紅 の 龍 5


「おかしいわ・・・これだけ力を注いでいるのに逆に何処かへ流れているなんて・・・」

アリナはアーシアを使って、死人さえも甦らせる程の力を断続的に注ぎ込んだのに、その成果が見られないのに疑問を抱いた。アーシアを連れて来る前ぐらいから感じていた事だったが、今は目に見えてそれが異常だと思うしかなかったのだ。
以前は逆に力を注いでもいないのに何処からか力がゼノアに流れて癒していた。
それが今は逆になっているのだ。
こうなったら考えられるのは一つだった。

「あれが生きているのね・・・」
アリナが意味不明なことを言ったところで、あの兄弟がやって来たようだった。
ほぼ毎日やって来る彼らだったがあの夜以降、アーシアとは会わせていなかった。

アリナは寝台近くで倒れているアーシアの髪を掴み立ち上がらせると、彼らの元へ引きずって行った。

リストはアーシアの変わり果てた姿を見て驚いた。
髪は乱れ透きとおるように白かった肌はくすんで青白く、目は落ち窪んでいた。
何よりも瞳に生気が無く死んだ魚のようだった。
アリナは彼女をまるで気に入らない人形のように床に捨てた。

「いったい何をしたんだ!」
リストは思わずそう言った。

アリナは気に入らないように彼を見たが無視をして、イーロへしなだれかかった。

「イーロ、お願いがあるの」
「おっ、何だ?何でもしてやるぞ」
「イーロ!」
リストは名を呼んで諌めた。まだ何も聞いていないのに彼が承知するからだ。
女の色香に骨抜きにされている兄弟に効き目があるとは思わないが制止するように言った。

しかしアリナは彼を無視すると、床に倒れているアーシアの髪を引っ張って顔を上げさせた。

「アーシア、シャロンを知っているわよね?あの方の宝珠だった女よ。答えなさい!」
アーシアはほとんど水さえも与えられない状況でひび割れた声を出した。

「え・・ええ」
「シャロンが何処にいるかお前は知っている?」
アーシアは力なく首を振った。

「でもお前の仲間は知っているんじゃない?お尋ね者なんだから」
アーシアはもうアリナの言葉を認識することが出来なかった。
瞳は焦点が定まらずやっと瞼を開けている状態だった。

「まったく役立たず!ほらっ、これでしっかりなさい!」
アリナはアーシアに回復の力を注ぎ込んだ。
段々と意識がはっきりしてきだしたが状況が変わるものでも無かった。

「アーシア、お前は青天城に戻ってシャロンの行方を追いなさい!そして連れて来るのよ」
「・・・私が?私がそんな事をする・・・理由なんか・・無いわ・・・」
「ちょっと元気にして貰ったからっていい気にならないでちょうだい。お前が言う通りにしなかったら多くの人が死ぬわよ。天龍都は死の街にしてもいいの?」
「そ、そんな・・・」
「ねぇ〜イーロ?」
「それがお願いかい?ああ、いいぜ。お前の言う通り何だってしてやる。お前が望むだけ屍を築いてやるぜ」
アーシアも驚いたがリストも驚いた。言い方がまるで狂人のようだった。

「イーロお前、何を言っているんだ!」
リストはいきり立つイーロの肩を掴んで言った。

「リスト、俺がそうするって言ってるんだ!つべこべ言わせねぇーよ」
「頭を冷やせ!あの女は向こうで眠っている男の為にしているんだぞ!お前の事なんか便利のいい男ぐらいにしか思っていないんだ!」
まともな事を言うリストと言う男をアーシアは初めて認識した。

「そうよ、アリナが目覚めさせようとしているのは、あの、ま・・・・」
魔龍王と言いたいのに言葉が出なかった。
「ま・・・っま・・・・」
何度も声を出そうとしてもその言葉が出ないのだ。
アーシアはアリナを見た。彼女はその様子を嘲笑うかのように見ていた。

(これって・・・)
アーシアはレンから聞いた事があった。
地の龍の禁忌とされる力――それは他人の行動を封じ込めるものだ。
それは誰でも使える訳で無く力の強い者しか操れないものだった。使い方は色々応用できるが、今回のようにゼノアを隠したいアリナにとってその秘密を暴く行為は言葉でさえも制限される。
本人の意思に関係無く精神に直接働きかけ支配する力
だから禁忌とされていた。
二人は言い争っていたが、その間にアリナはアーシアを別室へと連れ込んだ。
そしてまたアーシアの髪を掴んで自分の顔に近づけた。

「リストを味方にしようとしても駄目よ。あいつはイーロには絶対に逆らえないんだから。あの二人は母親の違う兄弟。リストは嫉妬に狂ったイーロの母親から殺されそうになったところを、イーロが自分の母親を殺して助けたそうよ。だから裏切らない・・・裏切られない。残念だったわよねぇ〜その可愛い顔であの男をたらし込もうとしたって・・・駄目よ」
アリナは冷笑を浮かべながら、まるで薄い刃物で肌を切り裂くように言った。

「あの男はあの通り狂っているのよ。私の為だったら何人でも殺すわ。それこそ生活用水に毒を入れてと言えばするでしょうし、夜に街中火を付けてと言えばするわ。馬鹿な男よ。狂人に常識は通じないのだからお前は私の言う事を聞くしか無いわ」
「何故、急にシャロンを探せと言うの?」
そしてアリナからその話しを聞いたアーシアは愕然とした。
思考回路は止まり、もうどうしていいのか分からなかった。
足元の地面が急に砂塵と化し、真っ暗な地の底へと落ちて行く感じだった。
そして自分の世界が硝子のように砕け散っていくような絶望感・・・・今は脅迫されるがまま青天城へと戻って行くしかない・・・・そしてその監視役としてリストが同行する事となったのだ。


アーシアは彼がイーロを裏切らないと聞いたがその道中、話をしてみようと思ったのだった。
体が大きく寡黙なリストに最初は話しかけ難かった。

「あの・・リストさん。本当にアリナの言う事を聞くのですか?私の話しを聞いてくれませんか?」
「・・・・・・・・」
リストはアーシアを隣に座らせて荷馬車を走らせていたが、それを停めた。

「少し休憩しよう」
そう言って先に下りたリストは、アーシアの席に回って来ると彼女を抱き下ろした。
そして木陰に敷物を敷き、そこへアーシアを座らせると、水筒の暖かいお茶を注いでアーシアに持たせた。
そして自分は仏頂面で木に寄りかかった。

リストはアーシアの体調を気にしてくれているようだった。
あの状態で城へ戻せば詮索されると思ったアリナが一応回復の力を注いでくれていた。
しかし酷い状態を見ていたリストは心配してくれていたのだ。
アーシアはやはりまともで優しい人だと思ったのだった。

そのリストがぽつりと言った。

「さっきの問いの答え・・・俺はイーロを裏切れない・・・」
「・・・そうなのね」
落胆するアーシアの横顔をリストは見た。
宝珠はそうそう近くで拝めるものでは無いが、
彼女が特別なものだと言うのは何と無く感じた。
今まで見た中で一番綺麗なものだろう。
綺麗だといわれる花や宝石や景色よりも何よりも綺麗だと思った。
同じ女でもあの毒を吐くような奴とは大違いだった。
あの女の言うなりになるイーロの気がしれないが、そうやって利いてやりたいと思う心情は少し分かる気がした。

(あんな顔をする彼女を喜ばせたいかも・・・と思うのがそんな想いなのだろうか?それでも・・・イーロは裏切れない)
だが一連のこの犯罪行為を助ける事が本当に彼の為だとは思ってはいなかった。
しかし決断する勇気が無かったリストだったが、アーシアというきっかけが彼に勇気を与えたようだった。

「話ってどんな話?」
茶を飲むわけでも無くそれを弄んでいたアーシアは顔を上げた。
リストは木に寄りかかったまま顔は彼方を見ていたが、視線だけアーシアに向けきた。

「聞いてくれるの?」
「ああ、俺もこんな無茶苦茶な話し納得がいかなねぇし、どう考えてもイーロの為にもならないと思う」
アーシアの顔が見る間に明るくなって喜びに唇がほころんだ。
リストはその笑みに目を見開いてしまった。
アーシアの花のように微笑む姿に魅了されるものは多いのだ。

「私はもちろんアリナから言われたようにシャロンを探すわ。そしてちゃんと連れて行くようにする。だからあなたは彼を裏切ったことにならないわ。私がちゃんとするのを見張るのがあなたの仕事でしょう?でも私を送り届けた後は直ぐこの経緯を私の兄に伝えて欲しいのよ」
「脅されてシャロンとかいう女を連れて行ったというのをか?」
リストはそれがどういう訳なのか訝しんでいた。
術をかけられているアーシアは詳細な事は言えない。それが言えるなら苦労はしないだろう。
利用している彼らにさえゼノアの正体を隠している。
彼らもあの男が誰なのか知ったら、力を貸すような馬鹿な真似はしないと思った。
しかしとにかくゼノアを目覚めが早いか、カサルアが早いか運に頼るしか無いだろう。

「ええ、兄なら其処で何があるのか分かってくれると思うから」
「ところで兄って城にいるのか?」
「え?あの・・・知らなくて私を連れてったの?」
「イーロは下見で物色して上等そうなのを連れて来たって言っていただけだ」
「・・・・私の兄は天龍王カサルアよ」
「なんだって!そんな・・・じゃあ、俺らの事伝えに行ったら・・・」
リストはぞっとした。王の妹を攫って脅しているのだ。
そんな事がバレたら自分達はただでは済まないだろう。

「兄にはあなたが悪い人では無くて信用出来るって伝えるし、兄は悪いようにはしないと思うから。お願いします。私を助けてください」
やってしまったのは取り消すことが出来ない。
それならやはり協力して恩赦をもらうようにするしかないのか?

「分かった。協力するから、イーロの件は王に頼んでくれよ」
「分かったわ。約束する」
アーシアはほっとして言ったのだった。
もうすぐ青天城に到着する。全てが上手くいきますようにとアーシアは願った。


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