第五章 空の王の恋2
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「―――ジャラ、いい加減にしろ!」
「ははっ、そんなに怖い顔するなよ。折角の顔が台無しじゃないか?」
ジャラはサイラスの顎 をすくいながら愉快そうだった。
「ジャラ!」
その時笑っていたジャラが、はっと真顔になり空を見上げた。
「我の領域に触れた奴がいる。しかもこれは・・・アーカーシャ、遊びはこれまでのようだ」
「ジャラ?」
ジャラはサイラスの縛めを解いた。
彼もその気配を察知した。それは紛れも無い彼ら以外の異界から来た王の存在だった。
しかも厄介な事に地の王ブーミ≠セ。
「ブーミか!やはりベイリアルのあの禍々しい気は奴だったのか」
「ああ、あの屍を動かしている国か?シーウェルが言っていた。屍ねぇ〜ブーミらしいな。全くやり方が美しく無い!最近見ないと思ったら此処に来ていた訳か」
地の王ブーミ≠アの王の素顔を見たものは誰もいない。何時もフードを目深に被っているからだ。その素顔を見たものは勘気に触れ消されたと云う。またの名を顔なし王≠ニ影で言われていた。
しかもこの地の王は何かとアーカーシャと張り合いたがっていたが周りは嘲笑していた。
威風堂々としているアーカーシャに比べると、かなり見劣りする彼が張り合う方が愚かだと口々に言っていたのだ。
それにアーカーシャは全く相手にしてはいなかった。
アーカーシャ自身、他に関心を持つ事など稀であり、些細なことだと思っていてそれが返ってブーミの怒りを煽っていた様だった。
その地の王がどういう経緯なのかは分からないが、ベイリアル帝国に加担しているのは明白となった。
だが大人しく人間の言いなりになっていると云うのは信じられない。
どういう魂胆なのか?
サイラスは回想してみた。視線を感じ、ふと見ればブーミがいた。
大概ローザと共にある時だったような気がした。
(そうだ、あれはローザを見ていた!)
「ローザ!」
デールは不機嫌な様子で二人を引き離しながら声を潜めた。野次馬が煩いのだ。
「戻るぞ。我が君が心配する」
しかしグレンはエリカから手を放さなかった。なお引き寄せようとした。
「行かせない」
グレンはそう低く凄みながらデールに言った。
「放せと言っている。オレは急いでいるのだからな!邪魔をすれば怪我をするぞ!」
グレンとデールはお互いに一歩も退かない様子で睨みあったが、何時に無くデールの焦った様子にエリカは胸騒ぎを覚えた。まさか?
「デール!サイラスに何かあったの?」
そうだ。
彼が追いかけて来ないのはおかしかったし、サイラスの側から離れないデールが此処へ来るのもおかしかった。ジャラと何かあったのか?
「もしかしてジャラさんと何かあったの?」
その答えを聞く前に突然地面が波のように揺れて、エリカをつかみ合っていた二人は手を放してしまった。
そしてそれは突然の事だった。
エリカの目の前の地面が盛り上がったかと思うと大きな土塊 となり、そこから人型が現れたのだ。
乾いた土の匂いと、舞い上がる砂塵が空気を濁らせ不快さを感じた。
そこから現れた人物は背格好からすると男だろうか?
灰色の布を頭から被りその身を包んでいた。 目深に被ったフードからは顔は見え無いのだが、何故か双眸の不気味な光だけが見えるような感じだった。
そしてその灰色の影からは喉を鳴らすような不快で耳障りな笑い声がした。
「ククククっ・・・・成程。これがそうか?奴が人間の家畜に成り下がってまで追い回している人形か?確かに良く似ている・・・・・これは一興だ。悪く無い。ゲルトが手に入れたがっていたが俺も気に入った。アーカーシャの大事なものを奪うもの程、愉快な事は無い――それにローザは元々俺のものだったのだから例え人形でも権利は俺様にある」
エリカはローザ≠ニ言う名前にビクリと反応した。
何故か心騒ぐものだったが、目の前の人外であろう圧倒的な存在によって足がすくんでいた。
(まさか又魔神なの?)
その魔神が不気味に嗤いながら手を伸ばしてきた。
到底敵わない王の出現に硬直していたデールは己の任務を思い出し、素早くエリカを背に庇うように前に出た。
「お止め下さい、地の王!我が主に代わってこの者をお渡しする事は出来ません!」
「貴様は・・・ああ、奴の配下か。そうか・・・やはり奴がいるんだな?邪魔なジャラの気配が強くて感じ無かったが・・・・これは最高だ!この界での楽しみが増えた」
高らかに嗤い出した新たなる魔神から滲み出る纏わり付くようなこの感じは、オルセンで感じたものと同じだった。
エリカは恐怖と共に尋ねた。
「あなた・・・ベイリアルの死の軍隊を作った人?」
グレンは目を見張った。
ベイリアル帝国は禁忌の魔術を使ったと言われていたがそれが魔神だったとは思ってもみなかった。
魔神は知っている。自分達は海神と呼んでいるが彼も紛れなくそれなのだ。
ジャラは気まぐれだったが、シーウェルを海で守護すると言う遊びが気に入ったのか、機嫌良くやっているようだった。
しかもやはりオルセンの王女は何か知っていたのだ。
それにこの魔神とデールは顔見知りの様だ。
(話の内容が見えない・・・デールの主とは?)
グレンはデールを見た。彼はエリカに黙るように促すと、警戒の色を強めていた。
尚も低い嗤い声をあげながら近づく灰色の魔神は止まる様子は無かった。
グレンは目を疑った!
デールから触れれば切れるような殺気が出たかと思うと、その姿が少年から青年へと変化したのだ。
そしてその手には何時の間にか輝く剣を携えていた。
「馬鹿な・・・」
呆然とするグレンにそのデールだった者が鋭く叫んだ。
「早くエリカを連れて逃げろ!急げ!」
逃げろ≠ニ言う言葉にグレンは、はっとした。
「ふざけるな!誰が逃げるか!」
「馬鹿野郎!人間風情が敵う相手じゃねぇ。エリカを・・・エリカを我が君の元へ!」
デールはブーミから視線を外す事無く続けた。
「エリカ。お前の事いつも馬鹿女って言っていたけど結構気に入っていたんだぜ。楽しかったよ。じゃな、我が君に宜しく」
デールは勢い良く灰色の魔神に切りかかった。
剣で切ると言うよりも迸 る閃光が空間を切るようだった。
「デール―――っ」
エリカは叫んだ。
彼は渾身の力で挑んだに違い無いが地の王には傷一つ付けることさえ出来ず、光の刃は逆に反射してデールに炸裂したのだ。
「小賢しい。アーカーシャの飼い犬如きに何が出来る。さあ、ローザ」
「行け!エリカ!」
「デール!駄目よ!あなたを残して行けない!」
「馬鹿野郎!オレはそうそう簡単には死なない。早く行け!」
デールが叫ぶ間に彼の負った傷は塞がっていった。
彼は言っていた滅多に死ぬ事は無いと―――だが滅多にであって不死身では無いのだ。
地を蹴り高く舞い上がりながら攻撃をするデールに、地面から木の根のような蔓が無数に突き出し彼を串刺しにした。空中からデールの真紅の血が飛び散った。
「いやぁぁぁぁ―――っ、デ――ルっ!」
デールは多量の血を失い青白い顔を下に向けて尚、その瞳は早く行け!≠ニ言っているようだった。
喉もやられてもう声が出なかった。抜く事が出来なければ再生は出来ない。
グレンは無理矢理エリカの手を取り駆け出したが遅かった。
行く手には木の根が蠢 いていた。襲い掛かる根を切っても、切っても限が無かった。
魔神は彼らをいたぶって楽しんでいるように思える。
進む事も戻る事も出来ない彼らに灰色の魔神が近づいた。
グレンはエリカを庇い、剣を振り下ろすが簡単に払われ横に吹き飛ばされてしまった。
ブーミの手がエリカを捕まえようとした時、それを払いのける様に血まみれのデールが立ちはだかった。
「デール!」
彼の体にはまだ何本か根が突き刺さったままで再生も間に合っていない状態だった。
無理やり肉を引き千切って来たようだ。だが、それも此処までだった。
ブーミの攻撃が彼を直撃した――――――
と、思った時、異なる力で弾き返されていた。
エリカ達の目の前に現れたのはもちろんサイラスだった。
「サイラス!」
エリカは安堵した。
だが、彼は皆を助けてくれるのだろうか?自分はみんなを助けて≠ニは命じ無い。
「デール。よく守った」
サイラスは目の前の敵から視線を外す事無くデールを労うと、彼は安堵してその場に崩れるように倒れこんだ。エリカは悲鳴を呑み込んで倒れた彼の傍に駆け寄り、体に突き刺さる根に手をかけて引き抜き始めた。
なぎ倒されたグレンも彼らの元へよろめきながら駆けつけた。
「グレン!手伝って!引き抜いたら傷は塞がるから。早く!」
「あ、ああ・・・・」
信じられない光景が続いていたが、更にサイラス≠ニエリカが呼ぶこの魔神はやはりあの護衛官サイラスなのか?後ろ姿だけでも背筋にゾクリと悪寒が走る。
「久しぶりだなアーカーシャ。実に愉快だよ」
「ブーミ。何故此処にいる?」
「此処?もちろんその娘を捕らえに来た。ゲルトが所望しているからな。まさか貴様が目覚めて、守護をしているとは思わなくて失敗してからゲルトが機嫌悪くてね。直接俺様が来て処理しなくてはならなかった。全く迷惑な話だ」
「――そのような事を訊いているのでは無い。どうしてその様な事をお前がしているのかと訊いている」
ブーミは嗤った。
「貴様こそ、良くそのような事が言えるな?愚かな人間に囚われて隷属しているお前が!ゲルトと云う人間は俺をとても楽しませてくれるんだよ。そんな者は向こうの界にもいなかった。俺は自ら進んで奴の望みを叶えている。それが俺の楽しみでもあるからな」
地の王ブーミは自らベイリアルの野望に加担しているのだ。しかもそれが遊びのような感覚なのだ。
王らの力を用いれば死の軍団などと回りくどい術を使わず、瞬く間に脆弱な人間の国など蹂躙する事が出来る。それをしないのは楽しんでいるからなのだ。
ベイリアル帝国には魔神がいた。
これではシーウェルが他国と同盟連合を作ったとしても敵わない。
しかし、オルセンの守護魔神がいれば状況は一転するのだ。
「エリカ。彼に・・・君の魔神に奴を斃すように命じてくれ」
グレンの切羽詰った言葉にエリカのデールを手当てする手が止まった。
(命じる?私が?・・・・・)