紅 の 龍 2


 人目をはばかるかのようにその二人は立っていた。
しかし決して隠れている訳でも無く逆に悪目立ちしているようだった。

ラシードが涙する女性を慰めているのだ。しかもその女性は火の龍のリラだった。

彼女は以前、ラシードの恋人の一人で彼への想いを募らせ過ぎてアーシアに危害を与えた人物だ。
その事件以降、彼女は己の罪を償うかのように黙々と反ゼノアに従事していた。仲間の裏切りという事実での動揺を防ぐ為にこれらは一部の者達しか知らなかった。だから彼女の変わり様に皆驚いたようだった。
以前からその美貌と女性でも憧れる妖艶な肢体に男達は夢中だったが、どことなく変わった彼女は更に人気を増していた。
しかし、ラシードは決してリラを許す事は無かった。
声をかける事も、その瞳の端に映ることさえも彼は許さなかったのだ。その非情な徹底振りはアーシアでさえもリラを哀れんだぐらいだった。
カサルアが違う罰を与えなかった理由も頷けたぐらいだ。
もし自分なら耐えられないだろうとアーシアは思った。
それがどうして?

アーシアは二人の近くに寄っていけなかった。
行ったらいけないような気がしてならなかった。だからまるで足が動かなかったのだ。

「何あれ?ラシード、何やってんだ?なぁーアーシア」
不意に後ろからラカンの声がした。

だけど上手く返事が出来なかった。
そんなアーシアを気にする事なくラカンはやれやれと言ったように言った。

「まあー奴もほんと!まるくなったよな。それにしてもなぁ〜」
ラカンはリラとラシードが話しているのに違和感を覚えていないみたいだった。
あれだけ無視し続けた人物といるのに?自分は初めて見たから驚いていたのに?まさか?

「ラカン、私知らなかったけどラシードは最近リラと話すようになったの?
ラカンは、やばいと言うような顔をした。

「いや、えっと・・・」
そう言葉を濁している間にラシードはとうとうリラを抱いて慰め始めた。

「!」
「うわっ――アーシア、落ち着いて!」
ラカンの静止も聞かずアーシアの足は動いていた。

ラシードに色目を使う女達は今まで数え切れないほどいた。
ラカンはまるくなったと褒めるが、ラシードが女性に対して冷たいのは昔と変わらなかった。
逆に昔より悪くなったと周りは言っていた。
以前なら来るもの拒まず≠セったのが来るもの拒む≠ノなったからだろう。

「ラシード!」
アーシアの声に抱きあっていた二人は、はっと振向いた。
彼らは何も言わなかった。
アーシアも何と言ったらいいのか分からず、ただラシードをじっと見つめた。

その沈黙を解いたのはリラだった。

「ごめんなさい。ラシード、ありがとう。もう大丈夫・・・」
「リラ・・・」
リラはラシードの胸を押してその腕から離れたが、彼女はアーシアをチラリとも見る事無くラシードを見つめている。

アーシアはぎゅっと胸が締め付けられそうだった。
ラシードの事が好きだと気付く前から彼女には何故か対抗心があったのだ。
自信たっぷりの艶やかなリラにいつしか劣等感を抱いていた。
その彼女の瞳は涙で潤み、切ない言葉が漏れる湿った薔薇色の唇は震えているようだった。
女のアーシアでさえも呆然と魅入ってしまう危険な感じだ。
案の定、後から付いて来たラカンも、ぼーと魅入っていた。

リラが立ち去ってから二人とも我に返った。

「いやーリラはやっぱりいい女だな〜思わずドキッとした!で?何やってたんだ?」
と、聞きたい事をラカンが聞いてくれた。

「・・・別に何でもない」
ラシードはしらっと答えた。

「・・・・・ラシード。リラの事、許したの?」
アーシアは許してあげたらいいのに・・・と思ってはいた。しかし必要以上に親密な様子に心が騒ぐのだ。自分の狭い心に嫌気を感じながらも責めるようにアーシアは言った。

ラシードは眉根を寄せた。

「以前、許してやったらどうだと言っていたのは君だろう?今更そういう事を言うのか?意外と心が狭いんだな。リラは許して貰うなど申し訳ないと言って泣いていたのに」
アーシアはラシードの冷たい言い方に驚いて耳を疑った。ラカンも驚いている様子だ。

「あ・・・ごめんなさい。私・・・そんなつもりじゃ・・・ただ・・」
「ただ?ただ何?」
ラシードの真紅の瞳がまるで冷たい炎のようだった。

「私、彼女があんまり綺麗だから・・・ちょっと嫉妬して・・・ごめんなさい」
アーシアは正直に言った。こういう場合は正直に言うようにしている。
ラシードは意外と変な方向に考え込むみたいだからだ。ラカンに言わせれば根性曲がりらしい。

ラシードはそれで許したのか皮肉っぽかったが少し微笑んで言った。

「嫉妬か・・・そんな必要もないのに?とても綺麗だよ、アーシア。さあ、行こうか。お前もな、ラカン」
いつものラシードに戻ったとアーシアは思いたかった。
しかし期待する言葉は一度も彼の口から出る事が無かったのだ。この楽しみにしていた筈の衣を褒める事も、アーシアが一番綺麗だと言って褒める事は無かった。

(自意識過剰かしらね?でも・・・)
宴の間中、ラシードは隣にいたが心ここに有らずの状態だった。ふと気が付けば沢山の心酔者に囲まれているリラへと彼の視線は流れていた。

(ラシード・・・)
アーシアの胸に再び不安が立ちこめるのだった。

そしてそれが段々と大きくなっていった。
リラは地元に帰らず此処に残り城で働くというのだ。彼女は火の龍だから所謂ラシードの元で働くという訳だ。元々リラは優秀だったからラシードが彼女を許した時点で有能な配下となれるだろう。
そうなると青天城内にある紅の龍の府に務める火の龍達は浮き足立っていた。
「おいっ!今日のリラを見たか?」
「いや、まだだ。どうした?」
「なんだ、まだかよ。馬鹿だな〜今、紅の龍の執務室にいるけどさ、もう悩殺もん!胸なんか、ガバッーと開いて足なんかスラッーと見えてあれは裸より強烈だな」
「うわっ、そんなにか!」
「そうそう、絶対あれ、紅の龍を狙ってるよ。絶対!あんなんで迫られたら、いくら紅の龍でもグラッとくるだろう」
「そうか?アーシア様一筋のあの方が?」
「アーシア様はそりゃ俺ら龍にとって宝物みたいなもんだけどさ、女と考えたらちょっと分野が違うよ」
「そりゃそうだ!リラには一つお願いしたいがアーシア様にはそうはいかないもんな?」
「おまえ馬鹿か?リラにお願いしたって断られるさ!」
「違い無い!紅の龍ぐらいじゃないと相手にしてもらえないかぁー」
男達はそんな会話を歩きながら話していた。

アーシアはそれらを偶然聞いてしまった。
そんな低俗な話しは聞くに堪えなかったが聞きながら悔しくて仕方が無かった。しかも彼らがそんなに話題にするほど彼女がラシードに迫っていると思うと黙っていられなくなった。

(執務室にいるって言っていたわよね!)
アーシアはそれを確かめる為にその場所へと足早に向った。
そして勢いよく開けた扉の奥では信じられないものを見てしまった!
ラシードが机に軽く腰掛けて抱き寄せ、口づけを交わしているのは半裸状態のリラだったのだ。
男達が裸より強烈だと言っていた衣なんか半分しか着ていなかった。
まさしく情事の真っ最中だ!

「ラ、ラシード!どういうこと!」
お互いに夢中だった二人は、アーシアのその叫ぶような声でやっと気が付いたようだった。
リラはラシードからさっと離れて着衣を直し始めた。
そしてラシードは深く交わしていた口づけの余韻を拭き取るかのように唇を手で拭うと立ち上がった。
その真紅の瞳はアーシアを見ず、面倒なというような顔をしていた。
そんな表情をするラシードは久し振りだった。出逢った頃はよくこういう顔をしていた。

「ラシード・・・どういうことなのこれは・・・ねえ!説明してちょうだい!」
「・・・・アーシア」
やはり目を合わせようとしない。昔のままだ。

「ちゃんと私を見て!私の目を見て話してちょうだい!」
「・・・・・・・」
「そんなにギャンギャン言わなくてもいいわよ」
リラが髪を整えながらアーシアに言った。

アーシアはきっと彼女を睨んだ。

「怖い顔。可愛い顔が台無しよ。心配しなくてもラシードの心はあなたのものなのだから・・・私は身体だけの関係。あなたのラシードを盗ったりしないから安心しなさい」
「か、身体だけって・・・そんなこと・・・何を言っているの?ちゃんと説明してちょうだい!ラシード!」
アーシアはラシードの胸を叩いた。

ラシードは横を向いたまま、ぽつりと呟くように言葉を出した。

「すまない・・・アーシア・・・」
「すまないって!だからどうして!」
リラの呆れたような溜息がした。

「あなた頭悪いのね?伝説の宝珠――清らかな聖なる乙女。誰もが憧れる・・・その神聖さにラシードは手が出せない。あなたのようなお嬢様には分からないかもしれないけれど男はね、口づけだけで満足できる生き物ではないのよ。愛し過ぎて侵せない。ふふふっ・・犯せないの間違いかしら?ねえ〜ラシード」
ラシードは沈黙している。
リラの言った事は彼の本心なのか?先ほどの低俗な話しをしていた男達も同じような事を言っていた。

(私を愛しているのに身体はその意思とは違うというの?)
そんな馬鹿な、とアーシアは思った。そんなこと信じたくない。
でも昔のラシードが脳裏に浮かんできた。
愛を信じず女も嫌っていた感じのラシードに恋人が絶えることは無かった。
身体の関係を持っているのに彼は彼女達を恋人と思ってもいなかった・・・・・

アーシアは恐ろしいその意味に気が付いてしまった。
怒りで上った血が一気に下がっていく。心臓が凍るようだった。

真っ青になったアーシアをラシードは抱き寄せ耳元でいつものように囁いた。

「アーシア、愛しているのは君だけだ。アーシア・・・」
そして震えるアーシアの唇に口づけを落とした。
それはまるで今まで何も無かったかのような情熱的な口づけだった。いつもなら地面に足がつかないようにふわふわとした気分になって何もかも忘れそうになる。
それと同じように口づけする彼は、今見た事を忘れろとでも言っているようだった。

アーシアは心を支配されそうなラシードの唇を噛んで突き飛ばした。

「嫌、こんなのは絶対に許せない!いや――っ!」
アーシアはそう叫んで泣きながら走り去った。
月の光のような髪が見えなくなるまでラ
シードは立ち尽くしていた。
そしてその光りが消えるとラシードは唇の血を拭いながら低く嗤った。
その嗤いは誰に向けられたものなのか?彼の真紅の瞳から読み取る事は出来なかった。


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