再び手詰まりとなった今、ニーナとの関係で犯人を炙り出す計画を一応中断した。
そうなるとグレンは手のひらを返したように彼女に対して無関心になってしまったのだった。
何かと手土産を持って現れたり、用も無いのに顔を出したりと、会わない日は無かった彼の姿を見なくなったのだ。だから二人の破局説は瞬く間に噂となってしまった。
そして誘拐の主犯だったハリエット王女は最初、流石に部屋から出て来なかった。
しかしシーウェル王から何の咎めも詮索も無いのをいいことに厚かましくも平気な顔をして普段どおりに振る舞いだしたのだった。

「あの女、自分が女王様きどりだぜ。恐ろしいやつ」
デールが遠くに見えるそのハリエットを指差して悪態をついた。

「デール、誰が聞いているか分からないのよ。言葉には気をつけて・・・」
「はん?誰に聞かれようが関係ないさ!あんな女を野放しにするなんて!グレンの奴、何考えてるんだか!奴の頭の中をかち割って覗いて見たいもんだ!だいたい前から気に入らなかったが最近はもっと嫌な奴になりやがったしな!」
デールの言い放題な様子にバイミラー母娘は驚き、傍に控えていたジーンは伏せていた視線を少し上げた。

「デール、王の悪口はもっと駄目よ。あっ、もうこんな時間ね。じゃあ私は出かけるわ。デールお留守番宜しくね。ジーン行きましょう」
「また、ジーンかよ。オレが一緒に行くからジーンにこいつらの警護をさせろよ」
「駄目、デールは直ぐ喧嘩するでしょう?しないって約束出来る?」
「うっ・・・」
「ふふふっ、ほら、返事出来ないでしょう。じゃあお願いね」
ニーナは今は侍女から護衛官に身をやつしているジーンを伴ってある場所へと向った。
そこは毎日通っている。姿を見せなくなったグレンに今度はニーナが会いに行っているのだ。
王の居る空間は何時来ても緊迫した感じで重い空気が漂っている。オルセンの父親とは正反対だろう。母国では王のいる場所は朗らかで明るく皆が笑っている感じだった。だから城の中で王がいる場所は直ぐに分かったぐらいだ。
王の居る場所が分かるというのはこのシーウェルでも同じだ。
オルセンの王とは逆にグレンが居そうな場所は静まり返っているからだ。

その場所に向ってニーナは迷わず真っ直ぐに進んだ。
今日は執務室にいる様子で、その扉の外には警備兵が物々しく立って警護していた。
ニーナはその兵達を見上げて微笑むと強面の兵達はその笑みにつられたのか口元をほころばせた。
グレンを警護する者達の間ではニーナが王を尋ねてくるのは見慣れたものだからだろう。
だから彼女が扉に手をかけても止められる事は無かった。
内側に入っても取り次ぎの者もニーナを止めることは無い。彼女は何処でも自由に出入りすることが出来るようにとグレンが以前許可を出してくれているからだった。

「お邪魔します」
ニーナは扉を開けると同時に小さな声をかけながら中へと入った。
続いてジーンが入室して扉を閉める。
グレンは大きな執務机に向って書類に署名をしている様子だったが顔さえ上げなかった。
傍に立っていたバイミラーが振向いただけだった。
何時もの事だったのでニーナは気にせず、グレンの近くの椅子を見つけてそこに座った。
そして話しかけることも無くただグレンを見つめていた。これがニーナの日課だった。

それから暫くして無視をしていたグレンも流石に顔を上げてニーナを見た。
冷たい海底のような隻眼で刺すように見られてニーナは、どきりとした。怖いのでは無く久し振りに目があったからだ。自然と頬が熱くなるような気がした。

「毎日、毎日、用があるわけでも無く来る理由は?」
「あの・・・お会いしたいからで・・・理由は・・・」
ニーナは理由を口に出すのが恥ずかしかった。でも頬を染めながら俯いて言った。

「あ、貴方が・・・す、好きだから・・・私・・・一緒にいたくて・・・」
一生懸命想いを言葉にしたニーナがグレンを見た。
彼は最近よく見る冷笑を浮かべていたのだった。ぞっとするような冷たい微笑。

「最近聞いた中でも最高の戯言だ。私を好きだろうが愛していようが私には関係無い。しかしオルセンの王が出した条件はこれで充たしたとなる訳だ。直ぐにでもオルセンへ使いを出して婚礼の準備をしよう。それで姫、ご用はそれだけですか?」
「・・・私は貴方が好きです。何よりも・・・」
ニーナは今日は久し振りに話しを聞いてくれるグレンにこの想いが少しでも届いて欲しいと思って重ねて言ってみた。すると何よりも≠ニいう言葉にグレンが珍しく反応した。

「何よりも?また貴女の言う大切なものの話か?馬鹿らしい。ではどうだ?私の命と引き換えにオルセンの王の首を取って来いと言われたら行くのか?」
グレンが極端なことを言った。バイミラーの裏切りは許されないものだったが、グレンを暗殺しろと言われたらどちらを選んだか分からない。指図されたものは簡単なもので命に関わるものでは無かったからだろう。その選択を今、ニーナに問いかけていた。

「とても悲しくて・・・怖くつらいと思いますけれど・・・貴方が本当にそれで助かるのなら私は言われる通りにします」
ニーナは澄んだ瞳で迷い無くそう答えた。

「―――口先だけの答えだな」
「私は本気です・・・嘘は言いません・・・」
彼女が嘘を言わないのをグレンは十分知っている。しかしそれが何だと思いそれ以上追及しなかった。
まだダドリーを見つけていないうえにオーデン国の意図がはっきりしていない今、ニーナの戯言に構っている暇など無かったのだ。先日ふと過ぎった何の為に?≠ニ言う疑問もその忙しさで紛れている状態だ。しかしグレンはニーナが居ると気分が落ち着かず目を通していた書類をそのままにバイミラーを伴って執務室を出て行ったのだった。

「怒らせたかしら?ううん・・・怒ったりもしないものね。でも良かった・・・ここなら邪魔もないからゆっくり話が出来るもの・・・」
「姫様?」
ニーナがジーンを見つめながら言った。

「ねえ・・・ジーン。何故、シーウェル王を裏切ったの?」
「何のお話でしょうか?」
「・・・嘘はもう・・・いいわ。理由があるのでしょう?私では力になれない?」
「・・・・・・・・」
「ねえ・・・お願い。貴方まで裏切っていると知ったら王は悲しむわ・・・もう二度と人を信じ無いかもしれない・・・だから知らないうちに解決したいの。事情があるのでしょう?」
「・・・・貴女は・・・・・」
ジーンは戸惑いの表情を見せたが直ぐに、はっと振向いた。扉の外に人の気配を感じたからだ。
そして入って来たのは思いなおして戻って来たグレンとそれに同行するバイミラーだった。

「興味深い話だな。私にも聞かせて貰おうか?」
ニーナは驚き瞳を見開いた。
バイミラーも驚いている様子を見ると二人は仲間では無いのだろう。
しかし一番知られたくなかったグレンに聞かれてしまったのだ。


 あの日―――


『姫をお迎えに行った時、後ろからいきなり姫を拉致なさろうとなさって・・・私も驚いています。まさかあの方が王を裏切るとは・・・』

ジーンは驚いている≠ニ言ったのだ。彼はそういう感情を表に出さ無いのに今回は必要の無い嘘を言った。今までの彼なら多分・・・驚きはしないだろう。ニーナはそれに違和感を覚えていた。
それに斬られた傷跡が一箇所だけというのがとても不自然に感じた。ジーンが本気で抵抗したのなら殴られるだけでは無く、もっと沢山斬られていたのでは?と思ったのだ。
それにオルセンに帰るなら助け出してやると言った。まるで犯人が言う台詞だ。
その日からニーナはずっと彼の様子を見ていたのだった。

「私を?私をお疑いですか?私は陛下の影・・・裏切るなどありえません」
グレンは腑に落ちない数々の断片的な事実に見え隠れするものが何なのかと考えていた。
そして疑いは晴れている筈のジーンを怪しいと思っていたばかりだった。

「誰もがありえないと言う。私はもう誰も信じ無い・・・お前が仲間で無いのなら誰が彼女を王宮から連れ出す事が出来る?バイミラーは屋敷で待機して他の者が誘拐して来るのを待ったらしい。これの役目は姫を監禁するだけだった。まあ嘘か真か別として、そして屋敷の敷地内で姫と既に斬られたお前が転がっていたとか・・・その後、目覚めたお前が抵抗したから殴ったらしいが・・・そのお前達を連れて来た犯人が誰なのかバイミラーは知らず、捕らえた者達も知らなかった。それらはバイミラーの監視役だっただけの小者でしかなかったから無理も無いが・・・バイミラーが嘘を言っているとしてもお前達二人を王宮から密かに連れ出すには魔法でも使わない限り無理だろう・・・」
「王、私は嘘を申しておりません。私は本当に姫を隠すのを手伝わされただけです」
「私ももちろん裏切ってなどおりません。魔法と言うなら海神でしょう?私ではありません。未だに姿を現さない海神が一番怪しいではありませんか?」
確かにジャラの関与は晴れていない。しかし魔神が本当に首を突っ込んでいるのならそれこそもっと混迷しているだろう。

「魔神はこの件に関わっていません」
ニーナは自信をもって断言した。
それこそ何処からその自信が湧いてくるのかとグレンは嗤いたいぐらいだった。

「―――私はそう思わない」
「いいえ!魔神は貴方を絶対に裏切らない!」
ニーナは強く主張するように出来るだけ大きな声で言った。自分と取引をした魔神は条件が満ちる日までグレンの傍にいてくれる約束だ。そのジャラが裏切り行為をするとは思えなかった。
その時、聞きなれた笑い声が何処からともなく聞こえてきた。

「くっくくく・・・我がどうしたと?」
ジャラが久し振りに現れたのだ。戦慄を感じるほど麗しい美貌の魔神は眩しいまでの白銀の姿で、ずっと其処に居たかのように部屋の隅で佇んでいた。

「・・・海神・・・貴方は・・・」
「シーウェル、少しばかり見ぬうちに何と荒んだ顔になったものよの。我がいなくて寂しかったのか?それに何やら面白くなっているようだな?」
「・・・・・・・・・」
グレンはジャラを疑っている。そして彼が出て来たからにはもう終りだと感じていた。
その時ジャラの気を感じたデールが飛び込んで来た。

「水の王!」
ジャラは叫んだデールに、ちらりと視線を動かした。それだけでデールはぴたりと動きを止めて固まってしまったようだった。誰もがジャラの存在に恐怖する中、ニーナが進み出た。

「あの・・・魔神。今までどちらにいらっしゃったのですか?お姿が見えないので心配していました」
ジャラは白銀の瞳を一瞬見開いて、ニッと笑った。

「そなたは我が裏切ったと思わなかったのか?長年の付き合いでもあるシーウェルは疑っているのに?」
ニーナは不思議そうに首を傾げた。

「貴方が何故そんな風にご自分を見せようとするのか私には分かりませんが・・・貴方の気持ちが変わったとしても、黙って去って行くだけで裏切るような行為はしないと思っていましたから・・・だから心配していました」
ニーナは約束のことは口に出さなかった。グレンの為とは言っても内緒で勝手に取り決めしていたのを本人に知られたく無かったのだ。

「歓迎して貰えなかったらこのまま何処かへ捨ててこようかと思ったが・・・そなただけでもそう言ってくれるなら、まあいいだろう。シーウェル、我の不在だった理由だ」
ジャラが指を鳴らすと空中から水に縛められた男が現れた。

「こいつはっ!」
デールはその男を見知っているようだった。

「デール、知っているの?」
「ああ。水の王の取り巻きだ」
「取り巻き?では先日言っていた海神に従う者か?」
グレンはデールのように王に従う者がジャラにもいて、今回関与しているのでは?と疑っていたが、デールからそれは有り得ないと聞かされていた。しかしその男は存在し、ジャラによって捕らわれている。仲間ではないのだろうか?

「我に従う者?くっくく・・・そのような者は知らぬ」
「わ、我が王!」
捕らわれの男は悲痛な声を出したが、ジャラは知らぬ顔だった。
デールは言った通りだろう?と言うようにグレンに目配せした。
デールは言った―――ジャラは自分を慕う者などあの白銀の瞳に映ってさえいない―――と。

「それで海神。貴方の不在の理由とこの異界の者の関係は?」
グレンの聞き方はあくまでも事務的だった。
ジャラはそれに気が付いたようだが何も言わずグレンの質問に答え始めた。

「我が結界内でこれの気配を感じたが隠れるのだけは得意のようでこれが中々尻尾を出さぬ。遠くから覗き見をするぐらいとは言っても我は気に入らないものは気に入らない。それこそシーウェルを真似て捕まえるのに一芝居してみた―――」
グレンを真似た芝居とは?ジャラの意外な言葉に誰もがその次の発言を待ったのだが・・・



TOP    もくじ   BACK  NEXT