碧の龍4


 アデルは結局タニアのお願いをきく事にした。
嬉しそうにタニアは衣を選び始めたがアデルもちょっとさわってみた。
柔らかでとっても肌触りが良かった。
開けられていない箱を開けるとそれを見たアデルは真赤になってしまった。それは下着だったのだ。可愛らしい年相応の肌着類――どんな顔をして買ったのかと思ったら呆れて笑いが込み上げて来た。
誰が見てもたぶん素敵だと思う男二人がこんな買い物をしてくるのだから笑うしかない。

タニアは張り切ってアデルを着飾らせた。短い髪はどうしようにも無いが柔らかなくせ毛を整えてふわふわに膨らませ髪飾りを付けたりしてその出来栄えに満足そうだった。
「さあ、アデルちゃん出来上がったわよ。ほらごらんなさい」
タニアは出来上がった姿を大きな鏡で見せてくれた。
アデルは鏡に映るその姿にびっくりしてしまった。
まるで自分では無い感じだったからだ。お姫様か宝珠のような衣を着るのはもちろん生まれて初めてだ。確かめるように恐る恐る自分の頬を触ってみると鏡の中の人物も同じように頬を触っている。

「ふふふふ、可愛いでしょ?では朝食に行きましょうか?心配している馬鹿息子にお披露目してあげないとね」
ラカンとラシードは先に食事を始めていた。
終わりがかったところにタニア達が入って来るとラカンがすぐさま立ち上がって寄って来た。

「うわぁ〜アデル!とっても可愛いよ」
アデルは恥ずかしくなって逆にラカンを睨んでしまった。
ラカンは気にする様子も無く嬉しそうに褒め続けた。

その様子にラシードはまたか、と溜息をついた。
(あんな子供にさえこの調子なのだから女達があいつに愛想をつかすのが分かるな・・・)
やっぱり自分の考えが正しいとラシードは思った。
そののん気な朝の終わりにタニアが告げた。
「ところで貴方たち今日からお仕事でしょう?何処から探るのかしら?」
昨晩、アデルとは違ってラカン達の正体を知っているタニアには協力してもらう以上、説明はしていた。タニアもその内容を聞いてやる気を倍増させている。
「それで私からの提案なのだけど貴方たちが私の影で探ると言うよりも、私がその売人の顧客になったらどうかしら?」
ラカンは母親のとっぴな発言に驚いた。
「顧客だって!」
「そうよ。私はこれでも大金持ちでしょう?十分ありえるわ。そして若い愛人を持ち更に可愛い女の子が好きな道徳に欠ける性癖の持ち主なんか有りでしょう?役者は揃っているのだし見せかけは完璧よ。そして私が言うのよ。あ〜もっと女の子が欲しいわ〜≠チてね」
ラシードとラカンは顔を見合わせた。
確かに一番確実で探りやすい方法だ。それで相手が引っかかれば言う事無い。

「そうだな・・・それならアデルを狙った人身売買の奴は捕まえられるだろうな。そして更にその先の――」
ラカンが考え込むように言った言葉にアデルはドキリとした。人身売買の奴に攫われそうになったというのは嘘だからだ。奴らは人身売買なんかじゃなくもっとヤバそうな仕事みたいだった。
アデルは嘘がバレるのでは無いかと緊張した。

ラシードはアデルのその様子をチラリと見た。
「お前、本当に人攫いから逃げていたのか?」
ラシードの急な追求にアデルは肌身離さず持っていたあるものを思わず守るように手で押さえた。
今は小袋に宝物の硝子玉と一緒に入れて懐にしまってあった。

「何を隠しているんだ?」
その様子を見ながらラシードは更に追求した。
「おい、ラシード!もっと違う聞き方があるだろうが。優しく言えないのかよ」
ラカンもアデルの様子に気が付いたがラシードの冷たい言い方を諌めた。
険悪な雰囲気になりかかった場にタニアが割り込んだ。
「アデルちゃん、その持っているのはお風呂の時も持っていたわよね?大切なものらしいわね。何か事情があるなら話してごらんなさい。うちの息子は馬鹿だけど頼りになるのよ。もちろんラシードもね」
アデルは警戒心をあらわにしながらじっとタニアを見た。そして冷たい感じのラシードを見る。次にラカンを見たら彼は人懐っこく微笑んだ。任せろと言っているようだった。
地位的に期待できない役人だがそんな事より彼らを信用するかしないかの問題だ。それに自分が探している人物は犯罪者に違い無いが彼らが追っているものでは無い。だから真実を言っても無駄だと思った。自分が彼らの利益になるから親切であって、嘘だと分かったら子供の言う事なんか聞きもせず叩き出すに違い無い。このまま嘘を突き通せばいいのだ。証拠は無いのだから利用するだけ利用すればいいと思う。だけどそう思えば思う程、ラカンの顔を直視出来なかった。嘘が辛いのだ。自分に対する彼の真っ直ぐで素直な心がそうさせていた。ラカンの優しさが頑なな心を溶かすようだった。
誰にも頼らないし誰も信用したりしないと決めていた。それなのにたった一日も経たない間に受けた優しい時間に、その誓いが崩れ始めたのだ。
アデルは覚悟を決めた。どうせ
今までも一人だったのだから言うだけ言ってお節介にも山積みされたこの贈り物をもらって出て行けばいいと思った。短時間でいい資金稼ぎが出来たようなものだ。
アデルは小袋を懐から出した。口が緩んでいたのかそこからぽとりと硝子玉が落ちて床に転がった。ころころ転がる水色の玉は窓から差し込む陽にキラキラ輝いていた。転がった玉はラカンの足元まで行って止まった。
それをラカンが拾おうとした時、アデルが叫んだ。

「やめろ!それにさわるな!」
そしてさっと自分で拾って握りしめた。アデルのその顔は泣き出しそうだった。
「・・・・これ・・オレの宝物なんだ。弟や妹と一緒に遊んだ・・・・オレにはもうこれしか残っていない・・・・」
それからアデルは長く沈黙してしまったが、話を続ける様子だったのでラカン達は彼女が話し始めるのを待った。そしてアデルは語り始めた。
「・・・・・・オレ達は(かん)龍州(りゅうしゅう)に住んでいて父さんは腕の良い細工師だった。ある日遠くから来た客が父さんに仕事を依頼したんだ。その時期は仕事が立て込んでいて初めての客の依頼を受ける余裕が無くて一度断ったけど、そいつは諦めなくて何度も足を運んではオレ達子供にまでお菓子をくれたりして親切だった。父さんは根負けしてそれを受けたんだ。ちょっと変わった依頼だったが奴の嘘を信じた父さんはそれを完成させた・・・・・そしてそれを受け取ったその日・・・・・・奴は・・・」
アデルは唇を噛み締めた。
「奴は父さんや母さん・・・・小さかった弟と妹まで殺して家に火を付けたんだ・・・あいつがみんなを・・・みんなを殺したんだ!オレはオレを庇う母さんと一緒に剣で串刺しにされた。奴はそうしたと思っただろうけど、オレの脇を剣がかすっただけで母さんの腕を刺していた・・・・火が家中を這う中、母さんがオレだけ逃がしてくれた・・・」
アデルは必死に悲しみを堪えているようだった。その瞳に涙は無いが小さく震えていた。
孤児だと思っていたがそんなに悲惨な過去だったとは――― 
「奴は父さんに(こん)龍州(りゅうしゅう)から来たと言っていた。本当か嘘か分からなかったけどそれを頼りにここまで来たんだ。もともと殺そうと思っていただろうから嘘を言う必要も無かったんだろうけど・・・・だけどそいつじゃなくてこれを見つけたんだ」
アデルは小袋にしまっていたもう一つの物を出した。それは見事な細工の指輪だった。
それを見た瞬間ラシードが唸った。

「これは・・・二つで一つのものだろう?」
アデルは驚いた。そして再び殺気立って警戒した。自分は間違ったのだろうか?
それを察したラシードが直ぐに補足するように言った。
「指輪は珍しいがよく板とかで作っていたのを見た事がある。ラカンもあるだろう?密輸とか裏売買で良く使われる割印だ」
「ああ―そう言えばそうだ!組織がお互い相手の顔を見ずにそれを合わせて確認して取引をするあれか?」
ラシードが頷いた。
「そうだ。これが奴らの身分証明のようなものだから重要だ」
「アデルの親父さんがこれを作ったんだね?」
 ラカンに問われて事情が掴めだしたアデルは警戒していたものを解いた。
「・・・・これはやっぱり犯罪に使うものだったんだ・・・父さんには結婚の祝いにやりたいと言っていた。二つで一つになるこの指輪をって・・・・」
ラカンはアデルと出逢った時の騒ぎを思い出した。
「それでこれを見つけて盗んだのか?」
アデルは頷いた。その指輪をしていたのはあの男では無かったが因縁のそれを見間違えるはずは無かった。わざとぶつかって手元にむかってドロドロの汚水をかけた。男は大騒ぎをしながら手を拭ったがそれは綺麗にとれるものでは無かった。大事な指輪だから尚更だろう。それを外して洗っている所に隙をついて盗んだのだ。
ラカンは家族の仇とは言っても無茶をしたアデルを怒鳴りたかった。
その代わりに彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「もうそんな無茶な事するんじゃないよ。危ないから。いいね?約束だよ」
ラカンに叩かれたのか撫でられたのか微妙な感じだった頭にアデルは自分の手を置いた。彼が心配してくれたのが分かった。それが何と無く嬉しかった。でもこれで自分は彼らには関係無いと白状してしまったのだから寂しく感じた。だから最後まで素直になれない。
「もう分かっただろう?オレは人攫いなんて知らないし嘘を言ってたんだよ。騙されるあんたらも悪いんだからな!それに思い出したくも無い昔話をしたんだ。これでチャラにしていいよな?じゃな」
アデルは貰った物は持って行くとさっきまで思っていたのにそんなのはもうどうでも良くなっていた。
さっさとこの場から立ち去らないと泣いてしまいそうだったからだ。
真剣に自分の話を聞いてくれた彼らを信用して良かったと思ってしまった。

「じゃなって、アデルどこに行くつもりかい?」
去ろうとする彼女の背中にラカンが言った。
驚いて振り向いたアデルの目に不敵に微笑むラカンが映った。
横にいるラシードもなんとなく口角を上げて微笑んでいるようだった。

「アデル、まだ君の協力が必要なんだけどね」
「オレが?」
「そうだよ。その指輪はアデルの家族を口封じしてまで作られたかなり凝ったものだ。大きな犯罪組織に違い無い。人攫いどころかもっと大きな犯罪に使われているだろう」
「じゃあ――」
「その組織をぶっ潰してアデルの仇を見つけよう」
ラカンがそう言って明るく笑い手を差し伸べた。
この大きな犯罪組織の手がかりは間違いなく宝珠売買に繋がっていると、ラカンとラシードは直感したのだ。

差し出された手に吸い寄せられるようにアデルはラカンに近づいて行った。
しかしその手を素通りしてラカンに抱きついた。
ラカンは驚いたがアデルはただぎゅっと抱き付くだけで何も言わなかった。
素直に礼が言えないアデルの感謝の気持ちを行動で表したものだろう。抱き付くと言ってもそれは背の高いラカンの腰に手を回している感じだ。だからラカンはどう接していいのか迷った挙句、片手はアデルの背中に回し、もう片方の手で彼女の頭を優しく撫でた。そして思わず言った。

「アデル、泣いてもいいんだよ」
アデルが泣いてもおかしく無い状況で必死に涙を堪えているのが分かっていた。
一人で何も信じられず生きてきたのだから誰にも弱みを見せたくなかったのだろう。そんなアデルを安心させてやりたかった。

アデルはその言葉を聞いて涙がこぼれだした。もうこれっきり泣かないと思っていたのにラカンの優しさに触れ、堰を切ったように感情が溢れ出したのだ。
ラカンは泣き出したアデルを優しく慰めている。

その様子をタニアは、あらあらと手を口に当ててにんまりと笑っていた。
ラシードはまたか?と思って二人を見た。女、子供に優しいラカンだがこれで勘違いする女達が多数なのだ。まあ今回は微妙に子供?だから大丈夫だろうとラシードは思ったのだった。



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