紅 の 龍 14


 アーシアとラシードはカサルアの下へ駆けつけた。
これはあの大災害の前触れのようだった。既に、主だったものが集まりつつあった。

「イザヤ、何か分かったか?」
「はい、震源地となる火山が一瞬その威力を洩らしましたが今はそれに蓋をするかのようにゼノアの力が充満しているそうです」
「力を相殺して消滅したのでは無く奴はまだ抑えていたのか・・・」
「はい、多分そのようです・・・」
カサルアは一瞬考え込んだようだった。
ゼノアが去った後もこの件は話し合った。もし御せなかった場合の想定として、効力があるかどうか分からないが山脈を囲む巨大な結界の準備を行なっていた。ゼノアが御せなくても少しは弱体化しているだろうという読みだった。しかし前兆が完全に消えた為、結界の作業を中止していた。
今から再びその対策を立ち上げるには時間が無かった。

「私が行こう」
カサルアの声に皆が、しんと静まり返った。

「では、私も参ります」
イリスが静かに進み出た。

「駄目だ!イリス、お前は連れて行かない!」
カサルアはイリスと契約はしたが彼女と力を行使するつもりは無かった。
彼女と自分の
力の差が大きすぎて出来ないと言うのが正しいだろう。しかし宝珠の性を思い契約だけはしたがイリスを繋ぐ為の飾りのようなものだった。
「いいえ、私は貴方の宝珠です。否定しないで下さい」
凛とした声でイリスは引こうとはしなかった。
イリスはその関係を十分分かっている。自分が行っても役に立つどころか足でまといだろう。
しかし帰って来られないかもしれない所に行こうとする愛しい龍と共に居たいのだ。それが例え死を意味すると知っていてもこの想いは曲げられない。龍と共にある事が宝珠の幸せ―――

アーシアとラシードはお互いに瞳を交わし頷きあった。

「天龍王、私とアーシアにその任をお譲り下さい」
「ラシード?」
「兄様、今の私達は多分天龍王の兄様より強いと思うわ。だから任してちょうだい」
カサルアは、はっとした。

「お前達・・・やはり昨日の波動はお前達だったのか・・・まさかと思ったが・・」
アーシアはラシードを見上げて言った。

「はい、私はラシードの宝珠になりました。この珠力すべて我が龍の為に使いましょう」
二人の間に何があったのか、これからどうなる可能性があるとか、全てラシードから聞いていた。
ラシードは覚悟を決めてこの数日身辺整理をしていたようだった。自分が急に死ぬしか路が見つからなくても皆が困らないようにと。その覚悟で昨日アーシアの下を訪れたのだろう。
カサルアは一度ゆっくりと瞳を閉じた。
そして見開いた時には彼らと同じく迷いのない金に輝く瞳だった。

「信頼なる紅の龍・ラシード・ザーンとその宝珠アーシアよ。お前達に命令する。あの死の山脈を封じよ。そして必ず生きて帰って来るように」
ラシードとアーシアは跪いた。

「主命、確かに承りました」
二人は向った。そこが最後の地かも知れない。それでも自分達は思い残すものは無かった。
そして辿り着いたその場所は地底の悪魔が今にも暴れ出そうとしていた。
それを縛り付けているのはゼノアの龍力だった。一万もの龍と匹敵するかと思ったゼノアもこの魔物を完全に抑え切れなかったようだ。

「奴が抑えているから同じだけの火力をぶつけて相殺させよう。アーシア大丈夫か?」
「私は天地さえも動かせると云われた宝珠よ。ラシードあなたにその力を委ねるわ」
力の流れはずっと速まっている。
契約をして肌を重ねあって愛を確かめあっても、この流れは止まるどころか加速した。
力は一度だけしか出せないかも知れない―――
アーシア
が金色に輝きだした。宙を浮く彼女の左手をラシードが口づけをして右手に絡めた。
「アーシア・・・君と共に何処までも行こう・・・」
ラシードは全ての想いを言葉にするとアーシアに口づけた。
紅く輝く龍力がアーシアを大きく包んだ時、あの逆流が始まった!

ラシードからアーシアへそして・・・またその反対へと。力が巡回し始めたのだ。

「ラ、ラシード!これっ!」
アーシアは驚きに瞳を見張ったが、ラシードは瞳を細めた。

「ああ・・・アーシア・・綺麗だ・・・」
巡回する金と紅の光の輪の中でアーシアが夢のように輝いていた。
伝説の宝珠がその伝説通りになる瞬間だった。

―――その輝きは天地をも動かす。それを手にするもの天地を与えられるであろう―――
その力と愛を手にしたのはラシードだ。
そして大いなる力が更に威力を増した。
蠢く地底の魔物はその力とぶつかり、ただの土塊と化したのだった。

その時、アーシアは笑顔のシャロンとアリナ、それに薄く微笑むゼノアを光りの中で見たような気がした。彼らの気配はそれでぷっつりと消えてしまった。ラシード達の力に巻き込まれて消滅したものか、または逃げたのかは分からなかった。
しかし彼らがこれらを弱体させ、ラシード達を補助することによって大災害は免れたのは確かだった。

カサルアは今でも思う。ゼノアが何故そうしたのかと・・・・
しかし多くの命を奪い、多くの命を救った魔王は伝説となるだろう―――


「そうかい・・・シャロンは幸せだったんだね」
ジーナは、ぽつりと言った。

アーシアはラシードと共にジーナの店にシャロンの事を告げに行ったのだ。

「はい。私達宝珠は心に決めた龍と共にあることが一番の幸せなんです。それが例え死への旅立ちだとしても・・・シャロンさんは微笑んでいました」
ジーナはまたそうかい、と言って暫く目頭を押さえていた。
そして、しゃんと背中を伸ばすと何時もの顔に戻っていた。

「あんたもつれない男をものにしたんだね?修行は役立ったようだね」
ジーナはラシードを指さして言った。

「修行?そういえばこの間もそんなこと・・・」
「わーラシード!何でも無いわよ!さあ、帰りましょう!」
アーシアは慌ててラシードの背中を押した。
その時運悪く、ガヤガヤと店の女達が着替
え終わって出て来てしまった。
「あら?アリシア最近ご無沙汰だったわね?」
「アリシア?本当最近どうしていたの?」
「うわ〜いい男!もしかしてあなたの男?」
ラシードは視線を何処にやっていいものかと悩むような格好の女達に囲まれてしまった。
それに何故アーシアをアリシアと呼んでいるのか?

「ラ、ラシード、帰りましょう!皆、また今度ゆっくり来るからね!」
ラシードの背中をぐいぐい押しながら出て行くアーシアにジーナが声をかけた。

「アリシア、その男に飽きたら何時でもおいでよ。あんたとどうかなりたいって奴は沢山いるんだからね」
「きゃーっ!もう大丈夫です!」
「アーシア、どういうことなんだ?」
「な、何でもないのよ!」
ラシードはアーシアの焦る理由が分からなかった。しかしそれはすぐに分かったのだった。
ラシードがラカンの執務室へ入って来た。
ラカンは丁度休憩中のようで優雅に茶を飲んでいる最中だった。

「ラカン、今晩一杯やりに行かないか?」
「おっ、珍しいな!いいぜ。どこに行く?」
「そうだなぁージーナの店にしようか?」
ラカンは飲みかけた茶を吐き出しそうだった。

「なっ、ジーナの店っていったら女の子キャーキャーの店だぜ」
「・・・・そこに何でもアーシアにそっくりな子がいるらしいな?」
ラカンは冷や汗が出てきた。

「そ、そうか?し、知らないなぁ〜」
「ネタはあがっているんだぞ、ラカン。お前、アーシアに横恋慕だったらしいな?そっくりな彼女を速攻、個室に大金積んで連れ込んだって?」
ラシードの真紅の瞳が冷たく光っていた。

(どいつだ!ラシードにチクリやがった奴は!)
ラシードは先日のジーナ達の話とラカンの部下の話を総合して仮定を立てていた。

「お、俺アーシアには何にも手だしてないからな!ちょっと見ただけで」
「見た?何を?」
ラシードの声が低くなる。

「な、何にも見てない!見てないよ!胸がぷるぷるんとか、していたのなんて見てないよ!」
ラシードは先日の店の女達の格好を思い出した。まさかアーシアもあんな姿で?

「で・・・見たんだな・・・ラカン」
「うわっ――やめろ!助けてくれ――っ!」
結局ラカンにはラシードの炎の鉄槌が炸裂したのだった。執務室は暫く使い物にならなかったらしい。
ラシードはラカンに怒りをぶつけたものの、まだ燻っていた。
息せき切ってアーシアを探せばまた龍達に囲まれていたのだ。契約をした宝珠だというのに前より取り巻きが多い。きっとあの修行のせいだろう。今日もまた魅惑的な衣を身に纏っている。

「アーシア!」
取り囲んでいた龍達が一斉に、ぎょっとした顔をした。
それらをラシードが冷ややかに見渡す。

「し、失礼いたします!」「すみません!」「さ、さようなら!」
と、口々に挨拶を言って蜘蛛の子を散らすように慌てふためいて走り去った。

「ラシードったら、睨み過ぎよ」
「当然だろう?私のアーシアに言い寄るなんて消されないだけでもありがたく思って欲しい」
「言い寄ってなんかいないわよ。お話していただけだもの」
ラシードは、むっとした。

「だいたい胸見せ過ぎ、脚も見せ過ぎだ!」
アーシアは、にっこり微笑んで、組んでいた脚を組みなおした。
すらりとした脚がはらりと衣の隙間から見えた。

「ラシードは嫌いなの?こんな衣?」
「い、いや・・・嫌いじゃないが・・・」
「なら、いいじゃない。ラシードに気に入ってもらいたいもの」
「しかし、他の奴に見せる必要ないんだから・・・・ああ・・そうか」
ラシードは何故、むかむかが直らないのかが分かった。アーシアのあの姿をラカンだけが見て、自分が見てないのが気に入らなかったのだ。

「アーシア、今度、ジーナの店で着ていたやつ私にも見せてくれ」
「な、な、どうしてそれ!」
アーシアはどもりながら真っ赤になった。

「ラカンには見せたのだろう?恋人の私が見ていないなんて不公平じゃないか。ぷるぷるんとかして――」
「きゃーっ!やめて――っ!ラシードそれ以上言わないで!」
「どうして?見てみたいな」
「もう!知らない!」
ラシードが声をあげて笑いだした。珍しいことだ。
アーシアはぼうっと魅入ってしまう。そのぽかんとした唇にラシードの口づけが落ちてくる。

「愛しているよ、アーシア」
何度となく囁かれる言葉。

「私もよ、ラシード。だから焼もちはやかないでね」
ラシードは少し、むっとした顔をした。しかし直ぐ、

「努力はする」
と、言って破顔した。

 その後、イーロは反省し処分を覚悟していたが、今はリストと共にイザヤにこき使われていた。
イザヤは優秀な人材が入ったと機嫌が良いみたいだ。
カサルアは相変わらずイリスに何かと甘えているようだ。
そしてラシードの焼もちをやかない努力はあまり見られない。いつもアーシアには振り回されている。
だがもう迷わないし惑いもしない。魂の隅々までその想いは重なっているのだから―――
あの日に誓った言葉をいつも胸に秘めている。

「アーシア・・・君と共に何処までも行こう・・・」



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