紅とアーシア7



 アーシアは道に迷いながら城へと向かった。
契約した宝珠と龍は何処に居てもお互いの居場所がわかるものだ。ラシードが任務で一人遠方に行ったとしても紅く燃え盛るような火の龍の気を身近に感じることが出来た。それはまるで愛撫されているような感覚だった・・・それが今、アーシアもラシードも正体を隠す為にカサルア特製の珠力や龍力を強力に抑える器具を身に着けている。
だからラシードがどの方向に居るのさえ分からなかった・・・

(こんな感覚・・・久しぶり・・・)
アーシアは少し不安になってしまった。
昔から負けん気が強く強気なのに最近は自分でもおかしいくらい弱気になることがある。
それはラシードを好きになればなるだけ広がるような感覚だった。

「それもこれも、ラシードが私を甘やかすからよ!兄様以上なんだからっ!」
アーシアは足早に歩きながら悪態をついた。色々と言い訳されたが結局置いてきぼりされたことが段々、腹立たしくなって来たのだ。

「昨日だって、結局、あんなことして誤魔化したんだわ!もうっ!悔しい〜〜!!いつもラシードが主導権握るんだから!こうなったら媚薬でもなんでも飲ませて最後までやってやる!」
アーシアは自分でそう言って、あっと驚いた。

「最後まで?そうよ・・・私が気弱になってたら駄目よ。ラシードが自分の思いを語らないのはいつもの事なんだから私がそれを気遣って臆病になんかなってたら二人共、駄目になってしまう・・・私はラシードを幸せにしたい・・・ラシードの幸せは私の幸せ・・・それはラシードだって同じ・・・馬鹿な私!私はわがままで良いのよ!うん、そうよ!兄様を見習ってベタベタ甘えて我が儘してやるわ!」
アーシアは自分で自分を叱咤激励しながら何とか州城に到着した。
しかしその時はもう既にラシード達が出ていった後だったが、それを知らないアーシアは来訪者を整理する役人に訪ねた。
運が良いのか悪いのか訪ねた役人はラカンが金を握らせて融通して貰った人物だった。

「あいつらの妹?へぇ〜」
「ご存じですか?忘れ物を届けに来たので何処に行ったのか教えて頂けませんか?」
「忘れものねぇ〜」
役人は反芻しながらアーシアを値踏みするように上から下まで舐めるように見ていた。
アーシアの形良い胸に目を留めて舌なめずりし、すんなりと伸びた脚をジロジロ見ては鼻息を荒くした。
嫌な気分になったアーシアは他をあたろうと断りを言って立ち去りかけた。

「ちょっと待った!俺が連れて行ってやろう」
「・・・行き先さえ教えて頂けたら自分で行きます」
「この先、一般人は許可無しに通れないんだぜ。さっきもあんたの兄ちゃん達を俺が連れて行ったんだからな」
役人はラカン達が城を出たのを知っていたし、戻って来るのも知っていた。用件は分からないが戻って来たら城内に通し、イズマルに知らせるようにとの命を受けていたのだ。

(忘れ物を取りに行ったんだな。へへへっ・・・今度の通行料はこの娘で良いだろう。次は、はした金じゃ済まないって言ってたんだしな・・・)
ニヤニヤしている役人にアーシアは悪寒がし、更に嫌な気分になってきた。しかし断ったらラシード達と合流出来そうにないから困った。

(中に二人いるんだし・・・大丈夫よね・・・でも)
アーシアは付いて来い、と顎をしゃくる男がどうしても信用出来なかった。

「いいです。兄達が出て来るまで此処で待ちます」
「はぁ〜?忘れ物を届けたいんだろう?」
「いいです。忘れ物に気が付いたなら出て来るでしょうし」
アーシアは忘れ物という話しは嘘だから直ぐに出て来ないだろうと思ったが仕方が無い。今は自分の嫌な予感を信じた。

「親切に言ってるんだ!来い!」
「いいです!」
「来い!」
男は形相を変えてアーシアの腕を掴んだ。

「いやっ――!」
予感的中だ!アーシアは身の危険を感じ男の手を払いのけようと身をよじった。
まだ周りには人が沢山いて何事かと注目したが相手が役人だから遠巻きに見ているだけだった。

「放して!」
「騒ぐな!こっちに来い!」
「嫌!」
絶対に行くものかとアーシアは足を踏ん張ったが男の力には敵わなかった。ずるずると引き摺られるように広間から連れ出されかけたが、それでも力いっぱい声を張り上げて抵抗した。

「何事だ!」
別の男の大きな声に役人は飛び上がった。

「あ、紅の龍様・・・あ、あのその・・・こいつが兄のところに連れて行けと言ったんで・・・」
紅の龍と聞いたアーシアは驚いて声の主を見た。
その男は確かに前髪から覗く片方だけの瞳の色は―――真紅だった。
しかし瞳の色が同じでもラシードとは似ても似つかない顔立ちだ。
アーシアは思わず思った事を声に出してしまった。

「紅の龍?違う!違うわ!あなたなんか紅の龍じゃない!」
偽者は顔色を変えると役人からアーシアを奪うように腕を掴みあげた。

「黙れ!」
アーシアは、はっと我に返った。こんな所で偽者だと問い質してしまっては後々面倒な事になってしまうだろう。頭では分かっていてもラシードの名を騙る男を目の前にすると腹が立ってしまった。
偽者は当然自分が偽者だと分かっている。アーシアの垢抜けた雰囲気から察して地元では無く天龍都から来たかもしれないと思った。

(本物の紅の龍を知っているのか?不味い!)
まだ一般人の居るこの場での問答は出来ないと偽者は悟った。

「怪しい奴!こっちへ来い!」
「嫌!放して!」
アーシアは抵抗したが肩に担ぎ上げられ広間から連れ出されてしまった。そしてアーシアはセイカのもとへと運ばれた。

「何事なの!」
「そんなに、カリカリするなよ。ちょっとした問題だ」
偽紅の龍はアーシアを縄で縛りながらセイカに耳打ちした。

「それで後先考えずに拉致して此処まで飛んで来た訳?」
「だって仕方が無いだろう?広間は一般人で溢れていたんだから」
「まさか私に始末しろと言いたいの?」
始末と聞いたアーシアは、ゾクリと背筋が凍った。

「それに女はあなたの得意分野でしょう!力を蓄えるとかって言っていたじゃない。こんな上玉なら無理矢理して力が半減しても十分じゃないの?私は忙しいのだからこんなことで煩わせないでちょうだい!」
苛々して言う女の意味がアーシアには分からなかった。

(力?蓄える?無理矢理?半減?何が?―――もしかして、私が宝珠って分かったの?)
「この女は使い物にならない」
「だったら殺しなさい」
「簡単に言うなよ。この女は此処に来ている誰かを追っかけて来たらしいから殺したら騒ぎが大きくなって不味いだろう?そいつらを捜して一緒に殺さないと」
「追っ駆けて来た?誰を?」
セイカの問いにアーシアは首を振った。

「言ったら一緒に殺すのでしょう!言わないわ!」
セイカはアーシアが握りしめている書簡の包みを目に留めて取り上げた。

「あっ!」
「土地買収の書類?―――お前が追いかけて来たと言うのはもしかして兄弟?確か名前は・・・ファーとジン。違う?」
(ラシード達はこの人に会っている・・・じゃあ、近くに居るのかしら?)
「そうです!私は妹のリルダです!」
セイカは、ニタリと微笑んだ。

「そう・・・あなたが・・・」
サードや翠の龍と交流があるこの妹なら本物の紅の龍を見た事があるのだろうと、セイカは納得した。

「兄達は何処ですか?それにあなたは誰です?」
「私の名前はセイカ。州公代理よ。あなたの兄達は投獄したわ」
「えっ?投獄!」
「そうよ。州公相手に詐欺を働こうとしたから処刑されて当然だわ」
アーシアは内容を詳しくは聞いていないがラカンの用意した書類は全部本物だと聞いていた。
だから易々と発覚するようなものだとは思えなかった。

「嘘ではありません!書類を見てもらえれば分かる筈です!」
「じゃあ、本当にあなたは翠の龍の宝珠と仲が良くて、翠の龍を動かしてもらって湖の埋め立て出来るの?」
「サードと?」
「伝説の炎の宝珠≠呼び捨て?本当に親しそうね」
アーシアはラカンが何を交渉材料にして言ったのか分からなかったが、今は話を合わせて捕らえられている彼らを救い出さなくてはと焦った。

「そうです!サードとは友達です!」
「だったら今から直ぐに翠の龍を連れて来てちょうだい」
「そうすれば兄達を釈放して貰えますか?」
「条件を呑めばね」
薄っすらと微笑むセイカにアーシアは再び、ぞっとした。
アーシアも感じた・・・この女の毒々しい闇色の雰囲気はゼノアを彷彿させるものだ。

「条件は?」
「この男が紅の龍じゃないと言ったそうね?」
アーシアは不機嫌な顔をして立っている男を、チラリと見て頷いた。

「そうよ。確かにこの男は紅の龍じゃない。だけどそれを絶対に誰にも口外しないこと。もしもその約束を破ったならあなたの大事なお兄さんを殺すわ・・・もちろん翠の龍を連れて来られなければ、やはり詐欺だったとして処刑する」
アーシアはラシード達が投獄されたと言うセイカの嘘を信じて頷いた。
簡単に殺されるような彼らでは無い。何か策があって大人しく囚われたのだろうとアーシアは思った。だから本当なら此処に居ない筈の自分が騒げばその計画を壊してしまうかもしれないと考えたのだ。
罠としか思えないこの呼び出しにレンが応じたとしても彼なら大丈夫だと言う絶対の信頼があった。

「直ぐに連れて来ます!」
「そう、良かった。次元回廊を用意しているから早く行って至急戻って来なさい。くれぐれも兄達の命が係っているのだから馬鹿な考えはしないことね」
アーシアはセイカの手の者に回廊へと連れて行かれた。

「どうなっているんだ!翠の龍なんか呼んで何をするつもりだ!」
内容を知らない偽紅の龍はセイカに詰め寄った。

「煩いわね!だいたい私の忠告を無視してうろつくから話しが面倒になったじゃないの!王になりたいのなら私の言う事を聞きなさい!誰のおかげで大きな顔をしていられるのか忘れた訳?逆らうのならその力を取り上げてやっても良いのよ!」
「わ、分かった、言う通りにする。そんなに怒らないでくれ。お前の言う通りに俺は何でもしただろう?これからも何でもする」
「分かればいいのよ。あの娘の兄達は妹を連れに戻っているわ。妹が入れ違いになったとは知らずにね。捜し回っているうちはいいけれど、もし戻って来たら捕らえて投獄してちょうだい。逆らうようなら殺しても良いわ。もちろん妹に分からないようにね」
「分かった」
男が去った後、セイカは満足そうに微笑んだ。


 アーシアは州公だけが使う事を許されている青天城内に繋がる次元回廊を渡った。
次元回廊は双方に龍が居ないと出来ない路だ。だがこの路は特殊だった。開かれた政を信念とするカサルアによって、州公が何時でも中央へ行けるようにと配慮され、州側だけからでも強制的に繋ぐことが出来るものだ。その逆も出来る筈だったが今は封鎖状態で青天城からは繋ぐ事が出来なかった。
だからアーシアは時間を区切られた。
次に繋がる約束の時間までにレンを連れて来なければいけなかった。
 レンは婚礼が近いせいか最近は遠方に出掛けず青天城で執務を行っていた。
少し過敏になっているような感じだった。その証拠に今回はクレアと別居していなかった。
前回は婚礼前のけじめとして一ヶ月前ぐらいからクレアと別居したがその結果あの事故に巻き込まれてしまったのだ。だから仕事中もクレアを片時も離さない感じだった。

「レン!大変なの!」
「アーシア、どうしてここに?」
レンの執務室に飛び込んで来たアーシアにレンは驚いた。彼女が重要な任務で兌龍州に行っていると知っていたからだ。

「レン、早く一緒に兌龍州に来て!ラシードとラカンが大変なのよ!」
「急に何だよ!アーシア!」
早く、とレンの腕を引っ張るアーシアに彼と一緒に居たサードが間に入って来た。もちろんクレアも居たが口を挟めず心配そうに三人を見つめていた。

「あっ!サード、あなたも一緒に来て!私達は友達よ!」
「友達って・・・おいっ!だから何だって言ってるだろう!」
「アーシア、落ち着いて下さい。何があったのですか?」
穏やかなレンの声を聞いたアーシアは、ピタリと動きを止めた。

「ごめんなさい・・・私、焦ってしまって・・・」
アーシアは自分の知っていることだけを早口で話した。
少し考え込んでいたレンは、うっとりするような綺麗な顔に微笑みを浮かべた。

「要するに私が湖を埋め立てる為に其処に行くという筋書きなのですね?」
「俺がアーシアのお友達でレンに俺が頼むってか?あ〜馬鹿らしい!あんたと友達になった覚えも無いし、ましてレンが俺の頼みなんか聞く訳ない。それにあいつらが大人しく囚われているなんて有り得ないだろうが。罠だよ、罠!レンを呼び出して殺すつもりさ!だいたい回りくどい事なんかしないで一気に鎮圧すればいいのによ!」
レンを殺すと聞いたクレアは小さな悲鳴をあげた。

「サード!」
うっ、す、すまん(こ、こえぇ〜〜)」
サードはレンに、ギラっと睨まれて首を竦めた。

クレア、大丈夫ですよ。心配しないで・・・私は大丈夫。サード、それにそんな簡単な事ではありません。州城にどれくらい人質がいるのか分かりませんが、それよりも民衆に問題があるのです・・・イザヤの依頼で兌龍州から来た親子を検査しました。イザヤが言うには彼女達はまるで何かに操られているような感じだと・・・検査の結果、血液に今まで見た事ない成分が含まれていました」
「どういうことなの?レン」
アーシアは初めて聞くその内容に驚いて聞き返した。

「成分の分析はまだですが・・・例えばこれが彼女達を操る要素だったとします。もしも兌龍州の民衆全てがこれを保有していれば・・・」
アーシアはイザヤの言葉を思い出した。


『―――偽者ラシードの残虐な行為は何故か正当化され英雄視されていて判を押したように皆が皆、口を揃えてそう言うらしいのです。善良な感覚がまるで麻痺しているような―――』

「敵は城の中だけじゃ無く・・・操られた民衆も敵になるっていう訳か・・・」
その答えはサードが言った。

「そうです。イザヤの読みが正しければ迂闊に手は出せません」
「レン様・・・」
クレアは怖くなってレンの名を呼んだ。
レンはクレアを安心させるように優しく抱き寄せ軽く抱擁した。
再び記憶を失ってまた思い出した後からレンの態度は一変していた。
クレアを本当に壊れ物でも扱うような感じだった。それこそ今の方が見た目のレン通りの感じだが・・・
以前は強く抱きしめ、時には貪るような口づけをするような激情的な一面もあった。


『クレア・・・』

クレアはレンから甘く囁くように名前を呼ばれると、その場に縫いつけられたように動けなくなるのは何時ものことだった。

『レン様・・・んっ、んぁ・・・ふ、ぅん』
返事をしたクレアは唇を塞がれ、更に背中に回されたレンの手で、グッと抱き寄せられる。
腕と脚がその急な体の動きに追いつかず操り人形のように、グラグラと揺れた。

『クレア・・・もっと口を開いて下さい・・・』
束の間、唇を解いたレンが耳元で囁いた。
吐息のかかる感触でクレアは、かあっと頬が熱くなった。
クスリと小さく笑ったレンはクレアの目尻に口づけを落とした。
クレアはもう立っていられなくなってしまったが、レンの見かけと全然違う力強い腕で支えられて宙に浮かんでいた。今度は地面では無くレンに、ピッタリと縫い付けられたような感じだった。
クレアは言われたように恐る恐る口開くと再びレンの唇が降りて来た。
目の前に迫る至高の美のようなレンの顔にクレアは、ドキリと鼓動が跳ねる。目を閉じたら勿体無いが閉じな
いと頭がおかしくなりそうだ。
クレアの目が閉じられたのが合図のように今度は容赦無い激しい口づけが始まった。深く差し入れられた舌はクレアの舌を絡め取っては貪る。

『んっ・・・ん・・・んっ・・・ぁ・・・ふ』
クレアは只ひたすらレンのすることを受けるだけだった。自分から何をして良いのか分からなかった。口を開いてと言われるくらいでレンからも特別に要求しないから尚更だ。

クレアは以前見たアーシアとラシードの口づけと自分達は何か違うような気がしていた。
しかしそれはまだ自分達が口づけ以上の関係が無いからだろうと勝手にクレアは思っている。
口づけ以上の関係・・・レンはこんなに情熱的な面もあるのに結婚するまではこれ以上しないと言う古い因習を大事にしているようだった。激しい口づけの余韻でレンの昂ぶりが硬くなり、密着するクレアに衣越しに触れていても腰紐を解く事は無かった・・・

一線を越えなくてもそれに迫る行為を度々見せていたレンが、今はその素振りさえ見せないのだ。
それがクレアにはとても不安だった―――

「クレア、心配しなくて大丈夫。直ぐに決着させます。では、行きましょう、アーシア」

「レン様、私も一緒に!」
何だか今回は置いてかれそうな気がしたクレアは慌てて言ったが、レンは首を振った。

「危険な場所に貴女を連れて行けません。それに時間が無いのです。この事を王とイザヤに伝えて下さい」
「でも・・・」
クレアは危険だからレンはそう言っているのだと思っても・・・仲間外れにされたような気持ちがしてならなかった。こんな大変な時にそんな事を思う自分にクレアは嫌気が差すのだが・・・
レンにとって特別だったアーシアの存在はクレアの心の中では今でも大きい・・・
しかし、此処で我が儘を言わないのがクレアだ。

「分かりました。お帰りをお待ちしております」
「クレア、心配しないで待っていて下さい。直ぐに帰ってきますからね」
恋人達は別れを惜しむように抱擁して離れると、それぞれの役目に向かったのだった。



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