皇子の贈物5

 
 ベッケラートは笑いながら脱衣所から出てみれば、今度は予想的中だった。
廊下に漂うのは先刻までの埃っぽい臭いではなく、食欲をそそる食べ物の匂いだ。
それを辿って行くと食卓には湯気が上がった食事が並んでいた。
そして助手のヤンが嬉しそうに座ってドロテーと何か話している。

「ヤン、帰ってたのか?」
「あっ先生。少し前に戻ってまいりました。今日は大変だったようですね」
ヤンはそう言って、ドロテーと目で合図をした。彼女から今日の事でも聞いていたのだろうが二人の仲がよさそうな感じが気に入らない。
ベッケラートは短く返事をすると椅子にどかりと腰掛け、ヤンの報告を聞き始めた。

ドロテーはスープをかき混ぜながら、チラチラとベッケラートを見た。

(やっぱり先生って、良い男よねぇ〜惚れ惚れするわ。良い男は皇子でかなり見慣れているけど、先生は大人って感じで色気が違うわね・・・みんなが知ったら宮廷の良い男順位表の序列が変わるでしょうね・・・・)
侍女仲間の話題の一つを思い出して密かに笑ってしまった。
ベッケラートは滅多に宮廷行事に参加しない。医師として宮殿内をうろついていても、あのよれた格好だから誰も気に留めないのだ。

温め終わったスープを皿に移すと手早く二人の前に出した。

「ありがとうございます。ドロテーさん」
「どういたしまして。お待たせしました。どうぞ、召し上がって下さい」
そう言って二人の後ろに控えた。

その様子を見たベッケラートは不機嫌そうに言った。

「ここは城じゃないんだから侍女しなくっていいぞ!まったく頼んでもいないのに色々と世話を焼きやがって」
ドロテーはムッとした。礼を言われても文句を言われるとは思わなかった。

「それは大変失礼いたしました!しかし訂正させて頂きますが皇子宮の侍女は、掃除はもちろん食事なんか作りませんわ!そのような仕事は専任がおります!それともベッケラート家の侍女は違うのでしょうか?」
ベッケラートはしまったと後悔した。
自分の生活をかき乱されてその変化に少なからず
感動している自分がいた。その変化を生み出した彼女が好意では無く、仕事の延長でしているような気がして何だか気分が悪くなったのだ。
「まあその・・・なんだ・・えっと、すまん。こんな事言うつもりじゃなかったんだ。一緒に食べたらいいと言いたかっただけだったんだ・・・・」
ベッケラートはそう言った後、怒っているだろうなとドロテーの顔色を窺った。
彼女の瞳は挑戦的に輝いていたが、自分の分の料理をよそって来ると席についた。
そして笑って言った。

「ああ、良かったわ。今日の騒ぎでお昼ご飯食べ損ねて、お腹と背中がくっつきそうなぐらいお腹が空いていましたの。遠慮無く頂戴いたします。いただきまーす」
そしてパクッと食べ始めたのだ。

ドロテーの切り替えの速さにベッケラートは呆れ顔で失笑した。

 和やかに食事は進んでいるところに、エリクがやって来た。

「うわー酷いなぁ。ドロテー、君の帰りが遅いと思って来てみたら皆で食事なんかして!オレも腹ペコなのにさっ!」
「あらっ?私、いつ帰るとか言って無いじゃない。患者さんが目を覚ますまでいるって言っただけでしょう?非難されるいわれは無いわ」
エリクはドロテーの席に回りこんで甘えるように続けた。
「そりゃそうだけどさぁーオレがどうしてるかなぁ・・・ってぐらい考えてくれないかなぁ」
「何故?あなた用があるって言ったじゃない。それこそいつ帰るって言わなかったわ」
「冷たいなぁ〜ドロテー」
「冷たくて結構です!」
 ドロテーを覗き込むように顔を近づけてくるエリクに、ドロテーはピシャリと言い返す。
まるで恋人同士の痴話げんかのような様子にヤンがベッケラートに耳打ちした。

「あのお二人は恋人同士なんですか?」
ベッケラートは、不機嫌にさあ?と答えたが、そう言えば何故?彼女とエリクが一緒にいるのか・・・バタバタしていてすっかり聞くのを忘れていた。

(恋人同士の休日だったのなら話は分かるが・・・・)
文句を言いながらエリクにも食事の用意をしているドロテーを見ると、何となく獲物を横取りされた気分になってきた。しかし逆に闘志も湧いて久し振りに腕がなる。
ベッケラートはニヤリと微笑んでエリクを見た。

「先生、何か?」
その視線に気が付いたエリクは彼に問いかけたが、更にニヤリと笑われただけだった。

食事がひと段落した後、ドロテーが質問をしてきた。

「先生、お尋ね致しますけれど、以前皇子がご注文された真珠の簪がございましたでしょう?あれ以上の真珠はございますか?」
「あの大粒のか?」
「そうです。あれより大きいか、同じぐらいなら数をそろえたもので」
ベッケラートは呆れたように肩をすくめた。

「あんなものそうそうあるわけ無いだろう?小さいものでも貴重なんだからな。だいたいあれはうちの非売品を取り上げたんだし、それでなくても今季とれるもの全部、あいつが花嫁衣装の為に押さえてやがる。まったく市場が滅茶苦茶になって更に高騰するだろう」
「花嫁衣裳!そうですよね・・・皇子は当然考えられるものは手配済みでしょうね。はあー困ったものだわ」
あの簪以上のものをとの所望だったから一応聞いてみたが無駄のようだった。

落胆するドロテーにベッケラートは聞き返した。

「真珠がいるのか?」
「真珠というか・・・前回贈られた真珠の簪以上のものをティアナ様への贈物として用意するようにと、皇子から命令されていまして困っているのですよ・・・」
「はあ〜あれ以上のものだって!冗談だろう?で、見つかるまで宮には帰ってくるなってな感じかい?」
その答えはエリクが言った。

「それに近いでしょうね。皇子がオレに護衛をするように言われた時、そんな言い回しでしたからね」
「で、宿屋にいた訳か・・・ふ〜ん」
ベッケラートがニタリと微笑んだ。

「宿屋っていってもお前ら二人で出入りするとちょっとヤバくないか?変な噂がたっては彼女によく無いだろう?それにやっぱり宿屋は無用心だしな。二人共ココに来たらどうだ?部屋は余ってるから」
思ってもいない申し出にドロテーは驚いた。

エリクは先程からのベッケラートの胡散臭い顔に別の意図を感じた。
しかし彼の言う事も一理ある。宿屋に連絡した時に何かと詮索されたところだった。こちらは親切に病人を運びその後の様子を知らせてやっているのにその調子だったのだ。

「先生は只単に家政婦が欲しいだけじゃありませんの?まあそれはそれでご近所には私が此処に居る正当な理由が出来ますけれどね」
ベッケラートが拍手をした。
「正解!おまえさんは宿と評判を手に入れて、オレは温かい料理ときれいな住処を得る。いい取引じゃないか?」
ドロテーは呆れた。

「私の方がかなり条件悪いと思いますけどね!だいたいお金が無い訳でもないでしょうに人を雇わないなんて考えられません!」
「以前は雇ったんだが・・・何かと問題があってな。まぁーなんだ嫁入り前のお嬢さんの評判を落とすよりずっと良いと思うけどな。なんならオレの嫁さんとしてでもいいけどね」
ベッケラートはそう言って不遜に口元を上げると片目を瞑った。

エリクは驚いたが、ドロテーはしらっとしたままだ。

何かと問題があった≠サれはそうだろうとドロテーは思った。
働いていればベッケラートが普通の医者じゃない事は直ぐにわかるだろう。そうなれば皇子と一緒のようなもので、若ければ女達は夢を見てしまい、年配者なら自分の娘や親戚をまとわり付かせただろうと簡単に想像できる。かと言って実家の召使いを連れて来てもそれに近かったに違いない。皇子宮の女官達でさえそう言う気持ちはあるようだ。しかしバルバラが監督しているからそんな問題は無かったが、こんな個人宅では難しいだろう。

(だからこんな状態になる訳ね・・・権力や地位がありすぎても困るというものかしら?)
ドロテーは小さく咳払いをして言った。

「ご冗談はさておき先生のご提案受けさせて頂きますわ。上流階級から豪商にも顔の広い先生には色々とご協力して頂きたいですしね」
ベッケラートは満足そうに口の両端を上げた。態度と受け答えが気に入ったようだ。

「肝心な所は無視で、むさくなくても全然って訳か・・・まあいいだろう。命を助けた奴らには言うこと利かせるし、利かない奴にはベッケラート家の力でどうとでもしてやるよ」
「まあ、ありがとうございます。先生のご実家はもちろん頼りになると思いますが、一応私これを持っておりますので大丈夫です」
ドロテーはそう言うと鎖で繋いで首にかけていた皇子の指輪を出して見せた。

ベッケラートはそれを見るなり仰天した。

「ちょっ、ちょっと待て!それって皇子の・・・・」
「そうなんです。皇子が彼女に託されまして・・・ですからオレが護衛なんです」
エリクも呆れながら説明した。
(好きな女の為とは言っても迂闊にこんな物を簡単に預ける程、皇子は馬鹿じゃ無い。この只の侍女に過ぎない彼女をそれ程信頼し、信用しているということだ・・・最強だな・・・)
ベッケラートは益々、ドロテーに興味を覚えるのだった。

その後、ドロテーは宿を引き上げる為にヤンと出て行った。エリクと一緒では噂が立つとベッケラートが言うので、ヤンを付き添わせて行かせたのだった。

残ったエリクがベッケラートに探るように問いかけた。

「先生。オレに何か話しがあるのですか?その為に彼女と一緒に行かせなかったのでしょう?違いますか?」
「鋭いな坊や。確かにちょっと話したい事はあるな」
エリクは坊やと言われて内心ムッときたが顔には出さなかった。ベッケラートはいつもそう言うからだ。自分より年下の者は全て坊や∞お譲ちゃん≠ネのだ。
ベッケラートは酒をエリクに勧めながら自分は一口飲んで話しを続けた。

「彼女、えっと・・・ドロテーだったっけ?あの子良いねぇ〜どう?男心くすぐらないかい?征服欲かきたてられるって言う感じ」
「先生・・・まさか・・・」
「坊やもまんざらじゃないと思ったんだがな。どうなんだ?まあそれでも遠慮なくオレはやるけど」
「彼女が好きなんですか?」
エリクは信じられないと言う顔をして問いかけた。

「好き?ん・・・ちょっとまあ気に入ったかな。久し振りに手ごたえのある感じだったから血が騒いでね。知ってるだろう?あの挑戦的な瞳。ぞくぞくする――あの瞳に愛を語らせるまで追い詰めるのが楽しそうじゃないか」
ベッケラートの瞳が底光りしている。
彼はここ数年こんな所で町医者のようなさえない生活をしているが、本当は帝国三大公爵家筆頭の大貴族だ。その地位と際立った容姿のせいもあるが、以前の女性関係は華やかだったと聞いている。しかも次から次へと長続きしないとの事だった。その証拠に未だに特定の女性がいない。

「彼女はティアナ様の大切な友人でもあります。そんな遊びは許されません!」
「遊び?オレはいつも真剣だよ。冷めるのが早いだけでな。人の事言えないだろう?ベルツの坊や?噂は聞いてるよ。まるで前のオレみたいだって言われているんだろう?宮廷の美しい花を摘むのが得意だってな?はははっ、主君の大事な人の友人だから遠慮してる訳?らしく無いな〜一流の花盗み人っていうのは楽しく恋愛して、後腐れなく綺麗に別れるのが常識だろう?何の心配も無い。意外と小心者だったんだな。それか彼女の魅力が分からないかどちらか・・だな?」
ベッケラートのあからさまな煽りにエリクは憤った。

「オレだって彼女は良いと気になっていましたよ!今日なんか特にね!あの気の強さとか、他の女性に無い奔放さなんかに征服意欲が湧いたのは確かですよ!」
「だろう?じゃあこうしないか?もっと面白くする為に競争をしよう。彼女が陥落して城砦の扉を開くのはオレか坊やか。それも賭けで・・・どうだ?」
稀代の名医がまさかこんな遊びを思いつくなど考えられない。
しかし彼は本気のようだ。それならドロテーが彼の気ままな毒牙にかかるよりは自分が口説き落として、無難にかわす方が良いだろうとエリクは判断した。

「もちろん構いませんよ。負けませんから」
結局ベッケラートが勝てばベルツ家所有の貴重な年代物の酒を。エリクが勝てば真珠の首飾りを。
どちらもお金を積んでもなかなか手に入らない代物で競争心を煽る、ちょっとしたオマケが決まったのだった。



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