皇子の贈物7

――皇子宮――
レギナルトはドロテーから言われた通りにその鉢植えを一つだけ買って帰った。
銀貨一枚で釣りまでくるような品物など買ったこともなければ当然贈ったことも無い。
本当にこれでティアナが喜ぶのだろうかと心配だった。
手の中の包みを改めて見る。

「・・・・ドロテーが言うのだから大丈夫だと思うが・・・」
レギナルトは心もとなくそう呟くとティアナの部屋の扉を開いた。

奥に視線を向けるとティアナは微笑みながら走りよって来る。いつもの事だった。自分の訪れを心待ちにしている証拠だ。忙しく合えない日もある。
周りに知り合いもいなければ友人もいない彼女にとって昔から比べると本当に狭い世界だろう。
寂しい思いをさせていると思うが今は更にドロテーもいないからもっと寂しいだろう。
それでもティアナは微
笑みを絶やす事は無いのだ。
彼女は何も要求はしないし我が儘も言わない。だから何一つ自分が叶えてやるものも無くそれが返って不安になる。
ティアナは本当に此処にいて・・・自分といて幸せなのだろうかと・・・・

「皇子、おかえりなさい」
レギナルトはティアナの声に、はっとした。
彼女が間近に来て自分を見上げていたのだ。可愛らしく首を傾げて返事を待っている。

返事の代わりにレギナルトはティアナの唇に軽く口づけた。
そして持っていた物を手渡した。
それは可愛らしい包み紙に包まれて中身は見えなかったが、見掛けの大きさよりかなり重かった。
贈物をするとティアナは決まって少し困ったような顔を一瞬する。
以前聞いたらいつも申し訳ないと思うそうだ。まったく困ってしまう。彼女に何かしたいと思う気持ちは日々増していくのにそれが空回りしてしまうのだ。

ティアナは渡された贈物が重たいので卓上に置き包みを開け始めた。これもいつもの事だ。そして微笑んで礼を言う。嫌がってはいないが特別嬉しそうでも無いのが分かる。

レギナルトはそんな考え事をしながら近くの椅子に腰掛けてティアナの作業を見守った。

包みが開いた時、ティアナが声を上げた。それを見つめる瑠璃色の瞳が輝いたのだ。そして振向いた彼女の笑顔は最近では一番の笑顔だった。

「皇子!ありがとうございます!とっても可愛い!大事に育てますね」
「あ・・ああ・・・」
レギナルトの方が驚いてしまった。これほど喜ぶとは思わなかったのだ。
ティアナは早速日当たりの良い場所を求めて嬉しそうに鉢植えを持って部屋を歩きだした。しかもそれに話しかけている。
レギナルトは何だかその鉢植えに嫉妬しそうだった。

(しかし・・・流石ドロテーだ。期待十分だな・・・)
レギナルトは早くティアナのもっと喜ぶ顔を見たいものだと密かに微笑んだ。

 それから数日して街に市が立ったが目ぼしい物は見つからなかった。
ドロテーは少し焦っていた既に城を出てから一週間になろうとしていたのだ。
そんな時、朗報がベッケラートよりもたらされた。

「いい話を聞き込んだぞ!シュルク伯が先日手に入れた紅玉を競売にかけるそうだ。奴のところの鉱山でかなりの物が出たと噂を前々から聞いていたが、それがやっとお目見えするらしい。見てみる価値はありそうだと思うが?」
それは真珠より価値がありますか?」

「さあな。噂だけ大げさなのか見てみないことには何とも言えないが、競売前にお披露目の夜会があるらしいからまずはそれで下見したらいい」
「そうですね。今は色々見るべきですし・・・それに行ってみるわ」
「そう言うと思って招待状は貰ってきてある。一緒に行こう」
ベッケラートは招待状をチラつかせてニッと笑った。

「ちょっと待った!オレも一緒に行く!オレはドロテーの護衛なんだからさ」
間を置かずエリクは言ったが、ドロテーはベッケラートの手から招待状をさっと取り上げるとにっこり笑った。

「お二人とも結構です!あなた達と一緒に行ったら目立って大変ですもの。先生、招待状、どうもありがとうございました。では準備があるので失礼致します」
ドロテーはそう言うと、さっさと行ってしまった。
誰もが喜ぶ宮廷屈指の貴公子の同伴を断る女性がいるとは・・・振られた男達は顔を見合わせて肩をすくめるしかなかった。

 ドロテーは夜会服など必要がなかったから持っていない。
必要経費として取り敢えず用意しようかと思っていたところにその一式が届けられたのだった。
それも今一番人気のドレス店からだ。こんな事をするのはあの二人のどちらかだろう。

「買いに行く手間が省けたからいいけど・・・はあー何これ!」
広げてみた紫色したドレスは細身のうえ肩がまるだしで胸からしか布が無かった。
とてもこんなもの着れたものでは無い。これだと嫌な背の高さや細さを強調するからだ。

駄目だと箱に直しかけた時、部屋の扉を叩く音がした。

「どうだい?ドレス気に入ったかい?」
ベッケラートの声だ。

「お気遣いありがとうございました!でもとても着こなせませんからお返ししますわ!」
「はははっ、そんなこと無いって。絶対似合うって、オレを信じろ!」
「無理です!私は自分を知っています。ひょろひょろと背が高くって胸も無いから、こんなの着たら笑い者です!」
「そうかな?自分を分かってないな。そんなに誰もが羨む体形なのによ」
誰もが羨むとか初めて言われてドロテーは驚いた。
以前ある男からこの体形を悪く言われて傷付いたことがあった。本当だろうか?違っていたとしても頑固なベッケラートは結果を見るまで扉の前から離れないだろう。
ドロテーはしかたなくそれを着てみた。

返事が無いまま扉の向こうでは衣擦れの音が聞こえてきた。着替えているのだろう。
ベッケラートは頃合を見計らって扉を開けた。すると質素な部屋には不釣合いな美女がそこにいた。長い手足を強調する細身の流れるような線を描く紫のドレスはドロテーを美しく飾っている。
誰もが羨むと言ったベッケラートの言葉通りに素晴らしく、本人も驚いたように鏡を見ているところだった。

ベッケラートはその後ろに回りこむと、背中を覆う琥珀色の髪を結い上げるようにすくい上げた。束縛からもれた一束が片方の肩に落ちる。
ドロテーはまるで呪縛にでもかかったように動けなかった。ベッケラートの瞳が鏡越しにドロテーの瞳をとらえて離さないからだ。
彼の深い海の色をした瞳が細められた。

「ほら・・・言った通りだろう?それに髪を上げるといっそう首から肩にかけての線が際立つ・・・そしてこのなめらかな肌を引き立てる・・・」
ベッケラートは耳元で囁きながら空いた手でドロテーの顎から首筋を撫で下ろした。

ドロテーは更に呼吸さえも支配されたかのように息を止めてしまった。
何もかも止まりそうなのに鼓動だけが大きく跳ねている。
そしてベッケラートの口元が軽く微笑んだかと思うと、いきなりドロテーの唇に重ねられたのだった。
その突然の行為にドロテーの呪縛は解け、ベッケラートを振り払い逃れた。

ベッケラートも我に返った。
ドロテーの予想以上の魅力的な姿にすっかり自制心を無くしていたのだ。自分でも呆れてしまった。

(嘘だろう?女を知らない若造じゃあるまいし・・・いったいどうしたんだ?)
ドロテーを見れば気丈な彼女も流石に気が動転している様子だ。
いつも平然としているか怒っているかの顔が、頬を上気させ見開いた瞳が不安気に揺れている。そんな感じも新鮮で何とも言えない気分になってきた。

ベッケラートは今まで本気になったことは無い。いつも遊び半分なのだ。だいたい男を知らない若い娘に手は出さない主義だったが今回はなんとなく始めてしまった。

(・・・まさか本気になったんじゃないだろうな?ははっ・・まさかな・・・そりゃあ気が強くって美人で気が利くって言っても、今までだって腐る程いただろうが・・・)
ベッケラートは自分の考えに呆れながらドロテーを再び見た。
彼女の切り替えも立ち直りも早い。しゃんと背筋を伸ばして部屋の扉を開けて立っていた。出て行けと言っているのだろう。その髪の色より少し明るめの琥珀色の瞳が、怒りに強く輝いている。

ベッケラートは残念そうに肩をすくめると出て行った。

その扉を閉めた途端、ドロテーはへなへなと床に座り込んでしまった。
しかもその顔は真赤に染まっていた。
別に口づけが初めてだった訳でも無いし、今までも強引に迫ってくる男もいたのだ。しかしそんな過去など綺麗さっぱり消えてしまうかのようなベッケラートの手管にまるで抵抗出来なかった。
なんとか追い出すまで気を強く持ったが気を抜いた途端こうなってしまったのだった。
皇子もはた迷惑な魅力≠ニ称されていたがベッケラートは危険な魅力≠セとドロテーは思う。でも自分でも気が付かなかった良さに気付いてくれていたと思うと何だか嬉しかった。
また鏡を覗き込んで見ると知らない自分が映っ
ていた。しかしその自分の後ろにいたベッケラートの姿を思い出すと、再びドキリと鼓動が跳ねた。
肌にそっとすべるように触れた長い指が頭から消えないのだ。

「ああ――っもう!悔しい!もう絶対負けないから!」
ドロテーはそう叫ぶとドレスを脱いだ。
何に負けないと思ったのか自分でも意味が分からなかったがとにかくそう心に誓ったのだった。

 シュルク伯の夜会にはその後エリクから贈られたドレスを着て出席をした。
エリクからのドレスも同じ店から届けられたのだが、ベッケラートが選んだものとは正反対のものだった。あの紫のドレスはドロテーの奥に眠る姿を表に出すものだったが、エリクが選んだのは若い娘が着るに相応しい美しく清楚な雰囲気のものだった。それはそれでとても良く似合い無難なものだ。
しかしその洞察力は経験の違いだろう。ベッケラートのドレスが嫌な訳では無かったが逆に違う自分になりそうで怖い感じがしたのだ。心に湧きあがる何かを無理やり押し込めて蓋をした。それは気づいたらいけないものだし、嫌悪するものだ。

(いずれにしても早く見つけてもとの平穏な暮らしに戻りたいものだわ・・・)
ドロテーは口元に当てた扇子の下で溜息をついた。

 周りを見渡せば流石に貴重な宝石の競売前のお披露目とあって、金持ちの宮廷貴族に富豪や豪商・・・品物が期待通りだったら値はかなりつりあがるだろう。
早くそれがティアナへの贈物として良いのか確認したいが主催者側はまだ公開を引き伸ばしていた。
期待を煽っているのだろう。

ドロテーに寄って来る男達を断るのにも嫌気がさしていた所に、また後ろから声をかけられたのだった。

「ドロテー?ああ、やっぱり」
ドロテーは振向き驚きのあまり扇子を落としてしまった。
目の前のその男は華やかな衣装を着て自分が一番だというような顔をしていた。
そしてその口元が意地悪く微笑んでいる。

「驚いたな。まさか僕を追って来たの?まったくこまるなぁ。君みたいな地方の貧乏貴族がよく此処に入れたね?此処は帝都の伯爵家だよ。君がおいそれと入れる場所じゃないんだよ。それとも誰かに連れて来てもらったの?そんな訳ないか」
ドロテーは真っ青になりながら震える声で聞き返した。

「アーベル・・・あなたこそ・・どうして此処にいるの・・・」
「知らなかったとか言うんじゃないだろうね?僕の妻はコーエン伯爵家の一人娘だよ」
ドロテーとは身分が違うんだと言いたいようだった。

アーベルはドロテーと同郷で彼の家は、貴族といっても名ばかりだったが商売が成功し、その地方では裕福な家だった。
ドロテーはその近所で一番の美人で沢山の申し込みがあっ
たがその中にアーベルもいた。その当時彼は女の子の間では大人気だった。
そのアーベルはあの手この手とドロテーを口説き落とし婚約までこぎつけたのだった。
そしてあっさり破局―――アーベルが宮廷貴族の令嬢に乗り換えたからだった。
その令嬢がどこの誰かなんて知らなかった。
コーエン家は不幸な事故で先代一家が娘一人を残して亡くなっていた。だから今は祖父母とその娘だけだったから事実上アーベルが当主のようなものだった。
そこを狙ったのだろうがドロテーはそんな事情などどうでも良かった。
手酷く振られてもう二度と恋なんてするものかと誓っただけだ。

そんなに昔のことでは無いからその時傷付いた心が悲鳴をあげる。
最初はアーベルが破談の理由として言った自分の欠点を嘆き、事情が分かれば次にこんな男に心をゆるした愚かな自分を責めた。その元凶が目の前にいるのだ。
今ばかりはいつもの強気ではいられなかった。

アーベルは何か思いついたのか、ほくそ笑んだ。

「ドロテー・・・やっぱり君はとても綺麗だね。益々魅力的になって・・・」
「ば、馬鹿を言わないで・・・あなた前言ったこと忘れたの?・・・痩せっぽちとか何とか散々言ったじゃない・・・な、何を今更・・・」
「あれは仕方が無かったんだよ。伯爵令嬢に結婚を迫られて逆らえず言わされたんだよ。でも彼女、退屈でね・・・どう?僕とまた付き合わない?贅沢をさせてあげるよ」
一歩一歩とドロテーとの差を縮めながらアーベルは囁いた。
ドロテーはこの場から逃げたいのに足が動かなかった。

「よ、寄らないでちょうだい」
その時、目の前に誰かの腕が二人の間を遮ったのだった。



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