第四章  隻眼の王1


 ―――約一週間後、ようやくシーウェル王国に到着した。

嵐の海で人命の被害は出なかったものの怪我人は多く、貴重な食料や水などが流れて損害を受けていたのだった。あと少しで本国に到着とは言っても大変だった。エリカは殆ど水や食料を口にする事なく病人に分け与え、寝る間も惜しんで献身的に看病した。着替えるドレスも無く華奢と云えば聞こえが良いが痩せっぽちの身体が更に貧相になった感じだった。
それでも笑みは絶やさなかった。明るく笑い、病人を元気づけていたのだ。

皆が口々に言った。着飾った姫君よりこの姫が一番綺麗だと―――

バイミラー提督は横に立つグレンに言った。

「実に素晴らしい姫君ですな。感服いたしました」
グレンは答えなかった。馬鹿らしい謀り事だったが大きな収穫だと思った。異性の笑い声がこれほど心地良いものだとは思ってもいなかった。何時までも聞いていたい気分だった。
ふと、気になる護衛官を見る。彼もそう思っている一人だろう。
自分の視線に気付き、その突き刺さるよう視線を返していた。


 到着した港でグレンはこの数日を振り返っていたのだ。

船から降りだしたエリカを見た。海水を浴びて湯浴みする事も無かったその姿と、よれよれのドレスは王女とは呼べない見っとも無いものだった。
出迎えた民衆は一瞬黙ってしまった。しかし彼女の背筋を伸ばして凛とした姿は王女としての風格を十分に醸し出していて民衆は我に返って暖かく迎えていた。

グレンは急ぎエリカの横に立ち先導し始めた。

歓迎の花々が頭上から降り注いだ。
赤に青、紫、黄色、薄紅・・・・見た事無いような花びらが空を舞った。

横でグレンがエリカの方を向き微笑んでいた。

赤に青、紫、黄色、薄紅・・・・

(あっ!)
あの夢と一緒だった。花びらで顔が良く見えないが、空色の瞳だけが花びらの隙間から見え隠れする。
やはりグレンの瞳はあの夢と全く一緒だったのだ。
どうしてなのかエリカは分からないが最初に見た時よりも瞳の輝きが違っていた。
エリカは全く気付かないがグレンの気持ちが変わってきたから当然だった。
涙がまたこぼれそうになり、思わずサイラスの腕にしがみ付いて瞳をきつく閉じた。
すぐさまデールが抗議してエリカを引き剥がそうとすると、エリカはデールの胸に飛び込んだ。
驚いたのはデールだった。

「お、おい!何するんだ!」
「煩いわよ!黙って!サイラスにしがみ付いたら怒るんでしょう?ならあなたを貸しなさいよ!」
声が涙声だった。
意外な展開にデールは困り果てた。グレンとサイラスからは何とも言え無い視線が向けられるし・・・・

移動の為に乗せられた馬車の中でもエリカはデールから離れず、彼の胸から顔さえ上げなかったのだ。馬に騎乗して先導するグレンからは睨まれ、それは良いとしても、

「我が君。これはその・・・自分のせいではありませんので・・・この馬鹿女が―」
シェリーがそれを聞いてギロリと睨んだ。
デールは行き当たりばったりの話をするエリカと違って理路整然と話すシェリーが苦手だった。

デールは無言のサイラスとシェリーに囲まれて無い筈の寿命が縮む思いだった。

 結局、王宮の一角にある滞在する居室に案内されるまでエリカはデールから離れなかったのだ。
しかも、デール以外全員退室させられてしまった。もちろんサイラスもだ。
その場から動こうとしない彼をシェリーが引っ張って行った。

二人だけになった途端、エリカはいきなりデールを押し倒した。
か弱い女の力で倒される彼では無いが突然の事で見事に押し倒されてしまったのだ。
そのショックに声も出ないデールにエリカが早口に喋った。

「デール教えて!生まれ変わっても身体的に昔と同じに生まれるの?ううん、同じ瞳とかになる?」
「な、なんだよ!いきなり!散々、迷惑をかけた後にそんな質問かよ!」
「答えてよ!あなた詳しいでしょう?」
デールはいきなり意味不明な事を言い出すエリカを払いのけようと思ったが、彼女の必死の様子に観念して起き上がりかけた身体を再び床に投げ出した。

「おい、落ち着けよ。何がどうなって、そう言う事を聞きたいのか順を追って話せよ。全く、女がする事か?男を押し倒してよ」
「ご、ごめんなさい」
エリカはデールの腕を引っ張って起き上がらせて座らせると、その真ん前にちょこんと座った。

「で?何?」
「あのね・・・私何時も夢を見るの――たぶんそれは前世の記憶だと思うのよね。その記憶に顔は分からないけれどそれは見た事も無いような空色の瞳の人がいるのよ」
「空色の瞳?それって」
「そう!グレンと同じ瞳なの。しかも今日はその夢と同じような場面に遭遇して確信してしまったのよ。降り注ぐ花びらの中で見える空色の瞳。ねえ、それって彼は夢の人の生まれ変わりなの?それとも只の偶然と思う?」
空色の瞳。確かにグレンを見た時、自分でも驚いた。
あまりにも似ていたから・・・・

しかし、それは―――
しかも、そんな夢を見るエリカとの関係はいったい―――

彼女の薄紅色の瞳を見た。

(やっぱりそうなのか?)
ある程度予想していた事が確信へと変わった。

「ねえ、聞いているの!デールったら」
デールはゴクリと乾いた唾を飲み込んだ。

「ああ、魂が生まれ変わるだけだから同じ顔形になるわけじゃないけど、心を映すと云われる瞳は同じ特徴で生まれる場合が多い・・・」
(そう、あんたのように―――)
と、デールは心の中で呟いた。

エリカは大きく瞳を開いて彼が答えてくれた言葉を反芻した。

「おい、だけど偶然の一致と云うのもあるから気にするな。運命まで前世と一緒じゃないからな。そんなんじゃ生まれ変わる意味が無いだろう?」
「そ、そうよね。デールって嫌な奴かと思っていたけど本当は優しいのね。ありがとう」
エリカはそう言うと彼に抱き付いた。

デールはバランスを崩して再びエリカと共に床の上に倒れてしまった。

「おい!馬鹿!」
と、言いかけた時に扉の開く音がした。

入り口に立つのは当然、サイラスだった。冷めた瞳で、床で抱きあう二人を見下ろしていた。
最悪だ―――

(我が君。誤解です)
と、言いたかったが声を出すのも勇気がいる程、主の目線が恐ろしかった。

その日はデールにとって受難な一日だった―――

そしてその夜には国王から見舞いとして数々の品が届けられた。嵐で全て流されてしまっていたからだ。特にドレスは寸法も色もどれをとってもエリカにピッタリだった。まるでエリカを見た事あるようにだ。たぶん、グレンが手配したのだろう。

 翌朝、早速グレンが迎えにやって来た。
本来なら到着早々、シーウェル王に挨拶に伺わなければならなかった。
しかし嵐で散々な格好だったし、エリカがあの調子だったから今日になってしまったのだ。
彼女達の与えられた部屋は王宮でも国王の住まう後宮に近かった。
いわゆる王宮でも中心部であり、他の姫君達よりかなり良い待遇のようだった。

年中温暖な南国気候のせいか王宮は開放的な造りで、何処から何処までが部屋なのか回廊なのか区別出来ないような様式だ。
そのせいかエリカ達一行が通る度に、あらゆる所から視線を感じるのだった。
それは当然だろう。最後に到着したのは今話題のオルセンの王女で、出迎えの護衛船は軍の最高司令官であるバイミラー提督が指揮。見舞いとはいえシーウェル国王直々の贈り物が山と積まれ、後から来たのに最高の部屋を与えられたとあっ
ては他の姫君達からしたら面白く無いところだ。
だからエリカ自身の値踏みをしている様子らしい。侍女達と密かに耳打ちして笑う者もいれば、あからさまに主人に代わって中傷的な言葉を投げかける者達もいた。
エリカは気にする様子も無く無視していたし、サイラスも同様完全に無視状態で、グレンは言ったもの達を確認するかの様にチラリと視線を流すだけだった。

ところがデールは怒って悪態つきながら睨み返していた。
自分が言うのは良いが他人がエリカの悪口を言うのは許せ無いらしい。

エリカはその様子に思わずふき出した。

「デールも何時も言っているじゃない?」
「はん?オレは良いの。他の奴が言うとムカつくんだよ!」
「変なデール」
「おいっ!笑うなよ!お前が笑うと馬鹿にされているようでムカつくんだよ!」
「あはははは、もう〜駄目。デール、おかし過ぎるんだもの」
身をよじって笑い始めたエリカに悪態をつきまくるデールは、まるで子犬がじゃれ合うような感じだ。

グレンは羨ましげにその二人を眺めながらサイラスに話しかけた。

「姫は貴殿の従者がお気に入りのようですね。昨日といい今日といい・・・どういう関係ですか?失礼ですが貴殿が姫の本命と思っていましたが、もしかして彼が?ですか?」
サイラスは問いかけるグレンを一瞥したが答える様子は無かった。

グレンは肩を竦ませた。

「まあ、良いでしょう。では、貴殿には知ってもらいたかったので申し上げますが、私は本気です。言っている意味はお分かりですね?」
「・・・・・・・・・」
サイラスは無言で瞑目しただけだった。そして心の中で答えた。

(いつの時代も過ぎ行く時を只見つめるだけだ。いつの世でも目覚めない彼女の微笑みを只見つめる―――繰り返し、繰り返しその輪が回る限り・・・・・)
そして開いた瞳には深い孤独と葛藤が映し出されていた。
なんと孤独な魂なのだろうか?
グレンは人では有りえない絶望的な孤独を彼から感じた。思わず背筋が寒くなる様だった。
しかしサイラスがエリカに視線を戻した時は彼から感じられていた、凍るような感覚が跡形も無く消え失せていた。

(やはりそうなのか・・・)
この男は彼女を愛しているのだ、とグレンは思った。自分が今同じ気持ちだからそう感
じるようになったのだろう。
(だが、孤独なのはお前だけでは無い―――)
中傷を気にする事無く明るく笑っているエリカをグレンは想いを込めて見るのだった。

今から王と謁見するというのに何の気負いも緊張さえも感じられない。興味が無いと言ってはいたが本来そういう性格なのだろう。
臣下や国民から愛される存在。愛され過ぎるから逆に自分の恋愛には疎そうだ。

(恋には試練が付き物か・・・・)
グレンは最近芽生えた自分の感情に呆れながら歩を進めるのだった。

そして定刻どおりに謁見の間の控え室へ到着し、取次ぎの為にエリカ達の側から離れた。
それから迎えに来たのはグレンでは無かった。
エリカは一抹の不安を感じた。この見知らぬ国でグレンだけが頼りだったからだ。
心細い思いを感じながら次々と開かれる扉をくぐって行くと、最後の扉の向こうに彼はいた。
振り向いて微笑む空色の瞳を見ると、ほっと安心した。

「どうぞ姫。シーウェル王をご紹介します」
そうだった!王との謁見だったのだ。

エリカは玉座を見上げた。
オルセンとは比べものにもならない壮麗で豪華な王の間は、それに相応しい玉座が一番奥の中央に据えられていた。それに座するのは当然シーウェル王だった。
やはりこの国の特徴である褐色の肌と金の髪。左目は宝石をあしらった眼帯で隠している。
これが噂に聞く王なのかとエリカは不躾に見てしまった。
父や兄がこの王について言っていた事を思い出せば、冷静沈着であり掴みどころが無く何を考えているのか分からない人物と評していた。確かに遠目でもあるが眼帯のせいで表情が見え難いが印象は?と、聞かれれば特別な感じでは無く至って普通だと思った。

エリカは一呼吸すると挨拶しだした。

「初めまして私はオルセン王国第一王女エリカと申します。この度はお招き頂きましてありがとうございました。それに先日は沢山のお見舞いの数々ありがとうございました。感謝しております。本当に助かりました」
そして親しみを込めてにっこりと微笑んだ。

「・・・・オルセンの姫、遠方をようこそ。ゆっくり過ごされるように」
王は短くそう言うと玉座から立って後ろの扉から退室して行ったのだ。
予想外の短い会話にエリカは呆気にとられて王が出て行った扉をぽかん、と見つめてしまった。

「な、なんって口数の少ない王様なの?これじゃ話にならないわ!」
早く親しくなって魔神の瞳≠フ件をお願いしないといけないのに・・・どうしよう?と、
大きな溜め息をつくしかなかった。
(そうだ!グレンがいた!彼に頼んだらいいわ)
エリカは後ろに控えていた彼に近づくと背伸びをして耳打ちした。

「あのねグレン、先日話した魔神の瞳≠フ件だけどシーウェル王と直接お話をしたいの。どうにかならないかしら?」
「ああ、そうでしたね・・・」
エリカの関心を引きたくて話した話題だったが、彼女の探しているもので無いという事はハッキリしていた。探しているのは宝玉であり王の左目は魔神の瞳≠ニ呼ばれているが宝玉では無いのだ。

「姫、実はですね。王の左目は確かに魔神の瞳≠ニ呼ばれていますが普通の目なんです。関連性があればと思って話ましたが宝玉ではありません」
「えええ――そんな!だって、あの」
エリカは、はっ、として喋りかけた口をつぐんだ。
海の魔神と話したなんて知られる訳にはいかなかった。

「・・・じゃ、じゃあ、グレンは王様の目を見た事あるの?」
「・・・・王の目が何故魔神の瞳≠ニ呼ばれているのかは知っています。左目を海神に捧げたからです」
エリカは尚更分からなくなってきた。
海の魔神は言った、王は魔神の瞳≠持っていると。
だがその王の瞳は海の魔神に捧げたからそういう呼び名が付いたと?

どちらが真実なのか分からなくなってしまった。しかし手がかりなのは確かなのだ。

「う〜ん。いずれにしてももっと調べなくてはね。早く見つけてオルセンに帰らなくっちゃ!」
ねっ、と首を横に傾げてサイラスとデールに向かってにっこり笑った。

グレンは謎めく色を瞳に湛えながらエリカを見るのだった。


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