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第一章 太陽の刻印2![]()
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宣託の間での女王と大神官が会話をかわす少し前に戻る。
フェリシテは不法侵入者の青年と別れてから、神殿の自分の部屋まで直走った。
部屋は離れで天井近くに小窓しか無く日当たりが悪いうえに狭い。
神殿の中で一番条件の悪い部屋だが良いところが一つだけあった。
それは入り口が独立していて、誰からも見られなく出入り出来るところだ。
以前は反省室に使用されていたらしく、出入り口には外から鍵がかけられるようにしてあった。
此処に移って来た時、神官長から蔑みをあらわにして
あなたは一生、此処で反省しなさい と言われたのだ。
思いだすだけで腹が立って来るが仕方が無い。
(私は捨て子だから何処にも行くあてが無いし、嫌でも我慢するしか無いもの・・・・)
と、何時も心に言い聞かせていた。
急ぎ部屋に駆け込むと、マントを床に落とした。
「あっ! 思わず借りてきてしまった。こんな上等の物・・・どうしよう。
そうよ!あの人が悪いのだからこれは罰金と言うことにしておきましょう。うん、そうしよう」
自分の解決案に満足して着替えようと服に手を伸ばした時、左胸にキラリと光るものが目に入った。
鏡はあまり好きでは無いが壁にかけてある鑑を覗き込んでみた。
相変わらず嫌なくらい大きく膨らむ胸が目に入ってきたが、その膨らみ始める手前の左胸に
何処かでみたような痣が浮き出ていた。
それは金色に輝く太陽を模ったような印だった。
「何これ?さっきまでこんな痣無かった筈なのに?」
手でこすってみたが消えなかった。こすったせいで白磁のような肌が赤くなっただけだった。
フェリシテは気味悪く思ったが、今はとにかく朝の点呼に間に合わさなければならなかったので
急いで着替えて部屋を出る事にした。
神殿の朝は早く、点呼をした後は神殿の清掃に続いて祈祷、その後に朝食となる。
点呼は集会場で行われる。急ぎ入室したフェリシテを見るなりその場は、シンと静まり返った。
「フェリシテ―――っ!」
大きく叱りつけるような声が奥から届いた。神経質そうなその声は神官長だった。
フェリシテは驚いて飛び上がったが、おそるおそる主張した。
「神官長さま。まだ点呼の時間では無いですよね?」
「あなたと言う人は、臆面も無くそのような事を言うのですか!
私が怒っているのは点呼の時間直前に駆け込んだ事ではございません!
そうなってしまった破廉恥な行為について言っております」
一部の女神官達が、ニヤニヤ、こちらを見ていた。
(まずい、見られたんだ!)
「それは禊に行っていて、時間が過ぎてしまって着替える暇が無くなったので仕方なく急いだ結果です!」
神官長は唇を震わせ真っ赤になって怒りだした。
「まあ、何と言う恥知らずな!神に仕えるものでありながら嘘も平気でつき、
それに、ああぁ〜口にするのも汚らわしい!いらっしゃい!その目で確認させてあげます」
そう言うとフェリシテの腕を掴み、引きずるように彼女の離れ部屋まで連れていった。
後ろから数人の告げ口をした者達が、クスクス笑いながら付いて来る。
神官長は扉を開けて彼女を部屋に無理やり押し込んだ。
そして、干すように広げていた例のマントを掴んでフェリシテの顔に突き出した。
「御覧なさい。これは何ですか?どう見ても男物ですよね?
明け方、人目を避けるようにしかも裸でこのマントに包まっていたなんて、なんて!何と言う破廉恥な」
「神官長さま!神に誓って教えに背くような行為はしておりません!」
「まだ言い逃れをするのですか!許しませんよ。あなたの事は上に申し上げて処罰して頂きます。
それまで此処で拘束いたします!」
「お待ちください!私、何もしていません!信じて下さい」
取りすがるフェリシテを神官長は突き飛ばして、扉に鍵をかけた。叩いても開かない。
扉の外からは やっぱり淫売神官じゃない と揶揄する声が聞こえる。
フェリシテは突き飛ばされた拍子に打ち付けて赤く腫れた手をさすりながら床に座り込んでしまった。
(いつも、いつも・・・誰も信じてくれない。それが悔しい―――それに私のどこが淫売だって言うのよ!
男の人なんて話するのも嫌なのに!でも、今朝の人は別に気にならなかったな・・・
まあ〜あれだけ綺麗なら女性のようだし?でも無いか。体格はしっかり男男していたし・・・)
フェリシテはまた、彼の湖水が滴って光っていた彫刻のように見事な体を思い出してしまい、
頭から追い出すように首を振った。
「ああ〜もう!彼のせいでこんな目に合っていると言うのに!もう、嫌になっちゃう。
もし今度会ったら絶対文句言ってやる―――っ!ああぁ〜すっきりした」
と、声に出して叫ぶと今更バタバタしても仕方が無いかと諦めて、お腹がすいたなぁ〜とお腹を押さえた。
フェリシテはそれから三日間、水も食料も与えられず監禁されたのだった。
最悪の誕生日から三日目、ようやく扉が開かれたが開放では無かった。
神殿監察官による取調べの為、出されただけだった。
王都にある神官の不祥事を主に取り締まる神殿の機関に神官長が訴えて、係官が出向いて来たようだった。
フェリシテが証拠となるマントと共に集会場に引き立てられた時は、
もう既に彼女の歪んだ人物像は係官にしっかり耳打ちされているようだった。
係官はまるで神官長の姉妹かのようにギスギス痩せていて、神経質そうな顔をしている。
そしてフェリシテを見るなり、その細い目が蔑みに見開いた。
それでも彼女は自分の無実を訴えなければならない。神官長とヒソヒソ話す監察官に向かって訴えた。
「私は無実でございます!」
「お黙りなさい!報告は受けております。男子禁制の禊の土地に男を引き入れて淫行に及んだ罪は明白です。
言い逃れは出来ません!」
「待って下さい!確かに、あの日は偶然に男性と会いました。
でもそれはその人が禁を犯して勝手に入っていただけで、私は知りません!その人に聞けば分かる事です」
「では、その男性は誰です。連れて来られますか?」
「そ、それは、知らない人ですし・・・」
「はあ――っ。もういい加減になさい!見ず知らずの者にこんな高級な物を与える筈などないでしょう!
これは体を売った代金でしょう?ああ、言うのも汚らわしい」
余りの言われようにフェリシテは、血が逆流するようだった。
前に進み出て、違います、と必死に叫んだが警備兵に押さえ込まれた。
「詮議は終了です。あなたは本日、鞭打ちのうえ神官位剥奪に処します」
「 ! 」
(神官位剥奪!そんな私は何処にも行くところが無いのに!)
「待って!待って下さい。横暴です!ろくに取り調べしないでだなんて!」
「既に判決は下りました。すぐ処刑に入ります」
係官の合図で警備兵が抵抗するフェリシテの服を上半身剥ぎ取った。
それから集会場の中央の柱に抱きつかせるように縛りつけられた。
鞭打ちの役目は神官長だった。細くしなる黒い鞭の感触を確かめるように素振りをしている。
ビュッビュッと言う音が背後から聞こえてきて恐怖心が募ってきた。
胸に抱く石の柱の冷たさが全身を凍らせるようだった。
仲間になりたいと思っていたけど受け入れて貰えなかった女神官達は、愉快そうに遠巻きで見ているようだった。
今日のお勤めはお休みで、自らを戒めるための公開処刑の見学になったらしい。
要するに見せしめと、気に入らない者への虐めでの気晴らしだ。
ビシッ! 鞭が背中で鳴った。
フェリシテは唇を噛んで悲鳴を呑み込んだ。悲鳴をあげて皆を喜ばす事はしたく無かった。
周りは鞭打つ数を大きな声で数え始めたようだ。
背中が焼け付くように痛い。何度目か振り下ろされた時だった。
「何事か。この騒ぎは」
調子にのって騒ぎたてていた女神官達は驚愕して静まり返った。
椅子にふんぞり返って見学していた監察官も立ち上がって驚愕する。
女王ブリジットが現れたのだった。その後ろには、ガロア大神官と男性四名が同行していた。
女王は不快な表情で集会場を見渡し、柱に縛られ鞭打たれても泣き声一つあげていない気丈な娘を目に止めた。
「説明を求めておいでです。ここの責任者は?」
ガロアも異常なこの様子に、いつも温和な彼も不快をあらわにして問いただした。
「わ、わたくしが、此処の神官長をつ、務めています。
こ、これは恥ずかしくも淫行を働いた女神官の処罰を行っておりまして・・・」
「私はしてないわ!無実です! 」
フェリシテは柱と朦朧とする意識のせいで、誰が現れて中断しているのかは分からなかったが、
神官長の言葉に反応して叫んだ。
「お、お黙りなさい。嘘ばかり。このように反抗的で・・・」
「ちゃんと調べて下さい!絶対に違います!」
神官長とフェリシテのやり取りを交互に聞いていた女王は再度尋ねた。
「詮議は公正に行ったのだろうな?」
「も、もちろんでございます。王都からも監察官においで頂きまして、取調べいたしました。
この者は前々から問題がありまして先日、この男子禁制の地である湖で男を引き込んで
淫行を働いたのでございます。報酬として受け取った証拠も此処にございます」
神官長は胸を張って証拠のマントを指さした。
女王が伴って来ていた一人が進みでて、そのマントをすくい上げた。
「これは、私の物のようだ――これが証拠?」
その言葉が聞こえて、真っ先に反応したのはフェリシテだった。
顔は良く見えないが確かにあの時の青年の声だった。
「あ―――っ!あなた!どうして此処にいるの!また禁則破って捕まったの?
それよりも、私の無実を証明してちょうだい!私があなたに体を売ったと言われているのよ!
冗談じゃない!あなたから売られそうになっても私は断ったのだから!」
柱に阻まれて、顔の判別はつかなかったが漆黒の流れるような黒髪と、
矢継ぎ早に喋る声には確かに聞き覚えがあった。
「・・・この処罰の件が三日前の早朝の出来事であれば、私が誰もいないと思っていた湖で涼を取っていた時、
禊中の彼女と偶然出逢ったのは確かだよ。驚いた彼女が気絶してしまって裸だし不味いから、
まぁ〜貸したようなものだけど。彼女が言う通り何も無かったよ。
その後すぐ気が付いて急いで帰って行ったからね」
正体は分からないが神の如く美しい青年の証言に一同、息を呑んだ。
声もなくどう申し開きしようかと、立ち尽くす神官長に代わりガロアがフェリシテの戒めを解くように命じた。
剥がされた服の代わりに青年が差し出した例のマントを又借りた。
フェリシテはそれを胸元で掻き合わすように包まると柱の陰から出て来た。
そして皆が驚愕している源を見た。だけど世間に疎い彼女は高貴な方のようだとは思うが誰なのか、
さっぱり分からなかった。それよりも禁則地にこんなに男性が入って良いのかと言う方が気になった。
それに、謎の青年が何故ここに?とも。
その中心人物のような堂々とした女性が、神官長に本来の用件を問質していた。
「今日参ったのは、フェリシテと言う女神官を迎えに参った。その者は何処におる?」
「フェ、フェリシテでございますか?」
神官長が軽く振り向き目線が、フェリシテで止まった。全員がフェリシテに注目する。
「そなたが―――確かに 太陽の刻印 間違えない」
女王はフェリシテの掻き合わせたマントから覗く先日、急に浮かびあがってきた
左胸の痣の事を言っているようだった。そして優雅に一礼した。
「フェリシテ〈天の花嫁〉よ。迎えに参った。余はオラール王国国王ブリジット。
同行したのは大神官エルヴェ・ガロア。それからそなたの花婿候補である者達。
余の甥にあたるシャブリエ公爵家、第一公子のマティアス。余の弟、オベール公爵のギスラン。
それと余の息子第三王子シャルルと、第二王子ユベールじゃ」
女王の紹介のもと例の青年以外、順々に進み出て礼をとった。この王国で最高の位置にいる貴人達。
大神官は別として男性で堂々と禁則地に入る事が出来るのは天界神の血筋である王族しかいない。
その場は悲鳴のような声が方々であがり騒然となった。
フェリシテは、今度ばかりは驚愕した。自分が〈天の花嫁〉だとは!
少女なら一度は夢見るおとぎ話のような〈天の花嫁〉伝承。
目覚めの時を迎えると花嫁を王子が迎えにくるのだという。
少女達は、私は〈天の花嫁〉で何時か王子様が迎えに来てくれる筈と夢描くものだった。
フェリシテは信じられなかった。伝承通り王子が迎えに来たのだ。
しかも王子が四人!その上、あの変な青年は第二王子と言うのだから、驚くしかなかった。
気の毒なぐらいに真っ青になっているのは神官長だった。
手に持っていた鞭をポトリと落とし、呆然と立ち尽くして独り言のようにブツブツ言っている。
「そ、そんな馬鹿な・・・信じられない・・こんな娘が」
その呟きを女王は聞き逃さなかった。
「神官長!言い方に気を付けるが良い。この者は聖なる天の姫なのはもちろんの事であるが、
オラール王国の王位継承者が不在の今、彼女が王位継承者となる。
フェリシテが〈天の花嫁〉で無かったとしても、この処罰の経緯は解せぬ。
まして〈天の花嫁〉と判明した今、それ相応の処罰を覚悟するが良い。
王族への危害は万死に値する。この神殿への処置、エルヴェ、そなたに任せるぞ」
大神官エルヴェ・ガロアが深く一礼した。
女王の言葉に神官長はもちろんだが、その場にいた女神官達も一斉に声を失ったかのように静まり返り
気絶する者も何人かいた。
王族への危害は万死に値する 国家の存亡に関わる王族の血脈に対する庇護は苛烈なものだ。
害されて途絶えることがあってはならない為、加害者に対するその処罰は過酷なものだ。
二度とこのような事を考えたり、起こしたりする事が無いように―――
驚いて黙っていたフェリシテが、女王に臆面も無く凛として言った。
「お待ちください。どうぞ、みんなにご慈悲をお願いします! 」
「そなたが申すのか?まるで家畜に罰を与えるような扱いを受けて、
しかもそれを楽しいものでも見物するかのようにしておった者達を!」
フェリシテは答えなかったが覇気のみなぎる女王の前で気後れする事無く、
強い意志が宿る翠の視線をブリジットから外さなかった。
「―――分かった。それは天の姫としての命として承知しよう。
皆のものフェリシテに感謝するがいい一命は減じよう」
「ありがとうございます!」
「さあ、もうここには用は無い。王城に戻りこれからの事を話さなければならない。
皆の者、帰る。フェリシテも一緒に参ろう」
「えっ!今からですか!」
「無論。王城にそなたの宮殿も用意しておる。さあ参ろう」
ニコリと微笑む女王に伴われて、フェリシテは森の神殿を後にするのだった。
大きく変わろうとする自分の運命に不安が無いと言えば嘘になる。
だが時の止まったかのような神殿の生活とは異なる新しい世界に好奇心の方が優っていた。