女王と皇帝
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〈中編〉
そして数日が過ぎ―――
「母上、今何と仰いましたか?」
皇帝の世話役を言われていたジェラールだったが、その役目はブリジットに変更されていた。
その間、女王の代行がジェラールとなっていたのだが、母がいきなり言い出した言葉に仰天を通りこして、ひっくり返りそうになってしまった。
「余はクリストと再婚すると言ったのじゃ」
「ク、クリスト殿とは、デュルラーのこ、皇帝ですよね?」
「そなた呑み込みが悪いのう。その通りじゃ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!母上はこの国の王ですよ、そして向こうも同じく皇帝です!そんな事、出来る訳無いじゃないですか――っ!」
「そんなのそなたから言われなくとも分かっておる。クリストは息子の婚礼が終われば退位するからこの国に来てくれると言うのじゃ。余と離れたく無いのだと言うのじゃ。ほんに可愛いことを言ってくれる。ふふふ・・・でも、そんなに甘える訳にはいかぬから一年の半分ずつ向こうと此方で住む事にしようと思うのじゃ」
「えっ!と、言うことは・・・」
ジェラールは嫌な予感がしたと言うより、ぞっとしてしまった。
「そうじゃ、余も早々に退位する事にする。まあ、今まで余に苦労をかけた罰じゃ、ジェラールしっかり頑張るがいい」
ブリジットが意地悪く微笑んだ。
まだ十年は在位しているだろうとジェラールは高を括っていた。それだけブリジットの治世は安定して何の問題も無かったからだ。
「まだ十年ぐらい遊べると思っていたのに・・・」
思わず本音が出てしまった。
「やはりそう思っていたのだな。そうはいかぬぞ。ふふふ・・・ああ、それとクリストが帝国に帰る時、一緒に行くゆえ暫く留守にする。そう心積もりしておくように」
「えっ!まさか行ったまま帰って来ないんじゃないでしょうね!」
「挨拶に行くだけじゃ。向こうには皇后がいるそうだからの。しっかり挨拶せねばな。このような争い今まで経験したことが無いゆえ楽しみなことじゃの」
嬉しそうの微笑むブリジットの顔が息子でも怖かった。
(恐ろしい・・・皇后っていったらレギナルト皇子の母君だろうけど、完全に戦闘態勢だよ。気の毒だな・・・)
本気の母ほど怖いものは無いとジェラールは思っている。
二人目の最愛の夫が亡くなって五年、再びこの女王に恋の炎がともるとは思わなかった。
ブリジットは自分でもそう思っていた。何時も女王として第一線で戦っていた彼女にとって一人目の夫は共に戦うような人物で、二人目は自分を癒してくれる人物だった。
全く違う育ちと性格の二人だったが本当に愛していた。
そしてこの帝国の重責を負う皇帝クリストは、その責務には相応しく無い人物だったが、同じく刻印を持つ者としての心は同じだった。だから何がつらいのか何が喜びなのかが良くわかるのだ。
その皇帝が語る自分の今までの不甲斐無さと、これからの息子への期待をブリジットは聞いていた。
そして彼のこれからの人生への話に移る時だった。
「あの・・・ブリジット。私はこう言う気持ちになったのは初めてで・・・その・・こんな事を言うのも初めてで・・・わ、私は、私はそなたが好きみたいだ。だから神に召されるまで共にいて欲しい・・・だ、駄目?駄目・・・であろうか?」
皇帝は今まで自分の意見も強く言う事も余り無く、優柔不断で厄介事はいつも後回しする執政者としては全く駄目な性格だった。
しかし今回の皇城の件にしても、ブリジットにしても譲れないものが初めて出来たのだ。
ブリジットはまさか求婚されるとは思わず驚いてしまった。確かに話し易く時間も忘れ語りあったり、何度となく言われる賛美に心も浮き立っていたりしていたが・・・
(・・・・ノエル、アルフォンス・・・私はまた大切なものが出来たみたいだ・・・そなたたちは喜んでくれるであろう?)
ブリジットは亡くなった二人の夫の名を心の中で呼んだ。心の中の彼らは何時もブリジットに笑いかけてくれて頷いてくれる。ブリジットはそう思うのだ。
彼らが息を引き取る時、二人共、まるで申し合わせたかのように
大切なものを見つけて何時も笑っていて欲しい
と、言ったのだ。大切だった夫を喪い、大切な子供達は自分の手から巣立って行く。そしてその隙間に入り込んできたのがこの帝国の優しすぎる皇帝クリストだった。
そう・・・彼は優しすぎる。広大な帝国を支配する皇族は並大抵の精神ではやっていけない。よく心が壊れずにいたものだと感心したぐらいだった。
先帝と出来すぎる息子が守っていたからだろう。しかしその息子も他に守るものが出来たのだ。
もう父親など構っている暇などないだろう。ならば、
(今度は余が守ってやらねばのう)
ブリジットはそう思った。退位したとしても責任が全く無くなる訳ではないのだ。だから守ってあげたいという衝動にかられてしまう。
(余も強くなったものよの。殿方を庇護しようと思うとはのう・・ふふっ)
「ブ、ブリジット?」
返事を貰えず、小さく笑い出した彼女に皇帝はかなり動揺した。一世一代の大告白に全ての勇気をかき集めていたので、断られでもしたら鼓動が止まってしまうかも知れないと思っていた。
「承知しましたぞ。余も貴方を好いているようじゃ。これからも良しなに」
ブリジットがそう言って艶然と微笑んだ。
それから暫くしてブリジットの長期休暇の手筈が整い、城出中の皇帝と二人で帝国へ向けて出発して行った。それを見送るジェラールは、輝くような美貌がかなりやつれているようだった。
「ジェラール殿はかなりお疲れのようだったが、大丈夫であろうか?私が貴女を連れて行くから迷惑かけてしまって・・・」
皇帝は心配そうに眉をひそめて言った。
「心配は無用じゃ。あれは本気を出せば済むのに直ぐ手を抜こうとするから、いざと言う時に困るのは自分だと分かったであろう。何時までも甘えておって、それに比べてそなたの息子は頼りになって羨ましいのう」
「ああ、それは私が駄目だからであろう。貴女は素晴らしいからジェラール殿も安心して甘えているのだろう。私も息子に何かしてやりたいが・・・親が言うのも何だがあれは本当に何でも出来るからの・・・寂しいものだよ」
しんみりする皇帝にブリジットが優しく微笑んだ。ジェラールが見たら驚くように優しい笑みだった。
「クリスト、今度贈ってやれるではないか。新しい城を造るのであろう?」
「だが・・・反対して怒っている・・・」
「大丈夫じゃ。きっと分かってくれる。自信を持って言うがいいぞ」
ブリジットに勇気付けられた皇帝は、馬車の中まで持ってきていた書類箱を撫でた。
それには皇帝がオラールの王城を見て回り考案した城の図案だった。建物はあくまでもオラール風の華麗なものでは無く、デュルラー風の壮麗で堅固な感じを醸し出しながらも新しいものを感じさせるものだ。そして両国の良い所を入れたいと思っていた。冥の花嫁を迎え、帝国に更なる発展をもたらすであろう息子に何かしてやりたいと思ったものだった。
「ブリジット、私はね・・・屋敷や神殿を建てたりする職人になりたかったのだよ。もちろん叶わぬ夢だったのだがね。そう思うのも許されぬ立場だったのに」
「まだ諦めるのは早いと思いますぞ。少しばかり自由になったら、まずは我らの使う東屋でも造ったらどうじゃ。そして上手になったら住まう屋敷でも建てたらどうであろう。広いこといらぬ小さな住まいでいい。そんな先の事ではあるまい?」
ブリジットは何でもない簡単な事だと言うように言った。皇帝はそれがとても嬉しかった。
若い頃、こんな話しをすれ影で失笑されるか、呆れられるのが普通だった。
「そう言ってくれると誠に嬉しい。レギナルトにも言った事なかったのでな」
「ほう、言ってないとはの。言えば良いものを」
「とんでも無い!言えば怒るに決まっておる!」
「そうかの?そうでも無いと思うぞ」
皇帝は絶対それは無いと言って首を振ったのだった。
二人で気楽に進む道は楽しく、そしてよりよくお互いを知る事となった。そしてようやく雪も完全に溶け、春真っ只中の帝国へ到着したのだった。
ブリジットはもちろん帝国は初めてで見るもの全てが珍しかった。
そして皇城を見上げればその巨大な要塞のような造りに圧倒されてしまった。大きく分けて大神殿と後宮を擁した皇宮と皇子宮で成る皇城は長年増改築を繰り返した歴史溢れるものだった。
「これは、かなり圧倒されるものであるな」
「厳 しいであろう?重苦しいと私は思うのだよ。子供の頃、恐ろしくて一人で城を歩けなかったぐらいでね。それに比べてオラールは新しく若々しい」
オラールの王城は個別に建っているから新造も改築もし易く、王の趣味によっても変えやすいから常に新しく生き生きとして見えるのだ。
その一つを取っても同じ三界の盟友として建国された二つの国は大きく違っているようだった。
オラールの王家は大らかで解放的だが、デュルラーの皇家は伝統を重んじる格式ばったものだ。オラールに比べれば暗くよどんでいる感じだった。
クリストは自分が平凡だからこそその歪みを感じた。だから自分の最初で最後の皇帝としての未来への指針を出したかったのだ。冥の花嫁とその伴侶となる息子に願いを託して―――
しんみりと自分の城を見上げる皇帝にブリジットは微笑みかけた。
「そなたが変えれば良いことじゃ。皇帝であろう?そなたには誰も逆らえぬぞ」
堂々としたブリジットは眩しかった。彼女は女性の身で若い頃から毅然とその王である責任を全うしてきたのだ。自分には無い自信が溢れている。
「自信を持つがいい。そなたは良い皇帝じゃ」
その女王から何度と無くそう言われ勇気が湧いてくる気がした。
そして皇宮に到着して馬車を降り始めると、門兵から連絡を受けたのかレギナルトが待っていた。
その横には思いっきり不機嫌な顔をしたベッケラートも。
「お帰りなさいませ、父上」
息子の冷ややかな声に迎えられた。
「あ、ああ。変わりないかな?」
「変わり?それは私が、でしょうか?帝国が、でしょうか?」
嫌味を言う皇子は、にこりともしない。
「も、もちろん。そなただよ。国はそなたがいれば大丈夫であろう?その様子だとベッケラートも引っ張り出したみたいだね」
「その通りだ。中々帰って来ないからとうとう俺まで手伝う羽目になった」
「それは申し訳なかったね。レギナルトを助けてくれて礼を言うよ」
「うっ・・・・」
やんわりと謝って礼を言われるとベッケラートは何も言えなくなってしまう。
皇帝が臣下に謝るのも簡単に礼を言うのも普通じゃ考えられないが、この皇帝は素直にそうするのだ。威厳が無いと陰口を言うものもいるが、ベッケラートはこんな皇帝が好きだった。だからレギナルトが政 に関わる前は、彼の為に寝る間を惜しんで働いたこともある。
その時、馬車の中から皇帝を呼ぶ女性の声がした。
皇帝は慌てて馬車の入り口に寄り手を差し伸べた。
その手を取り出て来た人物にレギナルトは目を剥いた。
「ブリジット陛下!」
「えっ――!!」
ベッケラートが驚き声を上げたが慌てて口を塞いだ。
「久しいのう、レギナルト皇子。また再びこのような場所でお会い出来るとは思わなんだ」
女王は驚く彼らに艶然と微笑んだ。
ベッケラートは初めて見る隣国の王の来訪に驚いてしまった。
現役の元首が来るなど殆ど無いからだ。それは向こうも同じだっただろう。皇帝が訪れたのだから・・・
先に我に返ったのはレギナルトだった。
「これは失礼致しました。貴女様がいらっしゃるとは思わず、お見苦しいところをお見せ致しまして・・・」
「余も悪かったのでそうクリストを責めないで欲しいの」
「クリスト?」
皇帝の名前を親しく呼ぶ女王にレギナルトは思わずそう言ってしまった。
「つい余が引き止めてしまったゆえ、帰るのが遅くなってしまっての。すまなんだ」
「ブリジット、それは違う。そなたを共に連れ帰りたいと私が我が儘を言ったから、引継ぎが大変だったのだから私が悪い」
「ブリジット?共に帰りたい?」
レギナルトはまた呟いてしまった。二人の親密な様子に目を見張る。
「あっ・・・レギナルト。その・・・私達は一緒になろうと思ってだな・・・」
「一緒?私達?」
レギナルトは馬鹿のように同じ言葉を呟いた。まさかだと思うが・・・・
「結婚するんだよ」
滅多に驚かない皇子も大雑把なベッケラートも仰天してしまった。
「け、結婚!まさか父上!ブリジット女王とだなんて言いませんでしょうね!」
レギナルトの凄まじい形相の追求に皇帝はたじろいでしまった。
「そ、その通りだよ。レ、レギナルト、彼女と・・・け、結婚する」
皇子は目を剥いた。父は馬鹿だとは思っていたが此処まで愚かだとは思っていなかった。
城の件にしてもこの話しにしてもどう考えても狂ったとしか思えない。
「父君は至ってまともであるぞ。気狂いでは無い・・・余はこのクリスト殿に心底惚れた。先をみる素晴らしいお方じゃ。父を誇りに思うがいいぞ」
ブリジットが皇子の心を読み、透かさず言った。
レギナルトは反論出来なかった。ブリジットは賢王で名高い。その彼女がこの駄目な父親に色ボケで味方する訳が無いだろう。本心からそう言っているようだったのだ。
「レギナルト、今から城の件でそなたと話しをしたい」
皇子はその言葉にも驚いてしまった。それが原因でこの城出になったようなものだったが、戻って来たのは諦めたからだと思っていた。面倒な事や争い事になるものは何時も避けるか無いものとしていた父親とは思えなかった。
「承知しました。ゲーゼも呼んだ方が宜しいでしょうね。では直ぐに」
レギナルトは一礼して誘導し始めた。
「あっ、俺は?もう帰っていいか?」
ベッケラートは嬉しそうにこっそり聞いた。
「まだだ。女王を失礼の無いようにお通ししてくれ。皇子宮に使いをやってドロテーを呼んで来るがいい。そして一緒に接待するように」
「はぁ〜俺が?」
怖いもの知らずの彼でも流石に隣国の王の扱いは躊躇 するところだった。
「陛下、それでは少し失礼させて頂きます。後はこの者が御用を賜りますので、何なりとお申し付け下さいませ」
レギナルトは優雅に礼をとると、さっさと去って行ってしまった。
最近では助手だったヤンの腕が上がりベッケラートの出番が中々回ってこない。
そうなると皇宮で使われる事が多くなってしまったのだ。しかし婚約したと言うのに未だにティアナの侍女をしているドロテーと日中から会えるのは役得だろう。
「そなたは?」
「陛下、挨拶も無く大変失礼致しました。私、ヘルマン・ベッケラートと申します。爵位は公爵、御殿医を勤めさせて頂いております」
ベッケラートは昔慣らした貴婦人殺しの微笑みを浮かべながら挨拶をした。
「そなたがあの高名なベッケラートか?噂とはあてにならぬものよの。このように美男で若いとは思わなんだ」
「それはどうでしょうか?今は公爵仕様なのでこのような格好でございますが、医者をしている時は噂通りの見苦しい姿だと思います」
「ほほほ・・・誠か?そなた愉快じゃのう。では共に参ろうか?」
「共に?」
「皇子が言っておったではないか。何とかと言う娘を呼んで接待するようにと。呼びに行くのなら共に行けば手間が省けるであろう?余も散策したいしの」
型破りな女王にベッケラートは唖然とした。
「では、皇子宮にご案内致します」
「その者は皇子の侍女なのか?名指しだったからさぞかし気に入っているのであろうの」
皇子が気に入っていると聞いたベッケラートは、むっとした。
「いいえ!ドロテーはお嬢ちゃん・・あっ、いえ、冥の花嫁ティアナ様の侍女で、私の婚約者でございます」
「そなたの?ほう、それは楽しみじゃ」
ベッケラート公爵家はブリジットも知っている。
昔から皇家の信頼も厚い名門中の名門だ。その婚約者が一介の侍女とは?
(クリストが心配している古い慣習に毒されている者ばかりではないではないか。やはり今が新しくする節目であろうの)
ブリジットはふと微笑み、優し過ぎる皇帝の去って行った方向を眺めたのだった。
「それで父上、そのご様子では愚かな考えはまだ諦めていないと言うことでしょうか?」
レギナルトが至極丁寧な言葉使いをする時は、怒っていて有無を言わさない迫力がある。
それでも今回ばかりはこの息子に負けられないのだ。
「そうだ。変更は無い。この古い皇城は解体し新しくする。その完成と共にそなたたちの婚礼を執り行う」
「―――無意味なことです。馬鹿馬鹿しい。話しになりません」
「陛下!さようでございます!婚礼の延期など私が断固反対ですぞ!」
レギナルトもゲーゼも反対の意思は固い。
「無意味では無い、これは――」
皇帝が説明しようとしたところにレギナルトの使いがやって来た。
残してきた女王に失礼があってはならないので彼らの様子を窺わせたのだ。
「何?ティアナの所に?」
「どうかしたのか?レギナルト?」
「女王が皇子宮、ティアナの所に向ったそうです。此処でこうしてはおられません。いきなり女王と会うなど彼女が心細いでしょうから私も参ります。父上、お話は後ほど伺いますので、失礼致します」
慌てて出て行く息子の後を皇帝も追い掛けて行った。まだ大事な話しの途中なのだ。止める訳にはいかないのだ。その皇帝を説得しようとゲーゼも追いかけた。
ベッケラートは一応皇子宮に先触れを走らせたが連絡を受けた宮は仰天しているだろうと思った。
しかし女官をまとめるバルバラの応対は完璧で二人が到着した時は、皇子宮の全部の女官が出迎えで入り口から左右に整列していた。
その一番奥にティアナと後ろに控えるドロテーとバルバラが待っていたのだ。
ティアナはオラールの女王が来ると聞いて驚いた。正直どうしようと心細くなったが、自分は皇子の婚約者なのだからちゃんとしなくてはと自分に言い聞かせた。
(深呼吸をして顔を上げて真っ直ぐ見る!)
そして微笑む。
「ようこそいらっしゃいました。女王陛下」
ブリジットは天の花嫁フェリシテとは対極である冥の花嫁をもちろん初めて見た。
フェリシテとは正反対のような雰囲気を感じた。しかしどちらも流石に神の血を引く聖なる乙女は女から見ても感動を覚えるものだ。
(あのレギナルト皇子もジェラール同様、この花嫁の虜であろうな・・・)
「お邪魔しますぞ、冥の姫」
「どうぞ、ティアナとお呼び下さい。そして此方ではご自身のお城と思ってお寛ぎくださいませ」
「ティアナか、良い名じゃ。それでは少し話し相手になって貰おうかの。そうそうベッケラートの婚約者殿も一緒にの」
ティアナの後ろで凛と背筋を伸ばして立っている侍女が、その女性だろうとブリジットは思った。
だからドロテーに視線を流して言った。
指名を受けたドロテーは驚いて目を見開いたが、ティアナは彼女が同じ席に着くと思うと心強かった。
ティアナはブリジットを案内しながら奥へ進んで行ったが、その後を離れて付いて行くベッケラートにドロテーが透かさず小さな声で文句を言った。
「先生!何べらべらと喋っているのですか!私、何喋っていいのか分かりませんよ!」
「だって仕方が無いだろう?皇子がお前を名指ししたから女王が興味持って、奴と特別な関係か?みたいな言い方だったから、むっとしてだな」
ドロテーは呆れた。医術は天才だし政も優秀。それなのにこの子供っぽい独占欲には何時もながら呆れるのだ。だけどそれがまた彼らしくて憎めないし好きが倍増する。
だけどそれが悔しくて、つんとしてしまうのも毎度のことだった。
「ドロテー?怒ったのか?」
そしてまた、つんとする。
がっくりする彼がちょっと可哀想になってしまったが、今は侍女の時間帯だから甘やかさない。
でも、やっぱり可哀想だから・・・
「怒っていませんよ。ちゃんと助けて下さいね」
とベッケラートに耳打ちした。
瞬く間にご機嫌が良くなる恋人に、また呆れながらも微笑むドロテーだった。