紅 の 龍 9


 そしてその夜、いつものように店に行くと上等の客が入ったとジーナが言った。
アーシアを指名しているらしい。

「なんと、碧の龍様らしいよ」
「えええ!碧の龍――っ!」
それは流石に不味いだろう。
そっと店の中を覗けば確かにラカンだ。取り巻きは水の龍達で何度か城で見た事があった。

「私を指名ってことは、私がここで働いているのを知っているの?」
「なんだい?知り合いかい?」
ジーナはアーシアの正体を知っているのにわざと言った。
彼女が本当に城と繋がりが無く、本当に此処に来たのか確認するためだった。

「えっと・・・まあちょっと・・・何と言うか・・・」
「指名だからね。嫌とは言わせないよ。なんせ碧の龍といったら大金持ちで有名だしね。たんと良い酒を注文させるんだよ。一晩で屋敷一つ建てられるぐらいにな」
「ひ、一晩で屋敷一つ――っ!」
「ああそうさ。それぐらい豪遊するって花街では有名な話さ」
(はぁ〜ラカンったら相変わらずねぇ・・・)
呆れたアーシアだったが他人の振りをしてラカンを誤魔化せるだろうか?
知っていたのなら彼のことだ、今日の昼間に聞いてくるはずだ。

「どうするんだ?」
リストも店の中を覗いて彼らを確認すると心配そうに言った。

「どうするって言っても・・・う〜ん。もう、こうなったら一か八かよ!私は今、ジーナの店のアリシアよ。それを通すしかないわ!うん、そうする!」
アーシアは覚悟を決めて出る事にした。
そしてリストがいれば流石にバレてしまうから彼は奥に居て貰うことにしたのだった。

アーシアはシャリン、と手足に付けた鈴の飾りを鳴らせながらお酒を持って出て行った。

「お待たせ致しました。アリシアでございます」
「おっ、待ってました!ひゃーほんと噂通りアーシア様に瓜二つ!」
「ほんとだ!どうですか、噂通りだったでしょう?碧の龍」
「うわー良い女!ねえ碧の龍!碧の龍?」
ラカンは仰天して口を大きく開けたままだった。

(みんなは私そっくりな遊女と聞いて来たみたいね・・・まあだけど・・・流石にラカンは誤魔化せないみたいね)
アーシアは誤魔化すように、にっこりと微笑んだらラカン以外の龍達は、ぼーっとしていた。
ラカンがわなわなと震えだしてアーシアを指さすと名を呼ぼうとした。

「ア―」
しかしアーシアは名を呼ばせなかった。さっとラカンに近寄り顔を両手で包んだ。

「はじめまして碧の龍さま。私はアリシアと申します。今後共、ご贔屓(ひいき)に・・・」
ラカンは口をパクパクさせたが目線は下がって、アーシアのほとんど隠していない胸を見ている。
アーシアはラカンにだけ聞こえるような小さな声で言った。

「ラカンどこ見ているのよ」
「やっっぱり!ア―」
「しっ!」
と言ったアーシアは黙って、と言うようにラカンの唇に指を当てた。(はた)から見れば二人はいちゃついているように見えるだろう。
ラカンは驚いたどころでは無かった。
部下達がここ最近、評判の女の子がいる店があると聞いて誘われたのだった。一度行った者の話しではその子がアーシアに似ていると言ったのでものは試しに見物に来たのだ。似ていると言ってもたいしたこと無いと思っていた。
しかしまさかこんな裸同然の格好で本物が現れるとは思わなかったのだった。
しかも彼女は別人で通そうとしている様子だ。
ラカンは思わず立ち上がって叫んだ。

「主人!ここの主人はいるか!」
様子を窺っていたジーナが直ぐに出て来た。

「はい。私がこの店の主、ジーナでございます。何の御用でしょうか」
「この者を今晩、買い上げる。個室を用意してくれ」
アーシアも周りもぎょっとした。

「申し訳ございません。これは客を取らせておりませんので・・・」
「金は幾らでも払う。つべこべ言うな。お前達、後は好きなだけ遊んで帰れ。じゃあ、俺はこれを貰って行くからな。店主、案内しろ」
「ちょっ、ちょっと待って!」
ラカンはアーシアの制止を無視して彼女をひょいと抱えると、ジーナを促して出て行った。
残された連れの部下達は不平たらたらだった。

「ずるいよな。あんなにアーシア様にそっくりだったのに。高嶺の花は近づけなくても金を出せば近づける花と付き合いたいよ」
「そうだよな?しかし、アーシア様は親友の紅の龍と出来ているだろう?まあ今は微妙だとしても・・・碧の龍・・・横恋慕だったんだな・・・」
「そうか・・・許されぬ愛だったんだ!代用品でも良いと思われるくらい思いつめていたのかも・・・」
「じゃあ、我々は我慢しようや。我らの碧の龍の為にさ」
何だか変な話になっているようだったが、アーシアの正体はバレていないようだった。

 アーシアは知らなかったが、店には個室が何室か別棟にあった。
中に入ればそこが何をする場所かは教えて貰わなくても分かるものだった。
媚薬を練りこんだ香がたかれ中央には大きな寝台があった。
この店は売春宿では無いが裏では高級娼婦のいる店だった。
アーシアが知らないだけで花街では何処も似たようなものだろう。

「で?アーシア、君はここで何をやっているんだ?」
その部屋に入るなり、ラカンが怒ったように言った。
しかしアーシアは入った部屋に驚いて周りを見渡していた。
そしてラカンをジロリと見た。
「ラカン、こういう所に随分慣れているのね?いきなり部屋を用意しろって言うなんて。いやらしい〜」
「い、いやらしいって・・・そ、そんなことより何やっているんだってこっちが聞きたい!」
「何って、女を磨く修行よ!」
「修行だって!何で?」
「だ・か・ら・男を虜にする修行よ!」
アーシアはそういって胸を突き出して悩ましいポーズをとった。胸の小さな花の飾りと金の鎖がサラサラ動いて形の良い胸が、ぷるんと弾んだ。

「うっわ!やめてくれ!これ以上見たらラシードかカサルアから抹殺されてしまう!俺を殺さないでくれ!」
アーシアは、ぷぅーとふくれた。

「何よ!化け物見たいに言わないでよ!失礼しちゃうわ」
ラカンは両手で目を塞いでいる。

「し、しかし冗談じゃないよ。こんな事バレたら大変だ!」
「そうね・・・潮時かもね。今日だって私に似ているっていう噂だったのでしょう?ラシードにもあんまり効果ないし・・・」
アーシアがぽつんと悲しそうに言った。
ラカンははっとして両目から手を外しかけたが、
アーシアの胸が目に入ったので慌てて手を戻した。
「や、やっぱりこんな無茶、あいつの為だったんだな?」
それは二番目だったが目的は言えない。

「そうね・・・そんな感じ。私ってやっぱり魅力が足りないのね。ラシードは私を愛しているけど体はリラを求めるらしいわ。心と体は別だろうとか言うのよね・・・私には理解出来ない。ラシードはまた愛を疑っているのかも知れないの・・・」
「アーシア・・・確かにあいつ今、変だ。絶対また一人で何か抱え込んでいるに違い無い!だからアーシア、信じてやってくれよ」
ラカンはいつの間にか目から手を外して真剣にラシードを弁護した。

「・・・ラシードを信じるには少し色々見過ぎちゃったのよね・・・でも私の心は揺れていないわ。ラシードがどう思っていても私は彼が好きだし、愛している・・・ラシードへの愛は不変よ。こればかりは彼がどう変わろうと変わらない」
そう言ったアーシアの瞳に迷いが無いのをラカンは見た。そう彼女はいつも真っ直ぐにラシードを見つめている。それが分からない奴じゃないとラカンは信じたかった。

「アーシア・・・分かったよ。俺に何か出来ることがあったら言ってくれよ。しかし何ならその格好でラシードに迫ってみたら?それならリラのお色気に負けないよ」
ラカンはさっきまでアーシアを見るのを遠慮していたのに、赤い顔をしてチラチラ見ていた。

「ラ・カ・ン・見過ぎよ!ラカンにいやらしい所に連れ込まれて裸を見られたぁーと言って兄様に泣きつこうかしら?」
「うわっ!勘弁してくれよ!」
ラカンは慌ててまた目を両手で覆った。

結局ラカンには今日でここを辞めるからと言って先に帰らせたのだった。
帰り支度をしたアーシアはジーナの所へ行った。

「ジーナ話があります」
「ああ、私もあるよ。こっちに来な」
ジーナは碧の龍とのやり取りを見て、アーシアが本当に彼らには内緒だったと言うことが分かったようだった。シャロンもそれで納得したみたいでアーシアと会うと決心したようだ。
ジーナは奥の私室へとアーシアを案内すると、中には彼女だけが入った。
長い艶やかな黒髪の女性がそこには立っていた。黒曜石のような美しい宝珠だ。
しかし絵姿のシャロンには似ているが年齢が合わない。宝珠だから見かけの年齢は分かり難いとは言っても、アーシアとそんなに変わらない感じだった。
しかしアーシアにはそういうことも有りえるだろうと思っていたから驚かなかった。

「シャロンさんですね?」
「ええそうよ・・・・貴女、私を見て驚かないのね。何か知っているの?」
「はい。たぶん知っていると思います。それにも関わることでしょうけれど私と一緒に行って貰いたい所があるのです」
「何処に?何をしに行くの?」
アーシアはどう言うべきか迷った。

「・・・・・そこに行くとあなたは死ぬかもしれません。でも・・・あなたが一番会いたい人と会えます・・・」
シャロンは息を呑んだ。

「まさか・・・ゼノア様?」
アーシアは黙っている。
しかしシャロンは悟ったようだ。信じられないと見開いた瞳から涙が溢れだした。

「ああぁ・・・本当に生きていらした・・・またお会い出来るなんて・・・」
「でも、行けば死ぬかもしれません」
シャロンがアーシアを、きっと睨んだ。

「死んでも構わないわ!あの方にもう一度会えるなら!でも何故?貴女が?もしかしてゼノア様は貴女達に囚われているの?」
「いいえ。アリナが助けて隠れ住んでいるわ。でもずっと意識が無いみたい。私は貴女を探して連れて来いと脅されているの。だからこの事は誰も知らないわ」
本当だろうか?とシャロンはアーシアを見た。
それよりもアリナが自分を探す理由は分からないが、今起こっている変事が関わっているのだろう。
言葉少なく言う彼女もそれを知っている様子だ。

「私は迷うことなんか無い。連れて行ってちょうだい」
アーシアは彼女の答えは聞かなくても分かっていた。宝珠は迷わないのだ。
心に決めた龍と共に有ること・・・・ただそれだけを望むのだから。

「分かりました。では明日迎えに来ます」
アーシアは硬い口調で言った。明日全て何もかも明日が勝負なのだ。


そしてその夜、またアーシアはラシードの部屋を訪ねた。

「ラシード、開けてちょうだい」
扉が開くとやっぱりと思ったがリラがいた。最近知ったのだが彼女の部屋はラシードと隣同士らしい。
今日のリラは裸では無かったが紐一本でかるく留めただけの夜着の格好だった。そしてラシードも似たようなものだ。

「あら、アーシアいらっしゃい。何をしにいらしたの?まさかまた夜這い?でも間に合っているわよ」
揶揄するようなリラの言葉にもう傷つきはしない。
扉の内側まで入らず中を見れば二人で酒を飲んでいたようだった。
その後どうするのか教えて貰わなくても分かる。その最中に訪ねなくて良かったと思うだけだ。

「アーシア、こんな夜遅く出歩いてまた攫われたらどうするんだ?」
ラシードは中に入る様子も無く黙って立っているアーシアを怪訝に思った。
そして気遣いした様子でもない口調で言った。どちらかと言うと突き放した様な言い方だ。
それでもアーシアはもう傷ついたりしない。

「大丈夫よ。リストが外で待ってくれているから・・・今日は聞いて欲しいことがあったから来たの」
うつむき加減で喋るアーシアはまるで夜露に濡れる甘やかな花のようだった。最近の彼女は憂いを漂わせる艶やかな美しさと、甘い蜜のような微笑で男達を虜にしていると噂されていた。

「それで、話とは?」
冷たい言い方のラシードにアーシアは少し怯んだが顔を上げて言った。

「私の今の正直な気持ちを言いに来たの。私はあなたを今信じる事は出来ない。信じたい気持ちはあってもそれを砕いたのはあなただったわ。それが誤解だとか見間違えだとかいうものでもなかった。それは分かっているでしょう?あなたは私の愛を裏切った・・・・私はもう・・・」
アーシアがそう言って言葉を切った時、ラシードが少し微笑んだような気がした。
それも安堵したかのように・・・何故?
ラシードは彼女から別れの言葉が続くのかと思った。だから微笑んだ。しかし・・・

「・・・・・もうあなたがリラと何をしても、誰かを好きになっても私は構わない・・・・私の心がそれでどんなにそれで傷ついても・・・私はあなたを嫌いになれない。あなたが好き・・・愛している。私が想っているだけならあなたに迷惑はかけないでしょう?私のこの気持ちは変わらない不変のもの・・・無二の誓いはずっとあなたのもの―――あなただけを何よりも愛しているわ。ラシード――」
アーシアの瞳からひとしずくの涙が頬を伝っていった。そして唇は微笑みを刻んでいた。
ラシードはただ真紅の瞳を見開いて言葉を無くしてしまった。
アーシアはそれだけ言うとラシードからの返事を要求すること無く出て行ったのだった。
残されたラシードはアーシアが居なくなると肩を大きく震わせガクガクと崩れて床に膝をついた。

「ば、馬鹿な・・・これだけしてまだ足りないと言うのか・・・」
ラシードの震えが止まらない。

「ラシード・・・」
リラがラシードの肩に手をかけた。それをラシードは払い除ける。

「どれだけ傷付けて泣かせれば私を嫌ってくれるんだ!どうすればいいっ、どうすれば嫌ってくれる!アーシア――っ」
ラシードは血を吐くように叫ぶと、床を拳で何度も狂ったように叩いた。
皮膚が裂け血が床を汚していく―――
赤い砂の街で願ったものが崩れていく・・・愛しているから私を忘れて欲しいのだ・・私を・・・・


ちょっとひとやすみ

話もあと3/1でしょうか。既に人気大暴落中のラシードもまた登場しました。彼のこの行動の意味は次回で判明しますが、果たしてそれで人気を回復出来るのか!? さてどうでしょうか?? 私はこんなラシード好きなんですけれどね。彼をここまで追い詰めたのは上記の「ここまでしてまだ足りないのか――」とか「どうすれば嫌ってくれる――」とかの血反吐を吐く言葉を言わせたかったのです 後でも同じような言葉を言いますけれどね。ふふっ、この言葉の意味は次回で分かるとしても私のその計画の為にアーシアには辛い思いをさせてしましました。アーちゃんごめんなさい。さてさていよいよラストに向って二人の愛も確実にステップアップしますのでご期待下さいませ

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