オルセンの姫の他に他国の姫を妃に迎えても国際的にどうかという意見が多かった。
しかし問題はニーナの病弱さだったようだ。事情をしらない者からは政略結婚だから姫をエリカと換えてもらったらいいと言う意見さえあった。そして苦肉の策がこれだったのだ。
妃を娶るより良いかもしれないとニーナは、ちらりと思った。その表情をグレンは見逃さなかった。

「ニーナ、君は賛成だと言うんだな?」
「わ、私は・・・」
「もちろん、ご賛成でしょう?姫?陛下も姫を大事に思われるならご承諾下さい。ご病弱な姫君がご懐妊されても母体がもちませんでしょう?運が悪ければ・・・申し上げ難いことですが・・・」
グレンはそんなことまで考えていなかった。子供がどうとか言うよりもそれがニーナの命に関わるとは思ってもいなかった。それなら子供など入らない。しかしニーナの本当の気持ちが知りたかった。
愛する女性から他の女を薦められるなど行き場の無い怒りが込み上げる。

「・・・分かった」
「ご承知頂けるのですね!ではどの娘になさいますか?」
ニーナは何か言おうと顔を上げたが、言葉が出なかった。
その前を一瞥も無くグレンが通り過ぎ、頬を染めた娘達の前に進んで行った。

「さっ、さっ、陛下。どの娘に?」
「・・・面倒だ。三人まとめて相手をする」
「ほっほほっ、これは頼もしい!ささ、娘達、お勤めしてまいれ」
嬉しそうに娘達はグレンの後に付いて行った。
奥には寝所がある―――最後の娘の姿を吸い込んで扉が静かに閉まった。

重臣達は歓喜していたがニーナは真っ青になって立ちつくしていた。しかし足がふらふらと閉まった扉に向う。力なくその扉を一度叩いた。そしてもう一度・・・それから強く連続して叩き出したのだ。

「嫌――っ!嫌です!シーウェル王!私は嫌!グレン!嫌――っ!」
今更と周りの者達は鼻で笑った。

「姫が心配されるような身分の娘達ではございません。ただの道具と思って下さい。腹を借りるだけです。ですからお気を静め下さい」
扉を叩くのを止めさせようとした重臣に黙って見ていたジャラが、ちらっと睨んで邪魔をした。
重臣でも滅多に見ない海神は恐ろしいものだ。誰もニーナを止めることは出来ない。

「グレン!嫌――っ!」
叩こうとした扉にニーナの手が目的を無くして空を叩いた。扉が開いたのだ。
その宙に浮いた手をグレンが掴んでいる。

「ニーナ、良く分かっただろう?もうこんな考えは捨てるんだ。いいね?私は君がいれば十分。他に何もいらないと何度言えばわかってくれる?」
グレンは彼女の掴んだ手を、ぐっと引き寄せ腕の中に抱きこんだ。だがニーナの呼吸がまた変な音を出し始めていた。発作の前触れだ。グレンは、さっと顔色を変えた。

「ニーナ!」
ニーナは大丈夫だと言うように少し微笑んだ。
彼女の細い身体をグレンは更にそっと抱きしめる。まるで壊れ物でも扱うようにそっと―――

「つらい思いをさせた・・・すまなかった・・・」
「・・・わ、私も・・・ご、ごめんなさい・・・」
見せかけだけ寝所に引っ張り込まれた娘達は怒った顔でぞろぞろと出て来た。

「わ、我々は承知しませんぞ!」
ジャラの威圧を跳ね返して重臣達は叫び、そうだ、そうだと同意する声がしていた。
イミラーはジーン達を乗せた航海で不在だ。穏健派の彼がいればもっと根回しされこんな事態にはならなかっただろう。
「要するに王家直系の子がいればいいのだろう?」
ニーナを大事そうに抱いたままグレンが顔を上げて言った。

「もちろんそうです!それで無くとも今や直系は陛下だけ。シーウェル王国を潰してしまうおつもりですか!」
「そんなに直系にこだわるならその娘達を貸せ。親達から買って来たのだろう?どのように使っても文句は無いのであろう?」
「あっ、はい。では!」
重臣達は浮き立ち、ニーナはグレンの腕の中で震えた。

「早合点するな」
グレンは何時もの非情な執政者の顔をしていた。最近は表情が柔らかくなっていたから重臣達も王としての彼の顔を忘れがちだった。

「あれが居るだろう?」
「あれ?あれとは?あっ・・・まさか・・・」
グレンの低くなる声と共に、あれと言われるものに思い当たった者達は騒ぎ始めた。

「年はくって気狂いでもまだ十分種馬代わりにはなるだろう?無事に生まれたら王太子としてお前達が大事に育てるがいいだろう」
幽閉している父ダドリーの子供を産ませろとグレンは言った。

「年くってる?気狂い?何それ!私は王様の相手をすると聞いたから来たのよ!変なのは嫌よ!」
娘達は話しが違うと騒ぎ出した。

「お前達、静かにするんだ!陛下、この話しはとりあえず後日ということで・・・」
とんでもない事を言い出した王を説得する糸口を掴めない重臣達はそそくさと部屋を後にしたのだった。

「くくくっ・・・シーウェル。よくもそのような戯言めいた手を考えついたな?」
ずっと黙り込んでいたジャラが愉快そうに言った。

「彼らが馬鹿なことを言うからです!危なく皆の首を刎ねそうになった」
「くくくっ・・・よう我慢したな?シーウェル。昔のそなたなら確実にやったであろうの・・・愉快、愉快」
「冗談を本当のように言わないで下さい。ニーナが怖がるでしょう」
ジャラは何処が冗談かと言いたかったが可愛いニーナの為、口に出さなかった。

「あの・・・お父様との・・・その・・・あの娘さん達のことも冗談なのですか?」
ニーナは心配そうにグレンを見上げて言った。彼女はまだ彼の腕の中だ。
グレンが、くすりと笑ってニーナの額に口づけを落とした。

「私が熱心に薦めても彼らはしないだろう―――私にも兄弟は何人かいた。父のように愚かな者に、それを是としない私のような者半々だった。愚かな兄弟達は己の利権の為に殺し合い正義を訴える者は父に殺された。父ダドリーの狂気の血が善と悪どちらが出るのか大博打だ。だからそこまで踏み切れる者達はいないだろう。彼らは十分狂った血を知っているんだからな」
ニーナはジャラから聞いた事しか知らないがグレンの生きてきた道のりは悲惨なものだっただろうと感じた。そして自分に流れる父親の血を嫌悪している。

(もしかして私が病弱だからいいと言うのではなくて、その血を恐れ繋ぎたく無いと思っているのかもしれない・・・)
ニーナは何て哀しいのだろうかと思った。

(私に出来ること・・・私にしか出来ないことは?)
グレンはニーナが眩しく輝いたかに見えた。
その彼女が、にっこりと微笑んで言った言葉に唖然としてしまった。

「私、貴方の子供を産みます・・・絶対に産んでみせます!」
「ニ、ニーナ・・・気持ちは嬉しいが君には無理だ。無理をすれば子供どころか君が危険だ。そんなことはさせられない」
ニーナは頭を振った。

「私、産みたいのです。貴方に似た赤ちゃん。そして一緒に大切に育てましょう」
「だ、駄目だ、駄目だ!」
グレンがニーナを突き放すように彼女から腕を解いた。急に離れた肌の温もりを守るようにニーナは自分で自分を抱く。そうしなければ立っていられない。

「あの魔神・・・私の命はどれぐらい持ちますか?」
「そなたの命?」
ニーナは頷いた。

「ニーナ?何を言っている?どうしてそんな事を聞くんだ!」
グレンが不意打ちを受けたかのように動揺した。

(まさか?馬鹿な・・・)
「私はオルセンの魔神から命を助けて貰いました。でも壊れた器に幾ら水を注いでもこぼれるのと一緒でこの壊れかけた身体から流れるものを感じています。命がこぼれているのですよね?真実を映す鏡を持つ魔神―――私は後どれくらい生きられますか?」
時間が勿体無いと口癖のように言っていたニーナはこんな想いを抱えていたのだ。
グレンは気付かなかった自分に腹が立った。

ジャラの愉快そうな顔が珍しく、すっと真顔になった。

「白き娘よ。そなたの本当の嘆きはそれであったのだな?確かにそなたの身体は思ったより悪い。しかし時間をかければ我が治せないものでは無い。赤子ぐらい産めるようがその間に流れる命だが・・・ふふふっ、そのような顔をするでない。そなたに使った命は我の界のもの・・・我らは永遠に近い時を生きるもの。小者でもこの界に生きるものより何倍もの生があるというものだ。安心するがいい」
「本当に?本当でしょうか?」
「シーウェルと付き合うから疑り深くなったのではないか?我は嘘を言わぬ」
「・・・言いましたもの・・・」
「くっくくく・・・言うようになったな?これは嘘では無い。そなたが信じるまで何度も言ってやろうか?」
それは過日ジャラの言うことを信じなかったグレンに、信じるまで何度も言ってくれとニーナが言った台詞だ。ニーナは、くすくすと笑い出した。

「信じます。ありがとうございました」
「海神、本当ですか?」
グレンはまだ疑っているようだった。何度もニーナが発作を起こすのを見ていたから彼女の問いが意外に聞こえなかったのだ。グレンの心の隅にあった不安だった。

「やれやれ、一番疑り深いシーウェルを納得させる方が難儀だ・・・」
「そうですね・・・じゃあ、やっぱり元気な赤ちゃん産んだら信じてくれますよね?」
「だからニーナ、それは――」
「シーウェル、ごちゃごちゃと煩く言うのならこの娘を攫って行くぞ」
「海神!冗談じゃない!いいえ、貴方は冗談も本当にする!ニーナは駄目です!」
グレンが慌ててニーナを再び腕の中に引き寄せた。
ジャラは愉快そうに笑う。永遠の時を生きる魔神は暫く退屈する事は無いだろう。


 ―――その一つシーウェル王国に世継ぎが誕生する。
いち早く魔神サイラスと共に祝いに駆けつけたエリカは母となった妹と会った。

「姉さま!どうして?」
「ニーナ、おめでとう。元気そうで良かったわ。デールがね、こんな時ぐらいぱっと飛んで行けってね」
エリカは魔神の力を使うことを極力避けているのをニーナは知っている。婚礼の式典以
来ずっと会っていなかったから心配だったのだろう。
「デールが?彼も一緒なの?」
「デールはまだ拗ねてるわよ。お気に入りのニーナがグレンに取られたってね」
「取られたとは聞き捨てならないな。まるで自分のものだったみたいじゃないか?」
エリカ達の来訪を聞いて駆けつけたグレンが不機嫌そうに現れた。

「グレン!久し振りね。おめでとう。ところで赤ちゃんは?」
ニーナは寝台の中だが近くに見当たらないのだ。ニーナとグレンが困ったように顔を見合した。

「我を呼んだか?」
いつものようにいきなり姿を現したのはもちろんジャラだ。
その腕の中に赤子を見付けたエリカは驚いた。

「あっ!赤ちゃん?」
大きな声に驚いた赤子がぐずり出した。

「大きな声を出すでない。まったくそなたは相変わらずじゃな」
泣き出してしまった赤子をジャラは仕方ない様子でニーナに返した。母親に抱かれた赤子は直ぐに笑い出した。その様子をジャラは嬉しそうに眺めている。

「やはり母が良いか?」
「そんなことはありませんよ。小さなジャラは魔神も大好きですから。ねえ、ジャラ」
「ジャラって・・・赤ちゃんの名前?」
エリカは意外そうに聞くとジャラが得意そうな顔をした。

「シーウェルがどうしても我の名をつけたいと言うのでな」
「へぇ〜そうなんだ」
小さなジャラはニーナの髪に似た銀に近い色とグレンの海の色の瞳を持つ。

「どうだ?我に似ていると思わないか?」
「思いません!私に似ています!」
グレンが冗談じゃないと不機嫌そうに即答した。

「そうか?この子はまるで我とアーカーシャとの間の子のようではないか?この髪色と瞳は」
「気味の悪い事を言うな」
黙って壁際に立っていたサイラスは不快そうに言った。

「相変わらずつれない」
ジャラは言葉とは逆に愉快そうだ。その時小さなジャラが笑い声を上げた。

「ん?どうした?」
ジャラはニーナの腕の中にいる小さなジャラを撫でながら話しかける。

「なんだか・・・どっちが父親っていう感じね?グレン」
「エリカ、それを言わないでくれ」
グレンは困ったようにその風景を見ながら答えた。またジャラのお気に入りが増えたようだ。
グレンはニーナを見つめた。すると彼女が視線を上げ微笑んだ。
全てを浄化するようなニーナの存在にグレンは心の中でありがとう≠ニ何度も繰り返す。
虚構の果てに見付けたのは何よりも代えがたいニーナへの愛だった。
 海の王はその海よりも深い彼女の愛に包まれて一つ一つ大切なものが増えていく―――
その後、グレンはシーウェル王国の歴史上、最も繁栄をもたらす王となる。その王は常々言った―――
大切なもの守る為に私は生きている―――と。
そしてその傍らには静かに微笑む最愛の王妃と、彼らを見守る気まぐれな魔神がいたと云う。

あとがき

「虚構の果て〜」無事に終了させて頂きました。ふと見れば本編より長いものとなりました。本編は副題をつけて短い文で区切ってましたが今回は外伝なので副題ナシにしたのですけど…なんだかんだと長くなってしまいました。それに実は「魔神の見る夢」に登場したニーナは初期の下書きでは5歳くらいの子供でした。しかし私の好きなスピンオフに出したいかも…と思って妙齢に書き直したものです。「魔神〜」連載中、相手候補としてはジャラやデールも考えられていましたがゲットしたのはグレンでした(笑)
 いずれにしてもまた私の大好きなカップル誕生でしたが皆様は如何だったでしょうか?


TOP    もくじ   BACK  



ネット小説のランキングに参加しています。投票して頂くと励みになります。(24時間に1回)
ネット小説ランキング「魔神の見る夢」に投票する  HONなび「魔神の見る夢」に投票する


感想はこちらまで    ゲストブックへ (URLは必須ではありません。お気軽にコメントください)