第七章無二の誓い


 
 アーシアは身支度を整える為に王の間の続き部屋にいた。ゼノアが片時も彼女を離さない為だ。

一言も喋らない侍女達に次々と着替えさせられていく。いつにも増して衣装が重い。そう感じるのだ。

素晴らしい刺繍を施した衣に豪華な細工の飾りの数々・・・年頃の娘が見たら大きな溜息を漏らすだろう。
 兄と衣を巡って喧嘩したこと、ラシードから贈られた花の宝珠飾り・・・・・   
遠い昔のようだ―――                          
 仕度は整ったようだった。ゼノアが待っている。笑わなければ―――
(ほら!アーシア!楽しかった事を思い出すのよ!) 
 自分に言い聞かせて楽しいかった思い出を浮かべてみた。

無理やり笑顔をつくって、王の間へ入って行く。

 ゼノアは上機嫌だった。奥にはラシードが同じく着替えさせられて何もなかったかのように腰かけていた。

しかし彼の五感はそのままだが身体の自由を奪われているのだった。   

その真紅の瞳だけが意思を持っているかのように存在を訴えていた。

 ゼノア越しにラシードが見える・・・・
「今日も素晴らしく美しい。さあ、私のアーシア。この私の為に、その輝くような笑顔を見せて愛を語るがいい」
「ええ・・・ゼノア。あなたを愛しています」
 ゼノアは満足そうにしていたが急にすっと瞳を細めた。

アーシアが笑顔なのに、その頬に涙がひとしずく流れたからだ。

自然と涙がおちる・・・・それでもアーシア微笑んだまま言葉を綴っていた。
「愛しています。この世が果てたとしても貴方だけを・・・」
 アーシアの目線はゼノアを通り越してラシードの瞳に注がれていた。       

 ゼノアは不自然なその熱い目線を追って肩越しに振り向くと、ラシードの炎のような瞳と合った。
「クククッ・・・・これは、これは。アーシア、あれを見る事も禁じる。私だけを見なさい。

その瞳に映
るのは私だけだ。それが出来ないのなら、あれの瞳をくりぬこうか?」
「ひっ、やめて!お願い。言う通りにするから!」
 アーシアは必死に懇願した。

 ゼノアは酷薄に薄く微笑むと、
(あざけ)るように言った。
「心以外はくれると言ったな?心ほど変わるものは無い。今まで散々見てきた。

今に、お前に全てを投げ出させてみせようか?」

 ゼノアはラシードに見せ付けるかのように彼の目の前までアーシアを誘い、抱擁し、

口づけをするように顔を近づけて来た。

 アーシアは堪らなかった。覚悟はしていても恋しい人の目の前でそのような行為は何度も出来るものでは無かった。
「み、見ないでラシード!私を見ないで―――っ」
「それじゃ面白くない。アーシアお前は愛おしいと思う。だから嫌な思いはさせたくない。だが・・・・あれは別だ。

あの瞳が気に入らない。しっかり見てもらおう―――お前のものじゃないという事を。

さあ、その瞳は閉じない。それと声を出せるようにしてやろう。
怨嗟(えんさ)の声が聞きたいからな」
 ゼノアが指を鳴らしたと同時に、ラシードの喉頭の縛が解けたが、瞳は自分では閉じることが出来なかった。

 歯を食いしばり言葉にならない怨嗟の声をもらす―――
    
 アーシアは触れられる程近くにいるラシードの前でなど、気も狂わんばかりだった。

このような恥辱を受けるぐらいなら死んでしまいたかった。しかし、出来ないのだ。

自分が死ねばラシードも殺される。それだけは出来ない。
(泣いては駄目、ラシードが心配するわ。なんでも無い振りをするのよ!)
 ゼノアはラシードの反応を見ようと目線を流して、目を見張った。

 ラシードは無言だったが開いたままの瞳は激昂に燃え、静かで烈しい炎が彼の全身を包んでいたのだ。

その炎は一気に鮮烈な火柱となり一瞬にしてゼノアを弾き飛ばした。
 ラシードはよろめきながらも立ち上がった。彼はゼノアの結界呪縛を破ったのだ。

彼の怒りが先日暴走した時のような力を誘発し、その爆発的な力は同じ火の龍であるゼノアの力を凌駕し、

決して内側から破れることのない結界を破壊したのだった。
「馬鹿な・・・・私の結界が破れるなど・・・」          
 ゼノアはすぐさま応酬したが外した。アーシアがラシードの前に立ち塞がったからだ。
「ちっ」
 ラシードはしっかりとアーシア引き寄せると、ゼノアに向かって渾身の〈龍力〉を叩き込んだ。

 〈力〉は炎の刃となって振り下ろされたが、防御されてしまった。
「ラシード!私の力を使って!」
 ラシードは腕の中のアーシアにふっと微笑むと、(かぶり)を振った。
「必要ない。負ける気はしない」
 二人は睨み合ったまま、じりじりと間合いを詰めていった。

 その時「紅の龍」のユーリスと「翠の龍」アリナが、飛び込んで来た。

二人はゼノアを庇い、後方へ下がりながら叫んだ。
「ゼノア様、大変です!今〈陽の龍〉が攻め込んで来ました!」
 アーシアとラシードは、喜びにお互い顔を合わせた。
 城中から爆音と絶叫が上がってきた。
「ラカンの奴、嬉々としてやっているだろうな。では私もゼノアか四大龍ぐらい斃しておかないと  

後で嫌味言われかねないな?」
「くすっ、そうね。絶対言われるわよ。ふふっ」
 このような状況なのに和やかに笑顔で見つめ合いながら話す二人を、ゼノアは狂ったように見つめた。

 昔はアーシアを独り占めしているかのような兄が憎くて殺した・・・・
(この男は、八つ裂きにしてやる・・・)
 しかしアーシアが邪魔で迂闊に手を出すことが出来なかった。
 ラシードの言葉にいきり立ったのはユーリスだった。
「この俺様を斃すだと!笑わせるな!」
 ユーリスより速くラシードが動いた。

〈力〉が右の腕に集まったかと思うと、紅蓮の炎が龍のようにユーリスに襲いかかった。

 アリナが前に出て防御壁をかけるがひとたまりも無かった。アリナが炎に呑み込まれる。
 ユーリスは驚愕した。
「馬鹿な!翠の龍の防護を破るなんて!なんて馬鹿げた力なんだ!こんな火の龍がいたなんて信じられない!」
 その時、室内に閃光が走った。  
「!」
 閃光の源から豪奢(ごうしゃ)に輝く黄金の髪を煌かせながらカサルアが現れたのだ。

 宝玉さえも
()せてみえる金の瞳で、真っ直ぐゼノアを見据えている。

 カサルアはチラリと、アーシアとラシードに目線を流して一瞬、微笑んだが、表情は
(しゅん)(れつ)な覇気をみなぎらせていた。
 先に口を開いたのはゼノアだった。いつもと変わりなく薄く微笑みながら、その声は深黒を思わせるようだった。
「やはり、お前か・・・今回も、はなかなか楽しませてくれたな」
「ゼノア。お前の戯言を訊くつもりは無い。今日こそ決着をつける!」
 カサルアは言い終わるより先に雷光を放った。ゼノアもかわしつつ、炎の雷を放つ。
双方の〈力〉は互角―――
衝突して爆発的な〈力〉が二人の間でくすぶっていた。二人は微動だにせず〈力〉を放ちあう。

 炎と光りが強い閃光を放って絡み合っていた。二人の間に誰も入っていくことが出来ない。
一瞬でも気が散れば勝敗は決するのだろう―――
その〈力〉の波動が尖塔を吹飛ばし王の間を壊していく。
崩れる壁を除けながらレンが駆けつけた。

 そして同じく崩れる壁を除け、アーシアを庇ってユーリスと対峙しているラシードの側へ急ぎ駆け寄った。
「二人とも無事でだったのですね。ああ本当に良かった」
「レン、アーシアを守ってくれ頼む。ゼノアはカサルアに取られたが、私は紅の龍を斃す」
「さあ、アーシアここは危険です。場所を移動しましょう」
「嫌よ!私はここにいるわ!みんなが戦っているのに、安全な場所に行けない!」  
「それは駄目です。あなたの事は、頼み事などしないラシードから頼まれたのですから」
「いいえ!少しでも力が欲しい時に私のためにレン、あなたまで戦列から外れるなんて駄目だわ!

 レン〈力〉を貸して、あなたの守る力をみんなに私が注ぐから。お願い!」
「守る力を皆に注ぐ?」
「そうよ、あなたの治癒力を戦闘で傷ついた人達へ、私がみんなに送るから、お願い!」
 レンは、そのような事まで出来るのかとアーシアの力に驚いたが、自分の〈力〉を最大限に生かしてくれる、

この申し出を断る理由もなかった。それに皆、アーシアのお願いには弱いのだ。

レンは、やれやれと少し困ったように微笑んで承知した。
 ラシードは実際立っているのがやっとだった。ゼノアにやられたのと、結界を破るのにかなり消耗していたからだ。

 しかし、この紅の龍に負ける訳にはいかない。同じ火の龍の意地だった。さすがに紅の龍を名乗るだけの実力はある。

ラシードも押され気味だったが、その時レンの〈力〉が注ぎこまれ、身体に力が満たされてきたのだ。
(レン?・・・・アーシア?)  
 ラシードは辺りに視線をめぐらせると、その場から去ったものと思っていた二人の姿を見止めた。

 柔らかな光りに二人は包まれていた。アーシアはその輝く左手を、レンの翡翠色に光る右腕に添えている。

彼女は〈力〉を行使する時に見せる、誰も触れることが許されないような神気にあふれ、

何も映さない空虚な瞳をしていた。しかし今はその瞳が、ラシードの瞳と合うと一変して喜びの色を湛えていた。
(アーシア・・・・)
 ラシードの頬を炎の矢がかすめた。    
「よそ見をするな!」 
 ラシードはふと微笑むと、凄まじい〈力〉を放った。力の差は歴然だった。

それは生きた炎の獣のようにユーリスに襲いかかり呑み込んでいく。
「うわあぁあ―――っ」
 時を同じくして、カサルアと対峙していたゼノアが動いた。          

しかもゼノアは〈力〉をアーシア達の方角に放っていたのだ。

 どさりと倒れる音がした。アーシア達のすぐ近くで、アリナが倒れたのだ。

彼女は信じられないと言うように大きく瞳を見開いた。
「――ゼノア様・・・・なぜ?・・うっ」
 ラシードの炎に斃れたかと思っていたアリナがアーシアの背後に迫って狙いを定めていたが、誰も気付いていなかった。

 しかし、ゼノアがそれに気付いたのだった。
 皆、ゼノアを凝視した。

彼の冷めた貌は、表情を崩していなかったが、いつも薄く微笑みを刻む唇からは鮮血が
(したた)ていた。

何事もなかったかのように、胸にあてた手の指の間からも紅い血があふれている。

 アーシアに攻撃しようとするアリナを制止する為、ゼノアが〈力〉を放った時、カサルアとの〈力〉の均衡が破れ、

彼の雷光がゼノアを直撃したのだ。
「言っただろうアーシア。お前は私のものだ。死の神にさえ渡さないと・・・・」    
 ゼノアは、がくっと膝をつきながらもアーシアに向かって話し続けた。
「お前は信じてくれるだろうか?初めて遇った時から・・・愛していた・・・お前のその輝きは眩しく・・・

私の安らぎだっ・・た―――」
 続きの声は出ずに、青ざめた唇は 愛している と、かすかに動き―――絶命した。  
これが千年にも及び、恐怖で支配し続けた魔龍王ゼノアの最後だった―――
 カサルアは血溜まりに横たわるどこか安らいだ表情のゼノアを、ただ静かに見つめた。
「ゼノア、お前のした数々は、とても許されるものでは無いが・・・お前も普通の龍だったんだな。

宝珠を乞いし恋焦がれただけの・・・愚かな龍だ・・・・」
 青天城も主を亡くした戦いは次第に収束し、カサルア達の大勝利でこの戦いは終焉を迎えたのだった―――








                   
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