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第六章
魔龍王2![]()
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ゼノアは氷結洞に辿り着いたが結界に変化は無い。
少し安堵し氷壁 の洞窟 路 に踏み込むと、ほのかな光りが足元を照らしてくる。
数百年間、変わらない自分とアーシアを繋ぐ路。いつもそうだった。
この路を歩むときは、いつも何も感じない心がさざ波のように揺れる感じがする。
急に視界が広がる。ゼノアはこの瞬間が好きだった。輝く中に、自分だけのアーシアが迎えてくれるのだから―――
ゼノアは瞳を細めて、光りの中のアーシアを見ようとした。
「――――っ!」
ゼノアは瞳を見開いた。あるはずのものを探して・・・・
しかしそこにはアーシアが眠る氷結の柱が跡形も無く、ただ静かな光だけが変わらず降り注いでいるだけだった。
「クックク・・・・ああはっはははは・・・・」
ゼノアは始め静かに嗤っていたが次第に狂ったように笑いだした。
「アーシア目覚めたのか?そうか目覚めたのだな・・・・ふふ・・・今、微笑んでいるのか?それとも話しているのか?
ふふ・・・誰にも渡さないよ。前は私のものなのだから・・・・」
ゼノアは哄笑し続けた。氷結洞に永遠と響きわたるかのように―――
震龍州の砦の回廊でアーシアは何かに呼ばれたような気がして振り返った。
「どうした?」
ラシードがアーシアの不安な様子に気遣い手を差し伸べたがアーシアは、ビクリとすくむ。
あの事件以来、無意識に触られるのを恐怖するのだ。
その反応にラシードは伸ばした手を引き、きつく握り締めた。
「なにか呼ばれたような気がしただけ・・・・」
アーシアは無償に胸騒ぎがして、ぎゅっ、と自分で自分を抱いた。
ラシードは意味もなく怯える様子の彼女を思わず抱きしめようと手を伸ばしたが、
今度は、はっきりとアーシアの瞳に拒絶の色が浮かんでいた。
「―――っ」
彼は再び、ぐっと拳をにぎると整った顔に沈痛な色を浮かべアーシアから視線を外した。
アーシアは急に触れられるのはまだ抵抗があるものの、そこまで神経質では無いが
特にラシードに対してはそんな態度をとってしまうのだ。
アーシアはというと、どうしていいの分からなかった。あの事件以来、確かに龍に触れられる事に恐怖を感じる。
おぞましい感触と、圧倒的な力で押さえつけられ、どうすることも出来なかった事に身がすくみあがるのだ。
でも身近な人達にはそこまで感じない。だけどラシードだけは別だった。彼が怖いのでなく意識してしまうのだ。
いつも彼の事を考えているような気さえする。だから、つい反応が過剰になってしまう。嫌ではないのだ。
(今も、誤解させた?)
かと言って、自分からというのも躊躇われる・・・・
ラシードがあの夜告げた愛の言葉はそれ以後、語られることは無かった。
まるで無かった事のように思える・・・・そう思うと以前ラカンが言っていた あいつ、しょっちゅう女替えんの
という言葉を思い出すのだった。アーシアも自分のことも飽きられたのでは?とも思った。
ラカンから言わせれば今まで本気は一度もなくて今が本気だよ、と弁護していたが・・・・・
あの時、私はラシードの事なんとも思ってない、とリラに言ったら 嘘 と言われた―――
その言葉の意味を考えてみた。
(嘘の反対は・・・私はラシードの事を想っている?)
あの助けを求めた時、確かにラシードの顔しか浮かんでこなかった。
それで思わず彼の名を呼んだ!今思えば自分でも信じられない。
(私が彼の事を想っている?思って・・・あっ! まさか・・す、好きなの?)
急にその想いがふくらんで頬が、カッ、と熱くなってきた。
自分の気持ちに気が付いたアーシアは恥ずかしくなりラシードの側にとてもいられなかった。
アーシアはくるりと反転すると駆け出した。
「どうした?アーシア!」
驚いたラシードは、思わずアーシアの腕をつかんだ。
「放して!」
アーシアは勢い良く彼の手を払いのけて、一言そう叫ぶと走り去った。
途中ラカンとぶつかったが、そのまま走って行ってしまった。
残されたラシードは、払われた手を呆然と見つめていた。
ラカンは走り去るアーシアを見送りながら、ニヤニヤとラシードに話しかけた。
「どうした?ま〜たなんか悪さしたんだろ?」
ラシードの深刻な様子にラカンはふざけた調子を引っ込めた。
「何があった?」
「・・・・私が触れようとするとに怯えるんだ。今なんか思いっきり払い除けられてしまった・・・」
「アーシアが?そりゃあ、あんな恐ろしいめにあったんだからあたりまえじゃないか」
ラシードはうつむいて力なく笑った。
「はは、もう駄目だな・・・・私だけ態度が違う。私のせいであんな事になったのだから許してくれないのだろう。
完全に嫌われたのかもな・・・・」
ラカンはラシードの初めて見る落胆した様子にかける言葉を迷った。
「それで、諦めるのか?」
「――それが出来るのなら悩みなどしない」
「そうだな」
ラシードはすっと、顔を上げるといつもの冷淡とも言える表情に戻っていた。そして淡々と話だした。
「いずれにしても、今後の準備もあるし、頭を冷やしに天龍都の実家に帰ってくる。父とも決着をつけてくる・・・・」
ラカンも軽く溜め息を漏らし、そうだな、とラシードの肩を軽く叩いて二人で回廊を進んでいった。
ラシードは、天龍都の実家に戻って来ていた。
青天城を中心に街の建物は整然と並んでいる。路は石畳で整備され何層かに高く建てられた家が連なり
整いすぎている為か、どこか冷たい雰囲気がする。ザーン邸は、都心の中でも一際眼を引く大きな邸宅だった。
ここに帰ってきたのは数年ぶりだった。幼年期は過ごしたが、それ以後は郊外の別邸を使い
両親の住まうこの本邸には寄り付かなかった。辛い思い出しかないこの邸宅には何の感慨もない。
邸内は深閑としている。幾つもの同じような扉が並ぶ廊下に、ラシードの足音だけが響いていた。
ある一室の前で立ち止まると内側から重々しい声がかかった。
「ラシードか、入りなさい」
ラシードは扉を静かに押して入った。
室内は昼間にも関わらず明かり取りの窓を閉めている為か薄暗かった。
奥に壮年の高官らしい風格の『龍』がいる。厳しい表情だが、その瞳は落ち着いた色をしていた。
ラシードはその龍の前に立ち止まり硬い口調で話しだした。
「父上、お聞きしたい事がございます」
「その前に、わたしに言うことがあるのではないか?紅のラシードよ」
紅のラシード それは仲間内で呼ばれる名だったが、ラシードは驚く様子もなく淡々と答えた。
「はい、私は〈陽の龍〉の下に集っております」
「そうか、それでは敵という訳だな」
「はい」
ラシードの父は、青天城の重臣の一人であった。
気まぐれな最悪な王ゼノアでも、何とかこの一都八州の地を機能させてこられたのは、この重臣達に他ならなかった。
優秀であってもゼノアの乱行は止めることは難しい。
また、お互いに重臣の座を巡り政権争いが絶えることが無かったのだが、この父は長年この地位を保っていた。
あの四大龍の碧の龍が、ザーンの息子であるラシードに手だし出来なかった程の実力者なのだ。
父は怒るわけでもなく、話を続けた。
「それで、話とは?」
「はい、私の本当の父は誰でしょうか」
ザーンは少し目を見張ったが、口調は変わらなかった。
「・・・・知っていたのか・・・」
「はい、昔お二人の話を偶然聞きまして」
「そうか・・・それなら、おまえは母が、わたしを裏切ったと思っていたのであろうな?」
「・・・・・・・・」
「おまえの父親は、ゼノア様だ――」
「―――なっ!」
思ってもいなかった衝撃の事実にラシードは驚愕した。
ザーンはふいに壁に掛かる大きな肖像画を眺めた。そこに描かれていたのは淡い金髪の美しい〈宝珠〉だった。
髪の色がどこかアーシアに似ている・・・・ラシードの今は亡き、母の肖像画だ。
「――ゼノア様に強く望まれたのだよ。わたしもまだ力も弱く、断る事が出来なかった。ゼノア様は何時でも
死か服従か のどちらかなのだから・・・それでおまえの母を差し出した。ゼノア様は直ぐに飽きて戻してはくれたものの、
お前を身ごもっていた。もしそれが分かれば又、妻を取られてしまうと思い、王にはお前の事を隠した。
自分達の保身の為に承知でした事だったが、本当の気持ちは違うのだから・・・わたしも彼女も苦しんだ・・・」
ラシードは淡々と語る父を何か別のものでも見るように見つめていたが、長年抱いていた憤りが吹き上がってきた。
「では・・・自分達の命惜しさにそうしたと言うのですね!それなら望まれてもいない忌まわしい私が生まれる前に、
何故殺さなかったのですか!それかあの時、母の手で何故そのまま死なせてくれなかったのですか?」
ラシードが母親から首を絞めて殺されそうになった時、助けてくれたのは父だったのだ。
「わたしの子でなくても愛する妻の子なのだから、わたしにはお前を殺す事は出来かった。
しかしあれは悩んでいたんだよ、ラシード。自分の子としてお前のことを愛したいが、
私の子でなく他の男の子として憎んでもいた。わたしへの絶対の愛と、
お前への愛に挟まれて次第に命を削っていった・・・・」
「そんな馬鹿な・・・あなた達は、本当はずっと愛し合っていたと言うのですか?」
両親の不和。自分を憎んでいた母。冷たい愛の無い家庭だった―――
父は再び肖像画を、瞳を細めて見ていた。
「龍は愚かなものだ。愛おしすぎて壊してしまう。自分だけだと言ってくれる宝珠の心に甘えるのだろうな・・・」
父はラシードに向き直り全てを払う様に強く言った。
「確かにお前の本当の父はゼノア様かもしれない。しかし、わたし達の子だ。
お前が何をしているのかも薄々気がついていたし、誇らしく思っていた。
出自が知れてお前の志が変わるか?それはないであろう。自分の信じる道を行くがいい。
わたしは都の重臣となる事で家族を守って来たつもりだ。人々から恨まれようと、多くのもの達を不幸に陥れようと、
その代価がどんなに高かろうともだ。自分の我儘だったが後悔はしていない」
ラシードは言葉が出なかった。長年自分は愛されていないと、勝手に自分で心を閉ざし周りを見なかったのだ。
今思えば母が死んだ後もこの父は何ら変わることは無かった。
人を欺く為とは言え遊興三昧に明け暮れても黙認してくれていた。
それも何も言わないのは、愛されていないと思っていた。愚かなのは自分だった―――
(アーシア・・・・)
彼女に今すぐ、会いたい。そして、明るく笑う声で言ってもらいたい。
馬鹿ね、ラシード!言った通りでしょ? と―――
しかし父はああ言ってくれるが、私の中に流れるのは彼女が最も恐れ嫌う狂気の王の血。
この事実を消すことは出来ないのだ。
(叶わぬ恋なのか・・・・)