紅 の 龍 11


 
シャロンと合流したアーシアとリストは、彼が御者する簡素な馬車でアリナの隠れ家へと向った。
その馬車の中でシャロンが問いかけてきた。

「私のこの姿の理由をあなたは知っているのでしょう?教えて」
アーシアはアリナとの会話を思い起こした。シャロンを探せと言われた時にアーシアは
聞いた。
何故探すのか≠ニ・・・アリナは答えた。

「そうね・・・お前に話しても何になる訳でもないのだから言うけれど、私だけが知っていたゼノア様の秘密・・・あの方は特殊な体質だったわ。あの方は宝珠の力というかその源を吸収してしまう能力があったのよ。それも意識することなく自然に・・・」
「そんなこと私には無かったわ」
「それはそうでしょう。お前はあの方を否定していたのだから・・・力を吸い取る事が出来たのはゼノア様と力を行使する心を寄せた宝珠だけ。その女達の想いが強ければ強い程、力を行使するだけ、それは流れる。契約すれば尚のこと更に肌を合わせれば更に・・・・」
アリナはそのことを思い出したようで嫉妬の炎が瞳で揺れていた。

「い、意味が分からないわ」
「血筋だとかゼノア様はおっしゃっていたわ。自分の父親もそのまた親もそうだったとか・・・それだけなら別にたいしたことじゃなかった。宝珠達の力を吸収して強大な力になるだけなのだから・・・でもあの方の父親が早世した原因はそれだったのよ。初めはいいけど次の段階でこれは何が原因か分からないけれどそれが反対に切り替わる・・・そして力が逆に流れ出す」
アーシアは鼓動が高鳴り耳の奥がガンガンしだした。
アリナの言っている事が本当なら自分に関係無いことでは無かった。アリナは知らないがラシードの父はゼノアだ。そのゼノアがその能力が血筋だというならラシードにもそれがあるだろう。
初めは宝珠から龍に流れだし次は龍から宝珠に流れる。しかもそれは命を落とすというのだ。
アーシアは覚えがあった。自分の力が何処かに流れている感覚が・・・そのせいで体調が悪いとは思わなかったがそれは最近ずっと感じていた。

「そ、それはどうにかならないの?」
「どうにか?ですって?もちろんどうにかしていたわ。そうなると宝珠達に知られる前に、私が全部殺していたわ・・・いい気味よ。可憐な姿でゼノア様の横にはべって情を頂くなんて龍の餌の分際で!」
その時アーシアに大きな震えが襲ってきたのだった。
アーシアは自分の力が流れるのだけなら構わなかった。
しかし力が逆流してラシードの命を奪うとなれば話は別だった。
アーシアは自分がいなければと一瞬思った。しかしそんな思いを叱咤した。まだ時間はあるのだ。
考えるのはまだ後でもいい―――先ずは自分から力が流れるだけなのだから。

目の前に座るシャロンを見た。力の逆流で若返っているのだろう。

「シャロンさん。自分の力の源のようなものが流れ出ていると思いませんでしたか?」
「ゼノア様にでしょう?共にいたのだから当然知っています。力の弱いものはその消耗は早く、ゼノア様が大きな力を使われた時はもっと早く。そして情を頂いて肌を重ねたものはもっと・・・私はこの姿だから契約しただけで情を頂く事が無かったから緩やかでしたけれど。でも王と別れてからは急速に進み・・・最近は・・・」
「今は逆に力が(みなぎ)って、姿も変わった・・・どんどん年をとったかと思ったらどんどん若返ったのではないですか?」
「え・・ええ」
その通りだった。もう自分はこのまま朽ち果てるのだと思っていたのだ。
そんな時、ラシードを見かけたのだった。姉のようだった彼の母と愛するゼノアの間に出来た隠された龍。大好きな二人の子供だったから教えてあげた。
気をつけなさいと・・・伝説の宝珠とラシードの関係を知っていたからだ。アーシアに嫉妬したこともあったがゼノアの心を思えば彼女を死なせたく無かったという気持ちがあった。

「シャロンさんは知らなかったと思いますが、ゼノアに力が流れてしまったままでは終わらないのです。何をきっかけに始まるのか分からないそうですがそれが逆流するそうです。龍から宝珠に・・・・」
「そんな馬鹿な・・・」
「力が流れた宝珠達の最後を見た事がありますか?」
シャロンは首を振った。そう言えば老いた姿になるのは何人か見たが死んだ姿は一度も見た事は無かった。そこまで老いてもいなかったのに死んだと言われたものもいた。
そうだ――いつもただ死んだとだけ言われていた。

「死んだ≠フではなくてアリナが殺していた≠セそうです。力が逆流し始めたらそうして止めていたそうです」
「それなら・・・今の状態は・・・」
「逆流です。だからもう一度聞きます。本当に行きますか?」
シャロンは静かに微笑んだ。

「もちろん。私を直ぐに殺さなかったのに感謝するわ。我が王に会えるのですから・・・そしてお会いしたら直ぐにこの命を捧げます」
アーシアは他人事とは思えなかった。自分の未来を見ているようなものだ。
最後の瞬間まで一緒にいたい。そして愛する人の為に死ぬ―――つぅと目の奥が熱くなった。
しかしアーシアは、はっとした。シャロンが私を直ぐに殺さなかったのに感謝する≠ニ言った。
そうだ!何故アリナは彼女を殺せ≠ナはなく連れて来い≠セったのだろうか?
何か引っかかるものを感じた。
しかし考えがまとまらないうちに到着してしまった。
アーシアとリストは瞳を交わすとお互いに黙って頷いた。

(リスト、お願い)
ここまで来ればシャロンもゼノアの気配を感じたようで馬車を飛び出し、走り出して行った。

「ゼノア様――っ、我が王!」
そう言って奥の部屋に彼女は飛び込んだ。
その名を聞いたリストは驚き、アーシアを見た。
彼女は頷くことさえしなかった。嫌、出来ないようだった。
シャロンがあの魔龍王の宝珠だと聞いて何となく首の後ろがチクチクしていたのだ。
それは悪い事が起きそうな虫の知らせだ。
アーシアはこの事を天龍王に伝えてくれと言った。幾らでも自分で言えそうなものなのに言えなかったのは、脅しの為ばかりでは無かったのかもしれない、とリストは今更ながら悟ったのだった。

中で待ち構えていたのはアリナとイーロだった。
イーロもその名を聞いて愕然としている様子だった。
色ボケした奴でも魔龍王の名を聞けば目が覚めたのかもしれない。

「我が王ですって!」
アリナは怒りをあらわにして駆け寄るシャロンの腕を掴み上げた。そしてその腕を逆にひねり上げる。シャロンは苦痛に顔を歪めながらも奥に眠るゼノアに手を伸ばしていた。

「く・・・つぅ・・ゼノア様!ゼノア様――っ!」
「うるさい!黙りなさい!何よ、お前のこの顔!こんなに若返って!お前のせいで我が王が死に掛けているわ!」
シャロンはゼノアが死ぬと聞いて目を剥いた。

「は、早く私を殺して!アリナ!早く!」
ばしっと頬を叩く音がした。

「うるさい!お前が死ぬのはまだよ!さっさと死んでくれていたらいいものを面倒な事になったじゃない!死ぬ前にお前には仕事があるわ!」
アリナはもう一度シャロンを叩くと突き飛ばした。
ドサリとシャロンが倒れる音と共にアリナが振向き、今度はアーシアを捕まえた。

「さあ、お前の力を今度は最後まで搾り取ってあげるわ」
「私達をどうするの!」
アリナが妖艶な顔をニタリと歪めて嗤った。

「この特殊な体質は宝珠の力を吸い取り、龍の力を成長させるだけなら宝珠の力を搾り取ったあと殺せばいい。だけど本来は宝珠から龍、そして逆流して龍から宝珠・・・更にその繰り返しが起き巡回させることによってお互いが高めあいより強いものとなるらしいわ」
「え?また逆流するの?それなら宝珠を殺す必要は無いじゃない!」
アリナが声を上げて嗤った。

「それは無理!言ったでしょう?宝珠の想いが強いだけ力が流れると・・・だからその逆も当然必要だった。でもゼノア様は自分の宝珠を誰一人として愛さなかった。お互いの心が通じていない限り、ただ行って返るだけで巡回はしないらしいわ。しかも宝珠の無二の誓いかしら?自分達の全身全霊をかけた想いと同じだけゼノア様の想いが重ならないとね。お前達のそれは本当に馬鹿みたいに鬱陶しいものね。私は貴方様だけとか言って!龍にとってはお前達が唯一無二なんかじゃないのだもの。お前達の想いは重たくって胸焼けがするわ」
魔龍王の弱点ともいえるこれには協力者が必要だった。転生する力を欲するためには宝珠の贄が必要であり、その贄の管理をするものがアリナだったのだ。彼女は進んで協力をした。愛するゼノアの為、そして戯れでも魔王の情をもらう憎い宝珠をいたぶるために・・・

シャロンは蒼白になった。アリナからわざわざ言われなくても分かっている。
ゼノアが誰も愛してなどいないし退屈しのぎの玩具にさえ無れなかった者もいたのだから。
彼が愛したのは、ただ一人――伝説の宝珠アーシアなのだから。

「じゃあ・・・お互いが同じ気持ちだったらこの現象は収まるのね?」
アーシアが思いつめたように言った。

「そうよ。お互いが同じだけ想いあうなんて夢みたいなものだけどね。宝珠は信じたいでしょうが龍からしたら馬鹿らしい。所詮宝珠は奉られていても龍の餌だもの。同じ重さの想いなど無いわ。ああもうっ、こんな話どうでもいいわ!もうここまで進行したのなら外から私が巡回をさせるのよ。お前という伝説の宝珠の力があれば可能だわ。擬似的でもそうすればより大きな力となるからゼノア様はきっと目覚めてくれるはず」
イーロは腰を抜かして床にへたり込んでいた。
リストはそっと抜け出し、一路青天城へと向った。
一分でも一秒でも早く到着しなければ大変な事になってしまう。

アリナはアーシアの力を無理矢理引き出し、シャロンとゼノアを繋いだ。
恐ろしい程の力が渦を巻くように放出し始めたのだった。
シャロンは恍惚となりアーシアは切り裂くような悲鳴をあげる。
その一帯は空気さえも重く闇の黒よりも暗く全てが無となったようだった。
そして魔の扉が開き始めた―――

 整った薄い唇がぴくりと動いた。そして深淵を思わせるような闇色の双眸がゆっくりと開き始める。
アリナは狂喜に瞳を見開き、シャロンは涙で頬を濡らした。
そしてアーシアは恐怖に固まってしまった。
更に力は注がれる。巡回し始めた力はゼノアとシャロンを取り巻き活性化させていた。
アーシアはアリナによって精神の隅々まで剥がされるような侵略に侵されていた。
もっと、もっとだ!とアリナの力は容赦無く彼女に襲い掛かった。

(ラ、ラシード・・・ラシード・・・)
心で想うのは彼のことだけだった。もしかしたらここで・・・という思いがあって最後に一目だけでもと会いに行った。そして想いを告白した。少しでも変わらない愛があると信じて欲しかった。
アリナが言ったように龍にとって宝珠の想いは重たいだけなのかもしれない。
ただ一人を一生涯想う宝珠と何人ものその想いを受ける龍・・・想いは重ならない。
昔、自分自身、龍を嫌っていた理由―――

(昔は重なっていたと思う・・・だからこんなものなんか笑って大丈夫と言えた・・・でも今は・・・もう駄目なのだろうか・・・)
アーシアは信じられないと言っても、心の奥底ではラシードを信じている自分がいるのを知っていた。
意識が遠のく・・・

(私って本当に馬鹿よね?あんな格好までして修行だぁーなんて・・・ラシード・・・)
ガクリと崩れるアーシアの左腕をアリナがやっと離した。
床に仰向けで崩れたアーシアの瞳はもう焦点があってなく虚ろに天井を見上げていた。
だから闇の化身ゼノアが起き上がるのは見えていない。

「ゼノア様!ああやっと目覚めて下さった・・・私でございます。貴方の忠実なる(しもべ)、アリナでございます!」
半身起き上がったゼノアはまるで暗闇の中で瞳を開けているかのように動かなかった。状況が呑み込めていないのだろう。

(私は生きているのか?何故?目の前でうるさく(さえず)るのはアリナとシャロン?シャロン・・・)
以前より随分若返っていた。宝珠の中でも珍しく気に入っていた娘。確かにシャロンは彼の宝珠の中でもその容姿は特異なものだった。なぜならゼノアが欲したのはアーシアに似るもの・・・月光の髪に若草の瞳・・・これらに似たものが集められたからだ。

シャロンの黒曜石のような瞳は涙で濡れていた。同じ黒の瞳でもこうも違うものかとゼノアは思った。孤独と狂気に彩られた自分の瞳と、目の前の愛に満ち溢れた瞳・・・彼女達はいつもそんな風に自分を見つめていたのに気付こうとさえしなかった。

(彼女らが私を安らぎの世界から引き戻したのか?・・・・・アーシア?)
ゼノアは床に横たわるアーシアを見とめて微動だにしなかった闇色の双眸が見開いた。

「ゼ、ゼノア様・・・」
アリナは彼の動いた視線を追った。そこには当然だが珠力を無理矢理引き出された屍同然のアーシアがいた。そうされたと一目瞭然の状態だった。

「――アリナ、お前がやったのか?」
アリナは絶望に胸が押しつぶされそうだった。
苦労して再び甦らせた自分よりも、やはり彼の心を占めるのは昔も今もあの宝珠だけなのだ。


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