碧の龍8
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アデルの家族を殺した男は、この邸宅の持ち主でもあるザーランドだったのだ。
そしてもう一人はその片腕で裏の仕事を任せているガルニ。
ザーランドがアデルを値踏みするように見た。
「会って早々に人殺しとは・・・穏やかではありませんね」
そう言ったザーランドの灰色がかった水色の瞳が冷たく光った。
「父さんや母さん、弟に妹をお前が殺した!」
ザーランドは少し首を傾げて考える振りをした。
そして薄い唇を残忍に歪めて言った。
「さて?どの親子でしょうか?沢山殺しましたからね。一々覚えていませんね」
アデルは信じられなかった。
覚えていないなんて・・・そんなに家族の命を軽く扱っていたなんて・・・・怒りで身体が震えた。
「指輪・・・指輪を作っただろう!」
ザーランドはぽんと手を叩いた。
「ああ、あの細工師一家のことか!覚えていますよ。作ってもらうのに苦労しましたからね。あの時の子?確か三人子供がいた―――生きていたんだな」
声が低くなった。
アデルは後ろへ飛びのいた。
逃げられないのにザーランドの側から離れなければと咄嗟に思ったのだ。
ザーランドは喉の奥で愉快そうに笑っていた。
「本当にあなたのお父上は素晴らしい。私の思い通りの指輪を作ってくれて、そしてあなたという宝珠を与えてくれたのだから・・・感謝しなくてはね」
「近寄るな!なんで殺したんだ!」
「何故?それは困るでしょう?あの指輪は大事なものだから同じものを作られたら大変だし、それに私の顔を見ているからね・・・殺すのは当然」
ザーランドの一見温和そうな表の顔は既に消えていた。
さっきの男が評した恐ろしい存在が立っていたのだ。
アデルの家族を殺し、火を放った時のように冷たく残忍な微笑みを浮かべている。
アデルは自然と足は震えてきたが歯を食いしばって睨んだ。
その時、扉の外が騒がしく大きな音が聞こえてきた。
その音が段々と近づいて来るようだった。
そして扉が勢いよく開いたと思ったら数人の男達が転がって来たのだ。
それはザーランド達の仲間だったがそれらを転がしたのはラカンとラシードだった。
その二人を見たザーランドは驚愕し呆然と立ち尽くした。
反対にアデルは飛び上がるように喜び二人のもとへ走り寄った。そして興奮するように言った。
「ラカン!こいつ!こいつがオレの家族を殺した奴だ!それにこいつの仲間が宝珠を売っているって言ってた!」
「アデル、怪我なんかしてないか?本当に良くやったな。後は俺らに任せてくれ」
ラカンはアデルに微笑みかけると、庇うように自分の後ろに引かせた。
そしてザーランドと向き合った。
ラカンのいつもの人を和ませる陽気な雰囲気は無くなっていた。
その表情は親友のラシードでさえも滅多に見る事の無いものだった。
ラカンは滅多の事では本気で怒ることは無い。
怒ったように見えてもあくまでもそういう風に見せかけている振りなのだ。
怒っていても許している大きな心を持つラカンの性格だろう。
だが本当に怒れば話は別だ。許しの心など持ち合わせてはいない。冷血無比なのだ。
そのラカンが言い放った。
「ザーランド。もうおまえは逃げられない。大人しく縛につけ!」
この件の仕事は元々ラカンの担当だ。ラシードは一歩引いて見守っている。
ザーランドは驚いていた顔を取り繕うようにぎこちなく微笑むと、逆に驚いたように言った。
「これはこれは・・・いきなり我が邸宅にお越しになられたかと思いましたらどうなさったのでしょうか?おいでになられると分かっておりましたらお迎えする準備をさせて頂きましたものを・・・何か誤解でもあるのでは無いでしょうか?我々の首座でいらっしゃいます碧の龍ラカン様――」
そして深々と礼をした。
ザーランドの言葉にアデルは驚いた。
ラカンが王の次に偉い四大龍の一人である碧の龍≠ニ言ったからだ。ラカンの後ろ姿を見た。
もう彼は龍力を抑えてはいなかった。眩むような力が身体からみなぎっている。
横に冷徹な表情で立つラシードからも凄まじい龍力を感じた。
ラカンが嗤った。彼にしては珍しい笑い方だ。
「この状況でしらを通すのかい?」
「しら?はて?何の事でしょう?まさかこの子供の言っている事を本気でお聞きになられているのでしょうか?碧の龍ともあろうお方が?」
ザーランドはすっかり落ち着きを取り戻して平然と言い逃れを始めた。
「宝珠の闇売買に細工師一家の殺害・・・言い逃れ出来ると本当に思っているのか?」
「―――証拠はその子供の証言でございますか?それだけで?その者が嘘を言っていればそのような言葉だけでは証拠になりませんでしょう?不当だと訴えます」
「オレは嘘なんか言わない!」
アデルはそう叫んで飛び出そうとしたのをラカンが片腕で押し留めた。
「ザーランド、アデルは嘘を言っていない。だからおまえが何を言おうと無駄だ!それに俺は碧の龍≠ナ、その称号は飾りなんかじゃない!知っているだろう?おまえぐらい審理無しでこの場で裁ける権限はあるんだ!処刑さえもな」
ラカンの怒りは頂点に達していたようだった。
本当にその場でザーランドは殺されてもおかしくない感じだ。
龍力が右手に集まってきているようだった。右袖の無い腕には碧色の龍紋が浮かび上がってきた。
その時、入り口から数人の者が入って来るとラカンの前で一斉に跪いた。
「碧の龍、ご報告申し上げます。邸内の全ての者を捕縛いたしました」
ラカンは頷いて、ザーランドを見ると、澄ました顔をしていた悪党も流石に怒気をのぼらせていた。
しかし往生際は悪かった。
龍力を集中させ一気に天井を突き破り外へ逃れたのだ。
崩れる天井の漆喰が視界を遮った。
アデルは上を見上げて叫んだ。
「ラカン!奴が逃ちまう!」
「ああ、大丈夫だよ。俺に任せなさい!」
焦る様子も無く、ラカンはそう答えた。その右腕の龍紋が鮮やかな碧に輝いている。
横を見ればラシードもさっきと同じ涼しげな顔で立っていた。
しかしその右腕に紅い龍紋が浮かび上がっていた。
「さっ!ラシードが支えてくれている間に出よう」
アデルはえっ?と思って再び天井を見上げると、ぞっとした。
よく見れば天井が中途半端に傾いて、時が止まったかのようにピタリと止まっている。
ここは地下室なのだからザーランドが壊した段階で屋敷ごと崩れて生き埋めになるところだったのだ。ラシードは天井が落ちないように龍力で支えているようだった。
唖然と口を開けて上を見ていたアデルをラカンがひょいと抱えあげた。
そして彼女が抵抗する間も無くザーランドが開けた場所から外へ出たのだ。
アデルはその一瞬、ラカンの力の宿る右腕に触れ、全身が雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
そして地面に下ろされ周りに目を向けた時、更に衝撃を受けてしまった。先程からラカンより立ち昇る龍力の正体が分かったのだ。
それは屋敷の周りに張り廻らされた天まで覆いそうな水の壁だった。近辺の湖水を集めたかのようなその巨大な壁はまるで巡回する大滝のようだ。
空を眩しそうに見上げていたラカンはアデルの方に向いた。
「ほらね。逃げられないだろう?」
そう言って笑った。空と水とラカンの瞳の色が青く眩しかった。
厚顔な男も流石に観念した様子で、その水壁の前でへたり込んでいた。
そして大人しくラカンの部下達に捕縛されて行ったのだった。
ラシードは力を引くラカンの肩を叩いた。
「終わったな。ラカン」
ラカンは大きく息を吸って吐くと、ああと言って笑った。
そしていつの間にかラカン左袖の端を握り締めているアデルに向って言った。
「アデル、もう大丈夫だよ。これから奴の余罪を追及して罪は裁かれるからな」
アデルは呆然としていた。あっという間に家族の仇が捕まり、しかも本当にラカンがあの碧の龍≠セったからだ。その力の一片を目の当たりにして心の奥が震えるような衝撃だった。
アデルはそのラカンと瞳が合って、はっとして手を離した。
「お、おまえ!あ、碧の・・碧の龍だって!オレに嘘言ったな!何が下っ端役人だよ!そんな下っ端がいるもんか――っ!」
「うわっ!ごめん!アデル。隠密だったからだね・・・うわっ!ごめんって!」
アデルがラカンを拳でどかどか叩いた。
ラカンのうろたえぶりが面白くてラシードが珍しく吹き出した。
今度はアデルがギラリとラシードを睨んだ。
「あんたも何とか龍≠ニか言うんじゃないだろうな?」
ラシードの笑いが引っ込んだ。答えたのはラカン。
「そうそうラシードは紅の龍≠セったりする」
アデルは、むぅっとした。ラカンみたいに叩くつもりは無いらしい。
「うそっ―アデル!何でラシードは叩かない訳?」
「うるさい――っ!」
アデルはまたくるりと向き直ってラカンを叩いた。
結局ラカンはラシードの分まで叩かれる羽目となったようだ。
その後、ザーランドとその一味は一掃され人身売買と宝珠売買の大きな組織は壊滅した。もちろん売られた者達は救出され、買った者達も裁きを受ける事となった。
アデルは命の恩人とも再会した。それも天龍王カサルアだったので再び驚いたのは言うまでも無い。
そしてタニアも浮気を心配した夫が追って来て無事に仲直りをしたが、後日しっかりラカンから例の件を取り立てたようだった。
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ちょっと休憩 ラカンとアデルの「出会い編」が結構長くなりました。予定の3/2が終了です。こんなに長くなる話では無かったのですが外伝では一番長い物語になりました。そして次回からやっと「恋する編」になります。メインの恋物語が短くてすみません。なにしろラカンに恋させるにはかなり努力が必要でした。天然博愛主義者ですからね…人の心配は良くする彼ですが自分の事になるとさっぱりです(笑) 下記のストーリーは本文に入れると収拾つかなかったので、“ちょっと話”として書きました。良かったら読んで下さいませ。 |
「タニアの微笑み」
「ラカン、あなた忘れてないでしょうね?まさかと思うけれど踏み倒すとか思ってないわよね?ラ・カ・ン?」
「そ、そんな・・・えっと・・今忙しくって・・・だから」
ラカンはこう言われるのが分かっていたから実家には近づかなかった。
しかし青天城にある自分の部屋に入ったところ、魔の取立て屋タニアがお茶を飲んでいたのだった。それも勝手にラカンの部下を使ってお茶にお菓子にと、もてなしをさせていた。
ラカンは入り口に立ったまま愕然としたのだった。
今から始まるタニアの攻撃をかわすことが出来るのか?もうその事しか頭に浮かばない・・・
「ラカン、あなたがそう言うと思ったから、今日ここに来てすぐに天龍王に明日、面会出来るように申し込んで来たわ。だからあなたはそれをただの面会では無いようにお話をして来るのよ。わかった?逃げたらどうなるか分かっているでしょうね?ラカン?」
タニアはキラリと瞳を光らせ、あの微笑を浮かべた。
ラカンはもう逃れられないと思った。母に逆らえばどうなるかなんて考えたくも無いのだ。
ラカンは元来た道を戻るしか無かった。そして天龍王カサルアの居室へと向かったのだった。
「ラカンどうした?さっき帰ったのでは無かったのか?」
カサルアは書類を読む手を止めて尋ねた。
(ちぇっ、イザヤもまだ居やがった)
ラカンは心の中で悪態をついた。
仕事熱心なイザヤはまだカサルアを解放していなかったようだ。二人でまだ仕事をしていたところだった。
ラカンは覚悟を決めて用件を切り出した。
「その・・・明日、俺の母との面会が入っているだろう?」
「ああ、タニア殿とだね。先ほど報告を受けたけれど、わざわざ一般の者が使う手順で申し込まれてたから驚いていたところだよ。それが何?」
「・・・・実は・・・」
何事かとイザヤの冷たい視線もひしひしと感じながら、ラカンは一度言葉を区切ったが、覚悟を決めて一気に喋った。
「俺の母はものすごく根性曲がりで商売根性も右に出るものもいない程の強欲で!それでこないだの宝珠売買の時なんだけど協力する代わりに約束させられてしまったんだ!」
「約束?何を?」
ラカンは既に拝むように頭を下げていた。
「すまん!本当ごめん!カサルア、うちの母さんと逢引してくれ!」
「はあ?」
その突飛な言葉にカサルアは驚いたが、イザヤも持っていた書類を思わず落としてしまった。しかし気を取り直すとカサルアでは無く彼が詰問してきた。
「どういう事だ。ラカン。聞き違いでなければ、カサルアにお前の母と浮気しろと言っているのか?」
カサルアには今愛するイリスがいる。それにタニアは人妻だ。それを?
「浮気!そんな大それたもんじゃないんだ!ちょっと茶飲んだり、話したり微笑かけてくれるだけでいいんだよ。母さん美形好きでカサルアの崇拝者なんだ。だからちょっとだけ、そんな風に独り占めしたいって馬鹿みたいなこと言うんだ!年増の変な趣味なんだよ」
カサルアとイザヤは顔を見合わせた。
ラカンの母らしいというか・・何と言うか・・・そんな一面があったとは思わなかった。
「タニア殿は愉快な方なんだな。知らなかったよ。彼女にはいつも資金面でもかなり協力を貰ってるからそんな事で良かったらそうしよう」
ラカンは笑いながら言うカサルアを、じっと見た。
「軽く言うなよ。本当にいいのか?母さんは今までかっこつけて大人しかったけど・・・そんなこと一回でも許したら後戻りは出来ないんだからな」
カサルアの笑いが止まった。
「そんなに?」
「ラシードなんかいつも標的さ!イザヤ、お前だって人事だと思っている場合じゃないぜ!とにかく母さんは美形好きなんだからな。今にその魔の手が来るから覚悟しておけよ」
「そこまで酷いのか?じゃあ断ろうか」
「ちょ、ちょっと待った!それは俺が困る!」
「ラカン、やれと言ったり、いいのかと言ったり・・・私はどうしたらいいんだ?」
「うんーん・・・カサルア!ごめん!お願いします!この通り!」
余程母親が恐ろしいんだな、とカサルアとイザヤは思ったのだった。
翌日、いくつかの仕事を先送りにしてカサルアは半日タニアに付き合うこととなった。
その時間を切り上げる役目はイザヤだった。仕事が入ったと助け船を出すのだ。
恐る恐る呼びに行ったイザヤにタニアは無邪気に微笑んだ。何故かイザヤはぞっとしたのだったが・・・・
タニアの次なる標的が決まった瞬間だった。