| 「虚構の果てに見た夢」のエピローグ前のお話です。「ジャラ」編で触れたエピソードです。さて?どの話でしょうか? やっと落ち着いたかに見えたニーナとグレンの間を邪魔する人物が登場して・・・どうぞお楽しみください。 |
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潮騒の婚礼 [前編]
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四方を海に囲まれた常夏の王国シーウェル。
沿岸諸国を支配下に置き巨万の富を築くその強国は正しく海の支配者だった。その若き王カーティス・グレン・エイドリアンが不穏渦巻く世界情勢の中、花嫁を迎えることとなった。
どの国もシーウェル王国の王妃の座は自慢の姫を揃えて狙ったものだ。それは各国の野心だけでは無く、更なる強国を目指すシーウェル王は縁談を餌にして誘いをかけていた。だがそれはうやむやにされ、いつの間にか花嫁が決まってしまったのだ。
しかし確かな筋の情報によれば花嫁と決まったオルセンの王女は身体が弱く、長くはないだろうという話だった。そういう姫を選ぶのは魔神を擁するオルセンとの政治的な結びつきを計る政策の一つだろうと言うのが各国の読みだった。
そうなれば諦めかけていた国々は再びその夢を描き出した。第二、第三妃と先に嫁していれば何れ近いうちに空席となる王妃の座への近道だと考えだしたのだ。
山積にされた書簡に倍増する謁見の申し込みを前に、シーウェル王グレンは眉間に皺を寄せながら長息した。通常の政務を滞らせる程の量となった書簡と謁見の内容は全部グレンへの結婚の申し込みだ。ニーナとの婚約を正式に発表したグレンは予想出来るこの事態を甘くみていた。
今までシーウェル王国の動向やオルセン王国の顔色を窺っている感じだった各国が我も我もと恥も外聞も捨てて殺到している。それだけ敵対するベイリアル帝国に脅威を抱いているのだろう。
「陛下、どうなさいました?」
うんざりするそれらを仕分けし順序よく説明していた外務卿ロイドが手を止めて訊ねた。
ロイドは王国の外交を任された重臣の一人だ。
いつも他国を廻っては王国に有益な交渉をもたらす。年齢的にはグレンより少し上で物腰は柔らかく優しげなので誰もが始めは彼を軽んじてしまう。
ところがそれが命取りとは知らず、気を抜いている間にロイドの術中にはまってしまうのだ。
彼は先読みと洞察力に優れ、言葉巧みに相手をその気にさせてしまう切れ者だ。
「ロイド、これを此処まで持って来る前に処理は出来なかったのか?切りが無い。いちいち私の意見を聞くまでも無いだろう?」
「お言葉ではございますが、急な政策の転換は不審を抱かせ信用を無くします。時間をかけて根回ししたものを覆すのは容易ではございません。陛下の気が変わったと言うだけで簡単に変えられるものではございませんでしょう?それは陛下が一番お分かりかと思いますが?」
ロイドは少し困ったように微笑みながら答えた。
状況に応じた顔を作るこの臣は決して心の奥を見せない。
グレンでも彼の本心を読むのは難しかった。
困っているようでいて腹の中では怒り狂っているのかもしれないのだ。当初の計画では各国と縁談を結び同盟という名ばかりの属国を増やすことだった。それがエリカと出逢って頓挫し、そしてニーナを愛して全てが泡と消えてしまったのだ。王の意向に従うのが臣下の役目だが、それに奔走していたロイドにとって納得出来ないのが本音だろう。
「もちろん全て承知している」
「お分かりなら何故このようなことをなさいます?貴方様らしくございません」
「私らしく無いか・・・確かにそうだな」
「そうでございます。シーウェル国王カーティス・グレン・エイドリアンがこのような失策をされるなど――」
非を認める王に後押しされるようにロイドが熱弁を振るい出したがその言葉を途中で飲み込んでしまった。グレンが静かに微笑んでいたからだ。眼帯を外した王は以前より若輩に見えるかと思ったら全く逆だった。鋭く研ぎ澄まされた双眸は威厳に満ち王者の風格で臣下達を魅了した。守らなければならない、愛する者を見つけたグレンは一まわりも二まわりも人として成長していた。
そのグレンが今まで見た事もない微笑みを浮かべていたのだ。
「ロイド、私は後悔していない。お前達には悪いが大陸の覇権など今はもうどうでも良い。只この国が豊かで住み良い国であれば良いと私は思っている。贅沢は言わない・・・皆が幸せに暮らせるような国であれば良い・・・」
グレンの言葉に耳を傾けるロイドの表情は何を思っているのか読み取れない。
「・・・・・・政策の転換は承知致しました。しかしそれに付属していた陛下のご結婚は別問題でございます。同盟の意味を成さないのでは無く、そのついでが無くなっただけで独立した問題になるだけでございます。先だって先走った者達に先王の種を薦めたとか・・・そこまでしても他に妃を娶るおつもりは無いのでしょうか?それ程オルセンの姫君が大切でございますか?」
「ああ、子が出来なくとも彼女以外に娶るつもりは無い。お前が反対派の代表だと言うのは分かっている。あの者達はお前が帰国するのを待てずに先走ったのだろう?しかしお前の手腕を用いても私の気持ちは変わらないから諦めることだな」
「・・・王は真にお変わりになられた・・・」
ぽつりと呟くように言ったロイドにグレンはまた微笑みかけた。
「私が王として相応しく無いと思うのなら遠慮無く見限ったらいい。私はいつでも隠居してやる」
「馬鹿なことを・・・そんなに楽が出来ると思わないことです」
ロイドは承知したとも否とも言わなかったがグレンも聞かなかった。だが退室しようとするロイドをグレンは呼び止めた。
「ロイド、ニーナと会うのは許さない」
「私が姫君に意地悪でもすると?」
「・・・・・・・・・」
「か弱き姫君相手にそのようなことはいたしません。ご安心下さいませ。では、御前を失礼致します」
ロイドは運悪く外交中でエリカはもちろんニーナにも会った事は無かった。嵐のようにやって来て主君を虜にしたオルセンの王女達。特にニーナの存在がロイドにとって気になるものだった。
(陛下にあのような顔をさせるとは・・・未だに信じられない・・・)
ロイドは主の忠告を無視してニーナの部屋を訪れていた。
「初めましてニーナ姫。私は外務関係を担当しておりますロイドと申します」
「こちらこそ始めまして・・・外務関係と言われますと・・外務卿?」
ニーナは他国を飛び回っているグレンと年の近い重臣がいると聞いたことがあった。それに・・・
「はい、若輩ながら務めさせて頂いております」
「お仕事、お疲れ様でございました」
ニーナはそう言いながら頭を下げた。
近くに居た侍女のマーシャは、まただと思ったがロイドは少し驚いている感じだった。王女が目下の自分に労って頭を下げたのだから当たり前だろう。
「・・・姫、私のご機嫌をとろうとなさっても無駄でございます。私をご存知でしたらお耳に入っていますでしょう?私は貴女様と陛下のご結婚を反対しています。理由はお分かりですよね?」
「はい・・・お名前は時々・・・皆様から・・・」
ニーナを心よく思わない者達はロイドが居たらニーナと結婚しようとする王を止めていただろう、と口々に言っていたのを聞いていた。
「それならば話しが早いです。姫の方からこの結婚は断って頂きたい」
ロイドは優しそうな笑みを浮べながら、その表情とは裏腹なことを告げた。
「あの・・・それは・・出来ません・・・ごめんなさい」
「それが陛下を好きだからとか愛しているからだとか言うような理由でしょうか?そのような感情諭ならば尚更、身を引いて頂きたい」
重ねて嫌味を言うロイドは微笑んだままだ。
側で口を挟むことも出来ないマーシャは二人の会話を見守るしかなかった。
(海神様・・・こんな時にいらっしゃらないんだから・・・)
ジャラの気まぐれは何時もの事だがここ数日姿を見せない。毎日のように来る時もあれば何日も姿を現さない事もある。今日は当てに出来ないようだ。
「ごめんなさい・・・おっしゃることは分かります・・・でも・・出来ません」
ニーナは震えながらもしっかりと答えた。
「分かっていらっしゃるのに出来ないのですか?」
ニーナを初めて見たロイドは病弱だと聞いている通り華奢で弱々しいと思った。
その見かけの様に意思も薄弱で強者へ従順する感じだろうと思っていた。
ところが意外にも頑固そうなのに少し驚いているところだ。かたかたと震えながらも嫌事を言うロイドを気丈に真っ直ぐ見ながら一生懸命答えているのだ。
「私は難しい政治のことなど分かりません。私は王を只お慕いするしか出来ませんが、それは誰にも負けないと思います。私はグレンを・・・陛下を愛しています。だから私はあの方のお側から離れません」
「―――貴女様のお気持ちはよく分かりました。どのような事があっても陛下と添い遂げられると言うのですね?」
優しげに微笑んでいたロイドはもう笑んでいなかった。
まるで審問会の議長のような顔をしていた。彼の前での嘘偽りは全て見抜かれてしまうような雰囲気だ。しかしニーナの気持ちに嘘は無いのだから恐れるものは何も無かった。
だから微笑んで頷いた。
それを受けたロイドは何も言わず去って行ったのだった。
そして翌日、宮殿が朝から何やら賑やかに感じられた。
「ねぇ、マーシャ。今日は何かあるの?」
「そうですよね?私も気になっていたところです。何か聞いて参りましょうか?」
様子を窺いに行ったマーシャが顔色を変えて戻って来た。
「た、大変です!王が!王様が!」
「えっ、グレンに何か?」
「ち、違います!王のお見合いだそうです!いつもの昼食会とかでは無くって正式な見合いだそうです!それで姫君達が大騒ぎをして着飾っているみたいです!」
「ま・・まさか?」
「本当です!外務卿ロイド様のお手配だそうです!」
それらしい催しはエリカの時に予定はされていた。各国の姫君を招いた花嫁選びの舞踏会―――
それは結局流れていたのだが・・・今、それが現実のものとなっているようだ。
ニーナとの結婚を反対していると言う噂のロイドの強硬手段なのだろうか?
昨日の訪問はそれを見定める為のものだったのだろうか・・・
「どんなことでもと言われたのはこういう事だったのね・・・」
ニーナはロイドと最後に交わした会話を思い出していた。政治的に結んだ婚姻が沢山あったとしてもグレンと結婚するのか?と聞きたかったのだろうか?
「お、王様がご承知なさいませんよ!絶対に!」
マーシャは力強くそう言ったがニーナはそう思えなかった。グレンは王と言う立場があり、心に沿わない事もしなければならない時もあるだろうと思っている。しかも先日の平民の娘達とは違う身分ある姫君達を彼女らのように断れるとは思ってもいない。しかし・・・
「私、グレンに会ってくる。私・・・私は嫌だって言いに行く」
マーシャはニーナがそういう行動をするとは思わず驚いた。ニーナは意志が弱いのでは無く、常に周囲に気を配って自分は我慢することが多いからだ。だから自分の意見をはっきりと口に出すことも余り無い。しかし昨日のロイドとの会話でも自分の気持ちを強く主張していた。
「姫様、本当にお強くなられましたね」
「先日・・・気弱になって馬鹿な考えをしてグレンに怒られたから・・・私だけで他に何もいらないって・・・だから・・私も我が儘になるの。グレンを誰とも共有したくないって・・・グレンは私のものよって・・・だから駄目って言いに行くの」
「そうですね!そうしましょう!では急いで仕度致しましょう。他の姫君達に負けないように!」
その時、部屋の何も無い空間から愉快そうな笑いが聞こえて来た。
「魔神?」
ニーナは笑い声のする方向を見渡していたが其処では無く、全く逆の場所からジャラが現れた。
「くくくっ・・・今日は面白いことになっているようだな?丁度良い頃に戻って来て良かった。もう少しで見逃すところだった」
ニーナとマーシャは顔を見合わせた。ジャラの関心事は退屈しのぎとは知っているが何でも良い訳では無い。関心がなければ無視だし興味が湧けば首を突っ込んで来る。今回は後者のようだ。
「ふふふっ・・・しかも我は用意がいい。そなたにと思って手に入れたものだ。これを着て行くがいい」
ジャラがパチンと指を鳴らすと何も無かった空間から純白のドレスが現れ、それがふわりとニーナの目の前に落ちて来た。
思わず手を伸ばしたニーナだったがそのドレスは羽のように軽かった。そして良く見れば蜘蛛の糸のような細い糸で編まれたレースをふんだんに使っている見事なドレスだった。ニーナは見た事は無かったが遠い東の国の特産品で手のひらの大きさでもかなり高額だという話しのものだ。
だから芸術品として額に飾られたりする場合が多い。
「きれい・・・」
「気に入ったか?それは清らかなうら若い乙女達が編むらしい。細い指でしか出来ぬとか・・・人は本当に面白い。我らが思いつきもしないような途方もない時間をかけて創り上げるのだからな。これはそなたへの祝いの品だ。シーウェルは大概何でも手に入れるから我は少々悩んだ。奴に負けたくは無いのでな」
確かに海を支配し交易で富を築くシーウェルで手に入らないものは無いだろう。しかし戦端が開かれ大陸が二つの勢力に分かれた今では物理的に手に入り難いものもある。
ジャラはお気に入りのニーナにはグレンが悔しがるようなものを贈りたかったようだ。
「これは花嫁衣裳ですよね?」
ジャラは愉快そうに頷いた。
ニーナの花嫁衣裳はグレンが用意すると言っていた。国力の違うオルセンで用意出来るものは贅沢なものでは無い。ニーナもそれを望んではいなかった。それも十分分かっているグレンだったが大国シーウェルに嫁ぐ彼女に恥をかかせたく無いと言う思いで言っていた。しかしグレンでもこれ以上のものは用意出来ないだろう。ジャラの思惑通りに悔しがるに違いない。
「ありがとうございます。私、幸せものですね」
「ふふふっ、我がそなたを幸せにしてやる」
「魔神、そういう事を公言されるとグレンが怒りますよ」
「くくくっ、怒った奴の顔も我は好きなのでな」
相変わらずのジャラにニーナは困った顔をした。
「そのように困った顔をするでない。さあそれに着替えて共に参ろう。シーウェルが此度どう皆を騙しているのか見に行こうぞ」
ジャラはもう首を突っ込みたくて仕方が無いようだ。
ニーナは魔神が何をしようとしているのか分からないが取りあえず着替える事となったのだった。