第二章 隷従の魔神2
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「そう――っ!何をするの!」
そうよと答えようとするエリカの口をデールと呼ばれた少年が手で塞いだのだ。
「馬鹿女!そんな事を命じたら我が君がどうなると思うんだ!気に食わないが主であるお前を守護するのが第一優先なのに、その命を奪え、なんて言ったら・・・」
デールはそれ以上言えなかった。考えるだけでも恐怖したのだ。
「あ・・・」
エリカもぞっとした。
そうだった――自分の愚かさと弱さを呪う余りに簡単に逃げ出そうとしていたのだ。
本当に自分は愚かで馬鹿だった。
そして卑怯者だ!他人が犠牲になると知っても命じたかもしれなかった。
利己的な自分が心の奥底にいるのが分かる。ニーナが死んで悲しくなりたくない自分が・・・・
「ごめんなさい・・・私は醜く愚か者よ。サイラスの言う通り・・・それを知ってもニーナを助けてと言ったかも・・・こんな愚かな私はやっぱり王になんてなれない――」
エリカは立っていられなかった。冷やかに見つめる魔神の足元に崩れるようにしゃがみ込むと声をあげて泣き出した。
「自分を愚かだと言う王は自分を良く知り、他の人々を深く愛する事が出来る王となる。それに人々は慕いついて行く・・・」
「えっ?」
サイラスの少し優しげな声音で囁かれたと思ったら、ふわりと抱きかかえられた。
そして、涙でグシャグシャになった瞳に軽く口づけられた途端、急に睡魔が襲ってきて彼の腕の中で意識を手放してしまった。
「エリカ!」
急に大人しくなった娘を心配した王は名を呼んだ。
「大丈夫だ。神経が高ぶっているから眠らせただけだ」
そう魔神が答えると、彼は腕の中で眠るエリカに微笑みかけたようだった。
その表情に周りは驚いた。先ほども微笑んではいたが種類が全く違うのだ。
それはまるで―――
(魔神・・・・・まさか?)
王は思いを払うかの様に頭を振ると、
「魔神よ。先ほどはエリカに大切な事を教えてくれて感謝する。そして我が娘を救ってくれた事も・・・それによって犠牲となった者に何を償えばいいだろうか?」
「馬鹿女の父親もやっぱり馬鹿?」
「お前!先ほどから無礼な!父や妹を侮辱するなど許さん!」
「デール!」
サイラスの一言でデールは飛び上がった。恐る恐るサイラスを見上げながら口は動いていた。
「我らは我が君を慕い従う者・・・ある日突然、我が君の気配が消えてからは我らの永い時の流れでさえも永く感じていた・・・それが突然、我が君からの召集。久方ぶりのその命に我らは歓喜し通じた狭き道に競ってやって来た・・・」
「競って?自分の命を取られると知っていて?」
デールは瞳を輝かせて続けた。
「もちろん。我が君の望みを叶えるのが我らの喜び!お前達に哀れんで貰う必要など無いんだ。今度こそ俺が、と思っていたのに全く・・・」
命は命で購うのは分かった。それも話から想像するには誰でも良いのでは無いらしい。それなりの均衡がいるようだった。
いずれにしても魔神は命さえも操る事が出来るのだ。時の王達が彼を使役し続けたのも想像できた・・・
エリカの様に使われた命の代価を悲しんだ王がどれだけいただろうか?ただ従うだけかと思っていた魔神が主を諭す行為に出るとは思わなかった。
それは何時の時代もそうしていたのだろうか?
それに耳を貸す王がいたのなら歴史は変わっていただろうが・・・・・
王は部屋から出て行こうとする魔神に後ろから声をかけた。
「エリカを頼む」
サイラスは一瞬歩みを止めたが、振り向く事なく答えずに扉の向こう側に消えて行った。その後を素早くデールが追いかけて行たのだった。
翌朝、大きな背伸びをしてエリカは目覚めた。
そして大きなあくびも追加したところで、瞼を開いた目の前にサイラスが座っていたのだ。
息を呑んだ!
大間抜けな顔で大あくびをしたのを見られたのだ。しかも寝顔まで見られて?
「な、何!サイラス!何で此処にいるの?」
「早く支度をしてもらおう」
サイラスは答えとは違う応答を淡々とした。
「ちょっと、サイラス私の話を聞きなさいよ!」
「お前こそ放せ!」
またもや突然現れた銀色の少年にエリカは驚いた。何処から入ってきたのか?
「放せって何?」
「お前が持っている我が君の袖だ!」
エリカはチラリと手元を見た。
「えっ?あああぁ―――っ!ご、ごめんなさい!」
しっかりとサイラスの袖裾を握り締めていたのだった。
「ま、まさか・・・一晩中?」
怒った顔のデールが、そうだ、と言っていた。
「ご、ごめんなさい!」
「だから、放せって!」
謝りながらもしっかりと握り締めていたエリカは弾かれるように手を放した。
だけど何故このデールと呼ばれている少年が此処に留まっているのかが疑問だった。
「サイラス。この子はあなたの何?」
サイラスが答える代わりにデールはくるりと回ったかと思うと、ピタリ、と止まり優雅に一礼した。
しかし驚いたことに、その姿は髪と瞳の色は同じだが歳を重ねた青年だった。
「私は空の王である我が君の第一の側近。デール」
「空の王!サイラス、あなた王様なの?王様なのにこの世界にいて良い訳?」
「馬鹿女!お前がそれを言うのか――っ」
「もう!何?あなたに聞いてないでしょう?身体が大きくなっただけで中身は子供のままね!」
「何を――っ言わせておけば抜け抜けと!お前こそなんだ!王女の癖に口が悪過ぎる!」
「ほぉ〜ら、そんな所が子供だと申しますのよ」
「この――っ」
「デール、大人しくしなければ・・・分かっているだろうな?」
デールは気の毒なくらい一瞬で蒼白になり、元の少年の姿に戻った。
結局このデールと呼ばれるあちらの世界の住人は無理やり居座ったのだ。
此方の界とあちらの界は容易く行き来出来ないらしい。
出来る力を持っているのは限られた者だけでしかも界の均衡の為、何度も出来ないらしいのだ。
「大きくなったり、小さくなったり・・・いったいどっちが本当の姿な訳?」
エリカの疑問に思った事が声になっていた。サイラス達の世界は不思議に満ちている。
(不思議?そうだ・・・私の浅はかな願いで散らしてしまった見知らぬ人の命・・・)
「私・・・どうしたら償えるの?」
デールは、またか、と思った。この娘にしても父親にしても可笑しいとしか思えなかった。
至福の中で死ぬ事が出来た同胞に嫉妬は覚えても、この人間達が思うように悲しむ必要など無いからだ。それに・・・
「そんなに哀れむ必要なんか無いって言っただろう。我らは滅多に死ぬ事は無いが死んだら最後、消滅だから何にも無い。だけど命の代価を払った奴はこの人界で限りある命だからからこそ許された、転生の輪に組み込まれるんだ。何度でも繰り返し生を受ける・・・」
「転生?何度でも生まれ変わる?」
「そう。だけど前世の記憶なんて無くなるらしいから、それが無いなら有り難さも無いようなもんだけどな」
馬車の中、エリカはデールとのやり取りを思い出していた。
生まれ変わると昔の記憶が無くなる―――
記憶が無い?
では自分が時々何度も夢で見るものは何だろうか?と、疑問に思った。
ただの夢だと思っていたが気味が悪い程繰り返し同じものだからだ。
それは現実味の無い夢幻の類では無く、まるで本当に体験したかのようなものだった。輪廻転生を信じているから生まれ変わる前の記憶か?と、なんとなくそう思っていたのだが・・・
―――頭上に降り注がれた見た事が無い種類の花びら。
恋人だろうか?心が騒ぎ、ほのかに熱くなるのだ。
舞う花びらで顔がハッキリとしないが、その花を撒いて微笑む彼の瞳は良く見えた。
それは晴れ渡った空の色だった―――
その夢を見た後は何故か涙で枕が濡れていた。
悲しい思い出とは思えないのだが何故か何時も泣いているようだった。
エリカはふと、思い出してしまったその胸に広がる悲しみを押さえ込むように、右手で反対の手首にはめた腕輪を握りしめた。
その腕輪は出立の前に父から贈られたものだった。
無くなった王冠の代わりに、今まで王が使用していた冠に嵌め込まれていた宝玉を腕輪に細工し直したものだ。
それは空色の宝玉だった。何処までも続く青い空の色―――
父が言った。
『これは、今は無い宝冠の代わりに何時も王として戴いていた王の証だよ。本当の証が見付かるまでこれを証とするが良い。そなたはもう王なのだからこれを持つ重さを常に考えて行動しなさい。オルセン王国は何時もそなたと共にあり、そなたを見守っている・・・』
(お父様・・・私はこの腕輪がとても重く感じるの。気を抜くと手首が折れそう。でも、自分が出来る事は最善を尽くすわ)
エリカは再び腕輪を強く握り締めて、頭を上げた。
馬車の中には侍女のシェリー。
彼女一人いれば十人の侍女を連れて行くのと大差無いと云われるぐらい有能だ。
そしてサイラスは魔神であることを隠し護衛官の真似事をしている。
変装も完璧で優雅な長い黒髪は短くなり、黄金を固めたかのような瞳は薄い茶色となっていた。
姿だけでも変われば随分雰囲気が違って、魔神の持つ独特な存在感を隠してくれたようだ。
更にデールと呼ばれるサイラスの世界の住人。
彼は少年なのか青年なのか定かでは無いが、あちらの世界では見かけ年齢など自分の好みで幾らでも変化出来るらしいのだ。
そこで彼は此処では少年と決めたようだった。
彼は嬉しそうにサイラスを見つめている。永年、目覚めの時を待ち望んだのだから当然だろう。
それもオルセン王国の歴代の王による独占は、彼らにとって屈辱でしか無かっただろうと思う。
時折自分に見せる憎しみに満ちた瞳が物語っている。
それもそうだろう今も大事な主を隷従させていたのだから・・・・魔神を支配し栄華を築いた先人達。彼らの行なった罪をどうしたら償えるのだろうか?