ぷいっと反対側に顔をそむけるだけだった。
ラシードはそっぽ向くリラの顎を手荒くつかんで上を向かせると、背筋が凍るような酷薄な声で問いただした。
「知っていることを喋れ。話さないのなら、その自慢の顔を二度と見られなくしてやろうか?」
ラカンは憤るラシードをリラから引き剥がしながら叫んだ。
「リラ!ラシードは本気だ!女だからと言って容赦しない!知っているだろう?そんな優しい奴じゃないってことを!」
リラは膝ががくがくと震えだした。知っている―――
ラシードが誰よりも冷たく酷い男なのを。その男を変えたアーシアが許せなかったのだから。
この真紅の瞳に映るアーシアが許せなかったのだから―――
リラは狂ったように笑いだした。
「そうよ!許さない!あなたを盗ったあの宝珠。もう遅いわ!今頃、違う龍の物になっているわ!
遅いのよ。あははは、今頃、めちゃくちゃよ!いい気味だわ!あははは・・・案内してあげる。そして確かめるといいわ」
リラを殴ろうとするラシードを、ラカンは再度止めた。今にも殴り殺しそうな勢いだったからだ。
時間は一刻の猶予も無い。ラカンはカサルアに連絡を頼み、先に現場に向かうことにした。
リラは、全てを諦めたのか大人しくなっていた。次元回廊を隠れ家にいるガイと繋いだ。
ガイは、段々と具合が悪くなって冷たくなったアーシアを前に、困り果てていた時だった。
リラからの次元回廊の先触れがあり、急ぎ繋げた。
回廊が繋がり、リラの姿が見えると、まだ渡りきってないのにガイは慌しく話しかけた。
「大変だ!リラ!こいつ病気かなんかだったようだ!死んじ・・・」
最後まで喋れなかった。リラの後にラシードとラカンが回廊から現れたのだ。
ラシードはガイを無視してぐったりと横たわるアーシアを見た。無残にも衣は破かれ、手足には傷や痣の痕―――
ラシードは震えながらそっとアーシアの頬に触れてみた。
呼吸が止まっている・・・アーシアをすくい抱き、胸に耳をあててみる。
――――鼓動が・・・・無い――――
「アーシア・・・・」
ラシードは愛おしむように優しく呼ぶ・・・・答えはない。
「おい!放せよ!俺のだぞ!」
「・・・・・・・・・・」
「おい!」
「―――うるさい!」
ラシードから爆発的な〈力〉が暴発した。
一瞬にして建物が吹き飛び、あたり一面この世を焼き尽くすかのような劫火が立ち昇った。
ガイは防護壁を張ったがその圧倒的な力に押される。
「ば、馬鹿な!おまえなんかにこんな力があるなんて!うわああぁあ〜」
ガイは跡形もなく劫火に呑まれてしまった。
ラシードは我を失い〈力〉に身をゆだねていた。
その腕にはしっかりとアーシアを抱き、彼らを中心に劫火の炎は砂岩の渓谷をも砂塵と化していた。
ラカンもリラを庇いながら防御壁で凌いでいるが、とてももちそうにもない。
「ラシード!落ち着け!ラシード!」
必死に叫ぶがラシードの心にその声は届かない。
ラシードの暴走で多少軸がずれたが、カサルアとレンが回廊から現れた。
「どうなっているんだ?いったい!」
「ラシードがアーシアを見て、力を暴走させてしまっている!」
「アーシア?まさか!死んだ?」
「俺はわからないけどラシードの奴が、安否を確認していたら急に!」
レンが瞳を細めてアーシアを念視した。
「いいえ、アーシアは仮死状態ですが生きています。処置をすればまだ間に合います!」
カサルアとラカンはレンの言葉に安堵するが、この状態をどうしたものか・・・ラシードに近づくことさえ出来ないのだ。
レンのいつも静かな湖水のように穏やかな雰囲気が、触れれば切れそうな張りつめた空気に包まれた。
「私が行きましょう。カサルアとラカンはラシードの炎を〈力〉で押さえてください」
「押さえるって言っても、あいつの周りはの温度は何万度にもあがっているんだぞ!」
ラシードの周りは大地が溶け溶岩となった紅い獣がにうごめいているよだった。
「構いません!参ります」
レンの防御能力は高い。それでも難しい状況だったがラシードめがけて突入していった。
カサルアとラカンが援護する中、レンは圧倒的な炎の力に押されさがらも、ラシードに接近した。
「ラシード!力をおさめて!アーシアは死んでいません!ラシード!」
必死の訴えもラシードの心には、届かないようだった。
レンは力なく人形のように抱かれたアーシアに〈治癒力〉を送った。そしてラシードに攻撃の〈力〉を叩きこむ。
ラシードの身体が少し揺れ、アーシアの腕もぴくりと動いた。彼女の瞼が動き、かすかに瞳が開く。
(誰? 私を抱いているのは?ラシード・・・・?)
アーシアは夢を見ていた。
(ラシードはまた怒っているみたい・・・・)
なんだか重い手を、一生懸命持ち上げて、ラシードの胸元に触れた。そして、かすかに笑いながら囁いた。
「―――ラシード・・・駄目じゃない怒ったら・・・」
ラシードはその瞬間、息を呑んだ。そして突然〈力〉も消失した。
「アーシア?」
ラシードは腕に抱えたアーシアに問いかけてみた。返事は無いが瞼がぴくりと動いている。
ふと前を見れば、レンが彼女に〈力〉を注ぎこんでいるではないか。
ラカンが、ぎゃあぎゃあわめきながら走って来た。
「馬鹿野郎!やっと正気に戻ったか!世話やかせんな、まったく!」
ラシードは状況が読めてきた、自分はアーシアが死んだかと思って、怒りのあまり力を暴走させたらしい―――
「いずれにしても、ちゃんとした所で治療しなくては。戻りますよ」
レンの言葉に促されて、ラシードはしっかりとアーシアを抱えたまま次元回廊に向かった。
回廊近くにはカサルアとリラがいた。
ラシードとカサルアは一度眼があったが、ラシードはアーシアを抱く腕にぐっと力を入れて軽く目礼し
回廊に入って行った。リラには一瞥もなかった。 後にレンが続く。
リラは、呆然とへたりこんで、自分の愚かさに今更ながら後悔していた。
横に立つ自分の主になる〈陽の龍〉にその身を投げ出し号泣した。
「カサルアさま!申し訳ございません、申し訳ございませんでした!どのような罰もお受けいたします!
申し訳ございませんでした・・・・」
カサルアは愚かなリラを無表情に見下ろした。アーシアにした事は許せない。
間違えば死んでいたかもしれないのだ―――しかし、哀れなものだ。
「リラ、おまえのやった事は、我々に対する裏切り行為だ。しかし、今までのおまえの働きは認めている。
魔がさしたのだろう?それに、もう最大の罰を受けている・・・愛する者の心は、もう二度と手に入ることは無いのだから」
リラは再度泣き崩れた。そう、もう二度とラシードはあの紅の瞳で自分を見ることさえもしてくれないだろう。
存在自体を完全に無視されるであろうということも――――
嗚咽をあげながら泣き崩れるリラをカサルアとラカンは無言で見続けた。
アーシアはずっと夢をみていた。
どんな夢だったのか思いだすことはなかったけれど楽しい夢にには違いなかった。
少し蒸し暑さを感じて、まどろみから抜け出してみた。
ふと瞳を開くと、水の中にいるように周りがきらきら光っている。
そして、じっとこちらを見ている誰かがいる―――ラシード?
「気分は?」
まだぼんやりしているが、半身を起こしかけて上掛けがはらりと落ちた。
ラシードは上掛けを直そうとしてくれたが一瞬手をとめて、視線を外し掛け直した。
「?」
アーシアはラシードの視線が気になり、ふと上掛け下の胸もとを覗いた。
「――――なっ」
生々しい刻印を見た!そうだった。思いだした!アーシアは思わず叫び声をあげた。
弾かれたようにラシードがアーシアに手を伸ばしたが、アーシアは混乱してそれを払いのけた。
「嫌!さ、触らないで!助けて!」
「アーシア!もう大丈夫だ、アーシア」
落ち着かせようとするラシードに、アーシアは激しく抵抗した。
ラシードは恐怖で怯えるアーシアに触れないように、優しく話かけていた。そして、優しく何度も名前を呼んだ。
「―――ラシード?」
「そうだ、もう心配はいらない。大丈夫だ」
アーシアは堪らず、ラシードの首にしがみついて泣き出した。
「もう! 何やっていたのよ!来るのが遅いじゃない!もう駄目かと思ったのよ」
ラシードはアーシアの髪をそっとなでながら耳もとに囁きかえした。
「すまない。私のためにこんな事になってしまって・・・・」
アーシアは、はっとして腕をほどくと恥ずかしくなって上掛けを口もとまで引きあげて、たどたどしく言った。
「あの、さっきはごめんなさい。間違って叩いてしまって」
ラシードは、ああ、と言うと愉快そうに付け加えた。
「前に比べたらなんてことない。氷結の時はもっと暴れたし、確か、蹴られたりもした」
「そ、そんな、あれもそうだったけれど、謝ったでしょう!もう知らない!あなたなんか大嫌い!」
「あっはははははは」
アーシアは、どきりとした。
ラシードが声をあげて笑うことなど滅多にないのだから・・・最近はよく微笑んでいるけれど、やっぱり珍しい。
むっ、とした顔をしながらもアーシアの口もとは笑みを刻んでいた。