第三章  海 神 2


 出航して数日―――
さすがにエリカは退屈で堪らなかった。
何処までも続く単調な海原を眺めながら大きな溜め息をついた。
人々がエリカに笑顔で声をかけながら通り過ぎて行く。その人々は当然ながらこの軍船の兵士達だ。気さくなエリカはすっかりこの船に馴染んで皆から親しまれていた。
グレンも其処を通りかかった。この軍船に同乗しているバイミラー提督と一緒だった。
今回はただの出迎えと云う任務の為、艦隊を率いていないが提督がこの船を指揮して来たようだった。
その堂々たる提督のグレンへの低姿勢な態度をみれば、彼がシーウェル王国においてかなりの身分だろうと推測された。

そのグレンが船の縁にもたれかかっているエリカを見とめると微笑んだ。

横にいたバイミラーは目を見開いて驚いていた。珍しいものでも見たような表情だった。

「姫。ずいぶん退屈そうですね。もう船の探検は飽きられましたか?」
エリカは未だにグレンを見ると落ち着きなくドキリとする。

「そ、そうね。色々試させて貰ったけど後は大砲を撃ってないだけかしら?」
「はははは、大砲ですか?お望みなら撃ってみましょうか?丁度良い島が見えるし」
「だ、駄目よ!怖いこと言わないで!」
「冗談、冗談ですよ。姫」
冗談と言いながら笑うグレンを、バイミラーは横目で伺いながら思っていた。
彼の冗談?冗談で済んだ事があっただろうか?恐ろしい―――と。

島と聞いたエリカはその島影をとらえようと、身を乗り出しながら背伸びして遠くを見ようとした。しかし、足元がぐらついて海に落ちかかった。
驚く間も無くサイラスが彼女の腕を捉え無言で引き戻した。

「ありがとう。サイラス」
グレンは再び遅れをとってしまった。自分の方が彼女に近かったのにだ! 密かに舌打ちした。

サイラスはエリカの腕を放すと、声をかけるのでも無くさっさと後方へ戻って行った。やはり冷たいとしか思えない態度だ。

「姫。サイラス殿は昔から貴女の護衛を勤めていたのですか?」
「えっ?まぁ〜前からと言うか・・・最近と言うか・・・私専任になったのは最近かしらね」
「そうですか。しかし護衛官と云う雰囲気では無いですね」
エリカはドキリとした。そのエリカの様子を伺いながらグレンは続けた。

「誰かに従うような感じに見えない。従者もいるし・・・彼は何者ですか?」
デールの設定には無理があったけれど彼がサイラスの言う事しか聞かないから仕方が無かった。
それよりもサイラスは姿を巧みに変えても隠し切れない気が満ち溢れている。
こればかりはどうしようにも無い―――確かに誰かに傅く雰囲気では無いのだ。

「えっと・・・彼はそう、今回は護衛をして貰っているけど本当はオルセンでは指折りの名家の出身だからそんな風に見えるのよ」
エリカの取ってつけたような話にグレンは納得いかないが、二人の関係が曰く付きなのは確かだと思った。それに気になった。サイラスの彼女に対する態度が無関心で冷たいのにエリカの一挙一動から目を離す事が無いのだ。しかも時折差し出される手に優しさを感じるのは思い過ごしだろうか?

「成程。では、差し詰め姫の夫候補でもあるとか?」
「な、何言っているの!」
「驚くこと無いでしょう?有力な家の若い男はだいたい王家の花婿候補に名を連ねるものでしょう?そうかと思っただけですよ。姫も沢山の候補者がいらっしゃいますでしょう?まあ、今回は政治的な兼ね合いで我が国へ出向かなくてはならなくなったのでしょうが」
「私に夫候補なんていないわ。だからって、シーウェル国王の妃選びにホイホイ誘いに釣られて来た訳でも無いわ!私、興味は無いもの」
「興味が無い!自慢では無いですがシーウェル王国ですよ。これ以上の縁談は望めないでしょう?そうで無いのならどのような目的で?」
グレンは表向き驚いた表情を見せたが本心は冷静だった。彼の空色の瞳は油断無く光っていた。

エリカは困った。下手な作り話をしても鋭い彼は見抜いてしまうだろう。

「私の方こそシーウェル国王にお聞きしたいわ。この時期に何故、こんな事をされるのかを?馬鹿げているとしか思えないわ」
「手厳しいですね。では何故?姫はこの馬鹿げた招待を受けたのですか?」
答えない代わりの質問だったが逆に返されてしまった。
やはり下手な嘘は通じない様だ。
それならば正直に言って協力して貰うのも一つの方法かと思えた。
「実は宝玉を探しているの・・・」
「宝玉ですか?」
意外な答えにグレンは少し驚いた。

「そう・・・大切な国の宝なのだけど事情があって流出してしまったから探しているのよ」
「しかし、王女自ら探しに行くなんて余程の代物ですね。どう云うものですか?」
エリカは言っていいものかどうか迷ったが重い口を開いた。

「それは魔神の瞳≠ニ云われている宝玉なの・・・・」
「魔神!魔神の瞳≠ワさかあの伝説の魔神縁のものなのですか?」
「そうね・・・そうとも云われているわ」
「しかし、何故そのような秘宝が流出してしまったのですか?」
「それは色々あったみたいだけど最近の話では無いから探すのが難しいのよ・・・」
エリカは歯切れ悪く答えた。

グレンは考えた。ベイリアルの魔の手からの奇跡の回避は非常に興味深い事だった。恐らく各国もこの話題には興味津々で探っている最中だろう。
オルセン自体もともとガードが固くて実態が掴み難い国なのだ。
現国王は温厚で親しみ易いとの評判だが以外と侮れず、二人の息子も堅実で切れ者の王子と、父王と同じく人当たりが良いのに騙されてしまいがちだが油断なら無い王子がいる。
その彼らがこの情勢の中、王女を出してまで探させる宝玉とはどう云う役割なのか?先日の奇跡に何か関わりがあるのか?
グレンはその奇跡の話を探りたかった。それは大陸の覇権を左右する重要な事柄だからだ。ベイリアル帝国とシーウェル王国、いずれはその覇権をかけた戦いが生じるだろう。
それにオルセン王国が参入するのか?オルセンは伝説の力が無くても信仰と云う力がある。
だからベイリアルは近隣諸国を飛び越えてオルセンを狙ったのだろう。
オルセンを制する者が勝利すると信じられている。

「では、姫は各国の国自慢の姫君達がその宝玉を持参しているかも?と思っているのですね。もしくはその噂を聞きたいと?」
エリカは頷いた。正直に話して良かったものかどうか今でも迷うところだがグレンには話しても良いような気がしたのだ。

「正直、残念です。王も貴女とお会いすればきっと気に入られたと思いますが、その気が無いとは・・・しかし、その話は此処だけにして下さい。そうで無いと招待の意味がありませんから帰って頂かなくてはならなくなりますから」
「あっ!それは困るわ・・・私って馬鹿ね。正直に色々と喋ってしまって・・・」
グレンは本当に困った表情のエリカが可愛く思えた。
くるくると表情を変える彼女は王女という身分を忘れるぐらい無邪気で可愛らしいのだ。

彼女を安心させてやりたかった。しかも自分を信頼させたいと思った。

「姫、申し上げましたでしょう?此処だけの話にしましょうと。内緒です。その宝玉を一緒に探しましょう」
エリカの表情が一瞬のうちに明るい笑顔に変わった。

彼はそれが見たかった。

「では情報その一です。姫からその宝玉の名を聞いて驚きました。シーウェル王は隻眼なのですが、その隠された目は何故か魔神の瞳≠ニ云われています。」
「えっ、本当?でも・・・見せてと言って見せて貰えるかしら?」
「そうですね・・・王は滅多にその隠しを外されないからどうでしょうか。だけど姫が気に入られれば願いは聞いて貰えるのでは?」
グレンは彼女の反応が楽しくて少し意地悪く言ってみた。
結局、目的が違うのに妃候補として気に入られろ、と言う意味なのだ。

しかしエリカはポンと手を叩くと無邪気に笑った。

「そうか!お友達になれば良いのね!それなら自信があるわ」
「嫌、そういう意味では無くて――」
後方で会話を聞いていたデールは、やっぱり馬鹿だ、と溜め息混じりに言い、シェリーは額に手を当て、頭を振っていた。

サイラスは何を思っているのか分からない相変わらずの無表情だった。

「ねえ、グレン。王様ってどんな人?」
「どんなお方だと思われますか?噂ぐらいはお聞きでしょう?」
「知らないから聞いているのよ。それに私は噂なんか信じないの。自分で見て聞いたものしか信じ無いのよ。でもそうね・・・こんな時期に呑気に自分のお嫁さんを探しているなんて呆れたけれどね。本当にそれだけが目的なら貴方達がちゃんと言ってあげないといけないわよ。でも、違うのでしょう?」
(流されるまま何も考えない深窓の可愛いだけのお姫様ではないらしい)
グレンは真意まで答えるつもりは無かった。

その時、空の遠くで雷鳴が轟き始めた。暗く立ち込める黒雲の間からは光の矢が降っている。風も少し強くなってその雲を此方へ運んで来るようだった。

急に変化しだした天候にエリカは空を見上げ顔をしかめた。

「何?急に?」
グレンも空を見上げたが気にする様子では無かった。

「海上での天候は変わり易いから・・・でも大丈夫です。我が国は海神が守護してくれるから船に被害が及ぶ事は無いのです」
海神≠ニ聞いてエリカは驚いた。

シーウェル王の目が魔神の瞳≠ニ云われているのは自分が探している魔神の瞳≠ナは無く、オルセンと同じように魔神との契約で使う別物?

「海神!それは魔神と契約していると言う事?」
エリカはサイラスを振り返って見た。
彼の表情は変わらない。デールはそんな馬鹿な事があるものか、と言うように肩を竦ませた。

「契約?ああ、オルセンの魔神は契約していたのでしたね。それ程の力はありません。王しかその姿を見た事が無いのですが、ましてオルセンの様に自由に使役する事など出来ません。しかし加護があるのは確かです。魔神の気まぐれでしょうがね。それゆえ海での我々は無敵なのです」
グレンの瞳が不敵な色を湛えて光った。かなりの自信なのだろう。
しかし、その話とは裏腹に真上の空は黒雲が垂れ込んで風が一層強くなり海が荒れ始めたのだ。船を呑み込むこの様な大きな波と落雷が襲いかかってきた。

「まさか!」
グレンの顔色が変わった。その表情から察するに本当に彼が言っていた事はかなりの自信と確信があったと伺えたが―――
しかし波が容赦なく船を大きく揺らしている。
海神の加護≠ヘ本当にあるのだろうか?エリカは荒れる海を見つめた。


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