ニーナから答えを受け取ったジャラはグレンの前に現れていた。
いきなり現れるジャラにグレンは驚きもしないが今は会いたく無かった。
海神がニーナに贈ったという指輪に腹を立てていたからだ。純真な彼女に嘘をつかせる為の道具―――
グレンの筋書きには役立つものだったのだが・・・

「機嫌が悪そうだな?シーウェル?」
「・・・・・・確かに気分的に良くはございません。貴方が今回、こんなに興味を持たれて関わって来られると思っていませんでしたので・・・」
グレンはそう言いながら例の指輪をかざして見せた。
「おや?そなたにそれが渡ってしまったのか?我はあの娘に与えたばかりなのに・・・その様子だと聞いてしまったのだろう?あの娘の心を・・・」
グレンは無言だった。自分でこの話題をふったのにこれ以上関わって欲しくなかったのだ。自分でも呆れるぐらい支離滅裂状態だ。

「ふふふっ・・・あの娘の真の気持ちを聞いてそこまで不機嫌とは我の勘も狂ったかな?」
「え?今、何と?真の気持ち?」
「そう・・・それは真実を映す水鏡のようなもので心に秘める想いを押し出してくれる。まあ・・・それは素直では無いそなたが持った方が良いかも知れぬな」
「彼女は嘘を言う魔具だと・・・」
「ああ、あの娘にはそう言って渡した。その方が面白いと思ったからな。で?あの娘の気持ちを知ってそなたはどう動く?」
「信じられない・・・ニーナが私をだなんて・・・私が彼女から好きになって貰えるような理由など一つも無い!怖がらせて怯えさせているだけで嫌われることしかしていない!そんな馬鹿なこと絶対に信じない―――」
一気に燃え上がる炎のように言葉を吐き出したグレンだったが口を閉じた瞬間、その感情は抑え込んでいた。まるで何も無かったかのように何時もの冷め切った顔をした。

「・・・・・・見飽きたものだが・・・本当に素直ではないな・・・」
「その話しは今後の参考にさせて頂きます。いずれにしてもこの指輪はお返し致します。どうせなら真実を言わせるとかいう戯言のようなものでは無く、恋の虜にするような魔具を出して欲しいですね。その方が大いに役に立ちます」
グレンは嫌味たっぷりに言った。
しかしその指輪を受け取ったジャラはしたり顔だった。この指輪の効力を信じていないがニーナを恋の虜にしたい道具が欲しいと本心をグレンは言っているのだ。
指にはめていなくてもこの指輪の効き目はあるようだ。

「まあいい。我が関わるのも此処までとしよう・・・いずれにしても身辺には気をつけることだ。命どころか大事なもの全てがその手の指から抜け落ちてしまうだろう・・・」
妙な言い方をしたジャラはまた何処かへ消えてしまった。
今回はやけに絡んでいたがまた気まぐれな魔神に戻ったようだ。それどころかそれからジャラは本当に消えたかのように姿を現さなくなったのだった。


そしてニーナも消えてしまった―――

「グレン!ニーナが消えちまった!」
ジャラが消えたのと入れ替わりのようにデールが焦った様子で現れた。

海神が去り際に妙なことを言っていたのをグレン思い出した。

『―――身辺には気をつけることだ。命どころか大事なもの全てがその手の指から抜け落ちてしまうだろう』
(あの言葉の意味は?
大事なもの?ニーナ?)
咄嗟に浮かんだニーナの姿に違うとグレンは首をふった。

(彼女が私の大事なものではない筈だ・・・(はかりごと)の駒として大事なだけでその駒が失われたのなら新たな手を考えれば済む事だ・・・大事なものでは無いから大丈夫だ・・・)
グレンは理由もなく安心している自分がいた。いつもこれで終りだと思っていてもジャラが面白半分に助けてくれていたのだ。彼の力を借りることが出来たなら時間をかけてやっている今の案件も簡単に済むだろうが気まぐれな魔神は人間の都合など興味は無い。
どちらかと言えばグレン達の動向を楽しんでいる感じだった。
しかも今回は特にニーナを気に入っている様子で彼の結界内で何かが起こるなど有り得ないだろう。

「おいっ!聞いているのか!」
「聞いている。そっちこそ寝ていたのか?何の為に護衛しているんだ?」
落ち着き過ぎているグレンにデールは銀色の瞳を大きく見開いた。

「まさかあんたもグルか?水の王があんな目くらましをかけるなんて思いもしなかったさ!それにジーンも一緒に消えている!何処に隠した!答えろ!」
「何?海神が目くらまし?それにジーンもいない?」
グレンの時が止まった。今、目の前の異界の者は何と言ったのか?

「あんた・・・本当に知らないのか?オレはさっきまで水で作られたニーナの幻を見ていたんだ。オレを騙すなんて何の為に水の王がそんな事をする?それが消えて彼女が何処に行ったのか探した!そしたらあんたと庭に出て行ったというじゃないか!しかしその後、あんたと別れてからの足取りがつかめない!そしてこれが庭に落ちていた!」
デールが握りしめ突き出した手には鮮やかな血の付いた日よけの薄絹だった。それはグレンが贈りニーナが今日肩に羽織っていたものだ。

「・・・・・海神・・・海神――っ!何処にいる!海神!ジャラ!何処だ――っ!」
グレンは宙を仰いで叫んだ。叫びながら全身の血が一気に心の臓へと流れ込むのを感じた。
先王ダドリーの鮮やかな脱獄といい宮殿内から消えたニーナ―――
あの何でもお見通しの海神が知らぬ訳が無いのだ。一番怪しいのにその考えがチラリとも浮かばなかった。全てジャラが手を貸せば難なく出来るのに・・・・グレンは驚いたことに信じきっていたのだ。

気まぐれな魔神は呼んでも姿を現すことは(まれ)だ。だから今もグレンを裏切ったのでは無くただ気まぐれで出て来ないのだと信じたかった。
信じたいと思うからグレンはジャラを呼び続けた。デールが止めるまで―――

「いい加減にしろ!こんなことしている場合じゃないだろう!あんたが言ったじゃないか!ニーナは命を狙われているんだろう?早く助けないと!」
グレンはその言葉を聞き一瞬で冷静になった。

「ニーナはまだ大丈夫だ。殺すならもう殺していただろう・・・これだけ隙だらけだったのだから・・・」
確かにジーンに狙い易いように隙を作れと言ったが、こんなお粗末な結果になるとは思ってもいなかった。狙われてもデールが阻止するか、ジャラが首を突っ込んでくると予測していたのだ。
だからあくまでも未然に防いで犯人を炙り出すつもりだった。それがこうも見事に攫われるとは想定外もいいところだ。しかもジャラが関与して?
更に未だに姿を現さないジーンもこの件に関わっているだろう。バイミラーには信用していないと言ったがニーナが言い当てたように心の何処かではジーンを信じていたらしい。
エリカやニーナと出逢いいつの間にか融け始めていた心が再び冷たく凍っていく―――

(誰も信じ無い・・・誰も私の心に触れさせはしない・・・もう二度と・・・)
オルセンの王女ニーナの誘拐事件によってシーウェル全土、及びその周りの島々まで大々的に捜索の手が伸びた。もちろんそれはグレンの描いた筋書きでは無かったが好都合だったとも言える。
ダドリーを内々に探すのに時間がかかり過ぎていたがこれならば大義名分で堂々と方々を探し回れるからだ。人を隠そうとすれば何かと怪しい所が出てくるだろう。例えダドリーを探していなくてもそれらしいものにぶつかる筈だ。

しかしその手がかりらしきものが全くでなかったのだった―――



 ニーナは窓の無い殺風景な部屋で目覚めた時、自分が今何処にいるのか・・・
それよりもどうしてしまったのか分からなかった。

「魔神が消えて・・・ジーン?そうだ、ジーンが怖い顔をして立っていて・・・急に目の前が真っ暗になって・・・」
ニーナは改めて周りを見回した。扉が目に入り駆け寄ってみたが鍵がかかっていて開けることが出来なかった。しかも頑丈な鉄製の扉だ。

「私・・・攫われたの?」
何かの術か薬で意識を奪われ、鍵のかかった部屋に閉じ込められたとすればそう考えるしかなかった。命さえ狙われるだろうと言われていたのだから自分の身が今、危険な状態だというのは分かる。
しかし誰に?とニーナは思った。目の前にいたのはジーンだけで周りには誰もいなかったが、ニーナは全くと言って良いほど彼を疑っていなかった。

その時、ガチャリという音と共に扉が開き、そこから現れた数人の人物の中に見知った
者を見てニーナは驚愕してしまった。そして悲鳴になりそうな声を呑み込み、信じられないというように大きく瞳を見開いたのだった。
「ど・・・どうして・・・」
「窮屈な思いをさせまして申し訳ございません。大人しくして頂きますれば姫に危害を与えるつもりはございません。事が全て終わるまでこちらでお過ごし頂いて欲しいだけでございます」
「どうして・・・こんな・・・」
ニーナは驚き過ぎてそれ以上言葉が出なかった。
そしてその彼女の足元に手荒く投げ込まれた人物にニーナは悲鳴を上げてしまった。
そして名を呼んだ。

「ジーン!」
ジーンは意識無く左手は傷を負っているようで血が流れていた。
ニーナは急ぎ助け起こそうとしゃがみ込んだ。

「抵抗したので手荒い事をしてしまいましたが命に別状はありません。ですが・・・くれぐれも騒がずお過ごし下さいますよう、お願い申し上げます」
丁寧に頭を下げながら言って部屋から出て行った人物―――
それはグレンの信任も厚く軍の要でもあるバイミラー提督だった。誰か分からない裏切り候補者でも後ろの方にしか名が挙がらない人物だろう。ニーナでさえも分かる人間関係だった。
何故?と思う気持ちは大きかったが今は目の前の傷付いたジーンの手当てが先決だ。かなり抵抗した様子で手の切り傷の他にも打撲の跡が見られたのだ。

「くっ・・・・・」
ジーンの傷に触れた時、意識が戻ってきたようだった。

「ジーン!ジーン大丈夫?」
「・・・姫様?ご無事でしたか?」
彼はまだ朦朧(もうろう)とした感じだったが言葉は、はっきりしていた。

「私は大丈夫・・・だけど・・・どうして・・・」
「姫をお迎えに行った時、後ろからいきなり姫を拉致なさろうとなさって・・・私も驚いています。まさかあの方が王を裏切るとは・・・」
「えっ?そう・・・そうだったの・・・」
ニーナは少し考え込むような顔をした。それから気持ちを切り替えたようだった。

「・・・・・・此処はどこかしら・・・たぶん、デールも魔神に目くらましされていたから私の場所分からないでしょうね・・・」
「デール殿が海神に?では海神も王を裏切って・・・」
ニーナは違うと言って首をふった。

「しかし、そうとしか考えられません。何ということでしょう・・・」
今の状況では誰もがそう考えるだろう。
ニーナは魔神の不安な言葉も聞いていたがジャラを信じている。

ニーナはジーンをじっと見つめた。
彼を最後に見た時は侍女服を着ていたが今は男物を着ていた。
そうなると当然だがグレンにそっくりだった。違うと言えば瞳の色がグレンより少し明るいくらいだ。

「・・・その服装・・・見慣れないから何だかジーンじゃないみたい・・・」
「宮殿の侍女服は目立ちすぎると言って着替えさせられましたので、お見苦しくて申し訳ございません」
「あっ、ごめんなさい。そういうつもりで言ったのでは無くて・・・やっぱり性別どおりの格好がいいと思っただけで・・・私の言葉が足りなくて・・・」
「―――いいえ。こちらこそ申し訳ございません。しかし、これだと王に似過ぎているでしょう?普段はもっと違う感じにしているのですが流石にこの状況では余裕が無くて・・・」
グレンの影であるジーンは余程の事が無い限り本来の姿・・・グレンの姿にはならないらしい。
当然と言えば当然なのだろう。その姿こそジーンの生まれた理由であって彼の存在価値とも言えるのだが本体が表にいる限り影は表に出る事は出来無い。

「ジーンはジーンよ。似ているからってグレンじゃないもの・・・あっ、私達変ね。こんな話しをしている場合じゃないのにね」
ニーナは最初からそう思っていたが改めて言葉に出して言った。
ジーンは先程のニーナと同じように少し考えるような表情を一瞬した。
彼の存在を知る重臣達はもちろん血を分けた母親でさえ利用価値は認めていても忌み嫌った存在のジーン。ニーナはその彼の存在を認め一個人として思ってくれているのだ。今までそんな事を言うのはグレン以外いなかった。そして優しい日々を思い出していた。
ニーナと同じように微笑んでいた人を―――

「ジーン?」
黙りこむジーンにニーナが心配そうに声をかけた。彼は珍しく、はっとした顔をした。

「申し訳ございません。この状況から逃れる方法を考えておりました・・・」
「そうよね。早く此処から抜け出さないと皆が心配しているわね。ジーンがいてくれて良かった」
「・・・・・・・・・」
ジーンは受け答えをせずに立ち上がった。

「あっ、傷の手当てを・・・」
「いいえ、かすり傷ですので大丈夫です」
「でも・・・」
ジーンはもう血も止まっているから、と言って辺りを見回り出した。

「ここは何処かしら?」
ニーナも周りに視線を流しながらぽつりと言った。

「たぶん・・・バイミラー提督の屋敷の一つかと」
「じゃあ、前国王も此処に?」
ジーンがピタリと動作を止めて振向いた。

「ご存知だったのですか?」
「あっ・・・は、はい・・・私がこうなったのも役に立つのでしょう?」
「貴女はまさか・・・王と私の話しを聞いていたのですか?」
ジーンは本当にまさかと思った。ダドリーとの確執と行方知れずというのはグレンが話しをしたのかもしれない。しかし彼女を囮にしてその行方を捜しているとはグレンなら言わない筈だと思った。
そしてこの話しをしている時は慎重に人の気配には気を配っていた。

(いや・・・あの人がダドリーの事さえ言う訳ない。と・・・すると・・・)
「海神ですね?あの方から聞かれたのですね?」
「あの・・・私は・・・」
ニーナは余計な事を言ってしまった自分が情けなかった。しかも誤魔化すことも出来ずにどもってしまったから尚更だ。

「で、でも・・・私でも少しは役に立ったのでしょうか?」
「貴女という方は・・・」
今度はジーンの方が答えに窮してしまった。

「・・・・・余りいい状況では無いのね・・・」
ニーナは彼の微かな表情を読み取ってぽつりと言った。

「申し訳ございません。私の落ち度です・・・共に捕らわれるなどしたばかりに」
「ジーンのせいでは無いわ・・・悪いことが重なってしまっただけだもの・・・」
グレンが怒ってニーナを人気の無い庭へ連れ出して置き去りにしたのも、デールが目くらましをかけられていたのも・・・ジャラとの約束も・・・何もかも一度に全てが重なってしまったのだ。だから誰も悪く無いとニーナは思っている。しかし・・・

(シーウェル王は・・・彼はどう思っているのかしら?折角の手掛かりが役に立たなかったと怒っている?―――心配はしていないわよね?)
ニーナはグレンに自分の事を心配して欲しいと思わなくても、役立たずだと思われたく無かった。だから解放されるまで大人しくする考えは頭の中から消えていた。
「ジーン、どんなことをしても此処から逃げ出しましょう。だから一緒に手伝ってね」
「・・・・・私は反対です。大人しくしていれば命は保障されているのにわざわざ危険を冒す必要はございません。姫にそのような危険な事をさせられませんし、王は既に我らを切り離し新しい活路を見出している筈です」
「切り離す?見捨てるの?」
「・・・・・いえ・・・そういう訳では無く新たに違う手段を講じていると・・・」
ジーンは答えながらはっきり断言までには至らなかった。最近のグレンはこのニーナに関して動きがとても緩慢で何時もの王らしく無いと思っていたのだ。
しかしニーナは自分がグレンにとって目的を達成する為の駒としか思われていないと自覚していた。
だからそれを再確認してしまって悲しかった。涙が出そうになるのをぐっと堪えて顔を上げた。

「でも・・・やっぱり私・・・手伝いたいの・・・」
ニーナは本当に彼の役に立ちたかった。嫌われているのは分かっていても少しは自分がいて良かったと思って欲しいと願ったのだ。



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