紅とアーシア8



「ア――シア――!アーシア――ァァ・・・」
ラシードはアーシアの姿を捜して屋敷の中を走り回った。
走り回ると言っても使えるような部屋は殆ど無いのだからアーシアが居ないことなど直ぐに分かるものなのに、ラシードはそうせずには居られなかった。ラシードもアーシアと同じく力を封じている事によるお互いの位置を確認出来ないという障害が不安を増長させていたのだ。

「ラシード!落ち着け!部屋は争った形跡が無いのだから、ちょっと買い物に出掛けただけかもしれないだろう!」
ラカンは部屋の扉を開け放っては踵を返すラシードの腕を掴まえて怒鳴った。

「こんな時にアーシアが、フラフラ買い物になんか行くか!彼女なら――」
ラシードとラカンは、はっとしてお互い顔を見合わせた。

「アーシアなら後を付いて来る・・・」
ラシードは恐ろしいことを思いついたかのような声でそう言った。

「うわっ!そうだ!アーシアならそうする!」
ラカンも同じ意見だった。

二人は直ぐに州城へと駆け戻ったが城の周辺の様子が出て来た時と違う事に気が付いた。
早く城内へ駆け込みたい気持ちを抑えながら足を止めると物陰に潜んだ。

「人が多いし・・・動きが変だな」
ラカンが物陰から城の様子を窺った。

「・・・私は行く」
「ちょっと待てよ!ラシード、落ち着けって!」
構わず城に向かおうとするラシードをラカンは止めた。

「私は落ち着いている。こんな所で時間を費やしている暇は無い。アーシアに何かあったらどうするんだ」
「だから、それが焦っている、って言っているんだよ!あれからそんなに時間が経ってないんだ。アーシアが、ひょっこり現れたとしても俺らみたいに城の奥までは行きつかないさ。行ったとしてもレンを連れて来るまで安全だろう」
ラシードは大きく目を剥いてラカンを睨んだ。

「レンを連れて来る話は、お前が咄嗟に考え付いたものだろう!アーシアは知らない!話しを知らない彼女が何か騒ぎを起こしたに違いない!門前払いされたのならあんなに城が騒がしい筈が無いだろう?何かあったに違いないんだ!」
「だったら尚更だ!状況が分からないのに飛び込んでどうする!アーシアが危険な目に合うかもしれないだろうが!」
「力の制御を外せばいい!首謀者が分かったんだ!もう良いだろう!」
「この馬鹿!頭を冷やせ!力を過信するなって!だいたい力で解決出来るならこんな手間隙かけずにやっていたさ!イザヤからも言われてきただろう?これは簡単な問題じゃないって!」
「煩い!そんなものどうでもいい!」
「ああそうかい!アーシアさえ無事ならここの州民がどうなろうと大きな犠牲が出ようと構わないって言うんだな?俺達さえどうなろうとお前は構わないって?それなら勝手にすればいい!」
簡単な問題ではないと言う懸念―――
操られた州民達の一斉蜂起。罪の無い民衆と戦わなくてはならない事態に陥った時の心痛は計り知れないだろう。ラシードはアーシアの為になら罪の無い者達を手にかけるのに躊躇しない。
多分・・・ラカンも同じ立場だったらそうするだろう・・・レンもイザヤもカサルアも・・・
しかしそれに歯止めがかかるのは皆同じだった。周りも同じだけ大切に思うようになったことだ。
ラシードも最近ではその心境に陥っていると自分でも認め始めたばかりだった。

「―――すまない。ラカン・・・逸り過ぎた」
「全く、冷や冷やさせるなよ。で、俺の考えはさ、このまま芝居を続けて様子を窺おうって言うのはどう?」
ラシードは頷いた。強硬手段を取るにしても先ずは状況の把握が先決だ。
そして城に現れた二人は役人に囲まれてしまった。

「な、何するんだ!俺達は州公の代理人セイカ様のご用事を受けている者だ!こんな扱いを受ける謂れは無い!」
「煩い!黙れ!お前達の捕縛は紅の龍様のご命令だ!」
ラカンとラシードは顔を見合わせた。

(紅の龍が現れたみたいだな・・・少し暴れて偽者においで願おうか?)
ラカンは、ニヤリと微笑んで耳打ちすると、ラシードは頷いた。素手でも十分強い二人に役人達は敵わなかった。あっと言う間に蹴散らされ紅の龍が呼ばれた。
初めて見た偽者にラカンは思わず吹き出しそうだったし、ラシードは不愉快な顔をした。

「お前達!静かにしろ!妹がどうなってもいいのか!」
偽者の怒号に二人の動きが止まった。
やはりアーシアは此処まで到着していたのだ。しかも偽者は妹≠ニ言った―――
まだ正体が発覚していない証拠だ。それならそれで動き方が違う。急に大人しくなった二人を役人達は捕縛した。

「俺達が何をした?こんなことされる理由はない!」
「そうだ!妹をどうした!」
強く逆らわずに二人は口々に紅の龍と呼ばれる男を質問攻めした。

「あ〜煩い!妹は翠の龍を呼びに行った。連れて来られなかったらお前達の首が飛ぶらしいな。大人しくしないなら今、飛ばしてやってもいいぜ。セイカは殺してもイイって言ってたんだしな」
得体の知れない力を感じる男だが二人が劣るとは思わなかった。しかし逸る気持ちを抑え大人しく投獄された。アーシアがレンを連れて来るのなら一先ず安心だと思ったからだ。今は状況に応じて動けるように城内に居ることが肝心だ。
そして牽きたてられて連れて来られた牢屋はマリカとシアンが囚われている特別独房だった。
シアンの隣の独房に二人一緒に投げ込まれた。人の気配にシアンは鉄格子に飛びついた。

「待てよ!タジリと契約するから俺をセイカの所に連れて行け!
「何だ?連れて行けだ?誰に向かって言っているんだ?」
偽の紅の龍が振り向くと鉄格子を握るシアンの手を靴底で、ドカドカ踏みつけた。

「くっ―――」
鋲の打ち込まれた戦闘用の靴はシアンの指の皮を簡単に裂いて砕いた。
血が滴る指を無事な手で覆ったシアンは唇を噛み締め男を睨んだ。
マリカが心配するから声は上げられない。それでなくても弱ったマリカはもう声を出すのもやっとのような感じだった。シアンは屈辱に顔を歪めながらも牢屋の硬い下底に両膝をつくと額を低くすりつけ土下座した。

「お願い致します。どうぞお連れ下さいませ」
「はははっ!気分いいな!高慢な宝珠に土下座してもらうなんてなぁ〜でもなぁ〜頭がまだ高い!」
いい気になった男は折檻棒でシアンの下げている頭を叩き押した。シアンは声を上げず押されるまま頭を更に低くしたが、血を流す指は怒りで震えていた。

「どうか・・・お願い致します」
「気が向いたらな」
セイカから言い含められても最初からタジリにシアンを与えることが気に入らない男はそう答えた。
端から聞いても言うつもりが無いと分かる気の無い返事だった。

「・・・・・・・・・」
「おいっ!何だその顔は!よろしくお願いしますくらい言えないのか!」
鈍い音がした。男がシアンの肩を棒で突いたのだ。その衝撃でシアンの肩が外れたようだった。
ラシードとラカンは面識が無くても二人の会話からタジリの妹マリカと宝珠のシアンだと察した。
無抵抗な者への仕打ちにラカンが黙って居られず口を開きかけたが、冷静さを取り戻していたラシードから止められた。

「っ・・・申し訳ございません・・・宜しくお願い致します・・・っ・・・」
「ふん!初めから素直にそう言え!じゃあな」
看守達の足音が遠のく度に鍵の閉める音がする。奥の牢屋まで三つの扉があった。
最後の鍵音が聞こえるとラカンが鉄格子に張り付いた。

「おいっ、大丈夫か?」
「くっ・・・そんな大きな声を出すな・・・マリカに聞かれる・・・」
シアンは苦痛に顔を歪めながら上半身を気力で引き上げた。新入りはセイカに逆らった城の者達だろうと思ったが、一応マリカの宝珠として体裁は保ちたかった。

「愛しい者に心配かけたくないか・・・イザヤに聞いていた通りの根性者だな」
ラシードも格子に近付きそう言うと、シアンが驚いた顔をした。見知らぬ男は四大龍の銀の龍の名前を呼び捨てたのだ。

「あんた・・・いったい・・・」
シアンが痛みで霞む目で見たものはラシードが眼鏡を外してそれを衣に引っ掛ける仕草だった。
眼鏡を外した男は瞳を閉じていたが髪型を直すように両手で前髪を掻き揚げていた。

そしてその手が下りるに従ってその瞳はゆっくりと開かれた―――瞳の色は真紅。


「真紅!あっ・・・まさか・・・本物の紅の龍?しかし・・・」
シアンは信じられないと言うように首を振った。
会う機会が無くてもイザヤやサーラから彼らの最も信頼する他の四大龍の事は聞いていた。
だから偽者は直ぐに違うと感じたのだ。偽者も同じ真紅の瞳だったが本物を見ればそれがどんなに違うのか宝珠のシアンならハッキリと分かる。しかし・・・

「龍力が感じられないのだろう?」
シアンが頷くと痛みが走り顔を歪めた。

「おっと、無理するなよ。俺はラカン、碧の龍だ。もちろんこいつはラシード、正真正銘の紅の龍さ。正体を隠す為に龍力を抑えているんだよ」
シアンは安堵で気を失いそうだった。希望の光りがこの地下牢に射しこんで来たのだ。しかし倒れている場合では無かった。

「じゃあ、異変に気がついて?」
そうだ、とラシードとラカンが頷いた。それからお互いの情報を交換しあった。

「で?タジリは腑抜け状態ってな訳?」
ラカンの質問にシアンは頷いた。

「俺の言葉はもちろんマリカの話しにも全く耳を貸さない。と言うか・・・セイカの言う事だけに耳を傾けていた。あんなタジリは見たこと無い・・・」
「操られている感じ?」
「―――そう言われればそうかもしれないけど・・・分からない。いつものタジリなのに・・・ふとした言動が驚くものだったり、直ぐその後は否定して正当な事を言ったりと・・・とにかく変だった。そして変な時のタジリに歯向かった者達が投獄された・・・」
シアンはマリカ一人でさえ助けられなかった自分の不甲斐無さに唇を噛み締めた。

「―――何れにしても大人しく此処に来たのは正解だったようだ」
「そうだよなぁ〜こんなに都合の良い場所、そうそう無いよな」
重罪人を投獄するこの厳重な牢獄に来て良かったと言い合う、紅と碧の龍にシアンは驚いた。

「冗じゃない!ここは龍力を跳ね返す特殊な構造で出来ているんだ!入ったら最後出られない!最悪さ!うっ・・・」
シアンは大きな声を出したせいで痛みが走った。

「おい、大丈夫か?変な音がしたからな・・・骨までやられているかもしれない。公女も早く出してやらないと可哀想だ」
「だから出るのは難しいと――」
シアンの否定の言葉をラシードが遮った。

「心配ない。出ようと思えばこんな子供騙しのような牢獄は簡単に出られる」
「そうそう、簡単!簡単!それに地下で三重の強固な扉を配した牢獄なら看守の見回りなんかいらない造りだろ?しかもこの様子なら食事も与えて貰えて無い感じだよな?それなら此処の出入りは無いも同然じゃないか?」
シアンは肩を庇いながら頷いた。

「此処にはセイカが三日に一度ぐらいに恩着せがましく水を持って来て、タジリとの宝珠契約を強要しに来るだけだ。だからあんた達が連れて来られたから驚いていた」
「それは多分・・・今から来るお客さんに俺らが表の牢屋に居ると分かったら不味いと思ったんだろうな。内側は龍力を相殺するのなら外からは遮断出来るもんだろう?それなら俺達を隠すのに丁度良いと思ったんだと思うな」
「お客さんって?」
ラカンはシアンにこれまでの経緯を簡単に話した。

「―――と言う訳さ。今のところ俺達の正体がバレていない感じだから動き易いんだよな。とにかくタジリに会って真相を究明したいんだ。案内頼めるか?」
分かった、とシアンは頷いた。
そしてシアンは力を解除した紅と碧の龍の立ち昇る巨大な龍力を目の当たりにしたのだった―――


 セイカは只一人で次元回廊の出口で翠の龍レン達を待っていた。
兄達を人質に取っていても妹が翠の龍に助けを求めているかもしれないとは思った。もしそうだと仮定して兵士を総動員し待ち受けても無駄だとも思っている。四大龍の称号を持つ者に対抗出来る者などいないと言うのは誰でも知っていることだからだ。
目の前の空間が輝き、その中から三人の姿が現れた。その中の二人は燃えるような赤い髪の男と絶世の美女のような麗人―――間違いなく翠の龍とその宝珠だ。
セイカは、ゆっくりと微笑んで口を開いた。

「ようこそおいで下さいました。お久し振りでございます」
(久し振り?)
レンはセイカに記憶が無かった。サードに視線を流すと彼も首を傾げていた。

「お忘れでございますか?」
「・・・貴女とは初対面だと思いますが?」
レンは不快さを隠して答えた。今は、アーシア達が仕組んだ芝居に合わせる方針だ。
そのレンの質問にセイカは微笑んだだけで答えなかった。そしてアーシアに視線を向けた。

「ご苦労様。あなたのお兄さん達は仕事の準備で出掛けたわ。明日には戻るからあなたは家で待っているようにと伝言を受けたわ」
「兄達が?」
「そうよ」
単純に聞けば、レンを連れて来たから人質にしていた兄を明日には解放するから家で待てと言っているように聞こえた。ラシード達が本当に囚われているのかさえ分からない今、何を聞いてもアーシアは信用出来なかった。

「兄貴達がいないならさ、久し振りだし今日は俺らと居たらいいさ。なぁ〜レン?」
サードは答えに窮するアーシアを助けるように言った。もう用無しのアーシアを自分達と引き離して捕らえるか、殺すかのどちらかだろうと察したレンも頷いた。

「そうですね。それが良いでしょう。サードも貴女が居ると退屈しないでしょうからね」
レンがそう言ってアーシアに親しそうに微笑みかけると、セイカの顔色が変わった。

「彼女は宝珠様とご友人と聞きましたが、レン様ともお親しいのですか?」
(レン?)
四大龍の称号を与えられてからは初対面で名前を呼ばれることが少なかったレンは違和感を覚えた。

(どこかで会ったことがあるのだろうか?)
レンは記憶を辿って見たが思い出さなかった。こんなに毒々しい雰囲気を持っているのだから一目見ただけでかなり印象深い筈だ。

「レン」
サードに名前を呼ばれて小突かれたレンは、はっと我に返った。

「サードとは友人ですから彼女とはそれなりに・・・」
当たり障りに無い答えをして微笑んだ。

(でたぁ〜レンの必殺!女殺しの微笑!これで女達は、ぼう〜っとして誤魔化せるからなぁ〜)
サードはそう思いつつセイカの様子を窺った。すると彼女は、ぼう〜っとするどころか表情が険しくなっていた。
しかし直ぐに表情を和らげ微笑んだが、目は笑っていなかった。

「そうですか。それならどうぞご一緒に・・・歓迎の宴を用意していますから此方へどうぞ」
「宴は必要ありません。多忙の身ですから用件を早く済ませたいのです。そこへ案内して下さい」
「立案者の兄弟が居りませんので分かりかねますね。それは明日お願いします」
「湖の埋め立てだと聞いています。場所は分かるのでしょうから、待たなくても出来ます」
レンはセイカの反応を見る為に、用件を済ませて早く帰りたい素振りをした。
するとセイカは少し困ったような顔をした。

「その前にして頂きたいことがありまして。申し上げ難いのですが・・・州公は病で臥しています・・・診て下さいませんか?」
「タジリが病気?直ぐに診ましょう。しかし、何故そんなに言い難そうに言うのですか?」
「・・・州公に会ってくだされば分かりますわ」
セイカは媚びるように甘く囁くと妖しく微笑んだ。
その言い方にサードは、ムッとした。それは何時も、何時もレンに煩く纏わり付く女達を思い出したのだ。そしてその中に居たセイカと良く似た女を思い出し、あっと声を上げた。

「どうしました?サード?」
サードがセイカを注視していた。そして勢い良く彼女を指差した。

「思い出した!あんた!レンに煩く纏わり付いていた宝珠だろう!」
セイカは妖しい微笑を浮かべたまま沈黙していた。

「レン!ほらっ!いただろう?ピーチクパーチクさえずり回っていた女の中にこの女が居た!雰囲気は全然違うけど顔は一緒だぜ!」
レンは思い出そうにも女性は皆、同じに見えていて分からなかった。
首を傾げるレンにサードは大げさに溜息をついた。

「はぁ〜無理かぁ〜だいたい言い寄る女に無関心だったからなぁ〜その癖、優しく接するから勘違いした女がウヨウヨしてさ!俺は大変だったんだからな」
レンに纏わり付く女達をサードが追い払っていたのは有名な話だ。そのサードが唯一認めたのがクレアだと言うのももちろん有名な話だった。
レンが口を開こうとすると、セイカが突然甲高く笑い出した。

「何を仰ってますの?私が宝珠では無いことぐらいお分かりになるでしょう?あなたの仰っている女性は多分、私の姉ですわ」
「姉だって?」
「そうです。私には双子の宝珠だった姉がいました」
「いました・・・と言うと?」
レンはセイカの過去形の言葉に反応した。

「はい。亡くなりました。姉から良くレン様のお話は聞いておりましたから初めてお会いした気がしなくて、変なご挨拶をついしてしましましたのよ・・・申し訳ございませんでしたわ」
話しの筋が通っているようで通っていない・・・妙な感覚だった。何れにしても謎だらけの敵の真意と出方を探るしか無いのだ。

「それはお寂しいことでしょう。お悔やみ申し上げます」
「姉もきっと喜んでいる筈です。そっくりな私を通してレン様と会話しているようなものですから・・・」
(通して?)
レンはセイカの妙な言い方が気になった。サードも同じく視線を流して来た。もちろんアーシアも・・・
その違和感の中、案内されたタジリの居室でレンは信じられないものを見たのだった―――



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