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紅とアーシア5![]()
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アーシアが朝、目覚めた時にはもうラカンの姿は無かった。
どうしたのか?とラシードに尋ねても正面から城に入る準備に出かけたとしか言わなかった。
そして意気揚々と戻って来たラカンはその足でラシードと共に州城へと出掛けてしまった。
アーシアも付いて行くと主張したが最初の商談に何人も行くのは好ましく無いと言われ渋々残った。
「行っちゃった・・・何だか邪魔者扱いされた感じ・・・」
二人を見送ったアーシアは溜息をつきながら呟いた。
そしてゆっくり過ごしていろと言われた部屋を振り返った。快適に過ごせそうにないその部屋を恨めしげに見たアーシアは再び大きな溜息をついた。
アーシアは昔からこの疎外感を感じていた。
カサルアを筆頭に男達はいつもアーシアを肝心なところでさり気なく遠ざけるのだ。
それがアーシアは気に入らなかった。大事にされているのだと周りから言われても納得出来なかった。彼らの大事な人達は前線で戦っていたし、今でも彼らに寄り添い共にあるように見えるからだ。
制限の多いのは自分ばかりだとアーシアはついつい恨めしく思ってしまう・・・
「くよくよしても仕方がないわね!そうだ!忘れ物を届けに来たって行ってみよう!」
良い考えだと手を叩いて落ち込みかけていた気分を上昇させた。そうと決まれば行動は早かった。
忘れ物の偽装書類を用意し、目立たない感じに身なりを整え二人を追いかけたのだった。
一方、ラカンとラシードは州城で一般の受付をしていた。
有力な紹介状を持って行けば話も早く済む筈だった。そんな紹介状を用意するのは簡単だがこの時期、目立つものは逆に用心されそうだと思い避けた。
従って今は権力者に媚びを売る成金商人を装っていた。金をばら撒けばそれなりの効果は望める。
「おいっ、そこの二人。こっちへ来い!」
ラカンとラシードは下っ端役人に呼ばれ小部屋へと通された。
「どうも、ありがとう。お役人様。話の分かるお人で良かった。これもどうぞ」
「ふん、何時でもと思うなよ!今回だけだからな!次はこれくらいじゃ済まないぜ」
役人はラカンから金子の袋を貰うとその重さを確かめて足取り軽く出て行った。
そして扉が閉まると微笑んでいたラカンは嫌なものでも食べたような顔をした。
「全くこういう慣習は何時まで経っても無くならないもんだな。つくづく嫌になる」
「役人への賄賂は禁止している筈だ。これが横行しているとなれば州公の怠慢だ―――しかし・・・タジリはそんな奴では無かった・・・」
ラシードの言葉にラカンは頷いた。
タジリは特別目立ったものは持たず平凡だったが真面目で天龍王カサルアの意向を常に守り従っていたのだ。中央でも信頼厚かった彼に何か起きたとしか考えられなかった。
王の勅命で正面から行けば早いかもしれないが安否がわからない州公一家を危険にさらす恐れがあった。だから慎重にかつ迅速な行動が要求される。
そして下っ端役人からその上司、更にその上・・・と金の力で州公の側近だと言うイズマルと名乗る男まで辿り着いた。
「それで、お前達の売りたいものは何だ?物によっては州公に話しをしてやっても良い。もちろんそれはそれなりに必要経費がかかるがな」
全くこの州はどうなっているんだ?と言う憤りを抑えてラカンは微笑んだ。
「もちろん、ご紹介頂けたらお礼は十分にさせてもらいますよ。これはこの州にとっても十分見返りのある・・・そして金になる話です。実は―――」
ラカンの商談内容は相手を驚かせるには十分なものだった。
兌龍州の点在する湖を埋め立てて平地を造り巨大な遊戯施設を建設する計画だ。
「ば、馬鹿な・・・そんな事出来るわけ・・・」
「いいえ。ご覧ください。埋め立てる予定の土地の権利書です。既にこの一帯は買い占めています」
イズマルはラカンが広げた数々の権利書をガサガサと広げて見た。
それは各州から集まる富豪達が保養地として持っていた別荘地が売却されたものだった。
「い、いつの間に・・・し、しかし!湖を埋め立てるなんて出来るわけ無い!」
「ああ、埋め立て?それはツテがありますので大丈夫です。四大龍の翠の龍に助力をお願いするつもりです。翠の龍と言えば地の龍。一般的に治癒が有名ですが、もともと大地を司るものでしょう?地殻変動して貰います」
「み、翠の龍・・・」
大物の名前が飛び出してイズマルは動転してしまった。
ラシードはそんな小心者を、チラリと見ながらラカンに耳打ちした。
(おい、ラカン。レンはそんなこと出来るのか?聞いた事ないぞ)
(さあ?出来るんじゃねぇ?俺も訊いた事ないけどさ)
いい加減な奴だとラシードは呆れたが、本当にする訳でも無いのだからどうでも良いだろうと思った。しかし土地の権利書は本物だ。たった半日でこれを用意したラカンの手腕は相変わらず驚かされたが・・・少しやり過ぎの感がある。イズマルは完全に腰を抜かしている感じだ。
しかし、ラカンは畳み掛けた。
「大人も子供も楽しめる施設です。全州から人々が集まり州は活気づき潤うでしょう。しかし新しい事業を思い立っても私共は大きな実績が無い。実績が無いと信用に欠け何かと支障が出ます。ですから州の公認が欲しいのです。もちろん許可を頂く為に売上の配当金を考えています。どうぞ、州公様にお取次ぎを・・・」
ラカンはそう言いながら高級そうな宝石をはめ込んだ、ずっしりと重い腕輪をイズマルの手に握らせた。そして戸口へと促した。
ふらふらと出て行くイズマルを見送ったラカンは、やれやれと椅子に腰掛けると、商談中、ずっと黙っていたラシードが口を開いた。
「レンが出来る、出来ないよりも名前を出して良かったのか?変に勘ぐられないか?」
「現実味があって良いさ。謀反を企てているならこんなお遊びなんか目もくれないだろうけど、それだけやれる財力を持っている仲間は欲しいだろうさ。悪巧みには何かと金が必要だしな」
「まぁ・・・この州は確かに裕福とは言えないからな。餌としては効果的だ」
「だろう?大変だったんだぜ」
「そうか?得意分野だろう?まぁ、いつもより更に豪快な買い物だったがな。それも、絶対に損しない計算だろう?」
ラシードは、ニヤッと笑って答えた。
「ふん、何だ、それ?俺が悪徳商人みたいじゃないか!」
「今はそうだろう?お兄ちゃん?」
「うげっ――!お兄ちゃん、なんて呼ぶなよ!寒気がする!」
「兄弟だろう?なぁ〜お兄ちゃん」
「うううっ・・・もう、いい!」
二人が待っている間にイズマルはタジリのもとへと向かった。
タジリの・・・と言うよりも彼の側にいるセイカと言う女に話しを持って行ったのだった。
あの母娘が言っていたタジリが気に入って片時も離さない女性がこのセイカだ。
可憐で美しい容姿だが、ふとした表情が毒々しい感じの龍でも宝珠でも無い只の人だ。
そしてタジリは彼女の言いなりらしく、この城の・・・州の実権はこのセイカが握っているようなものだった。それはタジリが部屋に閉じこもり、その中に入れるのはセイカだけだからだ。
彼女は宴に呼ばれた歌い手だった。そしてその宴が終る頃にはタジリは彼女に夢中になっていたのだ。それから城内が段々とおかしくなった―――セイカに原因があると反感を抱く者はもちろん、良識のある城の者達は次から次へとタジリの命令で地下牢へと送り込まれたのだ。
もちろん妹のマリカや彼女を慕う宝珠のシアンも例外では無かった。
セイカはその地下牢の重罪人を入れる特別独房に居た。
「ねぇ〜シアン、もう強情張るのは止めて私の言う事を聞きなさい」
鉄格子の中に居るシアンは誰もが振り返って見るような美しい顔を歪めると、そっぽを向いた。その向けた先の手が届きそうで届かないすぐ近くの牢獄に入っているマリカの姿が目に入ると歯軋りをした。
マリカは泣きそうな顔をして鉄格子に張り付いている。シアンの様子を見ようと必死のようだ。
「シアン・・・駄目・・・」
マリカの声はか細く消え入りそうだった。
「マリカ!」
シアンは手をいっぱいに伸ばしてもマリカには届かないと分かっているのに必死に手を伸ばした。
「あらあら、お姫様はまだ元気そうね。お仕置きが足りないのかしら?」
「止めろ!マリカに手を出すな!」
「あら?私のせい?違うでしょう?あなたのせいよ。あなたが承知さえすれば止めると言っているのだからね。龍って嫌よねぇ〜自己治癒力もあるからしぶといったら!でも、あと何日、水だけで生きられるのかしら?」
「も・・・もう止めてくれ!俺は――」
シアンが鉄格子にすがりながら項垂れ、両膝をついて声を絞り出した時、またマリカが自分の名を呼ぶ声が聞こえ、はっと顔を上げた。
「駄目・・・シアン・・・嫌、そんなことしたら絶交よ。私・・・死んじゃうから・・・」
カッ、としたセイカは近くにあった折檻用の棍棒で鉄格子に張り付くマリカを突き飛ばした。
「マリカ!」
「余計な口を利くなら舌を抜くわよ!さあ、シアン。返事は?タジリの宝珠になるの?ならないの?ならないのなら・・・あなたも・・・あのお姫様も・・・私はいらないのよ」
セイカはマリカを人質にシアンとタジリの契約を強制していた。受けても受けなくてもシアンはマリカを失ってしまうのだ。選びようが無かった。
「俺が承知してもマリカを失い!断っても彼女を失う!そんなの選べるかっ!」
噛み付くように叫んだシアンをセイカが嗤って棍棒で突き飛ばした。
そこへ一人の男が現れた。黒髪の背が高い男で顔は整っているが前髪が片目を隠していた。
そして隠れていない瞳は真紅―――偽の紅の龍だ。
「その姫さんは俺にくれるって言っただろう?殺すのは俺が好きにした後にしてくれないと」
「そんな約束して無いわよ。それにこの子じゃなくてもいいでしょう?女は幾らでもいるのだから」
「公女はいないさ」
男はニタリと嗤って舌なめずりをした。マリカはその男と目が合い、ぞっとして後に這い下がった。
「マリカに手を出すな!お前なんか殺してやる!」
「ああ、うるさい!」
セイカは再びシアンを棍棒で突き飛ばし、偽の紅の龍を睨みあげた。
「それよりも今はうろつくなと言ったでしょう?紅の龍は今、青天城なんだから」
「はっ!もう!飽き、飽きなんだよ!もうそろそろでかい花火を上げるんだろう?なら力を蓄える為にも俺は好きにさせて貰う。そして俺が王になるんだろう?なぁ〜セイカ?」
「―――そうよ、紅の龍。あなたが王となる」
「なら、何でタジリなんかにこの宝珠をやろうとしているんだ?」
「馬鹿ね、あなたは必要じゃないし。タジリは極上の宝珠を与えても四大龍の足元にも及ばないでしょうけれど、あなたの盾ぐらいにはなれるでしょうよ。足手まといよりいいんじゃない?」
そりゃそうだ、と紅の龍を名乗る男が豪快に笑った。
そんな単純な事では無いとセイカは心の中で嗤ったが、こんな馬鹿な男こそ自分の計画には必要だから仕方が無いと微笑んだ。
「シアン、もう少し考える時間をあげるわ。二人で良く話し合いなさい」
「お前達・・・絶対に許さない・・・こんなことしても王や四大龍に知れるのは時間の問題だ!彼らが動けばお前達に勝ち目は無い!」
「勝つのは私よ。私は欲しいものは絶対に手に入れる・・・それを手にすれば後はどうなっても構わないのよ」
セイカはそう言い残して去って行った。
彼女が欲しいもの?全州を統べる王となることなのだろうか?
しかしそれは紅の龍を騙る男がなると言っていた。それを影で操る事が望みなのか?シアンはセイカのやろうとする事が分からなかった。タジリとの宝珠契約の件も偽紅の龍が問い質したように不自然だった。力が欲しいなら偽者と契約させるべきだろう。彼を王とするのなら・・・
「マリカ、マリカ、マリカ・・・」
シアンは愛しい彼女の名を何度も呼んだ。マリカは気を失っているようだった。
彼女が幼い頃から慕い続け・・・身分違いを乗り越えようやく婚約するまでに至った矢先だった。
成人の祝いが婚約式に変更となり、それと同時に宝珠契約式を予定していた。
その幸せを間近に控えたこの時期―――抵抗する間も無く引き離されたのだ。
シアンは自分が情けなくて仕方が無かった。命より大切なマリカを救う事が出来ないからだ。
「・・・シ・・・アン・・・」
「マリカ!気がついたのか?大丈夫か?」
「シアン・・・駄目よ・・・シアンは・・・私のものなんだから・・・」
「っ・・・マリカ・・・聞いて。俺はあんたを助けたいんだ。どんなことになっても俺の気持ちは変わらない。だから・・・」
「駄目!」
マリカは力を振り絞って大きな声を出した。
「だ、駄目よ・・・シアン・・・宝珠は無二の誓いを捧げた相手が一番になるのでしょう?私が一番じゃないと嫌!そんなの嫌!」
宝珠は契約するとその契約相手の意思に反する事が出来なくなるのが定だ。反すると命を削る結果となるのだ。だから宝珠は本心で望まない限り契約も成立しない。
マリカの甘い独占欲はシアンの心を浮き立たせたが、それでは彼女を守る事が出来ないのだ。それにあの男がマリカを狙っている。これは宝珠としてでは無く男として絶対にマリカを守りたかった。紅の龍の名を騙り多くの女達を毒牙にかけているあの男が後の楽しみにとマリカを残しているのがせめてもの救いだった。
「マリカ、聞いて。此処に居ても状況は変わらない。契約を承知した振りをしてタジリに会う。何か出来るとしたらそれくらいしか無い」
「本当に振りだけ?契約しない?」
マリカは今にも泣きそうな声を出した。
「俺の心はマリカ、あんただけだ。こればかりは強制されても契約は成立しやしない。だから大丈夫。だから俺がどうにかするまで待っていてくれ」
「シアン・・・本当に?本当?」
不安に揺れるマリカにシアンは何度も大丈夫だと言った。
(マリカを救う為なら俺は本心からタジリと契約出来る・・・何としてでもマリカを救い出さなければならない・・・マリカに嘘をついたとしても・・・)
契約をすれば自由に動ける筈だ。そうすればマリカを助ける手段は幾らでもあるだろうとシアンは考えた。そしてその結果、自分が命を落としても構わなかった。全ては愛するマリカの為―――
(マリカ・・・ずっと一緒にいて見ていてやるという約束守れないかもな・・・)
「マリカ・・・好きだ。愛している・・・大丈夫だから俺を信じて」
シアンの嘘にマリカは頷いたのだった。