![]()
潮騒の婚礼 [後編]
![]()
「これはどういうことだ?ロイド」
グレンの予定が今朝になって全て変更され見合いとなっていた。一晩でロイドが動いたのだ。
何かすると思っていたグレンだったがまさかこんなに早く手を打って来るとは予想していなかった。
「私は私の仕事をしたまででございます」
「随分と大雑把な仕事だな、ロイド?」
グレンは澄まし顔のロイドを、ぎろりと睨んで言った。
「さあ、陛下、お出まし下さいませ。麗しい姫君達が陛下をお待ちでございます。適当に数人ご指名下さい。後は私が処理致します。陛下が妃を一人だけだとおっしゃられるから波風が立つのであって、飾りに数名娶って頂ければ問題はございません。その後、陛下はオルセンの姫だけを大事にされたら宜しいでしょう」
「そう言う考えか・・・分かった。お前の企みに乗ってやろう」
「恐れ入ります」
ロイドは深々と頭を下げた。
「ところでロイド、昨日ニーナと会っただろう?」
「姫が何か言われましたか?」
「いや、何も・・・彼女は何も言わない。嫌なことをされたり言われたりしたことは特に」
グレンの目はロイドを疑っている感じだ。
「そうですか・・・はい、お会い致しました。実に可憐な姫君でした」
「会うなと言っただろう?」
「そうでしたか?これは失礼致しました」
ロイドは悪びれた様子もなく平然と答えた。
「・・・まあ、いい。行くぞ」
グレンは謀られた見合いの場所へと向った。見合い会場は壮観なものだった。
遊学に来ている王族はもともとグレンを目当てに来ていた者が多かったから妙齢の姫ばかりだ。
普通ならこの中から選ばれた者達で後宮が構成されるだろう。
「さあ、陛下、ご指名を」
グレンはロイドに促されて華やかな場を見渡した。
一段低い場所で傅く者達は王の声がかかるのを期待して熱い視線を送っていた。
目が合えば選ばれたと勘違いして立ち上がってしまいそうな勢いだ。
グレンは視線をかわしつつ口を開きかけた時にニーナの声が上から降って来た。
「駄目!グレン!私は嫌です!」
「ニーナ?」
高い天井を振り仰いだグレンは眩しさに瞳を細めた。
きらきらと輝く中から白銀の魔神ジャラの片腕に抱かれた純白のドレスを纏ったニーナが現れたのだ。ジャラがこんなに大勢いる中に本来の姿のまま現れるのは珍しいことだった。
戦慄を感じるほど麗しい姿が突然前触れも無く現れたのだから広間にいた者達は腰を抜かして驚いた。舞い降りる二人の姿を愕然と呆けたように見ている。
「ニーナ」
グレンは恋人をジャラが抱いているのが気に入ら無い様子で、むっとした顔をして手を差し伸べた。自分の腕の中へ来いと言っているようだった。
ニーナはジャラが床に足を付ける前にグレンの腕の中に飛び込んだ。
グレンは優しく抱きとめると細くて折れそうなニーナを、ぎゅっと抱きしめた。
「グレン・・・私は嫌です・・・貴方を誰にもあげない」
ニーナはグレンの胸の中で訴えた。
「ニーナ?」
グレンは少し驚いてしまった。そして天にも昇るような浮かれた心地だ。こんなに甘い独占欲を示されるとは思いもしなかった。誰もいなければ直ぐにでも可愛い事を言う唇を塞いでしまいたい気持ちだ。しかし今は彼女を思い詰めさせてしまった目の前の処理が優先だ。
グレンはニーナを抱いたまま王座に座した。
すると呆けていた者達が何かの術が解けたかの様にざわめき始めた。
「私の妃の一人はこのオルセンのニーナ姫だ。私は彼女に夢中だから他の女人は必要無いと思っている。しかし私はこのシーウェルの王だ。国益の為にそなた達と婚姻を結んでも良いと思っている・・・」
ニーナがグレンの腕の中でまさか?と震えた。
しかしグレンが大丈夫だと言うようにニーナを抱く腕の力を強くした。
花嫁候補達は理由が何であれ取りあえず妃に納まってしまえばどうにかなると思い嬉しそうにざわめいた。しかし・・・
「後宮の好きな部屋をやろう。そこで何不自由無く暮らせるように約束しよう。但し、書類上の結婚とは言っても国益に関わるのだから後宮から出てもらっては困る。もちろんこれは私が決めた事では無い。シーウェルの後宮は昔からそういう場所だと言うのは当然ご存知かと思うが?」
皆がお互いに顔を見合わせてざわめいた。
後宮はどの国も変わらず王の妃や側室達が住む場所と言う認識しか無かった。
「はて?知らない?ロイド、ご存知無い方の為に後宮典範を読み上げよ」
「はい、畏まりました」
ロイドは恭しく手にしたものを開いて読み出した。
掻い摘んだ内容としては王以外の男子禁制はもちろんだが、後宮に住まう女人は王の子を成さない限り自由の無い奴隷と変わらないようなものだった。外出はもちろん禁止で、許可無く外の者と会う事も出来ない。後宮の中で、ただただ王の訪れを待ち寵を頂けるように自分を磨くだけの毎日を過ごさなければならないものだった。
餌だけ与えられる豪華な鳥かごの中の鳥と一緒だ。しかも王はそういう意味では誰もいらないと宣言しているのだから後宮を訪れる事は無いだろう。そうなれば飼い殺しもいいところだ。
美しく若い娘達にとってそれは牢獄に入れられるようなものにしか感じられないだろう。
歓喜していた顔が段々と暗くなっていった。
「ほう、後宮とはそういう場所であったのだな?シーウェルそなたが使わないのなら我が遊んでも良いか?そなたのものは我のものであろう?どうせその娘は自分の部屋にしまい込むのであろうから我は他の娘とそこで戯れても良いであろう?死なぬ程度に可愛がるから、のうシーウェル、良いだろう?くくくっ・・・」
不気味に喉で嗤う魔神に花嫁候補達は恐怖に凍った。
シーウェルの魔神がどういうものなのか全く知らない者達は、ジャラのその冗談を真に受けているようだった。シーウェル王は平然と政略結婚を前提としたものを前面に押し出して来たが、それは普通どの国でもあることであり驚きもしなかった。ところがその処遇と魔神の玩具になるとなれば話は違ってくる。親や国王の命令であっても絶対に嫁したくない。
「海神の戯れに付き合うのもこの城に住まう者の務めと言うのも付け加えておこう。ご理解頂けただろうか?私は多くの方々を迎えたいと思っている。お互いの国の為に・・・さあ、順番に申し出て欲しい」
広間はしんと静まり返った。シーウェル王自ら望んでいるのに・・・しかも誰でも良いと言う、願っても無い条件なのに誰も進み出なかった。
「急なお話で申し訳ございませんでした。一度、皆様はお国に戻られてご相談なさったら如何でしょうか?私の勝手な提案ですが王、如何でしょうか?」
ロイドが追い詰められて緊張する場に逃げ道を提示した。
「・・・分かった。一時帰国を認めよう」
グレンがロイドの目配せに応じて即答した。
「今、この場で決まらぬのか?つまらぬ・・・」
ジャラが麗しい貌を不服そうに歪ませたが、何かを見つけてふわりと飛んだ。
「我はこれがいい。シーウェルこれを後宮に入れてくれ」
前の方に居た姫の前に降り立ち、長い爪でその姫の顎をつまみ上げながら言った。
「ひっ、お、お許しを!」
「おや?そなた良く見れば、我のニーナを足蹴にしていたものだな・・・あれは楽しそうであったな?元気の良い娘は好物だから楽しみだ・・・」
「ひっ、ひひぃ―申し訳ございません!申し訳ございません!」
以前、ニーナを取り囲んで苛めていた者達は一斉に顔を俯けた。
魔神に見つかったら自分の身が危ないと思ったようだ。皆の中でジャラは若い娘を食べる魔物のような感じになっていた。その魔物のお気に入りを苛めたのだ。ただでは済まない感じだ。
誰もが恐怖して色々な理由を付けてその場から逃げてしまった。
「淑やかな姫でも逃げ足は速いのう・・・くくくっ」
ジャラは愉快そうに笑っている。
グレンはそれを横目で見ながらニーナを先に自分の膝の上から下し立ち上がった。
「ロイド、これで茶番は終わりだな」
「はい、お疲れ様でした。後は私の方で調整致します」
「あの・・・茶番って・・・」
ロイドがニーナに微笑みかけた。本当の笑みにも見えるが・・・
「ご心配をおかけ致しまして申し訳ございませんでした。全て仕組んだ話しでございます。シーウェル王の妃の座は余りにも魅力的なものですから求婚者を穏便に断るのも苦労でして・・・」
「とても穏便に済ませたとは思えないがな」
グレンはロイドの企てには同意したが結果は不満そうだった。
「いいえ、十分でございます。何しろ王は来る者拒まずと言われているのですから、後は相手の都合。私共の責任ではございませんから有利に話しが運べます。それに皆様を国元へ追い返す口実も出来ましたし・・・次は妙齢の姫が遊学に来る事はないでしょう。しかしながらこれにはニーナ姫がお心を痛められたと思い本当に申し訳なく思っております」
「あの・・・私は大丈夫です。グレンを信じていましたし・・・でも、黙っていたらグレンが心配すると思って・・・私の気持ちを伝えようと焦っただけで・・・」
ゆっくり喋るニーナを優しくロイドは見つめていた。
「本当にお可愛らしいですね。嫌だと・・・王を誰にもあげないと言われた時の王のお顔・・・ふふふっ、中々見るものではございませんでした」
「ロイド!」
「そうそう、読み上げませんでしたが後宮典範にございましたでしょう?忠臣の者への褒美」
「ニーナはやらない!」
グレンが、むっとした顔で即答した。
「忠臣には懐を大きくなさいませんと。寵妃を臣下に下賜されるのも王としての度量ですよ」
「戯言は寝て言え!ニーナを気に入っただけだろう?ニーナはお前の趣味だと思った!だから会うなと言ったんだ!」
ニーナは二人の会話を聞いて驚いてしまった。ロイドはニーナを気に入ったような素振りをしなかったからだ。しかしロイドは昔から小さなものや可愛らしいものを好み、しかもそれを苛めるのが好きな困った性格らしいのだ。
「お会いして無かったら全力で陛下の見合いをお勧めしたでしょうね。しかし姫にお会いして気が変わりました。陛下にこの方が必要なのだと思いました―――我が王を宜しくお願いします。ニーナ姫」
「あっ、こちらこそ宜しくお願いします」
ニーナはロイドが頭を下げるのにつられて自分も頭を下げた。
「本当にお可愛らしい」
「ロイド!」
「陛下の嫉妬さなる顔も中々見れぬものですから愉快ですね」
「そうであろう?そなた、我と趣味があうようじゃな?」
ジャラがロイドに親近感を持ったようだ。
「海神もいい加減にして下さい!全く、貴方が現れた時は何をされるのかと冷や汗ものでした。本当に突然なのですから・・・」
「我が来るのぐらい予想してなかったのか?計算のうちかと思ったぞ」
「まさかでしょう?貴方の気まぐれなど予想出来ません!それにニーナの事を自分のものみたいに言ったりして!私は怒っているのですよ!」
ジャラはグレンの返答が気に入ったようで愉快そうに笑った。
「では、本当に誰とも結婚されないのですね?」
ニーナはまだ少し心配そうにグレンを見上げて言った。
「もちろん、君以外、誰とも結婚したりしない。君の保護者を気取る海神に誓おう。生涯連れ添うのはニーナ、君だけだ」
「しかと聞いた。もし違えたのなら我がシーウェルに制裁を加えてやる」
「・・・海神は本当にニーナがお気に入りですね?」
「焼もちか?シーウェル?我はそなたも気に入っておるぞ」
「ありがとうございます。それはいいとして・・・ニーナのこのドレス。貴方ですね?」
やっとその話題にきたかとジャラは愉快そうに頷いたが、グレンの反応は予想と大幅に違っていた。
「ありがとうございます。ニーナにとても良く似合っています。流石ですね。婚礼の時は有り難く使わせて貰います」
悔しがるどころか喜んでいた。ジャラが呆気に取られている間にグレンは花嫁姿のニーナを、さっと抱き上げて去って行こうとした。そして・・・
「ロイド、海神のお相手を。私は離宮に行くが誰も近づけるな」
「はい、畏まりました。ごゆっくり」
「シーウェル、待て」
まだ話し足りないジャラはグレンを追いかけようとしたがロイドに阻まれてしまった。
「海神、及ばずながら私がお相手を」
ジャラは去って行くグレン達を見てロイドを、ちらりと見た。
「ふん、そなたも面白そうだから今日のところは許してやろう」
「恐れ入ります」
グレンがロイドにジャラを押し付けて向った先は、城から少し離れた海が見える離宮だった。
潮が満ちる時間のようで潮騒が耳を澄ませば聞こえて来る。
「素敵な場所ですね」
「今日の午後から明日の正午まで予定が無くなってしまったから・・・君とここで過ごそうと思って・・・」
「二人で?」
グレンは明日までと言っている。と言う事は・・・一晩共に過ごすと言うことなのだ。
恥ずかしさと不安で頬が紅潮してきているのが自分でも分かる。
「深い意味は無い。最近、ゆっくり二人で過ごせなかったから・・・」
グレンは言葉とは裏腹にニーナが思った意味でこの場所に来たが・・・彼女の反応を見て断念したようだ。純白の花嫁姿を見た瞬間から本当の花嫁に早くしたくて堪らなかった。
だから悔しさを抑えて海神を煙にまきやってきたのだが・・・
(そうなればこの衣装は目に毒だな・・・)
自分に葛藤していたグレンをニーナが見上げていた。
「あの・・・私・・・嫌ではありません・・・少し恥ずかしかっただけで・・・」
「ニーナ・・・本当に?」
ニーナは真っ赤な顔をして頷いた。潮騒の音がとても大きく聞こえる。
今日は二人だけの結婚式だ。海の王と結ばれる―――
そしてニーナは大切な命を授かる夢をグレンの腕の中で見た。
「・・・赤ちゃん?」
「ニーナ、何か言ったか?」
「いいえ・・・何でもありません・・・」
「そうか?まだ夜明けまで時間がある・・・眠りなさい。無理をさせたから十分休まないと」
ニーナは少し赤く頬を染めて頷いた。
そして優しいグレンの腕の中で身じろぎしながら自分のお腹に手を置いた。
(グレンに素敵な贈物が出来るかも・・・)
ニーナは予感がした。そして温かなグレンの腕の中で幸せな夢の続きを見た。
生まれた小さな命を恐る恐る抱き上げるグレンの笑顔と魔神の愉快そうな笑い声を―――
終
ネット小説のランキングに参加しています。投票して頂くと励みになります。(24時間に1回)
ネット小説ランキング「魔神の見る夢」に投票する HONなび「魔神の見る夢」に投票する
感想はこちらまで
ゲストブックへ (URLは必須ではありません。お気軽にコメントください)