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紅 の 龍 12![]()
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リストは狂ったように馬を走らせ青天城に駆け込んだ。
そして騎乗したまま城内に侵入し、真っ直ぐに天龍王の座する間へと向う。しかしその無礼な行為に警備の龍達が彼を止めようとした。
「何事だ!馬から降りろ!」
急に取り囲まれた馬は驚き前足を上げて嘶 いた。
リストに龍力は効かないが馬は簡単に押さえ込まれてしまった。だが説明する時間が惜しいリストは馬を捨て跳躍すると龍達の頭を飛び越えた。
「待て――っ!」
飛ぶように走るリストの前方に、龍達が彼を押さえ込もうと次々に湧いて出て来る。
「天龍王――っ!どこだ――っ!天龍王――っ」
リストは取り押さえようとする龍達を、片手に二本ずつ持った四本の剣を自在に操って退けながら叫んだ。大きな体を軽やかに跳躍させ、細長い剣が宙に舞う姿はまさしく猛禽だった。
しかし味方に致命傷を与える訳にはいかない。だから何倍もの気を遣いながら追っ手を切り付け進む。
「天龍王――っ!天龍王――っ!」
カサルアはある案件で四大龍と共に会議中だった。
外の騒ぎと自分を呼ぶ声にカサルアはその席を立った。
「何事だ!リスト?どうしたんだ?」
「天龍王!話している暇はねぇんだ!アーシアが大変だ!いいや、それよりも魔龍王が目覚めてしまう!早く、早く来てくれ!」
「ま、魔龍王?まさかゼノア・・・」
信じられないとカサルアの金の瞳が見開いた。
リストはもう走り出そうとしている。驚愕している時間は無いようだ。
「翼竜を用意します」
イザヤが素早く言った。それならあっという間に引き返すことが出来るだろう。
リストは、ほっとして四本の剣を鞘に収めると、事の次第を手短に話しだした。
「俺ら兄弟はアリナっていう女に雇われたんだ。何か訳有りのようで死んだように眠っている男を連れていてそいつの蘇生をアリナは色々やっていたんだ。俺達はそれに必要なものを色々集めていた。それこそ非合法なものもあったりしたが、とうとう宝珠を欲しがったんだ。俺は反対したんだが、イーロはその女の色香に惑わされていて、アーシアを攫って来てしまった。そこで多分・・・力を使われたと思う。次に見た時は酷く衰弱していたから」
「・・・・・無理やり・・・無理やりに珠力を引き出したと言うのかっ!」
ラシードが吐き捨てるように言った。怒りで肩が震える。
魔龍王時代、そういう場面に遭遇したことがあった。ラシードに敵わないと思った龍が、無理やり意に沿わない宝珠の力を引き出して対抗して来たのだ。珠力を引き出された宝珠は廃人のように心が壊れていた。それをアリナがアーシアに行なったというのだ。どれ程の苦痛が彼女を襲ったのか・・・
ラシードは考えるだけで瞳の色と同じく、目の前が怒りで真紅に染め上がりそうだった。
「ああ、そしてあの女がシャロンを見つけて連れて来いと言ったんだ。言う事を聞かないと天龍都の人々を殺すと脅していた。でも俺ら誓って言うけど、あの眠っていた男が魔龍王なんて知らなかったんだ。アーシアも何か変な術にかかっているみたいだったから彼女からも魔龍王の件は聞いてなかった。だから意味が分からなかったけどアーシアからシャロンを連れて行った後、今までの状況を天龍王に話してくれと頼まれていて・・・そしたらシャロンが魔龍王の名を呼んで・・・」
リストは今更ながら、ぞっとして震えがきたようだった。
「リスト、知らせてくれてありがとう。後は私達に任せたまえ」
カサルアは立ち尽くしてしまったリストの肩を叩いて力強く言った。
リストはその頼もしい天龍王の顔を見ると、いつの間にか握りしめていた拳をほっとして緩めた。
皆は黙して聞いていたが、顔色を変える者は一人もいなかった。
彼らは何か予感めいたものがあったのかもしれなかった。見つからなかった死体。
彼の呆気ない最後―――これで終わったのか?と疑いたくなるような幕引きだったからだ。
そしてラシードは強く後悔した。シャロンと出会った段階でそれは十分考えられる事だった。
それを己の心の弱さで見落としてしまったからだ。だがそれは魔王が甦るという恐怖よりも、それに伴うアーシアの安否だけが心配だった。
「それで、アーシアは?アーシアはどうなった!」
「わからない。俺は隙を見て抜けて来たから・・・しかしあの女は連れて来たシャロンとかいう少女とアーシアを使って」
「少女?シャロンは老婆じゃないのか?」
「いいや。きれいな娘だった・・・ああ、なんか力が逆流して若返ったとかなんとか。で、その力を巡回させるとか訳の分からないことを言っていた」
ラシードも意味が分からなかった。
「何だって?若返る?」
「ああ、良く分からないがアーシアは知っていたみたいだった。宝珠から龍に力が流れてそれが逆になりだすとか・・・その現象を止める方法とかの話をしていた」
リストの不明瞭な説明でも、ラシードが探していたものが見つかった感じがした。
そして自分が知らなかった事実・・・力が逆流する?アーシアはそれを知っていた?
それならどれだけ傷付いたのだろうかと思わずにはいられない。
自分がアーシアを殺してしまうと知った時の絶望は例えようもないものだった。彼女もまた自分を殺してしまうという話を聞いた時も同じだっただろう。
それなのに自分は彼女を散々苦しめて傷付けるやり方しかしなかった。
でもアーシアは最後の一瞬まであがき、共にいることを望んだのだろう。
ラシードは愚かな自分が情けなく許せなかった。
しかし今は一刻も早くアーシアの下へ―――
(アーシア・・・無事でいてくれ・・・)
ゼノアは足を床に下ろした。久し振りに使う身体を確かめるようにゆっくりと動いている。
そして身体に満ちる力は以前と遜色がないようだった。
それだけシャロンとの巡回が成功したうえ、アーシアの強い力によるものだろう。
昔と変わらない闇よりも更に濃い黒色の瞳にはアーシアが映っていた。彼女は息さえしているのかどうかも分からないほど衰弱している。
世界を手に入れ全ては我が意思のままに何もかもが動いた時、言いようの無い孤独が襲ってきた。
何をするにも退屈で虚ろな世界に射した春の光りのような娘――彼女を何よりも欲した。
(愛していた・・・そう・・私は彼女を愛していたのだ・・・)
だが永い時をかけても決して交わることのなかったその想いは、一つの終りと共に霧散した。
ゼノアはただアーシアを黙って見つめていた。
助け起こすのでもなく、このようにしたアリナに制裁を与えるのでも無かった。
あの戦いの中、アーシアを狙ったアリナを躊躇すること無く攻撃したゼノアだったのに?
「ゼノア様?」
ゼノアが昔のように喉の奥で嘲 るように嗤いだした。
「何故、私を甦らせた?」
ひとしきり嗤った後、空気も凍るような声が響いた。
「そ、それは・・・」
「私に何をさせたい?」
「何をさせたいなど・・・私はただ王に生きていて欲し・・・いえ、あっ、あの小賢しい陽の龍を殺して再びこの世界を支配いたしましょう。ゼノア様もそう思われませんか?」
アリナは本心を言いかかったがそれを呑み込み、ゼノアが悦びそうな内容に言い直した。
だがゼノアがその答えを言う前に、彼は窓の外に向って深く微笑んだ。
それは彼が上機嫌の時に見せる微笑だった。街中に火を放って人々が火に焼かれて逃げ惑う様子を見ている時のような愉しそうな微笑―――
その彼が見た方向には、風を切る大きな羽音と共に五人の龍が舞い降りた。
そして風がうねったと思った瞬間、屋敷の一部が切り裂かれるように壊れた。イザヤの風の力が手荒い訪問を告げたようだった。
粉々に壊された窓枠のあった壁は彼らの足の下だ。
「陽の龍!まさか、こんなに早く―――リスト、お前裏切ったのね!」
彼らの後ろにリストを見つけたアリナは叫んだ。ゼノアに気を取られていてリストが姿を消していたのに気が付かなかったのだ。あれだけ利用したイーロさえ紙くず同然だったから無理もないだろう。
カサルアとゼノアは再び対峙した。
「ゼノア・・・」
「・・・・久しいのか?それともさほど時は経っていないのか?目覚めたばかりで時間の感覚がつかめていないのだよ。しかし・・・何時もながら胸が悪くなるほど煌々しい・・・」
その声は羨ましげだった。
カサルアは同質でいて対極に位置するものだとゼノアは感じていた。表と裏、光と闇、正義と悪―――それなのに自分が欲しいものを全て持っていたカサルアを憎んだ。そして羨ましかった。
カサルアの右腕が金の龍紋を刻み始めた。
太陽の光を全て集めるかのような閃光がその腕に宿り始める。
アリナとシャロンは自分達の王を守る為に動いた。
その時、彼女らの影になっていたアーシアが皆の目に入ってきた。
「アーシア!」
ラシードはこの場に来てもアーシアの気配を感じなかった。だから目の前にいるゼノアよりも恐ろしい感覚が彼を襲っていた。恐怖に等しい不安が身体中の細胞という細胞に沁みこんでいくようだった。
そして見つけた彼女は以前見た心を破壊された宝珠のように床に横たわっている。
「まだ死んでは無いだろう。早く連れて帰るがいい」
ゼノアはそう冷たく言うとアーシアを力で浮かせ、対峙する彼らの下へと飛ばした。
「ゼノア?どうして・・・」
カサルアはこの男の口からそんな言葉が出るとは思わず驚いた。死に掛かったアーシアを放置し、連れて帰れというのだ。昔のゼノアなら絶対にしないことだ。
「アーシア!」
ラシードが名を呼び、揺すったが反応は無かった。
レンが取り乱しかかったラシードから彼女を引き離すと力を注ぎ込み始めた。しかし極度の衰弱でその力を吸収しないようだった。それなのに僅かに残った生命力がどこかに流れていた。
それはもちろんラシードへ―――彼への愛を証明するかのように力は流れる。
「や、やめ・・やめてくれ――っ、アーシア――っ」
ラシードが叫ぶとアーシアが、ふと意識を取り戻した。そして微かに微笑む。
「ラ、ラシード・・・私・・・あなたが・・すき・・」
「や、やめろ・・・アーシア、お願いだ!私を嫌ってくれ!私を愛さないでくれ――っ、お願いだ、アーシア、アーシア・・・・私を・・・私を・・」
ラシードは彼女の側で激しく首を振り、狂ったように叫んだ。
願うのは唯一つ―――自分を愛さないで欲しいのだ。
「ラシードお前・・・何を言って・・・」
ラカンは彼の意味不明な取り乱し方に驚いた。
「ゼノア!力の逆流はどうしたら出来る!早く教えろ!早く!」
ラシードは幽鬼のように立ち上がると噛み付くように言った。
シャロンは青い顔をした。忠告したことが目の前で起こり始めたからだった。
「だから気をつけなさいと言ったのに・・・」
ゼノアはシャロンを、ちらりと見てラシードを見た。
アーシアが愛していると言った火の龍―――
ゼノアは以前対峙した時に、その力が自分に近いような気がしていた。
「・・・お前は確か・・・ザーンの息子・・・くくくっ・・そうか・・・それは不幸なことだ」
ゼノアは思い出した。アーシアの髪の色に似たザーンの妻を差し出させた事があった。
彼女に似たものを手に入れては抱いた何時もの戯れだった。その結果が・・・
(ザーンめ、上手く隠し通したのだな。分かっていれば早々に殺したものを・・・)
ゼノアにとって自分の血を受け継ぐ分身のような存在である子供ほど嫌悪するものは無かった。
自分が最も嫌うのは自分だからだ。
しかし最も愛したアーシアがその分身のものとなっている・・・
(運命とは何と気まぐれな・・・)
「ゼノア!答えろ!」
「さあ・・・私はそこまでは知らぬ」
最高の力を手にする事の出来る血は自分を殺す毒にもなる。ゼノアはその受け継いでいた特殊な血に関心は無かった。ただ、自分が知っている事と言えば祖父は偉大な力を手に入れたがそれは使わず、父親は手に入れ損なって死んだ・・・それだけだ。
ラシードは見つかりそうで見つからない答えに焦ってきた。アーシアは最後の瞬間までと思った筈だ。逆流しないのなら今がその瞬間だろう。
ラシードは決心した。もう自分の命を絶つことしか彼女を救えないのならそうするだけだと―――
「ラシード、落ち着いて!アーシアが力を吸収し始めました。大丈夫です」
レンの声にラシードは我に返った。まだ望みはあるのか?
「アーシア・・・レン、休まず彼女に力を送り続けてくれ・・・レン頼む・・・」
ラシードが顔を歪めた。レンは一瞬彼が泣き出したのかと思った。
しかしラシードは泣いていなかった。レンは頷き力を注ぐ―――
「ラシード?アーシア・・・」
事情が呑み込めて無いカサルアだったがゼノアの嗤いで現実に戻った。
「私には死という安らぎも与えて貰えなかったようだ・・・お前の光りに貫かれて全てが終り静かに眠れると思っていたのに・・・・それを与えられるには罪を犯しすぎたのか・・・アリナ、先ほどの答えをやろう。世界の支配など飽きて指一つ動かしたくもない」
「ゼノア様!」
「ゼノア、そんな戯言を信じられると思うのか?もうしないから許してくれとでも言うつもりか?」
溜めた龍力を腕に留めたままカサルアは吐き捨てるように言った。
二人の間の空気がびりびりと痺れるようだった。
「死ぬことも許されなかった私に許しを請うて生きる路があるわけも無い。またするつもりも無い・・・・私は贖罪 の為に戻ってきたのかもしれない」
カサルア達は自分達の耳を疑った。
彼の口から贖罪≠ニいう言葉が出るとは思わなかったのだ。
殺戮と恐怖で千年も長き時代を支配してきた魔龍王ゼノア・・・彼は何を考えているのか?