最終章 エリカ2
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先刻の騒ぎでシーウェルの王宮では舞踏会どころでは無かった。
ベイリアル帝国の魔神に、シーウェルでは海の魔神とオルセン王国の守護魔神らの出現、各国の使者達は顔色を無くし殺気立っていたのだ。
そしてその使者達とシーウェル王が緊急に会談を行うことなり、王宮は一層緊迫した状態となっていた。
各国の使者は姫君達の同行者というだけの人材では無かった。
強 かなシーウェル王国相手での交渉ともいえるこの招待に太刀打ちできる外交手腕に富み、自国での信頼も厚い者達が大半だった。
その首脳会談ともいえるこの会が早朝より開始されたのだ。
中央には主催国であるシーウェル王の王座。
だがその王座は空席のまま、その重臣達が先に後ろに控え、各国がそれぞれ着座を許されていた。
先触れの伝令が王とエリカの名を告げると、ざわめいていた人々は静まり返った。
後方の扉にその視線が集中する中、グレンがエリカの手を取って進んで来たのだった。
その後ろからはサイラスらの護衛官が続いていた。
グレンは自分の玉座の横に用意した椅子にエリカを座らせると、この会談の主旨を説明しだした。
主旨とはもちろん、シーウェルを中心とした反ベイリアル帝国同盟≠フ設立の件だった。
既に同盟していた国々は今更?≠ニ嘲り、結局シーウェルが一番になりたいだけではないか≠ニ中傷する者も多く、直ぐに同意する国は少なかった。
意見を戦わせている中、グレンは心の中で舌打ちしていた。
全ての計画が崩れてしまったからだ。まだ根回しも十分では無いこの時期に、この様な話をしなければならなくなった事に対して腹立たしく思っていた。
「―――シーウェル王。いずれに致しましても私どもは今回、わが主の名代でも無いのでこの件は国へ持ち帰り検討して返答させて頂きたく存じます」
その意見に賛同する者達が、次々に同意見だと立ち上がって意思表示をしだした。
グレンも此処までか・・・・と思った時、エリカの涼やかな声が響き渡った。
「シーウェル王。オルセン王国は貴方の主旨に賛同致します」
周りは馬鹿な、と言ってざわめいた。
一国の王女とは言っても国政の決定権は無いのだ。
この様な大事な事を勝手に決めて良い筈は無いのだ。
「エリカ姫。ご賛同頂いて大変嬉しく思いますが、これは正式なものとなりますから後日という事で――」
グレンも気持ちは嬉しいが、そう答えるしか無かった。
エリカは立ち上がって、各国の要人達を見渡すと声を張り上げた。
「みなさん、何を今更迷っていますの?シーウェル王国が各国の代表では駄目だという理由が私には分かりません。構わないでは無いですか。各国の中で最も強国であり、十分その代表として責務を果たしてくれると思います。何処が代表とも分からない同盟ほど内輪の争いを止める者も無く脆いと思います。そう思われませんか?」
エリカは一度言葉を切り一同を見渡し、はっきりと宣言したのだ。
「――それとこの決定は王である、わたくしの権限でしております」
「・・・・エリカ姫。貴女がオルセンの国王?」
グレンは驚いてエリカを見た。その様な情報は無かったからだ。
「はい。私がオルセンの守護魔神と契約したその時から私が王と成りました。我が国では魔神を擁する者が王と成ります。さあ、シーウェル王、私の魔神を此処に呼びましょうか?皆が賛同しないのなら我が国とだけで構わないではありませんか?オルセンの守護魔神はあの伝説通り、四十日と四十夜で大陸全土を焦土と化す最強の魔神ですよ。それがお望みなら命じてみましょうか?」
各国の要人達は静まり返り、畏怖の念を抱きながらエリカを見た。
エリカはそれらを確認すると、今までとは一転してにっこり微笑んだのだ。
「さあみなさん、どうなさいますか?私もシーウェル王もベイリアルのように大陸を制圧して統一しようなんて思ってもいませんのよ。先程も言ったようにしようと思えば容易いのです。だけどそんな事はしません。ご存知のように我が国は大陸を統一した愚かさを知っています。魔神の力は必要無いのです。だからそれで自分が優位に立とうなんて思ってもいません。だから皆同じくそれぞれが自国の権利を守る為に共に立ち上がりましょう。そうでなければ舞踏会を開催して仲良くなろうとか、こんな会談なんかしませんよ。ねえ?シーウェル王?」
グレンの真意は彼女の考える同盟とはかなり違うのだが、それも良いかと思った。
(本当に彼女には負けた・・・・たまには良いだろう。各国と馴れ合うのもね)
そして、クスリと笑った。
「エリカ殿の言う通りだ。その様に伝えて欲しい」
シーウェルの重臣達は驚いて王を見た。
彼らは当然、王の真意は知っている。ベイリアルへの対抗策とは表向きであり、結局シーウェルが大陸の全てを掌握したかったのだ。侵略ばかりが統一への道では無いのだ。
それを今回は損得抜きで同等のうえ世話役まですると言うのだから・・・・・
その後、グレンが補足してベイリアルの魔神の件と、それを抑制できる自分達の魔神の件を話した。
それによって異界の力を相殺するので、より一層国同士の結束による防衛が必要だと説き伏せたのだった。各国の要人達は先程とは打って変わって積極的に賛同し始め自国にその旨を伝えるようだった。
ほぼ確実に王達の賛同を得られるだろうと予測出来た。結局は彼らの意見と判断は各国では重要視される存在だからだ。
その各国の要人が去った後に残ったのは、グレンとエリカ達だった。
「はあ〜疲れちゃった」
「全く、聞いているこっちが冷や冷やしたぜ。良くもまぁ〜ペラペラと出来もしねぇ事を言ってよ。お前が本当に我が君に命じきれるなら、今頃ベイリアルなんか焼け野原さ!こんな面倒な事しなくてさ!」
デールは相変わらず、憎まれ口を叩いた。
「命じきれるなら?そう言えば昨日もそのような言い回しをしていたが?」
グレンはデールとエリカの会話を思い出して尋ねた。
「そうね、グレンには正直に言うわね。さっきは皆の手前、大げさに言ったけど私はサイラスに命令しないのよ。彼は自由なの。逆にジャラさんの方が言う事聞いてくれるのではないかしら?だから私達の方こそは同盟が必要なのよね」
「なっ!馬鹿な・・・・自由に使役出来る魔神を持ちながら使わないなんて・・・・」
「なぁ〜馬鹿だろう?我が君を自由に出来るなんて夢のまた夢。オレだったらあんな事やこんな事をして貰いたいって色々考えるのによ〜」
「デェェェ―ル!あなたが考えているのは変な事ばかりでしょう!もう、馬鹿!」
グレンはその重大な事柄について考えを巡らせた。
オルセンの魔神がそういう状況で海神と同じく当てに出来ないとは思ってもいなかったのだ。
(やはり彼女を手に入れて魔神を思い通りに?)
ふと浮かんだその考えにグレンは、はっとした。
初めて愛しいと思った人を政治に利用しようと考えた自分に嫌気がさした。
思っただけでも後ろめたい。
「 ? グレン、どうしたの?サイラスの事?大丈夫よ。私は彼の気持ちを無視して命令しないだけだから彼に相談すれば良いだけよ。どうするかはサイラスが決めるわ。人は誰だってそうでしょう?お互いに話し合って共存して行くのだから。まあ〜サイラスは人間では無いのだけれどね」
サイラスの口元が少し上がったようだった。
「安心するが良い。シーウェルの王よ。私は彼女を裏切らないし、彼女が悲しむような事もしない。本人が望もうと望まないと関わらずだ」
サイラスの彼女に対する至上主義的なその言葉にグレンは嫉妬を感じた。
しかし所詮人間と魔神。相容れないのが現実なのだからと思いたかった。
「ねえ、グレン。何故まだそれをしている訳?」
思案中の彼にエリカは左目を指さして無邪気に尋ねた。
「これ?ああ、眼帯?」
「そうよ。目はもう悪く無いんでしょう?それをしていると、しかめっ面だし目つき悪いわよ。なんだか何時ものグレンらしく無いんだもの。私は嫌だわ」
「はははっ、嫌い?結構自分では気に入っていたのだけどね。印象強くて何かと役にたつんだ。例えば本心を隠したい時は表情がわかりにくだろう?」
「ふ〜ん。気に入っているなら仕方が無いわね。本心ねぇ〜そうね。お父様はいつも笑っていて分かりにくいけど・・・そんなものかしら?でもね、もう少し笑ったら良いわよ。ちょっと怖いもの。あなたのお嫁さん候補達が逃げるわよ」
「お嫁さん?ああ、その話?あれはもうお終い」
「そうなの?あんなに大勢集めていて?」
「そうだね。もう決めたからいい」
「あら?いつの間に?でもお幸せにね」
エリカのあっさりとした返答に失望を覚えたグレンだったが、正式にオルセン王国へ申し込みの親書を送っていた。もちろんエリカへの求婚をだ。
エリカが王だったのなら話は早かった。シーウェルとオルセンの共同統治。いわゆる同盟では無く併合して並ぶものの無い大陸一の国となるのだ。
駆け引きは得意なものだが・・・・果たして彼女に何処まで通用するのか?
自信が揺らぐところでもあった。
明日が帰国となる前夜、エリカは一人庭に出た。
振り返れば外に並んだ篝火 が大理石で出来た王宮を照らし出して幽玄で美しかった。
空には輝く星空がまるで光の雫が降り注いでいるようだった。オルセンより空が近く感じた。
エリカは先へ先へと進んで行った。
そして広く開けた場所に到着すると、ふわりと振り向いて手を差し伸べた。
「サイラス。踊らない?」
エリカの行く所には影の様に必ず彼はいる。
月光が降り注ぐ中にエリカはいた。誘うように首を傾げながらドレスの裾を広げている。
サイラスは追憶した―――
『アーカーシャ。踊らない?私達だけの舞踏会よ。ほら、星が歌っているわ』
ローザも月明かりの下で彼を誘った事があった。まるでその時のようだった。
サイラスは近寄り、差し出された手を取ってエリカを無言で抱き寄せると踊りだした。
滑るように軽やかに二人は寄り添いながら踊った。
「本当は今回の舞踏会楽しみにしていたのよ。でもいいわ。サイラスと踊れたから。豪華なドレスも音楽も要らないわ。私達だけの舞踏会よ。星が歌っているわ・・・」
サイラスは足を止めた。それはいきなり時間が止まったかのようだった。
―――アーカーシャ。踊らない?私達だけの舞踏会よ。ほら、星が歌っているわ―――
(ローザ・・・)
そして時が戻りサイラスはエリカを強く引き寄せ抱きしめると、エリカに口づけをした。
突然の出来事にエリカは驚き瞳を見開いたがサイラスの甘い口づけは深く、次第に陶酔へと変わっていった。
その名を聞くまでは―――
サイラスは激しく甘美な口づけの後、呟いたのだローザ≠ニ!
エリカは彼の胸を押して後ろへ離れながら首を横に振っていた。
「ち、違う!私はローザじゃ無い!エリカ。私エリカよ!ローザじゃ無いわ――っ今此処にいるのは私よ。エリカよ!だから私を見て!私の名を呼んで・・・」
サイラスは目覚めてから一度もエリカの名前を呼んだ事が無い。
エリカは最近その事に気が付いたのだ。
彼の口数が少ないからだとか、そういう理由などでは無いとエリカは思った。
彼の心の中は見えない―――昔もそうだった。だからいつも不安だった。
ローザの記憶が戻っていると言いたく無かった。今は昔のローザでは無いのだ。でもそれを彼に今の自分を認めて貰うにはどうすればいいのかエリカは分からなかった。
「私はエリカ・・・私は・・・」
それ以上続けられなかった。
悲しみが胸に広がり、もっと酷い事を言いそうになった。もう自分の為に彼を傷つけたく無かった。
しかしサイラスの瞳は自分の中のローザだけを見つめているのだ。
自分であって自分では無いローザに嫉妬さえ覚えてしまう。
エリカはぐっと溢れ出る感情を呑み込んで、無理矢理ぎこちなく微笑んだ。
「・・・・ごめんなさい。もう休ませてもらうわ」
エリカはそう言い残すと走りたくなる気持ちを押さえ込みながら、真っ直ぐと頭をあげて元来た道を戻って行った。
サイラスは追いかけなかった。
エリカの残した言葉が心に深く突き刺さるようだった。
永遠のような時を待った人だと強く感じる・・・あと記憶の扉さえ開けば彼女は蘇るだろう。
記憶さえ戻れば―――しかしもう一人の自分は違うと否定していた。
今回はその姿も声も性格も何から何までローザそのものになのに、何処か違う者を見ている感じがするのだ。今まで魂は同じでも育つ環境によって本質は変わらないだろうが性格や雰囲気は異なっていた。
しかし今回は今までとは全く違っていたのだ。
ローザとエリカ同じで同じじゃない存在。エリカにはローザよりも強い心を感じるのだ。
輝くような強い心を―――
同じ薄紅の瞳の中に宿る眩しいまでのその光はサイラスを魅了していた。
微睡の中ローザでは無い彼女の声を聞いていた。
日を追うごとに不安そうだったローザの面影は無かった。
そうだった・・・・・記憶の中のローザは何故か悲しそうだった。
再び廻りあった時はその悲しみの理由も聞きたかった。
今は記憶が無いからその笑顔に曇りが無い。それだけが救いだった。
しかし記憶が蘇った時、今の彼女は何処へ行くのだろうか?
今の彼女≠ニは変な表現だが・・・・サイラスは考えた事が無かったのだ。
『私はエリカよ!私を見て!私の名を呼んで』
と、彼女は言った。昔ローザも同じような事を言ったのを思い出した。
『私を見て!アーカーシャ。私のこと本当に好き?』
その時、自分は何と答えたのか覚えていないが何も答えなかった気がする。
何故そんな事を今更聞くのか分からなかったのは覚えている。
「答えを間違ったのか?」
サイラスは夜空を見上げ呟いた。
答えはすぐ其処にあるようで無い―――星が愚かな自分を嗤っているようだった。