第七章無二の誓い



「余計なものまでついてきたようだが、まあいい」
 低く氷のような声が後ろからした。   

 アーシアは動けなかった。膝をついている冷え切った床が全身を凍らせるようだった。

ラシードはアーシアから離れたところに飛ばされて膝をついたが殺気をみなぎらせ、ゼノアを見据えていた。
 その声の主は音も無く近づいてきて囁いた。それは恐怖と言うのに相応しい音色だった。
「アーシア・・・久しぶりだな」
 アーシアは、からくり人形のようにぎこちなく振り向いた。
「・・・・ゼノア」
 深淵の闇を思わせるような瞳と出逢う―――
ゼノアはその氷のような美貌で、にっ、と微笑むと震えるアーシアに手を伸ばした。   
「彼女に(ふれ)るな!」
 ラシードが鋭く叫んだ。
 ゼノアは振り向くこともなく〈力〉をラシードに向けて飛ばした。

炎の
(いかずち)がラシードを直撃して骨を砕く鈍い音がした。
「――――ぐっ」
「ラシード!」
 前方に見えるラシードは血を吐き、直撃した胸は衣ごと焦げて煙をあげていた。

 しかも彼は何か呪縛されているように、その場から動けないようだ。

うな垂れるラシードはアーシアの呼びかけに応えない。
目の前のゼノアよりも彼の安否を気遣い何度も名を呼んだ。
「いやぁ―――ラシード!ラシード!死なないで―――っ」
 ゼノアは闇色の瞳でラシードをチラリと見て、アーシアに視線を戻し薄く笑った。
「そう?アーシアあれが大事なのか?」
 アーシアは、はっとしてゼノアを見た。
「ああ・・・・やめて――――っ!」
 アーシアの絶叫とともにラシードに向けて再度、炎の雷が炸裂した。

その衝撃でラシードは意識を取り戻し、喉につまる血を吐きながらアーシアに声をかけた。
  
「だ、大丈夫だ。アーシア・・・・」
「ラシード・・・」  
 ゼノアが嘲笑(あざわら)うかのように再び〈力〉を繰り出そうとした時、その右手をアーシアがつかんで制した。

 そして、うつむいたまま途切れ途切れゼノアに言った。
「か・・彼を・・・彼を助けて・・・命を助けてくれるなら・・・・・・」
 ゼノアは、すっと瞳を細めた。
「くれるなら?なに?」
 ラシードが、はっと、
「やめろ――――っ!」   
 と叫ぶ。
 アーシアは、ぐいっと顎を上げてゼノアの瞳を見返して強く言い放った。      
「彼を助けてくれるなら、あなたの言うことを訊くわ!」
 ゼノアは彼女の顎に指をかけ上向かせると、その瞳を覗き込んだ。
「あれは、お前の何だ?」
「なんでもないわ!私のいざこざに巻き込みたくないだけよ!」
「なんでも無い訳などないだろう?街や村を救うためならいざ知らず、個人を守る為のそのような台詞、

数百年前など訊いたこともないが?」
 アーシアは、はっとした。ゼノアの 街や村 と訊いて思いだした。

あの時は、結局助けてくれなかったことを・・・・ラシードが死んでしまう・・・身体中の血が凍るようだった。

自分が死ぬより辛い心の
痛みがあるなんて知らなかった―――
「彼を助けて!もし死なせるようなら、私も・・・・私も一緒に死にます!」
 ゼノアは再びラシードに視線を向けた。

結界の中で力も使えず、息も絶え絶えなのに自分を今にも襲い掛かるかのように睨んでいる。
「で、あれはお前の何だ?」
「な、仲間よ」    
 ゼノアの声が一段と冷たく、闇の底から響くようだった。
「嘘は駄目だ・・・アーシア本当の事を言わないのなら・・・」
「ぐわっ――――っ」
 ゼノアは指を動かし、ラシードの結界に何かしたようだった。もがき苦しんでいる。
「ラシード!いやっ―――ラシード!やめてゼノア! やめて――――っ、愛しているの、彼を愛しているの!

だから・・だから殺さないで!なんでも言うことは訊くわ!だからお願い、殺さないで――――っ!」
「愛しているだと?・・・・」   
 ゼノアは呆然と立ちつくし〈力〉がパタリと、止まった。

 その隙をついてアーシアはラシードに駆け寄った。

 ラシードも今の言葉を聞いていた。肩で荒く息をしながら、信じられないという表情で彼女を見つめた。

 アーシアは涙で滲む瞳で微笑んだ。
「ラシード、愛しています。あなたに永久(とこしえ)の愛を誓い捧げるわ!だから死なないで・・・あなたが生きている・・・

あなたが生きていてくれるなら、例えあなたに二度と逢えなくても、どんなに辛くても・・・・私は幸せだから」
 二人は至福の時を喜ぶかのように熱く、深く、唇を重ねた。  
 ゼノアの周りの空気が変わった。

すべてを凍りつかせるような冷気が漂い、それとは逆に闇色の瞳を紅く狂気に燃え上がらせていた。

そして凍る冷たい手で抱き合う二人を引き剥がし、言った。
 
「アーシア。なんでも言うことを訊くと言ったな?無二の誓いは許さない・・・それは私にしてもらおう。

分かっているだろう?お前は昔から私のものだ、誰にも渡さない・・・」
「心はあげられない!それ以外なら何でも言うことを訊くわ!」
「約束が違うじゃないか?それなら私も約束出来ないな」
 ゼノアが、チラリとラシードを見た。     
「殺せ!命など惜しくない!アーシア駄目だ!君はカサルア達がきっと助けてくれる。だから奴の言うことなど訊くな!」
(助けが来る前にあなたが殺されてしまう・・・)
 アーシアは悲しくラシードに微笑むと、静かにゼノアに向き合った。
「ゼノア、あなたに口先だけなら幾らでも愛の言葉を誓えるわ。真実それでいいのなら   

幾らでもあなたの言うことを聞くし、無二の誓いもしましょう。でも宝珠の契約は心に嘘はつけないの。

無二を口で誓って儀式を行っても契約は成立しないわ。試してみましょうか?今すぐこの場で―――」
 アーシアは左手を差し出した。

 契約の儀式は〈力〉の象徴であるお互いの手の平に傷を入れて重ね、血を混ぜ合わせながら

お互いの〈力〉を注ぎ込むものだ。成立すれば二人は宝珠の輝きである黄金色に光り輝くものだった。
 アーシアは、さあ、と再度ゼノアに左手を突きつけた。
「はははは・・・・それはいい。実に愉快だ。昔よりましだな。お前は 死か服従か の選択で

死≠セったのだから、遥かにいい。せいぜいあれには長生きしてもらおうか?殺しても飽き足らないが・・・

ラシードとやら、お前には感謝するよ。数百年待っただけあった。アーシアがお前の為に服従すると言うのだからな。

ははは・・・さあアーシア私に口づけして偽りの愛を語るがいい。私達だけの契約成立だ」
 アーシアは強張った表情でゼノアに手を伸ばし、彼の残忍に微笑む唇に口づけをした。
「アーシア、微笑むがいい」
 アーシアは唇の両端をあげて無理に微笑んで、言った。
「愛しています・・・ゼノア」
 ゼノアはアーシアを絡めとると、愉快そうに哄笑(こうしょう)し続けた。
彼女の瞳は硝子(がらす)のように、ただ(くう)を見つめているだけだった。
 ラシードは、ふいをつかれたとはいえ何も出来ずにいる自分を呪いながらその様子を見ていた。

アーシアが自分の為にゼノアの言いなりになるのが耐えられなかった。

この命など捨てても惜しくないのに指一本動かせず、死ぬことも出来ないのだ。

ゼノアは、決して死なせてくれないだろう。
彼女を繋ぎとめる為に、私という鎖を――――
 しかし―――自分にはあの狂気の王の血が流れているのだ。それを知ればアーシアだとて心は離れるだろう・・・・

こんな私に愛を誓ってくれた。最も欲しかった言葉だった―――
あの瞬間死んでもいいとさえ思った―――   
真実を伝えればきっとこの愛も終わる。だが、それを言う事も出来ない。

言えばアーシアに私という鎖の効果が無くなり、そうなれば彼女は昔のように誇り高く死を選ぶに違いない。

自分が先に死んでも一緒だ。彼女は、やはり死を選ぶだろう。アーシアが言った。
 ―――死なないで、あなたが生きていてくれるなら私は幸せなの―――と。
 それは自分にも言える。アーシア君さえ生きていてくれるなら私は幸せだと・・・・
 今になって両親の気持ちが分かった。自分は父を責められない。同じ事をしているでは無いか?  

死ぬことも出来ず、しかも真実も言えない。そう、私は卑怯な男だ―――
未だに続く、ゼノアの哄笑が自分に向けられているようだった。
   
 
 ラカンは異常な〈力〉の発動に気付き、急ぎザーン邸に駆けつけた。
 豪奢(ごうしゃ)な造りの邸宅はラシード達がいた階あたりが無残にも(えぐ)りとられたようになっていた。

しかも、彼らの痕跡も消えうせていたのだ。
「いったいどうなっているんだ!」   
 ラカンが呆然としていると邸宅からザーンが出てきた。

何度か会ったことはあるが、いつもどっしりと落ち着いた風格の彼が見るからに余裕なく焦った表情をしていた。
「ネイダの息子だろう?ラシードの仲間?」                              
「そうだよ!おやじさん、何があったんだ!」
「ラシードと宝珠のお嬢さんが、ゼノア様に連れていかれた」
「なんだって!」
「たぶん青天城だ。早く助けに行ってやってくれ」
「よりによって青天城・・・・ちきしょう!」
 ラカンもあの城の鉄壁さは良く知っている。入り込む隙さえないのだ。
 ザーンは手に持っていた書簡を差し出した。
「これは今日ラシードに渡そうと思っていたのだが・・・長年わたしが造ってきた青天城への隠し通路の見取り図だ。

これはわたし以外誰も知らない。さあ、早く!」
「おやじさん・・・・」
 ザーンはふと自傷ぎみに笑った。
「今までゼノア様のもとで散々民衆を苦しめていた重臣のわたしの事を信用出来ないかもしれないが、

わたしもそれをすることで家族を守ってきたつもりだ。それが人々から恨まれようと、多くのもの達を不幸に陥れようと、

その代価がどんなに高かろうともだ。自分の我儘だったが後悔はしていない」
  
 ラカンは書簡とザーンを交互に見た。

確かにこの父親がこれ程の重臣でなければ、ラシードもあんなに活動も出来なかっただろう。

そのせいで何度か助かった事もある。それに、こんな通路などゼノアや他の者達に知られずに造るなど、

短期間で出来るものでは無い。どれぐらい前から準備していたのか・・・・
 ラカンは思いの詰まった書簡をしっかりと受け取った。
「確かに頂きました。絶対にラシードを救い出し、ゼノアを斃します」
 ザーンは大きく頷き、ラカンを送り出した。
 ラカンはすぐさま、震龍州のカサルアのもとへ赴いた。彼のもたらした情報にカサルア達は動揺した。
動揺というよりも烈火の如く怒ったのはカサルアだった。   
「なんと言うことだ!またしてもゼノアにアーシアを捕られるなど!自分が呪わしい!

何度同じ間違えをおこせば気が済むのだ!」
 レンがその不可思議な言い回しを訊き止めた。
「またしても?何度もとは、いったい・・・」
 イザヤがさっと話に割り込んだ。                                             
「それよりも、急ぎ話を進めましょう」
 ダン!と卓上を叩く音がした。一同注目する。叩いたのはラカンだった。
「ちょっと待てよイザヤ。今、話はぐらかしただろう?こないだから気に入らないんだよ。

俺たちになんか隠しているだろうが?言えよ!何を隠してやがる!」
「別に何も・・・今そのような話をしている暇は無い」
 イザヤは至って冷静だ。ラカンは彼には珍しく怒りをあらわに激しく問いただした。
「冗談じゃねえぞ!今から生死をかけた決戦ていう時に、仲間に隠し事している奴なんかに命預けられるかよ!

信用できねえ!」
    
 イザヤも珍しく顔色を変えて反論しようとするのを、カサルアが制した。
「ラカンの言うとおりだ。すまない・・・君達を信用していなかった訳では無かったのだが、

今となってはどうでもいい事だったと思う。もう・・・多分アーシアは生きていないだろう。  

昔からそういう子だから・・・・
死か服従か で、潔く死を選ぶ。前回はたまたまゼノアが術を施したから

再会を果たすことが出来たが、今回はそう上手くいくとは限らない・・・・

そう、私はアーシアの事は昔からよく知っている。私は彼女の兄だから・・・」
 ラカンとレンは考えたことも無かった告白に驚愕した。
「カサルアとアーシアが兄妹・・・・?」
「そうだ、数百年前にゼノアの姦計に破れ、妹アーシアを封印された。その後、数百年後の今、私は転生した・・・」
 レンもラカンも押し黙った。

天の理を曲げる忌まわしい事実。それでも今まで度々符合しなかった事がつながった。

 ラカンは肩をすくめると、笑いだした。
「ばっかだな!カサルア、俺らがそんな事でびびるとでも思った訳?冗談じゃないぜ!

まあ一般人はびびるだろうけどよ。あ〜あ、すっきりした!」
 レンもそんなラカンを見てくすりと笑って同意した。
「カサルアは悪くない。私が黙っているように言ったのだから」
 ラカンは又、笑いながらイザヤの背中を叩いた。
「ははは・・心配性だったな、イザヤ!もっと俺たちを信頼してくれよ。

俺はお前の事、うるさいとは思うが信頼はしているんだぜ!で?どうしたらいい俺達は?」
 イザヤは頷く代わりに、ふと微笑んだ。彼らの中で新たな信頼関係が築かれた瞬間だった。

 以後、カサルアの下で支え続け『鉄壁の四龍』と云われた四大龍の始まりの時だった―――
 カサルアはそれぞれの顔を見た。  

淡々と話を進める『銀の龍』と呼ばれるようになるイザヤは、今後もその膨大な情報を統べて知略を駆使していくだろう。

『翠の龍』となるレンは正義と良識で皆の道しるべとなり、『碧の龍』のラカンはその自由奔放な飾らない心で

皆の要となるであろう。そして、生きていて欲しい『紅の龍』となるであろう、
凄烈(せいれつ)な勇の持ち主のラシード。
(誰一人欠けて欲しくない。これからが本当に皆の力が必要なのだから・・・・)   
 一通りイザヤの策や説明が終わり、その場は静まりかえっていた。皆、カサルアの言葉を待っているのだ。

 カサルアは金の瞳を一度ゆっくり閉じて開いた。その瞳は強い輝きを放っていた。
「さあ、行こう!我々は勝利する。すべての者達のために。自分のために!あらん限りの力を尽くそう!

新時代のために!」
    
 皆、歓喜に震えた。この日の為に何年も費やしてきたのだから・・・あと少しなのだ。

 それぞれが突入の部隊をまとめに戻った。目指すは青天城――――明日の決行となる。
   









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