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皇子の贈物13![]()
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その日はティアナの部屋でドロテーも一緒にバルバラが手伝って仕度されていた。
ティアナには贈物の件でドロテーが加わっていたと言っていない。
だから今回の晩餐会はベッケラートへの代行のお礼で、ドロテーが彼のお相手をすると言う筋書きになっていた。
ティアナとしてはドロテーが侍女でなく、友人として共に行くのが嬉しかった。
同じ鏡を覗いたり見せ合ったりとはしゃいでいた。
「ドロテー、そのドレスとっても素敵ね?羨ましいわードロテーは背が高くて細いからそんなの似合うのよね。私は無理だわ」
ティアナが溜息まじりに褒めるのはベッケラートから贈られたあの紫のドレスだ。
彼に挑戦状を叩きつけるにはこれが最も相応しいと思ったのだ。
「私は今まで、ティアナ様みたいに小柄でふわふわとした女性が羨ましいと思っていました。だってとっても可愛いんですもの・・・でも私みたいでも良いところがあるって教えてもらって目が覚めました。私は私ですからね」
「ドロテーって、やっぱり素敵だわ!」
私は私と、はっきり言うドロテーにティアナは興奮して手を叩いた。自分自身をしっかりと持ち堂々としているドロテーこそティアナの理想だ。
一方、随分早目に到着したベッケラートがレギナルトの歓待を受けていた。
レギナルトの珍しいこの行いにベッケラートは怪訝な様子だ。今回の功労者だったベッケラートを招待すると言われたからだ。ドロテーも呼ばれていると聞かなかったら断るところだ。
(礼だって?転変地異が起こるに違い無い・・・)
そう思わずにはいられない。
歓待と言っても只、個室でレギナルトと食前酒を飲んでいるだけだった。
しかもレギナルトは何かしきりに見ていた。そしてふと顔を上げた。
「ベッケラート。お前、他に何が欲しい?」
「はぁ〜なんだって?まだ何か礼をしてくれるのか?気味が悪いな」
「何だ。私がせっかく言っているのに・・・ではドロテーだけにしよう」
ドロテーと聞いてベッケラートは何だと関心を寄せてきた。
レギナルトは自分が見ていた書類のような者を彼に渡した。
それは貴族名鑑のようにも見えたが絵姿が入った若い男ばかりの書類だった。内容は身分や家族構成に素行まで書かれてあった。
「これは・・・まるで・・・」
「ああそうだ。縁談用だ」
「縁談だって!」
叫んだベッケラートにレギナルトは冷たい視線を送った。
「ベッケラート。私はあの時、確認しただろう?自分で収拾をつけろと・・・・それがどうだ。私が休暇から帰ってみれば収拾どころか、皇宮はその噂が再燃して彼女に不名誉なまでになっていた。まったく何をしていたんだ」
レギナルトはシュルク伯爵邸での一件を言っていた。
「そ、それは・・・」
いつも横柄なベッケラートが顔色を変え言いよどんだ。
「そこでだ。彼女の伯母からも頼まれたのだが、私の仲介で縁談をまとめる事にしたのだ。打ち消すには早く縁談を決めてお披露目をするほうがいいからな。彼女の身分は低いが私が仲介するのだから相手も手放しで喜ぶだろう。それに美人で気立ても良い。先日も皇宮の会議室に乗り込んで来た時など堂々としていて、その場にいた重臣達数人から息子の嫁にどうかとも打診を受けている。彼女なら子爵だろうが男爵だろうが十分立派な奥方になれるだろう・・・・まあ、そういうことだ」
沈黙が落ちた―――
「ドロテーは・・・ドロテーは承知しているのか?」
「ドロテー?今晩話すつもりだが、私の決めた事に否は言わせない。それに貴族の結婚とはそういうものなのだから、賢い彼女なら分かる筈だ。幸せとは何かとな」
貴族の間ではこういった縁談は多い。
自分達より上位の仲介で取り決められるものは順調に支障なく出来るうえ、暗黙に後ろ盾がついたようなものだからだ。皇族からの話になれば当然断ることさえ出来ない。
ベッケラートは舌打ちすると、レギナルトに断りも無くその場から立ち去った。
皇子は驚いた様子もなく口元が愉快そうに微笑んでいただけだった。
ベッケラートは急ぎドロテーの元へと向った。
とにかくレギナルトが話しを切り出す前に彼女と会わなければと思ったのだ。
皇子がやると言ったら絶対にやってしまう。
ベッケラートにとって大迷惑な話だがドロテーにとっては皇子が言うように大変名誉であり、断る方がおかしい贈物に違いないからだ。
(冗談じゃないぞ!あいつ、オレに恨みでもあるのか?こんなこと仕掛けるなんて!)
ゆっくりと時間をかけて・・・と、思っていたのに番狂わせもいいところだった。
ドロテーは仕度が済んでティアナと時間を潰している最中だった。
そこへベッケラートが息を切らして現れたのだ。
「ドロテー!」
急な訪問に驚いたドロテーは立ち上がった。
その姿はベッケラートを惑わせたあの魅惑的なものだ。
ベッケラートは無意識に息を大きく吸い込んで止めてしまった。
二人の視線が絡み合ったまま動かない。
ティアナは交互に二人の顔を見渡していたが、そっと席を立って部屋から出て行った。
それも気付かないぐらい二人は長く見つめ合っていた。
先に視線を外し、息を吐き出したのはベッケラートだった。
そして言う言葉を探すように唇を噛んで湿らせて、やっとの思いで言葉を発した。
「ドロテー・・・これを」
何を?と言う前にベッケラートは、さっと無造作に持っていた物をドロテーの首にかけた。
それは冷りとしてずっしり重たかった。胸元まで落ちかかるそれに手を当てると硬いもので宝石の首飾りだというのは分かった。
そして視線を落とすとそれはあのシュルク伯邸で見た紅い宝石の女神の口づけ≠セった。
「 ! これって!」
ドロテーは驚いて言葉が出なかった。
ベッケラートが真剣な表情でじっと見ている。
大きく開いたドロテーの胸元に輝く深紅の宝石は、まるでドロテーをより美しく飾る紅い花のようだった。
「やっぱり似合うな。これ見た時から絶対似合うと思ったんだよな。これはお譲ちゃんじゃなく、お前に似合うだろうって・・・・オレの気持ち受け取ってくれないか?」
「き、気持ちって・・・」
ドロテーはまさかと思った。そんな都合のいい話はあるものかと・・・・・
「お願いだドロテー。オレと結婚してくれ!」
「嘘でしょう?」
ドロテーは信じられないという表情で言った。信じられる訳が無い。
今日だって大決心して望んだが、まずは恋人になりたかった。
結婚なんて夢のまた夢・・・・彼が家の為に身分がつりあった結婚をいずれするだろう。
でも先のことをあれこれ考えるより行動だと思っていた。
それがまさか・・・・しかし夜の庭園での逢瀬を思い出した。
「・・・・・夜会の日、侯爵夫人と貴方は・・・」
口づけをしていたとまで言え無かった。
いつも思った事をハッキリ言うのにこんなに臆病な自分が信じられなかった。
あれを目撃した日から幾日も経っていないのにもう心変わりをしたのか?と、いっそう不安になってしまったのだ。
「侯爵夫人?あっ、まさかあれを見たのか!」
ドロテーは頷いた。
ベッケラートは、しまったと言うような顔をして天井を見上げると、せっかく整えてある髪をかきむしった。
「ああっもうオレはなんて馬鹿野郎なんだ!あれは煩くまとわりついて来るあの女をさっさと立ち去らす為にやっただけで、恋人でも何でも無くって遊びでさえも無いんだ!だからこれは冗談でも、もちろん遊びで言っている訳じゃない!こんなこと今更オレが言っても信じてもらえないだろうが・・・・ドロテー好きだ!もういつもムカムカして気分が悪くって・・・とにかく、うんと言ってくれないとこの病は治りそうもない!」
ベッケラートの言葉はまるで夢を見ているようだった。
でもその自分を悩まし続けた深海色の瞳は嘘では無いと言っていた。
しかも本当に死にそうな顔をしている。
ドロテーはその瞳を受け止めて微笑んだ。
「私も最近とても胸が苦しくて死にそうでした。これは普通の医者では治せない病気みたいです。だから名医の先生にしか治せないと思います。治してくれますか?先生?」
「・・・ドロテー?じゃあ・・・オレのことを?」
「はい、先生。私も好きです」
「ティアナ?何をしているんだ?」
レギナルトはティアナの居室扉前に座り込んでいる彼女を見つけた。
「誰も入らないように見張っているんです」
「中に?ああ・・なるほど。晩餐会までまだ時間があるから散歩でも誘おうかと思ったんだが・・・・ではこうしよう」
レギナルトが側にいた女官に書紙を持って来るように言いつけ受け取ると、さらさらと字を書き込んでいた。
そして書きあがったものをティアナに見せた。
『立ち入り禁止・入った者は罰する・レギナルト』
ティアナが小さく笑った。
「これを貼っておけば大丈夫だろう?」
「はい。大丈夫です」
それから二人で仲良くそれを扉に貼り付けた。
「それにしてもティアナ良く分かったな。あの二人のこと」
「だって二人の視線がまるで花火みたいだったんですもの。バチバチっていう感じ。気付かない方がおかしいでしょう?」
レギナルトはそうだなと言って笑った。
(それにしてもベッケラートとドロテーが結婚したら・・・ティアナは寂しくなるな)
「皇子?どうかしましたか?」
急に考え込んだレギナルトにティアナが訪ねた。
「ああ、ドロテーがいなくなるとお前が寂しくなるだろうなとな。それでなくても寂しい思いをさせているというのに」
「ん・・・確かに今までとは違ってくるでしょうけれど、ドロテーが私の大切な友人に変わりないのだから平気です。それに今度はもっと一緒にいられる場所も増えるのでしょう?それの方が心強いと思いますよ」
「心強い?」
「はい。ドロテーが言ってましたけど・・・皇子と結婚すると色々出かける事が多くなるって・・・私も一生懸命慣れようと思ってますけど・・・」
レギナルトはティアナの言いたい事は良く分かっている。
自分が同席している場合なら問題無いだろうが何時も一緒という訳にはいかない。ティアナに何かしようとするものは当然いないが、媚を売る者達が後を絶たないだろう。表の顔と裏の顔を使い分ける宮廷人は数しれないのだ。
虚飾に満ちた世界に繊細なティアナは心細い思いをするに違い―――
(そうなるとドロテーがベッケラート公爵夫人になってくれると助かるというものだ。彼女ならティアナの横に立ち、そういうやからを徹底的にやりこめるに違い無い。私がやり込められるぐらいだから他の者達はもっと・・・・)
レギナルトはそう思うと想像するだけで笑いが込み上げてきた。
「皇子?何がおかしいのですか?」
「ははっ、ドロテーなら頼もしい友だろうと思ったんだよ」
ティアナもそうでしょう、と嬉しそうに微笑んだのだった。
そうしているうちに晩餐会の時刻が近づいてきた。
化粧直しに行ったティアナと別れて時間を持て余していたレギナルトの所にベッケラートが現れた。
「おい皇子。ちょっといいか?」
「戻って来たのか?もう来ないかと思った」
ベッケラートは気不味そうな感じだ。
皇子にはいつも気安く接しているが、さっきは流石に急に居なくなるという礼を欠いた行動だったからだ。
「さっきはすまん。それで、さっき言っていたドロテーの縁談の件なんだが全部無かった事にしてくれ」
「縁談?いいのかそれで?」
ベッケラートは皇子のその言い方がおかしいと思った。
「いいのかって?・・・・」
レギナルトはまるで今気が付いたようにもう一枚の書類を出した。
「ああそうだ。有力候補が一枚抜けていたな」
そう言ってそれをベッケラートに渡した。怪訝な顔をしてベッケラートはそれを見た。
「なにぃ――っ!オレ?」
「ああ、お前だったんだが・・・公爵の地位にあるのにいつまでもふらふらしてベッケラート家も先行き不安だろうからな。ドロテーみたいなしっかり者でも嫁に行ってもらわないと皇家としても困ると思って。まあ・・・・お前が嫌なら止めてもいいんだが」
「お前、オレをハメやがったな?」
レギナルトは澄ました顔をして言った。
「それで女神から口づけはして貰ったのだろうな?」
ベッケラートはニヤリと笑った。
「ああもちろん。女神の口づけ≠したオレの女神から口づけしてもらったさ」
「それは良かった。私もお前にそれを譲ったかいがあった」
女神の口づけ≠ヘ後日競売にかけられる事は無かったのだ。
レギナルトはやはりその品を諦められず求めたが、ベッケラートもそれを欲し譲らなかったのだ。二人は競り合い金額が恐ろしい程の値を付けたのだが、結局ベッケラートの熱意に皇子は負けてしまったのだった。
彼がそこまで物に固執するのも珍しかったし、しかも女物の首飾りだ。
それこそ大変な値がついたそれをただの女に贈る品物では無いのは誰が考えても明らかだった。
その時からもレギナルトはこうなるだろうと予想していたのだが・・・・
「ああそれとベッケラート。この礼はまた後日請求するからな」
「ちょっと待て!それはないだろうが!」
ベッケラートの抗議は笑ってかわされた。
その後というと、ベッケラートは度々ティアナと休暇をとる皇子の代行をする事になってしまったらしい。溜息をつきながら書類を見る彼の隣には公然の仲となった監視のドロテーがいる。だから・・・・
「まあ〜よしとするか」
「何が宜しいのですか?」
「何でもないさ」
ドロテーは怪訝な様子だ。ちょっと眉を寄せるその顔が何ともいえない気分になってくる。気が強そうに結ばれた唇に口づけしたくなるのは仕方が無いことだろう。
にやりと笑うベッケラートに嫌な予感がした。
「お茶を淹れてまいります」
ベッケラートは、くるりと背を向けかけたドロテーの腕を素早く掴んで引き戻すと窓際に追い詰めた。
「休憩ならオレはお前がいいな」
ドロテーが頬を染めるかと思ったら、溜息をつかれてしまった。
「仕方が無い人ですね。皇子がお戻りになる前にちゃんと仕事して頂かないと、いいことしてあげませんよ」
「え?いいことって?」
「さあ〜何でしょう?お仕事続けますよね?」
ベッケラートは悪夢だと思った。魅惑的な微笑みで後でいいこと≠ニ言われてしまったら期待するが、きっとまた空振りだろうと思うのだが・・・・
その数々を思い出す。ある時は特製のお茶だったり、またある時は手作りの茶菓子だったり・・・
恋人同士になったというのに、仕事中は中々流されてくれないドロテー。ベッケラートとしては何時もいちゃいちゃしていたいと思うのに―――
「ああーもうっ!レギナルトの奴、ドロテーを上手く使いやがって!とっとと早く帰って来い!」
悪態をつきながら仕事に戻るベッケラートだった。今日もドロテーの下げた餌に期待して―――
終
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あとがき 無事完結でございます。如何でしたでしょうか?自分的にドロテーとベッケラートの組み合わせは意外だと思いましたけど、皆さんはどうでしたか?この二人はとても好きでした。勝気で美人なドロテーと自堕落で我が道を行くベッケラートでしたが、今後も楽しみですね。公爵夫人に納まったドロテーが目に浮かぶようです。宮廷を牛耳る気がします(笑) そしてたぶん恐妻家?ベッケラートは絶対彼女に頭が上がらないと思うのですよねぇ〜笑えるくらいそんな感じがします。 |
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