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紅 の 龍 4![]()
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話しは五日前に遡る。
ラシードの部屋から飛び出したアーシアは、悲しみに胸が押し潰されそうだった。
だから無防備なまま、城に忍び込んだ男の当て身を受けてしまった。
ガクリと前のめりに倒れこむ彼女を、その男の腕が絡め取ったのだった。
そして男はニヤリと笑い肩に担ぐと、闇に紛れ城の外へと消えて行った。
「リスト!宝珠ちゃん盗んできたぞ――っ!」
「いないと思ったら、イーロ!本当にやったのか!」
「ああ、青天城に行ったらな、うじゃうじゃ宝珠がいたぜ!」
リストと呼ばれた男は仰天した。
「ば、馬鹿野郎!そんな無茶するなんて!」
「意外とちょろかったぜ!龍達は自分の力を過信してるからな。結界は強力でも俺らみたいな人間なんかには効かないからな。ふふん」
龍でも宝珠でも無い彼らは力無き者だ。しかし特殊な力を生まれながらに持っていた。龍の発動する力は彼らには効かないのだ。全て吸収して無効化してしまう驚くべき能力を持っていた。
しかし青天城に忍び込むとは怖いもの知らずと言いたいが、それには理由があるようだった。
リストが渋い顔をして言った。
「それにしても、あの女が無茶を言うからこんな事になったんだろう?いい加減、お前も目を覚ませよ」
「ば〜か。惚れた女の願いを叶えないでどうするってんだ?さあ〜ご褒美にちゅーをしてもらおうかな。ほらっ、ちょっと持ってな」
男はそう言うと肩に担いでいたアーシアをリストにぽいっと渡した。
その弾みで荷物のように布で包んでいた隙間からアーシアの顔が覗いた。
リストはその白い宝玉のような顔に、ドキリとして唾を飲み込んだ。
「すごい・・・本当に宝珠だ・・・それもなんて綺麗なんだ」
「ふふん、当然!俺様の仕事に抜かりは無いさ!ちゃんと下見をしたからな。一番上等そうなのを選んで来たのさ。しかも忍び込もうと思った時に飛び込んできたから楽勝、楽勝」
イーロはそう言うと鼻歌を歌いながら髪を櫛づけていた。
今から出かけるつもりのようだ。深夜に訪問するのは非常識だと言っても聞かないだろう。
イーロとリスト―――彼らは母の違う同い年の兄弟で良く似ていた。
背が高く衣から覗く胸や腕は硬い筋肉が隆起して均等に張り付いている。かなり鍛えられた体のようだった。そして髪の色はこげ茶色だがリストの方が少し黒っぽい感じだ。そして共にある特徴が前髪のひと房が白っぽい灰色だった。
だが背格好は似ていても雰囲気は正反対の感じだ。イーロは俊敏な獣のように野性味あふれ、リストは語らない石のように少々の事では動じない雰囲気だ。
イーロが暴走してもそれを止めるのがリストの役目だった。
しかし最近はその忠告を聞こうとしないのだ。
今まで自分達の特殊な能力を使って、何でも屋というか用心棒のような仕事などをしていたが・・・今回は人攫いまでしてしまった。
(全部あの女のせいだ!)
イーロを狂わせている女――瀕死の状態の目覚めない男と共に現れたその女に雇われたのが災難の始まりだった。そして今は仕事とは言い難い状態になっているのだ。
リストは腕の中の宝珠を見て溜息をつくしか無かった。
それから身支度を整えたイーロはその戦利品をリストに持たせたまま、直ぐ近くのその女が住む場所へと向ったのだった。
全州で一番栄える天龍都でも、中心街を一歩離れると緑が広がる閑静な場所がある。
金持ちの別宅もこの場所に建てる事が多いようだ。
その女もここの住人のようで、暫く使っていなかった屋敷に住みだしたのだ。
イーロ達はその屋敷に入って行った。長く使われていなかったそこは今でも時が止まっているようだった。家具には布が被せてあり、住み心地がいいように掃除をしている様子も無い。
イーロは気にしないがリストは気に入らなかった。
(あの女がする訳ないな・・・)
掃除をするなど無縁のような女だ。
男を惑わす肢体に、自分は美しいと知っている高慢な女。誰かに傅かせても自分でしようなんて思わないだろう。しかも他に誰もいないのだからこの有様は仕方が無いのだろうとリストは思った。
そんな女でも最も気にかけているものがこの屋敷の奥にある。
深夜だというのにきっとそこにその女はいるだろう。
イーロもそれが分かっているから真っ直ぐにその部屋へと向っていた。
そしてその扉を開いた。
その内側は今まで通って来た場所とは大違いできちんと整えられている。
何も無い部屋だが奥には大きな寝台が一つあるだけあった。
そこから影が一つ起きたようだ。
イーロは構わず奥へと進んだ。
「ほら、ご所望の宝珠だ!受け取ってくれ!」
イーロはそう言うと素早くリストからアーシアを取り、その影の下へと転がした。
すると巻かれていた布が広がり、男物の外套に身を包んだアーシアが転がり出たのだった。
影はまさかというように息を呑み、寝台の近くにあった灯りを強めた。
アーシアは床に転がされた衝撃で目が覚めた。
朦朧とする中で一瞬自分が何をしていたのか思い出せなかった。
そして思い出し、はっとして顔を上げた。
するとまさかと自分の目を疑ってしまう人物を見たのだ。
相手も驚いた様に瞳を見開いていた。
アーシアは確かめようとよろめき立ち上がった。そして灯りの横でその顔を見て叫んだ。
「アリナ!あなた生きていたの!まさか!」
アーシアは周りを見渡した。そして驚きの余り息を吸い込んだ。
そして目にしたものの名を呼ぼうとした。
「ゼ・・」
アリナが素早くアーシアの口を塞いだ。
「それ以上何か言ったら殺すわよ!」
アリナの緑の瞳に殺気が宿っていた。
アリナ・・・彼女は魔龍王時代の四大龍の一人、翠の龍だった。
あの戦いでアーシアを狙った彼女は、味方のはずのゼノアから攻撃されて死んだ筈だった。
しかしあの激しい戦いで塔が崩れ、敵味方共に遺体の捜索が困難となっていた。
だからアリナの遺体は不明だった。
そして・・・魔龍王ゼノアも不明だった。しかしゼノアは皆の前で絶命したのだ。
それなのに?アーシアは寝台に死んだように眠る男を見た。
冷たく整った白刃のような顔を縁取る闇色の髪と、弱い波動だが底知れない深淵の闇を思わせる龍力・・・間違えなく千年もの長き時を恐怖でこの世を支配してきた魔龍王その人だった。
アーシアは足がカタカタと震えてきた。またあの悪夢が来るのだろうか?
「あんたら知り合い?」
イーロが怪訝な顔をして言った。
「ええ、昔馴染みよ。ありがとう、イーロ。今日はもう良いわ。この子と二人だけにしてちょうだい」
アリナが張り付いたような笑みを浮かべて言った。
「そりゃないぜ。苦労したのによ〜ご褒美くれよな」
そう言いながら唇を突き出すイーロにアリナは嫌な顔をした。
「明日、ゆっくりしてあげるから、今日は帰って!」
高飛車なアリナの態度にリストは面白く無かったが、イーロを引っ張った。
「イーロ、もう遅いから明日で直したらいいじゃないか。明日はゆっくり思い存分してやるって言ってるだろう?それの方がいいだろうが、さあ」
イーロは不服そうだったが明日の餌が効いたようで帰る事を承知してくれた。
リストは知り合いとか言いながら、無理やり口を塞いだアリナの行動と言動に疑問を抱きながら部屋を後にしたのだった。
二人が出て行くとアリナはアーシアに毒を吐いた。
「ようこそ伝説の宝珠。まさかこんな所でお前と再会出来るとは思っていなかったわ。どうかしら?私達から奪った青天城の居心地は?」
「アリナどうやって・・・」
「どうやって生き延びた?と聞きたいのでしょう?私は死んでいなかった。確かめなかったでしょう?そしてあの方は確かに鼓動が止まり死んだように見えた・・・・お前達もみたでしょう?でもそれは一瞬鼓動が止まっただけだったわ。だから私が直ぐにその命を繋ぎとめた。そして崩壊のどさくさに紛れて落ち延びたのよ。でも致命傷だった傷はそうそう癒えるものでは無かった・・・私がどんなに力を注いでもまだ目覚められない・・・だから私の力を高める宝珠を望んだのだけど・・・まさかお前が来るなんて・・・なんという巡り合わせかしら?」
アーシアは後ずさった。
まさかこんな事になっているなんて思わなかったのだ。悪夢が甦ってきた。
「い、嫌・・・」
「嫌?そんなこと言える立場じゃないわ・・・お前にはゼノア様の為に私の力になってもらうわ。せいぜい廃人になるまでその力を搾り取ってやる」
宝珠は本人の意思でしか力を発動することが出来ない。
しかし力の強い龍ならば無理矢理に抉じ開けて力を発動させることが出来るのだ。
それは本人の意思によって力を発動する宝珠にとって当然だが自己破壊してしまうのだった。
殺気を纏うアリナはそれを可能にすることが出来る龍だ。
アーシアは更に後へと後ずさりするがアリナから左腕を捕まれてしまった。
心を侵すような力が注ぎ込まれ否応無しに珠力を放出させられてしまった。
金と翠の交わる光りは魔王へと注がれる。
「きっ・・きゃっぁ―――ぁぁぁ・・・」
アーシアは細く尖った悲鳴をあげた。そしてそれは夜が明けるまで続けられたのだった。
それから悪夢のような日々が続いた。
気を失っても冷水を浴びせられ正気に戻されるとその責め苦は続いたのだ。
「さすがね。伝説の宝珠と云われただけあるわ。この力は素晴らしいわ」
「ど、どうして・・・ゼノアを助けるの?・・あなたは・・彼から裏切られ・・・こ、殺されそうになったのに・・・・」
「お前よ!全てお前のせいじゃない!よくそんな事が言えるわね?まだそんな口が利けるの?まだまだ力は余っているのね!」
翠の楔が打ち込まれる。
「きゃあ―あぁぁ―――ぁぁ」
アリナの高笑いを聞きながらアーシアが想うのはラシードの事だった。
居なくなった自分を前みたいに捜してくれるのだろうか?とか、裏切られてもこの想いは変わらないとか・・・もう生きて会えないかもしれないと思っても、もう一度会いたかった。
何とか自己崩壊を免れているのはラシードへの想いだったのだ。
(ラシード・・・あなたにもう一度、もう一度だけでいいの・・・会いたいラシード・・・・・)
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ちょっと一言 出ました!ゼノア様!本編の悪役大集合です。リラの登場から始まって、アリナって誰だっけ?と遠い記憶を探った方もいらっしゃいましたでしょう?チラッとしか出てませんでしたからね。実は彼の復活は本編を書いていた時からの構想でした。まさか「紅の龍」で出すとは思っていませんでしたけれど…これ自体書くつもり無かったので…本当は復活したゼノアの外伝を予定してました。しかしやはり本編主役の二人の相手役は彼しかいないでしょうと考え直しましたので、もうまとめちゃって大幅加筆です。ですから予定の倍の長さになりました。一番長かった「碧の龍」よりちょっとだけ長い感じです。人気急落のラシードですが彼の名誉挽回はまだ遠いようですけど…もう少し、すれ違っててもらいましょう(笑) |