最終章  エリカ1


「おい、待てったら、エリカ!おい!うっ、いてぇ〜」
デールの痛い≠ニ言う言葉にエリカは足を止めて駆け寄った。

「デール!大丈夫?」
「ば〜か。やっと止まったかよ」
片目を瞑って溜め息をついたデールはエリカの額を小突いた。

「もう!騙したのね!馬鹿!」
「落ち着けったら。オレも流石に今日は疲れたから、お前と喧嘩する気力はねぇよ」
「ご、ごめんなさい。私、助けて貰ったのにお礼も言ってなくて・・・」
「いいって。それよりも、ちょっと話したい事があるんだよ。う〜ん。よし!あそこが良いな!よっと」
デールがそう言うとエリカを抱えて跳んだ。
軽々と塀を蹴り、高窓を蹴り、次から次へと高く跳びながら王宮の屋根の上に登ったのだ。

其処から見下ろす景色は爽快だった。遠くに広がる海の色と空の色とが溶け合い何処から何処までが空で海なのか分からなく、色とりどりのタイル貼りの民家の屋根がまるで宝石を引っくり返したように太陽に輝いていた。このシーウェルの首都が海の宝石≠ニ云われるのも頷ける。
「すげー気持ち良い!な?エリカ?」
屋根の上は平らで危なくは無いが身を乗り出すように下を眺めるデールにエリカは呆れた。
格好はまだ青年のままだが何時もの彼に変わりは無かった。

「危ないわよ。デール。で、話って何?」
デールは振り向いてエリカの隣へ腰掛けると話出した。

「オレさ。昔っからアーカーシャ様に憧れてずっと見ていたんだ。側近と呼ばれる様になる前からずっとな。我が君は本当に空のようなお方で、雄大な心は何にも囚われず、執着もせず漂う雲の様だったんだ。そのアーカーシャ様の心を捉えたお方が現れたんだ。それがローザ様だった・・・・」
エリカは又その名前にドキリとした。先程も何度か魔神達の会話に出ていた名前だった。

「ローザ様はオレ達の界で一番偉い至高天王の娘で次期天王と云われていた。優しくて気高く美しく最も高貴な女性だった。地の王が言っていたから分かるだろう?彼女は奴の許婚だったんだ。その頃から既に頭角を出していた我が君を目障りに思った天王が、兄弟である地の王を対極させる為に仕組んだ謀り事だった。だけど二人はお互いに惹かれ合ってしまったんだ。そして事件が起きた―――」
デールは一息ついてエリカを見た。彼女は真剣に聞いている。

「それで、それでデール。何が起きたの?」
「ああ、天王と我が君が争って我が君が負けて消滅しかけた時、ローザ様が代わりになって助けたらしい」
「代わりって・・・ニーナの時みたいに?」
「そう・・・ローザ様は我が君に命を捧げて亡くなったんだ。そしてアーカーシャ様はその魂を追って人界へ向かわれた」
「代価を払った魂は人界の輪廻で再び生を受ける・・・・」
エリカは以前デールから教わった話を呟いた。

「そう。ローザ様の魂は廻っている。我が君はその愛した方の魂の傍にいる事を望んで・・・・嫌、オレの勘だけど次期至高天王だったローザ様は普通の奴らとは絶対に違うと思う。だから我が君は本当のローザ様が蘇るのを待っているんだと思う。永い時を重ねながら・・・・」
そこでデールは話を止めてエリカを見た。そして決意したように言った。
「エリカ―――ローザ様の瞳は薄紅色だったんだよ」

「! わ、わたしと同じ?」
デールは真剣な顔で頷いた。覚えがあるだろう?と言いたそうだった。

「エリカ・・・想像できるか?全てを捨てて何よりも愛した人が傍にいる。だがその人は自分を覚えていない。そして思い出さないまま時は自分だけを残し過ぎ去って行き、孤独だけが重く圧し掛かる・・・・それを繰り返し味わい続ける。どんな気持ちだろう?オレには耐えられない」
「・・・・・・・・・」

「エリカ・・・お前の夢。間違い無く我が君だよ。今なら分かっているよな?思い出しかけているんだよ、きっと。アーカーシャ様もそれを感じるからああ言ったんだよ。お前達の契約では無く本心を言ったんだよ。昔も今も我が君の心はローザ様で占められているんだから・・・・」
「・・・・私、私はまだ分からないわ・・・そのローザと云う人の生まれ変わりだと言われても・・・・確かに何か思い出せそうで思い出せない何かがあるのは分かる。だけど、だけど・・・・そんな事・・・・」
エリカは急に黙り込んだ。
真紅に染まったサイラスが目の前にチラつき始めた。さっきもそうだった。何かが・・・考えると目眩がして吐き気を伴う頭痛がしだした。
エリカは瞳をきつく閉じた。

「エリカ?お前!大丈夫か?真っ青だぞ!」
突然エリカの中に多量の記憶が流れ込んできた。
それはまるで夢の早送りを見ているようで目を閉じても関係無かった。
鮮明なものもあれば不鮮明なもの・・・・関わった人々の話声が重なり混ざり合って渦をまいていた。何世代もの薄紅色の瞳を持った人達の記憶だった。
その近くには必ず孤独を纏ったサイラスがいた。


そして光が弾けたような感覚が過ぎると最後の鍵が開いた―――

 浮かんできた思い出の中、光り輝く大地で蝶を追って遊んでいる幼い自分がいる。
何かにつまずき転んだ下には、
寝転んで空を見上げていたアーカーシャがいた。
空の色と同じ色をした瞳の彼は、急に飛び込んで来た私を不機嫌そうに見たのだ。

でもその空の瞳に見とれてしまって彼の上から起き上がるのも忘れて訊ねた。

「あなたはだぁれ?わたしはローゼよ」
「・・・・・・・・・」
アーカーシャは自分に乗りあがって、ニコニコと名を訊ねる幼子に呆れ顔だった。
その目の前を追っていた蝶が横切った。

「あっ、ちょうちょ!まって!」
手を伸ばしたがフワリとかわされて空を掴んでしまった。
しかしその先に伸ばしたアーカーシャの手が蝶を捕らえてくれた。
それから何か術をかけたのか、蝶の羽ばたきが遅くなり大人しくなってきたのだった。花のように綺麗な蝶がまるで蜜を吸っているかのようにアーカーシャの指にとまっていた。
そしてそれをそっと渡してくれたのだ―――それが最初の出逢いで初恋の始まりだった。
空の王を手に入れるのは、天空に輝く星を掴むより難しいと云われていた。
彼の心が手に入っても何時も不安だった。自分が想う強さと同じ位に、彼は自分を愛してくれているのだろうか?私の方が何倍も好きに違い無いと思っていた。
そして自分は先に逃げてしまったのだ。
残される彼の気持ちよりも自分の方がより辛いからと―――逃げた。

そして自分が疑い続けたアーカーシャの想いはこんな形で証明されてしまった。
永遠かと思う終わりの無い輪を誰が見続ける事が出来るだろうか?

彼をこの孤独に置き去りにした罪を、自分は償う事は出来るのだろうか?

自分はローザであってローザじゃなくエリカなのだ。
この記憶が蘇り他の全てが消えてローザに成りたかった・・・・だが違った。
記憶はあるがそれはもう一人の自分がいる感じにしか思えないのだ。記憶があってもやはり自分はエリカのままだった。これは彼が待ち望んだローザでは無いだろう。
どうしたら良いのだろうか?

エリカは瞳を開いた。其処に浮かんだ輝きにデールは息を呑んだ。

「エリカ?」
「私はローザでは無いわ。私はエリカであって、それ以外何者でもでない・・・・」
(そう、私はもうローザじゃない。それだけは確かなこと。私は私・・・過去は振向かない。今をどう生きるかだけよ・・・そして私の想いは・・・)
エリカの過去の記憶がサイラスを愛しいと想っているのか?今の自分自身が彼を愛していると想っているのか?どの気持ちがそう感じるのか分からなかった。
ただ言える事はエ
リカもローザと同じく、サイラスとあの封印の間で出逢った時から、幼い心に芽生えたその想いを育んでいたのだ。そう・・・暗く閉ざされた闇の中で孤独に眠る彼を見た時から・・・何の夢を見ているのだろうと何時も思っていた。
皮肉な事に近すぎて気付かなかった自分の気持ちに今気が付いてしまった。

エリカは立ち上がると、大きく背伸びをして深呼吸して言った。

「さあ!デール戻りましょう!」
「ああ・・・・」
デールはエリカを眩しく見つめた。
何かが変わっている様な気がしたが、エリカはエリカだった。
真っ直ぐな強い心を映す瞳を持った彼女だ。

「それに父様に問いただす事があるのよね。もしかしたらサイラスもそれに加担していたのかも?あっ、と言う事は――デール!あなたも?かしら?」
「な、何だよ!何の事だよ!変な言いがかりを付けんなよ!」
「ほらっ、ちゃんとつかまえて降ろしてよ」
エリカはいきなりそう言うと、クスクス、笑いながら屋根の淵に上り跳び降りた。

「馬鹿!お前!無茶するな――っ!」
落下するエリカをデールは空中で抱きとめると登った時と同じく、跳躍しながら降りていった。
エリカの瞳には光るものが見えたが、デールは見ない振りをして皆のいる場所へ戻って行ったのだった。



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