皇子の贈物6

 
 そんな二人の密約を知らないドロテーは翌日からいい迷惑だった。

(これはいったいどういうこと!)
エリクは昨日より更に拍車をかけたような感じでやけに馴れ馴れしいし、昨日と打って変わって魅力全開のベッケラートが何かと構ってくるのだ。
まるで競うようにあの手この手と言い寄ってくる感じだった。
洗濯物を干しているとエリクが足元にまとわりつく猫のように話しかけてきた。猫と言ってもエリクなら毛並みの良い黒猫みたいだ。

「なぁ〜ドロテー。君ってどんな好み?もちろん男のだよ」
ドロテーは洗濯物をピンと広げながらチラっとエリクを見た。

(なんな訳?さっきからぐだぐだと!)
「殿方の好みですか?そうですね・・・私はハーロルト様かしら」
「ハーロルトだって!」
「はい。真面目できちんとなさってて誠実な方ですもの。とても好きですわ。くすっ、お顔がそっくりでも性格がここまで違うと問題外ですわね。エリク」
ドロテーは唖然として固まったエリクをその場に残して屋内へ去って行った。

 次は休憩で座ってお茶を飲んでいる時にベッケラートがやって来た。
彼はドロテーを上から見下ろすように近くまで寄って来ると、彼女が口に運んでいるカップに指をかけた。その指はドロテーの指にも触れるか触れないかの微妙な位置だった。

「なんですか、先生?」
「ああ、ちょっと聞きたい事があってな」
ベッケラートが邪魔をしているので卓上にカップを戻すことも出来ず、ドロテーは睨むように目線を上げた。

「なんでしょうか?」
彼は切れ長の深海色の瞳を細めると、カップをドロテーから取り上げて卓上に置いた。
そしてそれを弄びながらドロテーの口紅の付いたカップの縁を指でゆっくりとなぞった。その仕草がやけにいやらしく刺激的だった。

ベッケラートはドロテーの反応を見たが不機嫌そうなだけで、いささか落胆してしまった。

「・・・・なかなか堅牢なこった・・・」
「なんですか!」
「イヤなにこっちの話しさ。ところで宮仕えだと色々理想も高くなるだろうが・・・好みはどんな奴?」
(またこの話し?なんな訳、今日はいったい)
さっきはエリクから同じ話があって、彼とは一番正反対のハーロルトの名前を出した。
今度はベッケラートからだ。エリクはふざけ半分でちょっかい出していると薄々感じたがまさか、ベッケラートまでとは思わないが・・・

(先生も私に?まさかね・・・私みたいな小娘を相手にするわけ無いもの・・・)
しかし用心に越したことは無い。
ドロテーは昔からこんな駆け引きは日常茶飯事だった。気立てが良く明るく美人な彼女がもてない訳が無い。少々気が強くてもそこが個性的でお人形のような令嬢達と違って好まれたものだった。だからそんな手管は慣れていた。只一度だけそれにはまってしまった過ちがあったのだが・・・・

ドロテーはクスリと笑って答えた。

「殿方の好みですか?そうですね・・・レギナルト皇子かしら」
「レギナルトだって!」
ドロテーはゴホンと咳払いをした。

「先生、敬称が抜けておりますよ」
「そ、そんなことより、あいつはお嬢ちゃんに首っ丈で!」
「もちろんです。どういう人が好みかと聞かれたから答えただけですわ。誰も皇子とどうかなりたいなんて思っていませんわ。だって素敵じゃありませんか?あの冥神のような容姿に帝国一の剣の腕と冷徹さ・・・お優しいですしね」
ベッケラートはドロテーが他の男を褒めるのが物凄く気に入らなかった。

「冥神?ただ髪の色が似ているだけだろう?それに剣だって皇子だから皆遠慮して負けてやってるに決まってる!性格だって優しいのはお嬢ちゃんにだけで、あいつは我が儘で自己中で傲慢なだけじゃないか」
「我が儘で自己中?それは強い意志をお持ちだからですし、傲慢なのは当然でしょう?皇子なのですから。へりくだった人が皇子でしたら情けないと思いますわ」
ドロテーは自分で言いながら内心笑ってしまった。皇子を今は良いように言っているが自分がいつも言っている事をベッケラートが言っていたからだ。

ベッケラートが一生懸命レギナルト皇子の悪口を並べても、ドロテーがあっさりと良い表現で言い返す。とうとうむきになるのが馬鹿らしくなってきた。

「ああもう良く分かった!レギナルトが好みだってことがな」
「ちなみに先生、宮廷の良い男順位表≠フ第一位も皇子です」
「一位!あいつが!」
昔から密かにその順位表なるものはあった。以前は自分が一位を独占していたものだが・・・・今となっては数年前だというのに遠い昔のような気がしてきた。
がっくりと自信喪失してドロテーの前から退散したのだった。
 その次の日は珍しい客もやってきた。
ドロテーの様子を窺いにきたハーロルトだ。ティアナが心配してよこしたようだった。もちろんハーロルトは本当の理由は知っている。
ティアナの心配はドロテーが元気かどうかだから彼女に会えば済む用事だった。

エリクが外から帰って来ると中からドロテーの軽やかな笑い声が聞こえてきた。それと男の声だ。急いで声のする部屋に行ってみるとその相手はハーロルトだった。
今までそんな風に見て無かったから気が付かなかったが二人はかなり親密な感じだ。

「ハーロルト!どうしたんだ?」
「ああエリク、勤めご苦労。彼女に用があっただけだからもう帰るよ。ドロテーごちそうさま。美味しかったよ。毎日君の淹れるお茶を飲んでいたから当たり前になっていたけれどやっぱり一番美味しいな。早く任務を遂行して帰って来てくれるのを待っているから」
「あら?珍しい。ハーロルト様でもお世辞を言うのですね」
「酷いな、ドロテー。私は正直な気持ちを口にしただけで・・・」
ドロテーの切り替えしてくる言葉にハーロルトはいつも振り回されて返事に困ってしまう。そんな彼をドロテーはまたからかうように追い詰めるのだ。
いつもの事だがエリクにしては何故か面白くなかった。
やっぱり違った感じに見えてしようがないのだ。

ハーロルトはいとまを言って去ろうとしたところで、ドロテーが彼を呼び止めた。

「ハーロルト様、ちょっと」
そう言いながらハーロルトにかがめと手招きして何か耳打ちをした。

自分の目の前で内緒話をされ、堅物のハーロルトがそれを嬉しそうに聞いているのを見るとエリクは腹が立ってきた。

「なんの話しをしている訳?」
ドロテーはエリクのそんな問いかけは無視だった。
手をふって笑顔でハーロルトを送り出していた。
ハーロルトに耳打ちしたのは別に内緒話するような内容では無かった。ティアナが好きそうなお茶がある店があったのでその場所と銘柄を教えただけだった。
昨日の自分が言った件でエリクが顔色を変えているのが面白かったのだ。女なら誰でも自分に好意を持つと思っているやからは一番嫌いなのだ。ドロテーはいい気味だと思った。

 昼すぎにドロテーは庭先で雪かきをしていると次は厄介な人物が訪れて来た。
その人物は非常識にも馬に騎乗したまま庭に侵入して来たのだ。馬上を見上げればやっぱりと思うしかなかった。レギナルト皇子だ。

続いてベッケラートとヤンも往診からちょうど帰って来て皇子と出くわした。門扉で下馬する様子も無くドカドカ中に進入する者を追いかけるように帰宅したのだった。

レギナルトは馬から下りると被っていたフードを後ろへやった。皇子は防寒用の外套を着ているが変装のつもりか地味目の装いで、皇族の印である宝玉の環も外していた。

「皇子のお忍びの格好って初めて見ましたけれど・・・意外といいですね。あっ、これは独り言です!話しかけてませーん」
レギナルトは呆れたように小さく息を吐いた。

「ドロテー、状況を聞きに来た」
「え?皇子がわざわざでございますか?」
「だいたいドロテー、出て行ったまま何の連絡も無いとはどういう事だ」
「宿をベッケラート先生の所に変わったと報告は致しましたわ。それから報告する内容が無かったから仕方ないと思いますけれど?簡単な仕事ではございませんもの。皇子も十分お分かりでございましょう?皇子だって手を焼いたものなんですからね。それでもご心配なら毎日ご報告いたしましょうか?」
次から次へと言葉を並べるドロテーのいつもの口調にレギナルトは黙ってしまった。言っても何倍にも返ってくるからだ。
レギナルトは苦笑いを浮かべながら言った。

「ドロテー、お前の言いたい事はよく分かった。ではまだという訳だな?」
「はいそうですね。近辺の店にはピンと来るものは無かったですけど、近々街で市が立ちますからそれを次に見るつもりです」
二人のやりとりを後ろで見ていたヤンは、隣で同じく面白くなさそうに見ているベッケラートに話しかけた。
「先生、ドロテーさんって凄いですね。あの皇子とあんな風に話すなんて・・・俺なんかいつも皇子が近くにいるだけで緊張してしまうのに」
ヤンの言う通りだ。しかも皇子がそれを苦笑いとは言っても、笑って聞くなんて目を疑うしかない。
ドロテーが好みと言ったレギナルトを改めて観察して見た。
そして無意識に自分と比べているのに気が付いたのだった。
しかしある意味若い娘なら、ぼーとしてもおかしく無いレギナルトに、真正面から物怖じせず対応しているドロテーには正直驚いた。しかも主導権は彼女にあるようだ。

「皇子、お帰りの途中にですね、良い物がありますから是非買ってください。可愛い鉢に植えられた珍しい小さな木なんですけど、室内栽培用みたいで冬なのに緑色していますの。ティアナ様が絶対に喜びますから。あ、それはそうとお金はお持ちですか?」
否、と答えるレギナルトにドロテーが銀貨を一枚握らせた。

「これだけか?」
「皇子、いいですか。買うのは一つだけですよ。一つだけ可愛く包んで貰って下さい。絶対沢山買ったら駄目ですからね!その方がティアナ様は喜ばれます」
レギナルトは最初不服そうだったがドロテーの言い切り宣言に微笑んだ。

「分かった。お前の言うことに間違いは無いだろう。では吉報を待つ」
そう言うとレギナルトは機嫌良く帰って行ったのだった。

ドロテーは見送りながら呟いて笑った。

「皇子って可愛いわ」
「はあーあいつがか?」
聞き捨てなら無いとばかりにベッケラートが反論した。

「ふふっ、先生もそうやってむきになると可愛いですよ」
ベッケラートは未だかつて女性から可愛いなどと言われた事も無く唖然としてしまった。

結局女たらしで名を馳せる二人だったがドロテーに振り回されているようだ。



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