思いつめた顔をしているニーナにジャラは微笑かけた。

「そう気負うものではない。そうしていると目ざといあれに気が付かれる。我があれの秘密を漏らしたのは秘密にな。とは申してもそなたは嘘が付けぬだろうから・・・そうだこれを付けているがいい」
ジャラが手のひらに魔法のように出したのは小さな花のような光る石が三つ並んで付いた可愛らしい指輪だった。それをニーナの右手の中指に滑りこませた。

「これは?」
指にぴったりと納まった指輪をかざしながらニーナは聞いた。

「嘘が言える魔具だ」
「嘘ですか?」
「そう・・・例えばシーウェルが嫌いでも好きと言える」
ニーナはそんな事が可能なのだろうかと驚いてしまった。
ニーナの不思議がるその様子をジャラは愉快そうに眺めた。本当は真実の心をほんの少し後押しする類の指輪だった。真実を映し出す水鏡の応用編のようなものだ。

「では穢れ無き者よ、頼んだぞ」
ジャラは現れた時と同じように煙のように消えてしまった。
ニーナは残された指輪を見つめた。

「・・・私に出来ること・・・シーウェル王を好きになったふりをすることよね・・・」
ニーナの気持ち次第でこの結婚が決まるのだ。
思い返せば今までニーナの好きになるように努力する≠ヘ端から見ればグレンを避けているようにしか見えなかったのかもしれないと思った。高価な贈物は受け取らず、付き合うとしたら朝の散歩ぐらいだったからだ。自分ではそれだけでもいっぱい、いっぱいだったのだが・・・
だから敵も危険を冒さずゆっくりと動向を見定めていただけだったのだろう。

ニーナは決心した。今日は例の昼食会があるのだ。そう思ったら寝てなんか居られない!
飛び起きて寝室の扉を開け放った。

「ジーン、ジーン!あのね、お昼の用意を今からするから手伝って!」
他の姫達は朝から念入りに仕度をする。ニーナは今までそんな事をした事が無かったの
だ。
でも今日は違っていた。グレンから贈られてから一度も着たことの無かったドレスに袖を通し華やかに装ったのだった。

(誰よりも綺麗になってあの人の碧い海のような瞳を釘付けにしたい・・・)
とニーナは思った。でもこれは指輪がそう思わせていると信じていた。

そしてニーナは本命に会う前にジーンとデールをその姿で釘付けにしてしまった。内側から光り輝くような綺麗な心はその姿も眩しく見せるようだった。指輪の後押しで自分に自信を持った結果だろう。

「とてもお美しいです・・・姫」
「ひゃ〜化けるもんだ!綺麗だぜ、ニーナ!」
手放しで褒めてくれる二人にニーナは恥ずかしくなった。
でもしっかりと顔を上げて昼食会場へと向ったのだった。

 その会場ではニーナが現れると悔しそうなどよめきが起きていた。
何時もならひっそりと自信無く俯き加減の彼女が今日は堂々とした足取りで登場したからだった。
もともと華奢で触れれば消えそうな雰囲気のニーナは絵本に出てくる可憐な妖精のようだった。
だから誰にも負けないドレスに身を包んだニーナは本当に輝いていて、美貌と財力を自慢にしているオーデン国のハリエットも霞んでしまう程だった。

暫くして機嫌が悪いまま遅れて来たグレンだったが、(さなぎ)から抜け出たようなニーナを見るなり周囲の目を忘れて魅入ってしまった。
そして何時もなら仕方なく微笑返していたような彼女が、花がほころぶかのようにグレンに向って微笑んだのだ。それはまるで恋する乙女のような微笑だった―――
そして声をかける時間も無く食事が始まってしまったが、グレンの瞳はニーナに釘付けだ。
だから食事も早々に彼は立ち上がった。

「ニーナ、庭に行こう――早く二人だけになって私に君を称えさせてくれ」
グレンの本心が思わず口から飛び出した。
こんな場所で食事をしている暇など無いと思った。誰の目も気にすること無く彼女を愛でて過ごしたいと思ってしまったのだ。とにかく心が騒いで仕方が無かった。

「はい。あの・・・頂いたドレスが素敵だからです・・・ありがとうございました」
皆のいる前で自慢にもとれる言い方をするニーナは珍しいとグレンは思ったが、嬉しそうに礼を言われて悪い気はしなかった。

「良く似合っている。また贈らせて貰おう。愛しているよ・・・ニーナ」
「ありがとうございます・・あの・・私も・・・」
グレンは耳を疑った。

(彼女は今、何と言った?愛していると言った自分に同意した?まさか・・・)
初々しく頬を染めているニーナを信じられないようにグレンは見つめた。
周りもニーナの変化に気が付いたようだった。
端から見れば彼女はまさしく恋する乙女だろう。もちろんその相手はシーウェル王グレンだ。

グレンにとって好都合としか言えないものだったが心が段々と冷めてきた。
そして彼女の指に今まで無かった指輪が目に入った。

「・・・・・・ニーナ。さあ行こう」
グレンは微笑ながら彼女を促してまるで恋人同士が早く二人だけになりたいというような雰囲気で出て行ったのだった。
そして本当に二人だけとなった庭の片隅で優しくニーナの腰に腕を回していたグレンはいきなりその手を解いた。
「どういうつもりだ?それにその指輪!誰から貰った?」
低く脅すような声が響いた。
ニーナは何故、彼が怒っているのか分からなかった。
グレンの思惑通りに出来たと自分は思っていたからだ。

「あの・・・どういうつもりって?意味が分かりません・・・それにこの指輪は・・・」
「じゃあ、私が好きになったとでも言うのか?いきなり愛してしまったとでも?」
ニーナは、ほっとした顔をした。

「良かった!ちゃんとそう見えたのですね?」
「どういう・・・」
「この指輪は私がちゃんと嘘がつけるように魔神から頂いた魔具です。早く私が同意しないと同盟関係に支障がでるのでしょう?これでオルセンの父にも返事出来ますよね?」
ニーナはそう言いながらこんな嘘がすらすら出るこの指輪は本当に凄いと思った。
嬉しそうなニーナとは反対にグレンの顔が曇っていた。
どちらかと言うと怒気を含んでいるようだった。

「海神・・・余計なことを・・・」
「え?何か言いましたか?」
何時も嘘を言うグレンが嘘を言われて傷付いていた。何故傷付いてしまうのか分からずに気分だけ悪くなったのだ。しかもジャラが魔具とはいえ指輪を贈ったのも気に入らなかった。それも彼女が好きそうな形というのも見ていて腹が立つ。
だからニーナの右手をいきなり掴んだグレンはその指から指輪を抜き取ってしまった。

「あっ!」
「もう十分だ!これは預かっておく!」
ぐっとその指輪を握り込んだグレンは彼女を残して腹を立てたまま去って行ってしまった。
残されたニーナは何故グレンが怒っているのか分からず呆然としたままその彼を見送ったのだった。
その後ろから愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
ニーナが振向くと木の幹に背中を預けているジャラが居たのだ。
誰も居なかった筈の空間に魔神はまた何時ものように突然現れたようだ。

「くくくっ・・・素直じゃないのもこう頑固だと嗤うしかない」
「魔神?あっ・・・すみません。頂いた指輪・・・」
ニーナは魔神ならお見通しだろうがグレンに取られたとも言えず、申し訳なさそうにそれだけ言った。

「役に立ったのか?」
ニーナは答える前に誰も周りにいないか見渡した。

「銀色のこわっぱなら我が見せているそなたの影を見ているだろう」
「私の影?」
「こんな秘密の話しには邪魔であろう?」
どういう風にしているのかニーナには分からなかったが、さっきから何時も外に出れば付かず離れず居るデールの姿が見えないのに納得した。

「あの指輪の効力には驚きました。本当にすらすらと思ったことが言えて」
「ふふふっ、そうであろう?あれは自分の偽りの無い本当の気持ちが言えるからな」
「え?本当の気持ち?あれは嘘が言えるものでしょう?だから私・・・」
ジャラがうっとりするような笑みを浮かべた。

「あれに愛しているとでも言ったか?」
ニーナは驚いて瞳を見開いた。グレンが愛していると何時ものように嘘を言った後、自分は私も≠ニ答えた。確かにその時心の中で私も好きだと答えていた。

「でも、それは嘘を言わないと駄目だと思って!あれは指輪が・・・」
ジャラはその指輪は嘘を言うもので無く本当の気持ちを言うものだと今、言ったばかりだ。
だとしたら―――

「あ・・・私・・・私は」
「好きなのだろう?シーウェルが」
「で、でも・・・彼は姉さまが好きで・・・私のことは嫌いで・・・嘘ばかり言って、優しいふりばかりで・・・だから、だから・・・」
「でも、好きなのだろう?」
「わ、わたし・・・」
ニーナは真っ赤になって俯いた。
静かにゆっくりと芽生えていた初めての気持ちにジャラから言われて気が付いてしまった。
並べられる言葉も微笑も嘘ばかりでその一つ一つが自分に向けられた時は悲しくて怖かった。
こんな人に会ったのは初めてで怖くて、怖くて怯えてしまった。
でもその作られた彼の奥底で怯える子供のようなものを感じた時があった。それは決して他人に触れさせないものだろう。ニーナはそれが気になって仕方がなかった。
誰も信じ無いと言っていたグレンが痛ましくて自分のことのようにつらく感じていた。
そしてどうしたら本当に心から微笑んでくれるのだろうか?と思うこともあった。

「ふふっ、あれは本当に興味深い。濁流のような感情があるのにそれを完璧に抑え込む精神力には我も驚くばかりだ」
しかし今はこのニーナのせいでその感情が時折揺れているからジャラには愉快で堪らなかった。

「しかし我は少々飽きてきた・・・」
ニーナは、はっとして魔神を見た。
麗しき水の王は興味なさそうな顔をしていたのだ。シーウェルに住む魔神は気まぐれだと聞いていた。自分の興味のあるものしか手を貸さない困った魔神だ。
契約で結ばれていたオルセンの魔神とは根本的に違っている。

「シーウェル王が気に入っていらっしゃるのでしょう?」
魔神はいつもそう言っていた。

「気に入った遊び道具も時間が経てば色褪せて見えるもの・・・」
ニーナは、ぞっとしてしまった。この情勢の中で魔神が手を引けば国の力関係の均衡が崩れるのは必死だろう。しかしニーナはそんな状況を恐れたのでは無かった。

「ま、待って下さい!どうかあの方の傍にいて下さい!貴方まで去られると・・・」
「あれが我から裏切られたと思う?」
「そうです。多分・・・貴方だけを・・・貴方だけを信じていると思うのです」
「ふふっ、そのような戯言を聞いたこともあったな―――」
「お願いです!どうか・・・どうか何処にも行かないで下さい」
ニーナは必死に頼み込んだ。
それは同盟の為でもシーウェル王国の為でも無く、ただグレンの為だけに願ったのだった。

ジャラはその様子を面倒な様子で見ていたのだが・・・・

「―――ではもう暫くこの地に留まってやってもいい」
「では・・・あの方の傍に居て下さるのですね?」
魔神は頷く代わりにニッと笑んだ。
それが何時までなのか分からないがそれでもニーナ
は少し安堵した。
「それでそなたは何を我に差し出す?」
「え?」
「シーウェルは我に願った時、片目を差し出した」
ニーナはコクリと唾を呑み込んだ。
グレンはその昔、命の代価としてジャラが欲した空色の瞳を命の代償に自らくり貫いたという・・・
魔神は今度ニーナに何を要求するのか?

「我はそなたのその穢れ無き心が欲しい・・・」
「私の心?それはどういう意味でしょうか?」
それはどういうことなのかニーナは分からなかった。瞳と違って目に見えないものだからだ。

「我らは心を宝玉のように好み、形にして取り出す事が出来る。そなたの心は素晴らしく美しい宝玉になるだろう。まぁ・・・人は心を抜けば何も感じることが無くなってしまう訳だが・・・それこそシーウェルの人形かシーウェル本人のように感じたふりをするだけの者となる。シーウェル自身は感情が無いように偽っているだけと言ってもあれでは無いに等しい。返ってその方が幸せであろう。あやつを愛しても報われぬであろうからな。二人で愛し合ったふりをした恋人同士になればいい」
ニーナはその意味が恐ろしかったが、愛は報われないという言葉の方がつらく胸に突き刺さるようだった。でもそんなつらい想いも何もかも魔神は持って行ってくれるのか?
と思うと甘美な誘惑にも聞こえてきた。

「私の・・・私の心が貴方にとって本当に価値があるものなのですか?」
「そなたのその真っ白な心を感じれば我が界のものなら誰もが寄り添いたくなるものだ。良い例がアーカーシャに心酔している筈の銀色の小僧であろう。そなたといれば居心地が良いから主そっちのけで引っ付いている。可愛らしいものよ―――返答はいかに?」
ニーナの返事は決まっている―――
ニーナは愉快そうに笑むジャラを真っ直ぐ見返して答えたのだった。



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