紅とアーシア6



 セイカが地下牢から戻るとイズマルが待っていた。
「セイカ様、良いお話をお持ちしました」
「良い話?」
「はい。成り上がりの商人が持ち込んだ話ですが、この地に巨大な遊戯施設を造りたいとの申し出があり、その公認を要請しております。もちろんその代価や利潤の分け前などを州に納めるとのことです。かなりの金額が舞い込むと思うのですが・・・」
セイカが全く興味を示さない様子にイズマルの声は段々と小さくなった。しかしこれでこの話を引っ込めたら州どころか自分に舞い込む大金を逃してしまうとイズマルは思うと再び声を大きくした。

「馬鹿げた話しかと思うかもしれませんが、もう既にその場所は買収され湖の埋め立ては翠の龍の力添えも取り付けているとの事で――」
イズマルはセイカに腕を突然掴まれて言葉を呑んだ。
「今、何って言ったの!」
「な、何が?」
「湖の埋め立てに誰が来るって?」
「み、翠の・・・翠の龍で、です」
セイカはその答えを聞くとイズマルを掴んでいた手を離した。
そして少し考えるような表情を浮かべた。
返答を待つイズマルは生きた心地がしなかった。まさか金儲けの話しでセイカがこんな反応をするとは思わなかったからだ。何が彼女を怒らせたのだろうか?とイズマルは悩んだ。セイカを怒らせた者でこの城から姿を消したものは何人もいる。彼女の言うことを何でも聞く州公と紅の龍が付いているのだから逆らったら大変だった。

「詳しく話しを聞きたいからその商人を今直ぐ呼んで!」
「は、は、はい!―――し、しかし、奴らは州公との謁見を希望していまして・・・」
イズマルは恐る恐るそう言ったがセイカに睨まれて逃げるように去って行った。

ラカンとラシードは戻って来たイズマルに案内されていよいよ州城の奥へと向かった。

「この奥に州公様がいらっしゃるのですか?」
ラカンの問いにイズマルはどう答えたら良いのかと悩んだ。外から来た者にセイカのことをどう説明すれば良いのかと思ったのだ。

「今から会わせる方は州公では無いが・・・その・・・話しを聞きたいと言われている」
「州公様ではない?では貴方様の上司ですか?」
「そ、そんなものだ・・・そして州公が一番頼りにしている」
良い答えだとイズマルは自分で言いながら満足した。

「・・・州公様はもしかしてご病気だとか?」
「ま、まあ・・・そんな感じだ」
ラカンとラシードは密かに顔を見合わせた。
それに活気が無いと思った城内は行き交う人が少ないせいだと二人は気がついた。

 そして通された場所で待っていたのは予想に反した人物だった。
タジリが女に溺れて政務を怠っていると言う情報はあったが・・・その女を操る人物が紅の龍を騙る者か、そのまた後ろに黒幕がいるのかと予想していた。ところが目の前にいるのは毒婦とは思えない可憐な顔をした女性だった。しかしそれは見かけだけの話で毒々しい雰囲気に溢れていた。それは魂から黒く染まった独特な感じ・・・
ラカンはもちろん、ラシードもそれを十分肌に感じた経験がある―――魔龍王と呼ばれたゼノアが正しくその感じだったのだ。
その場にいるだけで周りを黒く浸食しているような独特の雰囲気・・・

それをこの女にも感じた。だから一目でこの人物こそが首謀者だと二人は確信した。

「おまえ達、翠の龍とは知り合い?」
「はい、縁あって親しくさせて頂いております」
「どれくらい親しい?」
何を聞きたいのだろうか?と、ラカンとラシードは密かに視線を交わした。
疑られているのだろうか?ラカンはそう思い当たり障り無く答えることにした。

「個人的に親しいのは翠の龍では無く宝珠のサード様の方です」
「サード!あの狂犬!あいつと親しい?お前が?それともお前?」
「え?えっと・・・俺達じゃなくって妹が」
この馬鹿!とラシードはラカンを睨んだ。

「妹?あの狂犬が女と親しい?」
「妹とはその・・・何と言うか喧嘩友達みたいなもので異性同士のような感覚は無く、良い友人だと思います。その・・・サード様をご存知なのですか?」
セイカの態度を疑問に思ったラカンがさり気なく聞いた。
しかし、セイカは不機嫌な顔をしたままで答えなかった。普通なら知り合うきっかけの無いレンと親しいと言うよりも、彼の宝珠と知り合いだと言う方が真実味あって良いと思ったラカンだったのだが・・・

「―――それで、その妹がそれに頼んだら翠の龍が動いてくれると言う訳?」
「そうです」
「それは直ぐにでも?」
「事前に話しはしていますから許可が下り次第、取り掛かって頂きます」
「そう・・・でも、翠の龍は近々婚礼があると聞いたけど?」
適当な嘘を追及されてラカンは冷や汗ものだった。
しかし、自分達を疑っているような感じの質問では無い。彼女が何を聞きたいのか全く掴めず応答は迂闊に出来ない感じだ。それでも此処は上手にかわすしか無い。

「翠の龍にとっては簡単な仕事なのでそれには間に合いますから大丈夫です。全く問題はありません」
ラカンは自信たっぷりに微笑んでみせた。
セイカは考え込んでいる様子だった。後先考えずにレンの名前を出してしまったが意外な結果を生みそうだとラカンは思った。考えてみれば本当に謀反を企てているのなら自分達がそうだったように、先ずは四大龍を潰しにかかるだろう。もしそういう考えが閃いたのなら翠の龍を罠にかける絶好の機会だ。

「許可するわ。直ぐにかかって頂戴!それに翠の龍を呼ぶならこの城に滞在させなさい。四大龍は丁重にお迎えしないとね」
「ありがとうございます・・・と申し上げたいところですが・・・州公様のご許可は宜しいのでしょうか?」
数秒の沈黙―――

「私が許可したものを州公は反対しない」
「―――では、ご挨拶だけでもさせて下さい。貴女様を疑っているわけでは無いのですが・・・何しろ大きな計画なので・・・お察し下さい」
セイカは怒っても良いようなラカンの言い回しにも関わらず最後まで聞いていた。
そしてまた数秒の沈黙の後、急にセイカが笑い出した。

「あはははっ・・・それは私が言いたいことよ!お前達の方こそ疑わしいのだから真偽を試させて貰うわ!嘘じゃ無いのなら、さっさと翠の龍を連れて来なさい!本当に連れて来られたのなら幾らでも州公に会わせてあげる。ところでこの話しが本当だとしたら連絡はどうするつもり?直接とるの?」
「はい、直ぐに天龍都に引き返しますが・・・何か?」
「それだと日数がかかるから次元回廊を使いなさい」
「しかし、来る時もそうでしたがこの州は今、次元が安定して無いとかで使用禁止でしょう?」
ラカンはわざとらしく聞いた。
全ての道は州で封鎖され、入る事は出来ても出ることが出来ない。当然、次元回廊も閉ざされている状態だった。しかし、実際はイザヤの部下が作った抜け道の次元回廊がある。それを使って今回の土地買収を手配したのだ。

「一般的には禁止だけどこの城では使えるわ。今から直ぐに行きなさい」
ラカンとラシードは顔を見合わせた。

(おい、どうする?)
(どうするも無いだろう!こんな馬鹿な展開があるか!)
(そ、そうだな・・・すまん)
「何をひそひそ話しているの!問題でもある訳?」
「今直ぐと言われてもサード様と親しい妹がいませんので」
「妹は天龍都にいるの?」
「いえ・・・一緒に来ていますが今日は置いて来ましたもので・・・」
「じゃあ、直ぐに連れて来なさい!急いで!」
二人は城から追い出されるように出て来た。
アーシアを危険から遠ざけようと思ったのに結局渦中に引き込んでしまった。

「ラカン!何故、サードと仲が良いとアーシアを引き合いに出したんだ!」
「それは不味かったって思っているさ・・・だけどサードを知っているみたいだっただろう?俺達と奴とじゃ変に思われていたようだし・・・雰囲気的にありえない感じ?それならあの場に居なかったアーシアの方が疑われないかと思ったんだよ・・・」
ラシードの追求にラカンは情けない声を出した。
確かに三人の中ではアーシアが一番サードと仲が良い。口喧嘩ばかりしているが気を許している証拠だし実際気が合っている感じだ。ラシードはそんな二人を見ては嫉妬することもあった。

「―――いずれにしてもレンを呼ばないと収まらない感じだ。状況はまだ不透明だが首謀者が分かったのだから三人揃えば一気に叩ける」
「そうだな・・・レン、本当について無いよなぁ〜婚礼前だって言うのにさ。前回は次元回廊の事故で延期。何だかんだで延びに延びて、やっと、と思ったら今回はこれ。まぁ〜俺も人の事言えないけどさ。何しろレンが終らないと俺達、結婚式させて貰えないし・・・だいたい母さんは無茶苦茶さ。こんな事なら、さっさと結婚すれば良かった」
愚痴をベラベラ喋っていたラカンは、はっとして口を噤んだ。
ラシードの前で結婚の話
しは禁句だったのだ。もちろんラシードがそう言ったのでは無い。
ラカンが自分で禁句だと思っていた。
しかし、ラシードの様子は予想と違っていた。険悪な雰囲気になると思っていたのにそんな感じは無くどちらかと言うと滅多に見た事の無い心配顔だった。

「レンの為にも早く終わらせる」
「え?あ、ああ、そうだな」
ラシードはレンの花嫁が次元回廊の事故に巻き込まれ行方不明になった時の事を思い出していた。
その花嫁をレンが狂ったように探し回っていた時の事だ。レンの心を射止めたのは本当に平凡な娘だった。ラシードは初めてクレアに会った時も特別な印象は受けなかった。アーシアを長年想い続けていたレンの新しい恋の相手として驚いたぐらいだ。ラシードからすればアーシアへの想いを断ち切るだけのものが、あのクレアにあるとは信じられなかったのだ。
しかし、そのクレアが事故で行方不明となった時のレンは酷いものだった・・・長年、苦楽を共にして来て初めて見るレンだった。美しさを誇る宝珠に勝る美貌を持つレンが悲壮にやつれ、日に日に命を削っているようだった。このまま、クレアが見付からなければレンも失ったかもしれない。
しかし、ラシードもそうだがラカンもカサルアも・・・そしていつも冷静な判断を下すイザヤも誰もレンを止められなかったのだ。皆も愛しい人がいる。自分が同じような立場だったらレンと同じ事をしていた筈だからだ。

そして奇跡的にクレアが戻り誰もが自分の事のように喜んだ。だから今回の婚礼も皆がレンと同じく待ち望んでいたようなものだ。カサルア、イザヤに続くレン、そして直ぐその後はラカンだろう・・・

ラシードはふと、レンが言っていた事を思い出した。
レンはラシード達がいつ婚礼を挙げるのかと聞いた。自分に遠慮していたのだろうと軽口を言っていたので、適当に受け答えた。
そして女性は・・・アーシアは婚礼の申し込みを待っていると思うとも言っていた・・・

レンとクレアのように・・・イザヤとサーラのように・・・自分とアーシアが宝珠と龍の関係でなければもっと簡単なことだったかもしれないとラシードは時々思う。宝珠との契約は恋の成就以上のものを龍に与える。龍が望めばその心はもちろん、身体も全て・・・その命さえ手に入れているようなものだ。
カサルアの相手イリスは宝珠だったが結婚した・・・それは最初、力の不釣合いを懸念したイリスから宝珠契約をしないと言われていた。だからその代わりに結婚と言う鎖で彼女を繋いでカサルアが安心したかったせいだろうとラシードは思った。

(・・・ラカンは?)
ラカンの相手も宝珠だ。ふと、ラシードは疑問が湧き急いでいる足を止めた。

「ラシード、どうした?」
「ラカン、お前は何故アデルと結婚するんだ?」
「え?何故って・・・そりゃ好きだからだろう。今更なんでそんな事聞くんだ?」
「好きだから?意味不明だな。宝珠契約をすればわざわざ結婚するまでも無いだろう?」
「おいっ!それ以上、アデルの前やアーシアの前で言うなよ!俺、本気で怒るからなっ!」
「まだ何も言って無い」
「お前の言いたいことなんか分かるさ!契約をすれば宝珠は龍の思うまま。それこそ貞淑な妻のように裏切る事なく一生付き従うのに結婚なんて一般的な絆を結ぶ必要があるのか?と言いたいのだろう!」
「そんな風に思ってはいない。結婚以上の絆で結ばれているのに何故するのか?と訊きたかっただけだ」
「絆?それを言うならそれは宝珠だけさ!龍は縛られていない。何人もの宝珠と契約出来る。宝珠はいつだって不安なんだよ。そうだろう?アーシアが龍を嫌った理由の一つだったよな?だから色々ある理由の一つを挙げれば俺は結婚と言う絆でアデルを安心させてやるんだよ」
「結婚でも宝珠のような無二の誓いではない・・・二心を持つ者は幾らでもいる・・・」
ラカンは怒鳴りたかったのを堪えた。
女嫌い、宝珠嫌いのラシードは結婚に対すると言うよりも男女の恋愛不審は昔から根強く中々払拭出来るものでは無いようだ。
しかしそのラシードが今、まともな恋愛をしている・・・それこそ奇跡かもしれない。

(思えば・・・ほんと・・・奇跡だよな)
ラカンは大きく息を吐いた。

「ラシード、こんな事を言っていると昔を思い出さないか?」
何を?と言う感じでラシードが黙ってラカンを見た。

「ほら、あの震龍州の砦。噴水のあった中庭の夕暮れさ。俺が、お前にアーシアが好きだろう?と訊いた時さ―――なぁ〜宝珠嫌いのラシード・・・あの時も同じように色々と理屈を並べていたよな?俺の言ったこと覚えているか?」
「―――覚えている・・・」
「ほんとかぁ〜俺、言ったよな。好きになるのに理由なんかない。龍だろうが宝珠だろうが最初は龍だから宝珠だから惹かれあってもいい。後そこから進むのが問題なんだから気持ちが問題、き・も・ち・が!だから心に正直に生きてみなってさ!今も同じじゃん!結婚する、しない、なんてさ。お前のことだから色々と、いや〜な事ばっかり悶々と考えてんだろうけどさぁ〜はぁ〜あ、お前はこんなに根暗なのにどうして女にもてるんだ?明るく楽しい俺がお前に負けてるっていうのがだいたい変だ」
ラシードは呆れたような溜息をつくと微笑んだ。

「明るいのと馬鹿は違うからな」
「むむむっ、そんなこと言うかぁ〜」
プンプン怒るラカンの背中をラシードが軽く叩いて肩を組んだ。

「感謝しているさ。ありがとう、ラカン」
ラカンは、ぞっとして飛び上がった。

「み、耳元で囁くな!女達は黄色い声で、キャァ〜と言うかもしれないが、お、俺はお前のその低い声が恐ろしいんだ!いっつも!お前が俺に火炎を投げ付ける時に聞くからな!しかも礼なんか言って!殺されそうだ!」
「そんなに喜ぶな。なんなら・・・お望み通りに殺してやろうか?」
「うわ〜そんなこと言うなよ。夜、眠れなくなるじゃないか!」
この馬鹿、と言ってラシードが笑った。ラカンもお前こそ馬鹿だ、と言って同じく笑った。
ラシードはアーシアと出会って狂気の世界に引き摺られなかったかもしれないが、その前にラカンと言う存在に助けられていた。そしてラカンが何時も言う仲間達の存在―――その皆の幸せを守りたい。

(自分がそう思うようになるとは・・・今までなら考えられなかった・・・)
「ラカン!さあ、急ごう。早く終わらせてレンの婚礼に出席するぞ!」
「おう!アデルの可愛い姿を見たいしな!今回は母さんじゃなくて俺が色々用意したから楽しみなんだ」
「また店ごと買い占めたって聞いたぞ。噂になっていたからな。お前はやることが極端過ぎる」
「俺だって聞いたぜ。紅の龍は注文が多すぎて大変だって問屋も職人も泣いてるってな」
「アーシアには私が認めた最高のものしか贈らない」
「ぷっ・・・俺達、やっぱり龍だな。宝珠を着飾らせて見せびらかしたいんだからさ」
「私はアーシアを見せびらかしたく無い」
「ハイ、ハイ、そういうことにして置いてやるよ」

 賑やかに急ぎ戻った二人だったが其処にアーシアの姿が無かった―――



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