第四章 隻眼の王2
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―――昨日の深夜シーウェル王宮内、王の居室。
南国とはいっても夜になればそれなりに肌寒く、王はゆったりとした部屋着を肩から羽織った状態で書き物をしていた。
政務は深夜にまで及んでいたのだろう。手元だけ明るい灯りの中でも左目にしている眼帯にあしらった宝石が煌いていた。
誰もが寝静まる中、扉が遠慮がちに叩かれた。王は、入れ、と言葉をかけた。
男が一人、頭を下げながら入室して来た。
「失礼致します。お申し付けのオルセン王女への見舞いの品は確かにお届け致しました。他に御用はございますか?」
「ご苦労。取り敢えず今は良い。下がれ」
王は振り向く事無く、そう命じると書き物の手を止めて窓の外を見た。
瞬く星は静かに流れる音色のようだった。
「これで皆、揃った・・・・」
明日はその最後に到着したオルセン王国の王女との謁見だった。
今回この馬鹿げた花嫁選び≠フ真意はベイリアル帝国と対抗する諸国の動向を読む一つの布石だった。シーウェルか?ベイリアル、どちらにつくのか?
カルヴァートの様に同盟していても裏切る者がいる情勢の中、本当に信頼出来る国を選別するのだ。
より良い関係を望む者は掌中の玉である姫を差し出し、そうで無い者や気弱で日和見な者はそれなりの人選の様だった。当然だろう、そのまま人質に取られる可能性もあるのだから。
これだけで国を判断するつもりでは無いが分かり易い基準だ。
だから本当に信頼出来ると思った国と絆を深める為に何人もの姫を娶っても構わなかった。
それで強固な連合体制が整える事が出来るのだったら簡単な事だった。
昔から使われる馬鹿らしい手段だが有効なのは確かだ。
しかもそれは対等であってはならない。目的の為には我が国が優位に立たなければ意味が無いものだった。他国も当然そう考えているだろうが、まさかシーウェル王が何国ともそういう関係を結ぼうと考えているとは思ってもいないだろう。
シーウェルも海神の加護が何時まで続くのか定かで無い。魔神は戯れでそうしているだけだから当てには出来ない。もちろん当てにはしない。確実な駒を進めるのがこの王のやり方だった。
「エリカ姫か・・・・」
王はそう呟くと再び休めていた手を動かし始めるのだった。
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シーウェルに到着して二日目の夜、エリカは夢を見ていた。
(これは夢?此処はオルセン?)
広がる大地に見覚えが無いが、遠くに見える山脈は見慣れたものだった。
エリカはその大地に立っていた。
たぶん自分だろうと思うのだが・・・・遠くにサイラスがいた。
彼は空に向かって両腕を広げ大地に水を注ぎ、実りをもたらしているようだった。瞬きする間に大地は黄金色に変わっていた。エリカはサイラスの名を呼んだが彼が振り向くと同時に風が吹いて思わず瞳を閉じたが、開いた時には違う場所へ飛んでいた。
其処は今日見たシーウェルの王の間よりも更に豪華で目も眩むような一室だった。
その中央には豪華な寝台がありその周りを幾重にも人々が囲んでいた。そこに横たわる人物は年老いた王のようだ。その人物だけハッキリと見えたが人々は口々にその王を責め立てているようだった。
「王よ!早く契約の伝授を!」
「何をお考えですか!魔神の継承をどうなさるおつもりですか!」
「全く馬鹿な女王だ!魔神をとうとう独り占めか?死の旅まで供をさせるつもりか?冗談じゃない!」
年老いた女王は咳を一つして、瞑っていた目を開いた。
「!」
エリカは驚いた。彼女の瞳が自分と同じ色だったからだ。
父王が昔言っていた事を思い出した。
オルセン王家の特徴で薄紅色の瞳の王女が時々生まれるとの事だった。
エリカは此処もオルセンなのだと確信した。
段々と中の様子が鮮明に見え始めるとサイラスが寝台の一番近い位置に立っていたのが見えた。
今と少しも変わらない―――優雅な黒髪に黄金の瞳。
その表情は何も語ってはいなかった。死に逝く王を静かに見つめているだけだった。
年老いた女王は最後の力を振り絞るかの様にサイラスに話かけていた。
「サイラス、礼を言う。もう十分・・・だから最後の命令を申し渡す。私の死後は眠りなさい。お前の心がそれで癒される事は無いでしょうがその孤独からは救ってあげられるでしょう。夢の中だけでも探しているものが見付かると良いな・・・・幸せな夢で微睡めるように――」
そして声は途切れた。
(最後の命令?あっ!これはサイラスを封印した王だ!何故?私がこんな夢を見るの・・・夢?夢じゃないわ!だって今喋っていたのは私?)
エリカは何世代も前の王の臨終場面に遭遇しているのだろうか?
死に逝く王の魂に何時の間にか引きずられているようだった。
今日の夢も何時も繰り返し見ていたあの夢の様に自分が体験しているようなのだ。
駄目だ!このままでは!と、思うのだが夢の王から抜け出せないのだ。
もう駄目だと思った時、強く引き上げられる感覚に目が覚めた。
その感覚は強く掴まれた両肩からきていた。
エリカは大きく息を吐きながら重い瞼を開いた。
その瞳に真っ先に映ったのはサイラスだった。
しかも焦りと動揺に満ちた表情から安堵へと変化していたのだ。その様子は何時も無表情な彼からは想像出来ないものだった。
エリカの覚醒と共にサイラスは彼女の掴んだ肩を引き寄せて寝台から引き離し、強く抱きしめた。
魔神の肩が少し震えている。
まるでエリカが此処にいるのを確かめるかのように更に強く抱いていた。
サイラスは何か呟いていた。声がくぐもっていて聞き取れ無い。
初めて会った時も同じような言葉だったと思うが、やはり分からなかった。
エリカはその言葉を確かめたくなった。
「何?サイラス何って?何って言ったの?」
サイラスはエリカを抱く腕の力を緩めると自分から引き離した。
エリカはサイラスを見上げたが何時もの彼だった。
たぶん何と言ったかなんて教えてはくれないだろうとエリカは思い、自分の話をする事にした。
サイラスの様子からすると自分はかなり危ない状況だったのだろう。
何処から話せば良いのか?
「サイラス。私、あなたに会ったわ。私は年老いた女王であなたに命令していた・・・眠りなさいって。何だろう?これは・・・ただの夢?そうだ、その前に大地実らせるあなたに会ったのよ。私は笑っていたわ――」
言葉が終わらないうちにサイラスが再びエリカを引き寄せて抱いた。
「何?ちょっとサイラスってば!」
魔神の身体はやはり震えていた。
「サイラス?本当にどうしちゃったの?ねぇ、何が怖いの?震えているわよ」
エリカはそう言うと自分の腕の中から放そうとしない魔神に抵抗するのは止めて力を抜き、頭を彼の胸へ預けた。胸の鼓動が聞こえてくる。力強く脈打つ音だ。幼い頃、良く彼の胸に耳をあてて何度も生きているか確認していたのを思い出した。暫し時を忘れてそのまま眠ってしまった事も度々あった。
「そうだ!サイラス、今日は一緒に寝ましょう。あなたは知らないでしょうけれど良くそうしていたのよ。そうすれば怖く無いでしょう?私も怖くないもの。また変な夢を見たら嫌だから・・・ねっ」
全くもって無邪気なものだ。もう幼い子供でも無く何処に嫁いでも可笑しくない年頃なのにサイラスを異性として意識していないものなのか、そういう感覚に無頓着なのか?
エリカはサイラスの腕から抜け出すと、さっさ、と寝床に潜り込んで上掛けをはねのけ、どうぞ、と言って自分の横を叩いた。
示された場所を彼は一瞥すると呆れたのか?ふと笑ったようだった。
広いと思っていた寝台はサイラスが共に寝れば狭く感じた。
エリカは寄り添うようにサイラスにくっ付き彼から伝わる心地よい体温に夢現になりながらも色々話かけていた。昔からこんな感じだったのだ。
つらつらと喋る内容はどうでも良いものだったが次第に途切れ、小さな寝息に変わっていた。
「眠ったのか?」
サイラスは自分の腕にしがみ付くように身体を丸めて眠るエリカの柔らかで少しくせのある髪を優しく撫でた。
そして名を呼んだ。
「・・・ローザ・・・」
その名を口にするのは三回目だった。目覚めた時と先刻―――
その呼び名に反応したかの様にエリカの瞼が動いて返事をした。
「・・・なぁに・・アーカーシャ・・・」
サイラスは肩をビクリと震わせて彼女を見つめたが、無意識に反応しただけで目覚めた訳では無かったようだ。
それを確認したサイラスはエリカ≠ナは無いもう一つの名を囁いた。
その声は切なく悲しみに満ちたものだった。
そして無邪気に眠る彼女の少し開いた唇にそっと口づけをした。
その眠りを妨げないように自分の想いを重ねた―――
翌朝、エリカはデールの罵声で目を覚ました。
「おいっ!馬鹿女!今度は我が君の袖で飽きたらす、とうとう寝台へ引きずり込んだのか!」
「う〜んん。煩いわよ、デール。朝からキャンキャン吠えないでよ!」
「吠えるだと――っ!オレを犬みたいに言うな!」
「だって昨日は変な夢を見たのよ。だから仕方が無いじゃない?」
デールは夢と聞いて真剣な顔つきになった。
「夢?例のか?」
彼なりに心配している様だ。
「ううん。似ているけど初めて見たの・・・」
「大丈夫か?」
「あらっ?心配してくれるの?珍しい〜」
「し、心配なんかするもんか!お前に何かあれば我が君が困るだろうが!そ、それだけだ!心配なんかしてないぞ!絶対!」
「ふ〜ん」
「エリカ様。いい加減になさいませ」
やっぱりこの二人を止めに入るのはシェリーの役目だった。
シェリーが朝の支度に入室して寝台の中を見て驚き一瞬立ち止まった。だが流石に出来る侍女は慌てず騒がず何時も通りに支度を始めたのだ。
そこへデールがやってきてこの騒ぎだった。
「エリカ様。妙齢の姫君が、気軽にご自分の寝所に殿方をお入れになるのではございません。まして未婚の女子がするものではございませんよ」
「ほ〜ら見ろ!馬鹿お――」
シェリーがギロリとデールを睨んで黙らせる。
「宜しいですか?エリカ様。それではお着替えをいたしましょう。皆様、退室下さいませ」
既に起き上がって身繕いをしていたサイラスは不満気なデールを促して出て行った。
先に出て行く主の横顔が何処と無く違っていたように見えたのだった。