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紅 の 龍 13![]()
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「もうそろそろだろう?例の山脈が動くのは・・・」
カサルア達はぎくりとした。
今日もその案件で話し合っていたのだ。数百年に一回起こる大災害。
大陸を横断する火山山脈がその周期で活性するのだ。大地は割れ、火の塊は天を焦がし太陽を隠す・・・異常な気温上昇の後は急速な冷却。火の粉が飛んだかと思えば氷が降る。大陸の三分の二以上を死の土地に変えてしまうという大災害だ。
その前兆をイザヤは報告を受け対策を何度となく話し合っていた。
ゼノアの時代も二回ほどあった。一度目はそのまま放置した。何もかも壊れてしまえばいいと思っていたゼノアも流石に無くなり過ぎて興ざめしたぐらいだった。
だから二回目は流石に対処したがその方法とは・・・
「以前は、かなりの龍を贄 に叩き込んだが・・・今回もそうするのか?」
そう・・・ゼノアは山を沈める為に一万人ほどの龍をつぎ込んだのだった。龍達の力で火山の爆発的な力を抑え込ませたが生きて帰った者は一人もいなかった。
そんな犠牲は出せないと彼らの顔は言っていた。
「甘いな・・・犠牲になる民のことを考えたら多少の犠牲は仕方ないだろう?」
「民を散々嬲 り殺してきたお前の口からそんな事聞きたくもない!」
ゼノアはふっと嗤って遠い瞳 をした。
「遠い昔、私も今のお前のように希望に満ち、皆を思っていた頃もあった。いつの頃からかそれが虚しく、ささやかな幸せだと思っていたものにもそう感じなくなってきた。お前もそうだろう?」
「私はお前とは違う!何が言いたい、ゼノア!」
カサルアは苛立った。ゼノアの言っていた事はイリスと出逢う前の自分だった。
カサルアも以前から感じていた魔龍王とは対極のようであって根本的には同じものかと―――
慕ってくれる友も仲間もいた愛しい妹も・・・しかし彼らにとって自分は一番では無いのだ。誰にでも大事な人が出来て自分だけ置き去りにされる孤独。
しかし今はその虚しい心を埋めてくれるイリスがいるのだ。決してゼノアのようにはならないだろう。孤独を紛らわす為に残虐非道に走った愚かな龍には絶対にならない。
カサルアの金の瞳が強く輝いた。ゼノアはそれを見て対峙する陽の龍に昔には無かったものを感じた。
「―――お前はそれさえも手に入れたと言う訳か・・・本当に忌々しい奴だ。話しを戻そうか?龍の贄の役、私がやってやろう」
カサルアは金の瞳を大きく見開いた。
「なっ!お前が?騙されなはしない!」
ゼノアはカサルアと彼の後ろに居並ぶ者達を見渡した。
「嘘をついて私がお前達から逃れられると思うのか?まあお前と私は同格かもしれない。認めたくは無いが・・・しかしお前には四大龍が揃っている。私にはアリナだけ・・・力の差は歴然だろう?それぐらいは認めている」
「何故だと聞く。何故だ?」
カサルアの金の瞳が相手を射抜くように光った。
力の差があるからだとか、まともな事を言うゼノアこそ信じられない。
「・・・・さあ自分でも分からない。神というものが存在するのなら私を許さなかっただけだろう。天国の門も地獄の門からも締め出された私だからな。なら何処に行けと言うのか・・・するとあの山のことがふと過ぎった。自分で壊すのなら愉快だったものを勝手に壊して私の楽しみを奪ったあの忌々しい山。前は他の者を遣ってしまったから私はまだあれに仕返しをしていない。賢王に飽き愚王にも飽いた今、あれと戯れるのは丁度いい暇つぶしであろう・・それかただの気まぐれかもしれない。信じるも信じ無いもお前達の勝手だ。だが私は行く」
シャロンは、はっとしてゼノアの衣を掴んだ。
「ゼノア様!」
ゼノアが彼女を見下ろした。何の感情も浮かんでない顔だった。
「付いて来るか?」
シャロンは涙を浮かべて頷いた。
「私も、私も!ゼノア様!ご一緒に!」
アリナがすがるように言った。高慢な彼女から到底想像出来ない必死の様子だった。
ゼノアは微笑んだようにも見えたが影になっていて分からなかった。
彼らが立ち尽くすカサルアの横を通り過ぎようとした。ラカンが動こうとしたがイザヤが止めた。
カサルアは視線だけゼノアに向けていたが全く動かなかった。
そして、アーシアを抱くラシードの前で彼は足を止めた。
「宝珠の想いは深い・・・それと同等以上の想いが無ければ呪われた血は消えぬ・・・お前に出来るか?」
ラシードはゼノアの言葉に息を呑んだ。
出来るか?と問う彼は願っているようだった。まるでやってくれ≠ニ言う感じだ。
彼もまたアーシアを愛した龍だ。決別したとしても彼女を死なせたくないのだろう。
ラシードはぐっとゼノアを見返し、アーシアを抱く腕に力を入れた。
ゼノアは愉快そうに微笑むと、彼らの乗って来た翼竜で去って行ったのだった。
「あー翼竜ドロボ――っ!黙って行かせていいのかよ!」
ラカンが外へ駆け出して叫んだ。
「カサルア・・・」
立ち尽くすカサルアに、イザヤが声をかけた。
「奴を信用した訳ではない。贖罪だと?狂ったとしか考えられない。しかし奴が言うように簡単に死なせるのは甘すぎる・・・生きて罪を償わせるというには同意するしかないだろう」
「承知致しました。監視を向わせます。それとこれとは別件で対策を講じませんと」
「ああ、分かっている。それに一万人の龍で抑えたものを奴一人で抑えられると保障は無い。至急対策を練り直す」
しかしその後、ゼノアの消息は消えて災害の前兆も消えた。
まるで彼がそれらを供に黄泉の国へと旅立ったようだった―――
アーシアは何とか命を繋ぎ止めた。しかしラシードへと流れるものは緩やかに続いていた。
アーシアの意識が戻ってもラシードは姿を現さなかった。
順調に身体が回復し寝床から起き上がられるようになっても・・・そして誰もラシードの話をする人はいない。あのラカンさえも何度も見舞いには来たが全く話さなかった。アーシアは皆が自分に気を遣っているのだと思っていた。きっと彼はリラと上手くいっているのだろう。
夕暮れ時、窓の外を眺めていたアーシアは空の色と同じく朱に染まっていた。
鳥達が棲みかに帰っているようだ。その小さく連なった影が遠くに飛んでいるのを眺めていた。
アーシアも一緒に何処かに飛んで行きたい気分だった。あとどれくらい生きられるのだろうかと思う。
心の奥ではもう諦めたの?ラシードを振向かせないの?と言っていた。
(ううん、諦めてない!もう少し勇気が集まったらまた頑張る!)
部屋の扉が開く音がした。
この時間でノックもせずに入って来るのはカサルアぐらいだ。
アーシアはそう思って振向きもしなかった。
「アーシア・・・」
名前を呼ばれたアーシアは、びくりと肩が揺れた。そしてのろのろと振向いた。
入り口に立っていたのは久し振りに見るラシードだった。
彼は緋色の肩衣を付けた黒衣の正装をしていた。
何故?と思う間もなくラシードはアーシアに近づきその前で跪いた。
「私、紅の龍・ラシード・ザーンは、龍力の全てを・・・そして変わることのない不変の愛をアーシア、君ただ一人に捧げる・・・私は貴女の龍となることを、再び乞い願う」
「え?・・・どういうつも」
「返事をアーシア」
「私は・・・」
ラシードは左手で短剣を抜き、右手のひらを切りつけた。
彼の瞳と同じ真紅の血が傷口から、ぽつりぽつりと浮かび出し滴り落ちた。
その手をアーシアへ向ける。それは契約の儀式だ。
「アーシア、返事を」
アーシアは大きく瞳を見開いて一歩後ろへ下がった。
「だ、駄目よ・・・私達・・」
「終りが早まる?」
アーシアはぎくりとした。彼は知らない筈だ。あの時リストはいても意味は分からなかった筈。
「私は全部知っている。嫌、違うな。知っていた。君より前にシャロンと会っていたから・・・」
「え?じゃあ・・・」
シャロンから聞いただけなら宝珠から龍への力の流れだけ・・・
それは宝珠の想いに比例する・・・ラシードは頷いた。
「全て君から嫌われる為の芝居だった・・・すまない。許して欲しいとさえ言えないほど君を傷つけたと思う・・・正直今でもこうして乞いながら嫌ってくれればと思っている。しかし僅かな希望が残っているのなら・・・その路が閉ざされてしまって終わるその瞬間まで共にいたいと思う。愛している・・・アーシア」
アーシアはくしゃりと顔を歪めた。涙が溢れてくる。何もかも分かった。
最後と思って彼に会いに行った時、決別の言葉と勘違いしたラシードが微笑んだ理由。
リラとの仲を誤解させて自分が傷付いた後、それ以上に傷つけた自分を想い彼は自らを責めて心を傷付けただろう。アーシアは自分が同じ立場だったらそうだろうと思う。愛する人を傷つける程苦しくつらいものはない。
「あなたは馬鹿だわ。つらかったでしょう?私よりずっと、ずっと苦しかったでしょう?ありがとう・・・こんなに愛してくれて・・・」
アーシアはラシードの持っていた短剣を取り上げ左手のひらに傷を入れた。
そしてラシードの右手と重ね合わせ、指と指を静かにゆっくりと絡ませる。
「紅の龍・ラシード・ザーン、あなたを私の龍となることを許します。私の命尽きるまで珠力の全てを、愛を永久に・・・あなただけに捧げることを誓います」
龍と宝珠の血が交わり龍紋と珠紋が浮かびあがった。そして紅の輝きが二人を包み込む。まるで紅蓮の炎に包まれているようだった。それが一瞬にして黄金に光り輝いた。宵の空はまだ星の輝き始めた頃だったが、彼らの輝きは光の柱となりその空を真昼のように照らしたのだった。
光りには音が無い。しかし煌く音が聞こえるようだった。
龍はその手に宝珠を抱いて天に昇るのだ―――
「ラシード・・私・・・あなたの宝珠になれたのね・・・」
アーシアは恍惚 としていた。
宝珠にとって龍との契約は生涯ただ一度。全てを龍に委ねる時、身体中が快感に震えるのだ。
そのアーシアにラシードの口づけが落ちた。
「愛している、アーシア・・・君の全てが欲しい・・・」
「え?・・・・んん・・っ」
再びラシードの唇が重なり、そのまま抱き上げられてしまった。そして奥の部屋へ進む。
アーシアが寝台に下ろされた時は、契約後の高揚感とラシードの口づけで頭がふわふわしていた。
契約を終えた今、ラシードに流れる力は更に強まっている。
アリナは言った。肌を合わせれば尚更だと・・・これ以上進めば本当に終りが近づくかもしれない。
アーシアは怖くなった。
「だ、駄目よ。ラシード・・・これ以上は駄目!」
ラシードが真紅の瞳を細めた。
「終わらせはしない。私の愛の深さを全てで感じて欲しい・・・それでも足りないというならどんな事でも証明してみせる。アーシア・・・」
アーシアはラシードから耳元で切なく名を呼ばれて心臓が飛び出しそうだった。
「あ、あの・・・あのね、ラシード、私リラに嫉妬していたのよ。色気が無いって言われたから馬鹿みたいに色々修行したりしてね、あの、だから・・・」
「アーシア・・・今は黙って・・・」
「あ、あのね、でもね」
ラシードはいつの間にか上着を脱いでいた。そして真上から微笑んで見下ろしている。
そして微笑みを刻む唇に人差し指を当てて、静かにと言った。
アーシアは真っ赤になってしまった。余裕のあるラシードが恨めしくなった。
「ラ、ラシードは慣れているからいいでしょうけれど、わ、私は初めてなんだから・・・し、心臓が飛び出そうなんだから・・・そ、そんなに余裕たっぷりになれないわ」
「余裕?余裕なんかない」
ラシードはアーシアの手を取って自分の胸に当てさせた。
ドキリとしたのが自分の心臓なのか彼の心臓なのか分からなかった。ラシードから伝わる鼓動が早鐘のようだったからだ。
「凄い・・・私と同じでドキドキしているの?ラシード?」
「もちろんじゃないか・・・アーシア、心臓が壊れそうなくらい愛している・・・」
切なく苦しそうに言うラシードを見るとアーシアの心臓も壊れそうだった。
胸がいっぱいになり涙が溢れてきた。その目元にラシードが優しく口づけする。
「泣かないで、アーシア。愛している・・・」
「ラシード、ラシード・・・私も」
アーシアは自分から両手を差し伸べてラシードに抱きついた。
もう明日目覚めた時どうなっていても構わなかった。そしてラシードに全てを委ねたのだった―――
朝、アーシアはラシードの腕の中で目覚めた。自分の手を見た。
(まだ干からびてはいないみたい・・・)
瞼の上に口づけが落ちた。
「おはよう、アーシア。身体は大丈夫か?」
「干からびては無いからまだ平気じゃない?」
「いや・・・そうじゃなくて・・・なるべく優しくしたつもりだが・・・余り自分に自信が無い。だから身体がつらく無かったかと思って・・・」
力の流出じゃなくて昨晩の行為のことを聞いているようだった。
「だ、だ、だい丈夫よ!」
アーシアは昨日のそれを思い出しまい真っ赤になった。
そして更にラシードの端整な顔を間近で見てしまって耳まで真っ赤になってしまった。
その上当然だが、まだ裸で抱かれているのが恥ずかしかった。
起きようと思ってもラシードの腕が絡んでいて無理だった。
あきらめて彼をもう一度ちゃんと見た。
ラシードは今までに見た事が無いような幸せそうな穏やかな顔をしていた。
アーシアも同じく幸せな気分だ。しかし、くらっ、と目眩がして気を喪いそうになった。
「アーシア?」
ラシードの顔が一瞬のうちに凍った。
アーシアが大丈夫と言おうとした時に部屋が揺れた。
そして大地が割れるような地響きが轟いたのだった。