紅 の 龍 3


 アーシアは部屋に閉じこもって泣いた。
今は誰にも会いたく無かったし何も言いたく無かった。
普通ならどうしたのかと煩く言うカサルアは、イリスと新婚旅行を兼ねた視察に出かけている。
だから心ゆくまで泣いた。

そして沢山泣いた後に出した答えはそれでもラシードが好き≠ニいうことだった。
そして新たな決意のもと、ラシードの部屋へと向った。

ホウーホウーと夜の鳥が鳴いていた。アーシアの心を映すかのように月の無い闇夜だった。城の窓には灯りが揺れアーシアの足元を照らしてくれる。
足取りは重くそれでも顔を真っ直ぐ前を向いて歩いたのだった。
そしてラシードが寝泊りするために使っている部屋の戸口で足を止めた。深呼吸をして戸を叩く。

「ラシード、私。アーシアよ。話しがあるの。開けてちょうだい」
しばらくして戸が開いた。
アーシアは戸口に立つラシードを見上げた。もう寝ていたのだろうか?いつも後ろに撫で付けている前髪が無造作に下がっていた。着衣も少し乱れている感じだった。
そんなことより自分を見下ろす真紅の瞳に魅入ってしまう―――

(やっぱり好き・・・)
裏切られてもこの気持ちはどうしようにも無かった。だからラシードを許して、もう二度としないと誓ってもらうために来たのだ。

「話しとは?」
迷惑そうな言い方をするラシードに少し怯んだ。しかし引くわけにはいかない。

「中に入れてちょうだい」
ラシードが身体を少しずらしたので、その横を通って中に入った。
此処にはあまり来たことが無かった。寝泊りするだけだからだろうが本当に殺風景な部屋だった。

「それで話しとは?」
ラシードはアーシアを早く追い出したい感じだ。

それでもアーシアはコクリと唾を飲み込んで話し出した。

「私、沢山泣いたわ。許せないって・・・でも・・やっぱり・・・私、あなたが好きなの!愛しているの!だからお願い!私のことを本当に愛しているならもう二度とあんなことしないで!お願い・・・愛しているの・・愛している・・・だから・・・」
アーシアは語尾を震わせながら言うと着ていた胸元の止め具を外し、するりと衣を下へ落とした。
衣の下は身体を覆っているといっても薄い下着だけだった。
アーシアの裸
同然の透けた下着姿にラシードは驚きで瞳を見開いてしまった。
彼女の頬も外気に触れる肩も恥らうように朱に染まっていた。
そして呆然とするラシードの胸にアーシアが飛び込んできたのだ。
そして泣きそうな顔をしてラシードを見上げた。

「ラシード・・・お願い・・・私・・」
ラシードは瞳を硬く閉じて唸った。
それから息を吸い込んで吐いたので、彼の胸が大きく上下したのをアーシアは感じた

「衣を・・・衣を着るんだ」
「えっ?」
「アーシア!衣を着れ!」
ラシードは怒鳴った。そして椅子にかけてあった自分の外套をアーシアの身体に乱暴に巻き付けた。

「どうしてラシード?あなたが望むことでしょう?私がどうとかなんて言わないで。もし私がそういう態度をとっていたのなら謝るわ。私だってあなたと・・・ねえ、ねえ・・・ラシード・・・ねえったらねえ、何か言ってちょうだい!」
その時だった。隣の部屋からクスクス笑う声が聞こえて来たのだ。
その部屋は確か寝室だったはず―――

その扉が開くとリラがラシードの肩衣で軽く胸だけ押さえて立っていた。
リラは豊満な身体を自慢するように隠そうとはしていなかった。
彼女が出てきた部屋の床には二人の衣が散乱していた。二人が何をしていたかは一目瞭然だ。

「あなたって本当に頭悪いわね?自分をどうぞ、と言ってラシードが喜ぶとでも思ったの?馬鹿みたい。来るものは拒まないと思ってるのでしょうけれど彼の好みは煩いのよ。あなたなんか何年経っても無理だわ」
リラは馬鹿にしたようにアーシアを見て言った。そして追い討ちをかけた。

「ラシードはあなたを愛していると言っているのよ。それだけで十分じゃない。こんな事ぐらい目を瞑っていたらいいのよ。そうすれば昼間は素晴らしい恋人でしょう?まあ・・夜は私が彼を――簡単なことだわ」
アーシアはリラの言葉を聞きながら首を振り続けた。

「分からない、分からないわ!私にはそんなこと出来ない!ラシード、考えてみて!私が今のあなたと同じようにしてもいいと思うの?あなたを愛しているのに他の人とだなんて!嫌でしょう?」
「・・・・・君が望むなら・・私は構わない。愛しているから望む事は叶えてやりたい。宝珠の無二の誓いは私のものなんだろう?それ以上望むなんて贅沢だ。それは魔龍王と呼ばれたゼノアでも手に入れられなかったもの――そう言えば・・それは君がゼノアにしようとしたことと一緒だな。あの時、私は熱くなったが・・・今思えば心と身体は一つでは無い・・・身体はすぐに裏切れるもの・・・母のように・・・・」
アーシアは嘘だと叫びたかった。
ラシードは責めているのだ。ラシードを救う為とはいえゼノアに身を投げ出したこと・・・そして母親が夫を守る為にゼノアにその身を捧げたことを―――
裏切りという名の愛を信じていなかったのだろうか?

「わ、私・・・」
アーシアは胸が張り裂けようだった。
これ以上いたらラシードを憎んでしまうだろう。
彼の心に忍び寄る闇を払う術が見つからない今、この場から逃げ出すしか無かった。
その背中にリラの嘲笑と、ラシードが自分の名を呼ぶ声が追い掛けてきた。
しかしラシードが追って来ることは無かった。
そしてその夜、アーシアの姿が忽然と消えたのだった―――

 それは当然皆の知る事となった。
アーシアが誰に何も言わず城を出る事が今まで一度も無かったからだ。はじめは誰かが聞いているのだろうと周りの者は思っていた。それにどうせラシードなら知っていると・・・・
しかし五日目になり彼女の近しい者は誰も聞いていないと分かったのだった。
アーシアの行先を最後に聞きに行った先はラシードだ。そこで彼女が行方不明だと発覚したのだった。

その五日目、アーシアの身の回りの世話をする女中は少し心配になってきていた。自分達だけが知らないだけだろうと思っていたが胸騒ぎがしてきたのだ。取り越し苦労ならいいのだが万が一何かあっては大変だ。兄のカサルアは留守で、訊ねたかったラシードは今までアーシアの近くで頻繁に見かけていたのに、最近では足が遠のいていた。
紅の龍は簡単に会える身分の人では無く、どうしたものかと思っているところへ天の助けかラカンが帰城して来たのだった。仕事で出かけていたが土産持ってアーシアを訊ねて来たのだ。

「あれ?アーシアいないいの?」
「はい、ここ数日不在でございます」
「へぇ〜珍しいな。今は彼女が行くような厄介な事件は無いけどな〜あっ、もしかして邪魔する兄ちゃんがいないからラシードの奴と旅行でも行ったかな?ははは」
「いいえ、その事でご相談したかったのです」
ラカンは顔を曇らせる女の話に笑いを引っ込めて耳を傾けた。

「実はアーシア様は五日前からご不在なのです。でも私共は何も聞いていないのです。紅の龍なら存知だろうと思っていますけれど・・・日にちも経つから何だか心配で・・・一応所在を聞いていただけませんか?」
「五日も?ラシードは一緒じゃないんだ」
女中は頷いた。

「分かったよ。聞いてこよう」
ラカンは快く受けて早速ラシードの所へ向った。

そこには最近何かといい噂を聞かないリラがいた。
その彼女をラカンはチラリと一瞥してラシードに話しかけた。

「ラシード、お前、アーシアが何処にいるか知ってるか?」
ラシードは書類を整理している手を止めた。
アーシアの気配を感じないのは気付いていた。近くに来れば気が付くが、龍の多いこの城では離れていればその気配は感じないのは何時もの事で気にとめたことは無かった。
それに先日の件で彼女が自分に寄り付かないだけだと思っていたのだが・・・

「アーシアがどうかしたのか?」
ラカンは目を見張った。まさか?

「お前!知らないのか!そんな馬鹿な!じゃあ、アーシアは何処に行ったんだ!」
ラシードの顔色が変わった。

「ラカン!どういう事だ!アーシアがどうかしたのか?」
「うわーこいつは大変だ・・・」
「だからどうしたんだ!」
ラシードはラカンの胸元を掴んで叫んだ。
「アーシアが五日前から行方不明らしい・・・」
ラシードがはっとして、ラカンを掴んでいた手をだらりと垂らした。

「まさか・・・そんな馬鹿な・・・いなくなった?」
ラカンはラシードの様子を訝しんだ。

「ラシード・・・お前何か心当たりでもあるのか?最後にアーシアと会ったのはいつだ?」
ラシードは震えているような気がした。そんな姿を見たことは無いから確かでは無いがかなり動揺している様子は窺えた。

「アーシアとは・・・・・しかし・・・まさか・・・」
「居なくなったという前の日の夜にアーシアとは会ったわ」
ラカンは横から口を挟んできたリラを見た。彼女と最後に会ったのか?

「リラ!」
ラシードが彼女を制しするように名を呼んだが、リラは構わず喋り出した。

「彼女は夜遅くにラシードの部屋に尋ねて来たわ―――でも間が悪かったというか、運が無かったというのか・・・私が寝室にいたのが分かってしまって飛び出して行ったわ」
ラカンは信じられないものを見るように友を見た。

「嘘だろう?ラシード?チラチラ噂は聞いてだけど、俺は馬鹿らしい話だと・・・おいっ、まさか・・・そんな事しないよな?なあ・・ラシード?答えろよ!」
ラシードは横を向き答えなかった。
真実だと認めているのか?
リラとは和解した後、お互い急接近しているという話しを密かに聞いていた。もちろん表立って言う者はいないが男同志では淫靡な話題として面白可笑しく噂をしていたようだった。

愛を憎みそれでも愛を求め続けた友が見つけた真実の愛を裏切ったのか?ラカンは信じたくなかった。真実の愛と思っていたそれがいつもの遊びだったとは思えなかった。
直ぐに捨てられたラシードの恋人達・・・・アーシアも同じだったというのだろうか?

「見そこなったぞ、ラシード!俺はもうお前の事が分からない!だがな、今はアーシアを探すのが先決だ。もしアーシアに何かあってみろ、もうお前の顔なんか見たくもない!金輪際友達なんかやめてやる!」
ラカンは激しく言い捨てて踵を返した。

残されたラシードからは全てを焼きつくような怒気が上っていた。

「アーシアがいなくなるなんて!」
「考えられなくも無かったけれど・・・あんなのを見たらね。でも死んだりなんかはして無いと思うわ」
死≠ニ聞いたラシードは立ち昇っていた炎が凍ったかのように一瞬で蒼白になった。

「アーシア・・あー・・アーシア!私は何ということをしたんだ。こんな事になるとは思わなかった・・・・私はなんて愚かなんだ・・・アーシア・・」
自分を責めるラシードにリラは語尾を強くしながら言った。

「あの子が自分から死ぬなんて絶対にしないわよ。そんなに弱くないわ。貴方の側からただ離れたかっただけじゃない?それとも貴方はやっぱりアーシアを取って私を又捨てるの?」
ラシードはビクリと肩を揺らした。

「・・・・・いや。しかしこうなってしまってもアーシアは探す・・・」
ラシードは今にも爆発しそうな感情を必死で押さえ込んでいるようだった。
その彼を見守るリラは無表情で何を思っているのか定かで無かった。ラシードをアーシアから奪った勝利を噛み締めているのだろうか?それとも彼女に未練を残すラシードに不満を抱いているのか・・・いずれにしてもラシードはリラを捨てないと言ったのは間違い無いのだから喜んでいいはずだ。

しかし彼らの心配はその後直ぐに解決したのだった。
アーシアが変わった様子も無く戻って来たのだ。しかも人間の男を連れて―――


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