第一章 目覚め3
![]()

![]()
奇襲をかけてきたベイリアル帝国は主力部隊の謎の消失で力を削がれ、原因が分からぬ今は沈黙し、再攻勢をかける様子は無かった。
しかし慌てたのはベイリアル帝国の侵略を手引きしたカルヴァート国だった。同盟を結んでいながら裏切って、自国からオルセン王国へ軍隊を通した卑劣な行為を犯したからだ。当然、オルセン王国はベイリアル帝国と同等にカルヴァート国を敵とみなすだろう。カルヴァートの国力はオルセンと変わらないから裏切ったとしても大帝国が後ろ盾となり憂慮する事は無かったはずだった。
だが、まさかのベイリアル敗戦で状況は一変したのだ。頼りの帝国は沈黙し返事すら無い。だからベイリアルなど信用するのでは無かったのだと論争されたが、もう後戻りは出来なかった。同盟を結んでいた近辺諸国からは完全に孤立してしまった。
それぞれの国の思惑が交錯する中、オルセン王国の一件は大陸の勢力分布さえも変えようとしていのだ。しかし一番暢気なのはその話題の中心であるオルセン王国に他ならなかった。自国の民でさえも何故助かったのか分かっていないが、今や神格化されている王家がその力を使ったぐらいしか思っていない。魔神の力が無くなって久しいのにも関わらずその信仰だけが生きているのだ。
そして大いなる力を持つ魔神の主が王族とは言っても政権に全く関わる事の無い若い王女だ。その父である王も野心は無く自国の平和だけを願う実に穏やかな性格の持ち主であった。だから魔神を以前のように利用するつもりは無いのだ。
それでもこの数日議会の間に集まった重臣達の意見は分かれるところであった。
「王、ここは一気に裏切りものであるカルヴァートと、世界の脅威であるベイリアルを攻める絶好の機会であると思います」
「いや、待たれよ。隣国のカルヴァートなら分かるがベイリアルのような遠方の地を攻略してその後遠隔統治など難しいと思わぬか!」
「いいや、せっかく恐れをなして沈黙したベイリアル帝国を刺激して起こさなくても良い戦いをする必要は無いのではないか?」
それぞれの論説が飛び出し、その度に同意するもの反論するもの様々だった。しかしついに当然の言葉が飛び出してきた。その者は大きく声を張り上げて言った。
「それならいっその事、我が国が大陸統一をしてしまえば良いでは無いか!」
一同、息を呑んで静まり返った。
王は重臣達を見回し、こんな事になろうかと思い隣室で待機させていたエリカを呼び入れた。その後ろには当然、魔神サイラスが付き従っていた。
他を寄せ付けない、見るだけで戦慄を覚えるその王国の守護者―――
重臣達の視線は、入室して来た王女よりもその背後に立つサイラスに注がれていた。
彼は何を思い感じているのか?その表情は無に等しかったが主のエリカは違っていた。隣室で聞いていた意見に怒っていたのだ。薄紅色の瞳が憤りで紅く染め上がっているようだった。皆の意見はバラバラのうえに、まるで新しい玩具でも手に入れたかのようにはしゃぐ者達。しかも止めが 大陸統一!
(冗談じゃない!ベイリアルの死の軍隊ならまだしも、サイラスに人殺しをしろと言う訳?絶対に駄目!これじゃ昔と同じじゃない!)
王もエリカの怒りは最もだと思っていたが、ここで国の方針を一同にはっきりさせなければならなかった。王は怒りを今にも爆発させしょうとしている娘にでは無く、後ろのサイラスに問いかけた。
「魔神よ、そなたにこの大陸の統一を再び望めばやって貰えるのであろうか?」
エリカは父が言うはずが無いと思っていた言葉を聞いて反論しかけたが制された。
「エリカ、サイラスに聞いている」
エリカは振り向いた。サイラスの金の瞳と目が合った。彼の瞳は何も映して無いようだが、その視線をエリカから外す事は無かった。常に彼女を追い続けるのだ。それが契約と言うものなのだろうか?
サイラスは質問に答えた。その声は静で感情が無く戦慄を覚えた。
「―――主が望むのならば・・・大陸は如何様にも」
王は口元を軽く上げながらサイラスの言った言葉を繰り返した。
「エリカが望めば・・・か。どうだ?エリカ?」
「私が大陸統一なんて望む訳ないでしょ!他国を干渉するよりも自分の国の心配をするべきよ!戦争なんて嫌!サイラスにそんな事をさせたくない!」
最後の方は背の高いサイラスを振り仰いで言った。
「・・・・・・・」
エリカの憤りに揺れるその瞳を受けながらサイラスは黙した。
王は微笑みながら居並ぶ重臣達を見渡して言った。
「と、言う次第だ。守護魔神は主のエリカの望まないものは決してしない。魔神のおかげで侵略は免れて被害も広がらなかった。しかしその爪あとは残っている。それと同じものを他国に付けて良いと誰が許すのか?憎むべきベイリアルと同じものになりたいとは余は思わない。力で凌駕しても強大な力は憎しみを生み、その報いは倍になって返ってくるだろう。今までのわが国の歴史が証明している。臆病だと謗りを受けても構わない。一緒にここまで国を支えてくれた貴公らは分かってくれると余は信じている・・・」
王は静かに語り終えた。彼は若くして王座に就いた。天災で前王と主だった重臣達が亡くなり、発足した新政権は同年輩の者達ばかりだったのだ。経験不足で何度も危機に陥ったが、皆情熱を傾けて弱小ながら争いの無い平和な国に建て直したのだった。苦労を共にしてきた重臣達は王の言葉で昔に思いを馳せた。誰も王に反論するものはいなかった。そしてそれぞれが思った。
魔神の主が野心を持たない、この姫であって良かったと―――
だが他国がこの状況をどう受け取るのかが問題だった。魔神の存在が知れ、それを恐れて王国に手を出さないのなら良いが、反対に伝説を恐れて自国を守る為に団結して攻撃をかけて来る可能性もあった。伝説の魔神が現れたオルセン王国はベイリアル帝国と並び畏怖される存在となるだろう。
暗黒の時代が来たと―――
それを真っ先に思案したのは第一王子のクライドだった。父王を始め国の重鎮達は平和ボケで事の重大さに気が付かないのを腹立たしく思っていた。此方からは何もしない、では済まないのだ。知的で教養が深かった前王妃の面差しに良く似たクライドは眉根を寄せた。そして怜悧な視線を魔神サイラスに向けながら言った。
「王と諸侯らに問う。彼をどう扱うおつもりか?」
クライド王子から発せられた言葉はざわめく場を一瞬にして沈黙させた。
どうするのか?≠サうなのだ。それが問題だった。魔神の存在を告知して我が国が他国を侵略する意思など無い、と言って通るとは思えないのだ。今は周辺諸国と同盟を結んではいるが侵略を開始したベイリアルに対しての処置であって微妙な間柄だからだ。
「大陸を統一する程の力なのだから我が国だけ、その力で守ってもらえば良いのではないか?守護魔神として」
王子の問いかけに対して重臣の一人が発言した。同意する者達が頷きながらざわめいた。
クライドは大きく溜息をついて静まるように手を上げると冷ややかに喋り出した。
「国境に侵入出来ない様に術でも廻らし他国から隔絶するつもりか?それとも進入して来る者らを一人残らず殺して行くのか?彼ならどちらも可能だろうが何れも得策では無い。国境封鎖は我が国からも他へ行くことも出来ず、隔離された状態では国として発展も止まり衰退して行くのは手に取るように想像出来る――自衛手段は結局、綺麗な言葉で飾ろうとも戦争と同様・・・・」
王子の侮蔑がにじむ言葉に再び皆は沈黙した。
静まり返った重臣達を見回しながらクライドは続けた。
「それともう一つ。王家の規範により魔神の主であるエリカが王位を継ぐ」
居並ぶ者の誰よりもエリカが飛び上がって驚いた。
「クライド兄様!何馬鹿な事言っているの!そんなのありえない!」
「いや、エリカ。クライドの言う通りだ。次代と言うよりも既にお前が王なのだよ」
「お、お父様まで・・・そんな馬鹿な話がある?言っている意味が理解出来ないわよ!」
王は娘に課せられる使命を思い哀れんだ。
王国の守護魔神を使役出来るものが王国の主となる―――
これは代々受け継がれた決まりだった。当然だろう。最高の力を持つ者が王国を統べるのは理に叶っているのだ。だから代々の王家は継承者にのみ魔神を使役する秘儀を伝えてきたのだ。王の証は傍らに立つ魔神だった。ところが今回は予期せぬ契約が結ばれてしまった為に、兄達を飛び越えて王女であるエリカが王となる訳だ。今まで政務に関係なく大事に育てられただけの王女に、王家の誇りはあったとしても国を治めるだけの知識はもちろん、心構えさえ持っていないのだ。重臣達もエリカの意見に賛成だった。そんな馬鹿な事など承認出来ないと―――
「お父様!黙っていないで説明して!」
王は頼りになる息子クライドと沈痛な顔で目を交わしその重い口を開いた。
「魔神サイラスよ。もしこのまま余が退陣せず王権を持っていたらどうなる?もしくは王子クライドが王となった場合は?」
エリカは憤った。
「何故?サイラスに聞くの!」
王はエリカの言葉に耳を貸さず、魔神の金の瞳を強く見つめた。
王家に伝承される魔神にまつわる数々の記述。それによれば・・・・
「魔神よ。どうなる?」
サイラスは弧を描くように腕を上げ、王を指差して答えた。