第六章魔龍王

 
 
 その頃『天龍都』では、『銀の龍』と『碧の龍』がともに離龍州で斃されたとの訃報が届き、

他の四大龍『紅の龍』『翠の龍』が激怒していた。
天龍都は八州の中心に位置し、正しく全州の政治・経済、すべての中心となる首都だ。

 気候は、四季はあるものの比較的温暖で全州の中でも一番恵まれた土地柄だった。

一番発展して裕福に見えるが魔龍王ゼノアの膝元、恐怖との隣り合わせなのである。
  
 その魔龍王の居城・青天城は都の中心に位置し、幾つもの尖塔が天空に届くかのように、そびえ立つ壮麗な造りである。

近くで見るものは尖塔の終わりが見えないほど、高さを感じるぐらいだ。別名〈天空城〉とも呼ばれている。

 王の間は最も高く大きな尖塔の中の最上階にあった。一切余計なものは無く、閑散とした物音一つしない

広々とした一室だった。天高くそびえる居室に陽の光だけは、眩しいはどに射し込んでいたが、

漂う空気が明るさをまったく感じさせない。その冷たく暗黒の闇のような空気を纏う人物こそ、

この居室の主である魔龍王ゼノアであった。
 その王の居室に、『紅の龍』のユーリスと『翠の龍』アリナが伺候して来た。

もちろん二人の四大龍訃報の件と各州の蜂起の件だった。

 ユーリスの見かけは少年のような年恰好だが、実年齢はかなり上で好
戦的な性格をしている。

 アリナは〈龍〉では珍しい女性で、かなり美しい容姿なのだが高慢で残忍な性格の持ち主だった。

 この二人がそれぞれ、状況をゼノアに説明していた。
「ですから〈陽の龍〉とふざけた呼び名の奴が、セイやロダンをたやすく斃すなど考えられませんでしたが事実なのです!

もう、奴らの好き勝手にはさせられません!」
「そうです!話によるとたった三人の龍と宝珠一人で、セイとロダン、百の龍達を一瞬のうちに葬りさったそうです!」
 ゼノアは漆黒の長い前髪から覗く何も映していないかのような深淵の瞳を、興奮して喋る二人に興味もなく向けていた。

整いすぎた貌に表情はなにも浮かんではいない。ゼノアはどうでもよかったのだ。

誰が死のうが、どこがどうなろうが関係ない。

終わらない二人の話しを、殺して黙らせようかとか少し想像してみたりしていた。
「ですからゼノア様!〈陽の龍〉がなんでそんな名で呼ばれているかと言うと金髪、金の瞳だからそうですよ!

みな、ありがたがって崇拝している。冗談じゃない!そんな奴さっさと殺してしまいましょう!」
 ゼノアが反応した。
(金の髪に金の瞳だと?金の髪は珍しくないが瞳は滅多にいない―――まさか?)
 ゼノアが初めて口を開いた。
「まさかそれは、雷光を使うか?」        
「ええ!そうです。ご存知でしたか?」
 ゼノアの全身から痺れるような冷気があふれ、底冷えのする声が発せされた。
「陽の龍のことは今まで何度も話に訊いていたが、なぜ今まで報告しなかったのだ。

陽の龍が雷光を使う金眼だということを・・・・」
 二人は息を呑んで顔を見合わせた。ゼノアの怒る理由がわからない。
「――申し訳ございません。容姿や、些細な力など報告の対象とは思っていませんでしたので・・・  

申し訳ございませんでした」
 ゼノアの声が更に冷たくなる。喉元を刃先で撫でられるような声だった。
「ほう?セイらが斃されて初めて目が覚めたというわけか?」
「も、申し訳ございません」  
「もうよい、目障りだ下がれ」
 二人はゼノアの勘気に触れてよろめきながら退室した。

 ゼノアの頭に過ぎったのは、数百年前に葬った金眼の男のことだった。

自分と互角の力を持っていたアーシアの兄。忌まわしい符合だ。偶然の一致だろうか?

先程のアリナの報告が頭によぎった。
(三人の龍と宝珠・・・まさか!アーシア!)
 ゼノアは今の話で胸騒ぎを覚え、急ぎアーシアが封印されている場所へ向った。
北東の『(ごん)龍州(りゅうしゅう)』の路の無い迷宮のような山を進みながらゼノアは思う。
(この数百年何度ここを訪れたことか・・・アーシアは私だけのものになったが、微笑みかけてくれることもない。

むろん話すことさえも・・・結局、私のものでも無い。私が手にいれたのは骸のようなもの・・・・

何度、封印を解き放とうかと訪れては―――出来なかった。あれは再び自分で自分を守り死ぬだろう。

本当に失うのが怖かったのだ。恐怖の王、魔王と呼ばれるこの私がだ―――)
 何がそこまで突き動かされるのかが分からなかったが、飢えにも似たこの感情を満たすために

似た〈宝珠〉を手にいれてみた。同じ色の髪、同じ色の瞳のもの達、どれも満足することは無かった。

更に渇望が増すだけだったが、それでも求め続けた幾百年―――
 自分の有り余る〈力〉を持て余し、王になるまでは退屈することなく楽しかった。    

しかし王となれば、このうえも無い退屈が待ち構えていた。望むものは全て手にはいる。

死ねと言えばすんなり死ぬ者もいるのだから・・・・  

だから死にたくないものに死を与えるのは最高の娯楽だった。必死に逃げ回る姿は滑稽で愉快なものだ。

 いつしか人は私を見ることがなくなった。いつもうつむき機嫌を窺う。
それが気に入らなくて、眼をくりぬいた事もあったが。いずれにしても人々は面白い。

こちらが何も言わなくても、機嫌をとる為にお互い争って陥れあい自滅していくのだから――― 
 アーシアと出会った日のことを回想する。そう・・・あれは今でも鮮明に思いだせる―――
転生期に入りかけた時だった。転生体をつくり始めた時期で〈力〉が弱まるから余り出歩きたくはなかったのだが

 気まぐれに一人、北の
(かん)龍州(りゅうしゅう)を訪れていた。  

年中冬季のこの地方は無償に苛つく場所だった。どこを見ても無垢な白―――

こんなのを見るとかき回して汚したくなる衝動にかられる。

 そう思いながら彷徨っていたとき、この地方の奥地に生息する害鳥の群れに出くわしてしまった。

それは「ガガラ」という体長は人間の大人の三倍はある大型の鳥類で獰猛のうえ爪は猛毒を持つ。

しかしその血肉は万病に効く薬になるので危険を冒しても捕獲するものは多いかった。
 そのガガラの群れはゼノアを見つけ襲ってきたのだ。彼は格別驚くのでもなく空を見上げ、〈力〉を飛ばした。

一羽がそれに当たり墜落すると不気味な声で鳴き、貫かれた傷口からはどくどくと紅い血が吹き出し

見る間に白い大地を紅く染め上げていった。                  

 ゼノアはその氷のような瞳に愉快そうな色を浮かべ、殺戮を楽しむかのように一羽ずつなぶり殺していた。

彼は白い清浄な世界を獣の血で汚すのを楽しんでいたのだ。

十数匹はいた群れを全滅させる時には辺り一面、血煙でむせかえるようだった。

 座興も終わったと思った時に死に損ないのガガラの爪に背後から襲われ、背中に傷を負ってしまった。

(えぐ)られた傷から猛毒が全身にまわる。力が弱まっているせいもあったが、

猛毒にはさすがのゼノアも膝を崩してしまった。
 その頃アーシアは田舎で余生を送っている乳母を尋ねて、何日か滞在していた。
乳母の家は村からは少し離れていたが、のんびりと過ごすのには最適の場所で、

アーシアも窮屈な州城を抜け出してはこの隠れ家にお邪魔することもしばしばだったのだ。

心配だといえば最近ガガラが人里に現れると聞くぐらいだった。
 その日、アーシアは近くで上空に飛ぶ、ガガラの群れを見かけた。

しかし誰かが駆除している様子で、次々とガガラは地に落ちていた
(大掛かりな捕獲かしら?いずれにしても助かるわ)
 終わったようで不気味なガガラの泣き声も止んでいた。

 アーシアは興味を覚えて近くまで行ってみた。

辺り一面むせかえるような血の匂いで吐き気がしたが人の気配がまるでないのだ。

搬送の用意でもしているのだろうかと思っていたところに、血溜まりに倒れるゼノアを見つけて急ぎ駆け寄った。
「しっかりして!酷い傷、毒にやられている。しっかりして!」
 アーシアは力なく、うな垂れるゼノアを必死に呼びかけた。周りを見るが他に誰もいる様子はない。
(一人で、これだけしたの?いずれにしても、私だけでは運べないから気がついてもらわないと)
 ゼノアは朦朧(もうろう)とする意識の中、煩く呼びかける者が(うと)ましくて、払いのけるように怒鳴った。
「うるさい!」
「気がついたのね! 良かった!」
 毒に侵された視力でさえも眩しい程の、少女が眼に飛び込んできた。

 春の光が形どったのか、もしくは闇夜を照らす月光のような光りの宝珠―――
闇に堕ちた心を揺さぶるかのような、優しい光りを湛えた瞳で心配そうに自分を、覗きこんでいる。
「・・・・・・・」
 ゼノアは自分でも信じられなかった。

 眼の前にいる少女は、
清澄(せいちょう)な空気のようで、自分が最も疎ましく感じるものなのに・・・心奪われているのだから―――
助け起こした為だろう獣の血で汚されているのに彼女自身、まったく汚れた感じはしない。

 少女に促されるまま近くの無人の狩り小屋になんとか辿りついた。再び意識が遠のく。
 アーシアは急ぎ必要なものを揃えて引き返して来た。

乳母は心配していたが一刻の猶予もない医者を呼ぶ時間もためらわれる状態だったのだ。
(それに〈龍〉だったから、とりあえず大丈夫な筈)   
 アーシアは手早く傷の手当をして、再び何度も呼びかけた。薄っすらと瞳をあけるゼノアに大きな声で話しかけた。
「治癒力使えるでしょ?私が力貸すからやってみて!」
「・・・・・・・・」  
「聞こえている?」
 ゼノアは間近で心配そうな顔をしているアーシアをしばらく眺めていたが呟いた。
「治癒など使ったことなどない・・・」
「ええ!あなた〈龍〉でしょう?〈龍〉なら得て不得手があっても多少は使える筈よ!しっかりしてちょうだい!」
 アーシアは叱咤して催促するがゼノアは苦しい息の間からも傲慢な態度をとった。
「女!私に命令するな」
「私は じゃありません!アーシアよ!さあ、早く。それでも〈龍〉なの! 死にたくないでしょう!」
 ゼノアは全く治癒というものを使ったことが無かったが、少しは操れたらしい。

 少しの力だったがアーシアが何倍と強めていた。  

ゼノアに注がれる
類まれな と称えられているアーシアの〈宝珠の力〉は温かく光りにあふれているようだった。

 ゼノアは〈宝珠〉を今まで沢山使ってきたが、このような心地良さと充足感を味わったことがなかった。

治癒のせいで再び意識を手放しながら、およそ微笑んだことなど無い口もとが、かすかに笑みを浮かべていた。
「ふう〜毒は大丈夫みたいね。でもどういう人なのかしら?身なりがいいけど城では見かけたこと無いし、

何しにこんな田舎にいるのかしらね?」
 アーシアはとりあえず汚れている顔や手をお湯できれいにふきとった。夜は冷える。

毒がまだ残る身体は熱を出すので油断はできない。アーシアは火を絶やさないように寝ずの看病となった。
 ゼノアは夢うつつで身体を蝕む毒に苦しむ中、何度か目覚めたがその度に白い手が優しく触れるのを見、

心地よい声を聞いた。夢かと思っていた。そして完全に目覚めた時、ゼノアは夢でなかったことを実感したのだ。

 気がついて振り向くアーシアと名乗った少女は、射し込む朝日に輝いていた。

そして誰もが畏怖して恐れるゼノアに、
(さわ)やかな朝の陽だまりのように微笑み、(うた)うように話しかけてきた。
「気がついたのね。気分は如何かしら?もう一度治癒しましょうか?」  
 アーシアは、さあ、と言ってゼノアの片手を両手で包みこんだ。

彼女の左手に金の光りが輝き、ゼノアの力を満たしてゆく。

 ゼノアは自分の手を包む小さな白い手に視線を落し、それからアーシアの顔を見た。

視線に気がついたアーシアは臆することなく、にこりと微笑んだ。
ゼノアの奥底から渇望が湧き上がる。これほど欲しいと思ったものはない―――
 アーシアが外の何かに気が付き、急に外へ飛び出していった。彼女は驚いた。   

兄が来ていたからだ。ガガラの後始末を龍軍にさせている。
 アーシアの兄は、なかなか城に帰らない妹を巡回のついでに迎えにきてみれば不在で乳母にガガラの件と、

その行きずりの龍を看病していると訊き、駆けつけたのだ。
 ゼノアは身を起こし外の様子を窺うと、そこには龍軍と見覚えのある顔。
「あれは、(かん)龍州(りゅうしゅう)の州公ではないか?最近なにかと不穏な動きがある若造だが。アーシアと親しそうだが・・・・」
 ゼノアの闇のような瞳が嫉妬の炎に揺れた。
 その時、ゼノアの腹心である「銀の龍」が裏戸口から現れた。
「お探し致しました。ゼノア様」
「・・・・・・・・」
 警護の任についている銀の龍は、急に姿を消したゼノアを探していたのだ。    

 ゼノアはアーシアを直ぐにでも攫って行きたいところだったが、

自分のこの状態では州公とその龍軍を相手には分が悪すぎた。
しかし、ゼノアは薄く微笑んで呟いていた。
「お前は私のものだ・・・・」  
「何かおっしゃいましたか?」
「―――何でも無い。さあ帰るとしよう」
 銀の龍は、いつになく上機嫌な主をいぶかしみながら次元回廊を開くのだった。  
 それ以後、ゼノアはアーシアに執着し追い求め続けたのだった。  

それはもう、愛なのか征服欲なのか分からなくなるほど求めていた―――






                   
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