皇子の贈物2

 ドロテーは皇子の執務室に来ていた。レギナルトは主に皇宮の中央府の執務室で仕事をするが皇子宮にも同様の部屋が用意されている。両脇に天井高く設えた棚には多くの資料や書籍がぎっしりと並べられ、その場に入るだけで息がつまりそうな空間だった。その中央に権力の象徴レギナルトが立っているのだから尚更だ。
その皇子が珍しく歯切れ悪く喋り出した。
威圧的な紫の瞳も何処か定まっていない感じでドロテーを見ていない。

「・・・ドロテー・・・実は・・相談なんだが」
「相談でございますか?」
ドロテーは驚いて瞳を大きく見開いた。相談という言葉自体、皇子が使うのが珍しいと思ったのだ。相談の意味さえ知っているのか疑わしいとも・・・しかも自分にだ。
「ああそうだ・・・・私は先日ティアナにとても辛い思いをさせてしまったから何か贈物をしたいと思ったのだが・・・何もいらないとあれは言うんだ」
「贈物でございますか?まあ・・・確かに・・・そうですね」
確かに皇子が悩むのも分かる。今まで考えられるだけの品物は贈られていた。だから本人に直接聞いたのだろうがティアナはそういった物にまるで無頓着なのだ。
「それにこれはと思って用意していた真珠の簪は記憶の無い間に・・・しかも簡単に贈ってしまった。あれはあんな風にやる為にベッケラートを脅して作らせたのでは無いのにだ!」
レギナルトは宮殿が何個も建てられそうな価値のある貴重なそれをもう既にティアナに贈っていた。あれだけの品を用意するのもさせるのも大変だっただろうが・・・
「あの簪でございますね。確かに素晴らしい物でしたが・・・それにしても先生・・・ベッケラート公爵を脅されたって?」
「あれは奴の家の家宝みたいな物だったからな。しかしカビ臭い宝物庫よりティアナの髪に飾る方が良いのは当然だ。ひと目あれを見た時そう思った。私がそう決めたのだから否は言わせない」
「はあーまあそうでしょうが・・・」
気の毒なベッケラート家と思うしかない。
「そこでだ、ドロテーお前に相談というのはティアナの喜ぶものを考えて用意してくれ」
「え――っ!私がですか!」
「もちろんティアナには内緒だ。驚かせたいからな。それに費用は幾らかかっても構わない。あの真珠の簪以上のものを用意するように」
「そ、それは無理かと・・・」
レギナルトは誰もがその表情に震えるという紫の瞳を細めて口の端を上げた。
「否とは言わせない。頼んだぞドロテー」
ドロテーはもう引きつって笑うしかなかった。
ティアナの性格は良く分かっている。何を贈っても喜ぶだろうが皇子はそんな簡単なものを要求しているのでは無いのだ。しかも皇子が言うようにティアナは本当に何かを欲しいと思う願望は無いに等しい。本当にティアナは皇子さえいてくれたら良いというぐらいしか無いのだ。その彼女が本当に喜ぶものを用意する・・・考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
(皇子の頭にリボンを付けて渡す方が喜ぶわ!)
と、言いたいがそうもいかない。
レギナルトは言いたい事を言ったらすっきりしたのか、何時ものように傲慢で居丈高だ。
「という訳でドロテーそれまで暇をとらす。ティアナの事はバルバラに任せてしっかり探すように。それとこれを・・」
レギナルトは自分の左手にはめていた指輪を抜いてドロテーに渡した。
ドロテーは恐る恐るそれを見る。それは銀と金色で皇家の印が刻まれたもので、しかも最高位の印章となる指輪だった。皇位継承者の承認と同等の価値があるものだ。
これがあればどんな許可もとれる。それこそ人も金も使い放題だ。

(うううっ・・一介の侍女にこんなものを渡すなんて考えられない・・・本気だわ・・・これってかなり危険?)
ドロテーは心底ぞっとした。死ぬ気でやらねば皇子から本当に殺されそうだと思った。受け取った指輪がずっしりと重く感じた。もう本当に笑うしか無い―――

 拒否は当然許されないドロテーは、ティアナの部屋に戻りながら回転の早い頭で言い訳を考えだした。思った通り、帰ったら直ぐにティアナが心配そうに尋ねて来たのだった。

「ドロテーどうしたの?皇子からなんて言われたの?」
「それがですね。この宮のティアナ様付きの女官が少ないので探して欲しいとの事ったのですよ。こんなの普通は伯母の仕事なのですけど、私の方がティアナ様のことが良く分かっているからだとか・・・ティアナ様が気持ち良く過ごせるような人選をとの事でございました」
ドロテーはすらすらと答えた。
この話も嘘では無かった。急ぎでは無いが気にかけて見付けて欲しいと以前から言われていたのだ。

ティアナは困った顔をした。
「そんなにお世話してもらう人はいらないわ。特に必要無いと思うのだけど・・・」
「いいえ!ティアナ様はご存知無いかと思いますが裏では結構仕事が沢山あるのですよ。元々皇子だけしか居なかったこの宮にティアナ様が住まわれることになったのですから仕事は倍に増えております。一応私は伯母の家に行儀見習いに来ておりましたからティアナ様付きの侍女として直ぐ仕えることがましたが、普通は雇い入れるには時間がかかります。普通の屋敷では無いのですから身元から素行まであらゆる条件を満たさないといけませんでしょう?それでもあの事件のように暗殺者が入り込むのです」
以前厳重な審査にも関わらず、レギナルト暗殺の刺客として女官が紛れ込んだのは記憶に新しい。
「大変なのね」
「はい。それはもう。それに神殿が建ちあがりましたら、いよいよ挙式でございますでしょう?そうなれば正式なお妃様でございますからティアナ様も何かとお忙しくなられるので人手は幾らあっても足りません」
ティアナは挙式と聞いて少し頬を赤く染めながら言った。
「そ、そんなものなの?」
「もちろんでございます。お茶会に昼食会、晩餐会に夜会は当たり前、その他色々な行事や会に呼ばれるのです。それらの衣装の準備にお手入れだけでもかなりの重労働でございます。今の皇后様などお靴の係りにお帽子の係りとかそんな専任の者がいるそうですよ。そこまで必要とは私も思いませんけれど」
ティアナは驚いてドロテーの話を聞いていた。
(靴の係り?っていったい何を毎日するのかしら??)
「ごめんなさい。私の認識が足りなかったみたい。ドロテー達はそんなに大変だったのね。気付かなくて本当にごめんなさい。私はいままで自分で全部していたし、ここの生活はよく分からないから・・・」
「私は下級貴族の田舎育ちでそれこそ庶民と少しも変わらないような生活をしておりましたからティアナ様のお気持ちは良くわかります。本当にここは堅苦しくってしきたりもいっぱいあってウンザリなんですけれどね」
ティアナもそうね、と言って溜息をついた。
「ティアナ様、ですから人探しに出かけますので少しお暇を頂戴いたしますね。ティアナ様と皇子に喜んで頂けるように見付けてまいります」
「寂しいけれど頑張ってね」
ティアナに隠し事をするのは少し気が重いが仕方が無い。彼女と皇子に喜んで貰えるようにと言う気持ちに嘘は無いのだからとドロテーは自分に言い聞かせるとその準備に取り掛かったのだった。
 
 世間と隔絶された皇城の中では何を選ぶにしても不自由だ。品物が決まっていれば帝国中からあらゆるものは取り寄せ出来るが、見当がつかない状態では無理な話だった。ドロテーは自分の目で見てこれだと直感するものを選ぶしかなかった。

(それもこんな真冬に!)
帝都の冬は地方みたいに雪深く無いが、やはり他の季節に比べると商人達の動きも悪くなる。この時季は珍しいものが集まる市が立つのは少なかった。念の為、それも見る必要はあるとドロテーは思ったのでそれ待つ間、街で過ごす事にしたのだ。もちろんそれまで店々を見て回るのも計画していた。
ドロテーは一先ず街の中心部の宿屋を訪れた。
宿屋の主人は怪訝な目で彼女を見た。育ちの良さそうな若い娘が一人で宿泊をするのだからそれもそうだろう。それを感じたドロテーは前金で、少し余分に帝国金貨で支払ったのだった。この場所は街に詳しいエリクから教えて貰った。貴族が使う一流な所だったら噂になっても困るし、悪いと治安的に心配だしとの事で、中の上、上の下というような選択だった。

ドロテーは初め大変だと思ってはいたが、またと無い楽しい買い物だと思うと俄然やる気も出てきたし楽しくなってきた。
広くは無い寝台に、ごろんと寝転がると防寒用の靴を脱いで投げ捨てた。
ゴトンと大きな音をたてて靴が床に落ちる。
二つ目の音がしたと同時に、入り口の戸がバタンと勢い良く開いたかと思うと、男の大きな声が飛び込んできた!

     
 
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