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第二章 4人の候補者2![]()
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二人は彼女の聞かされている生い立ちを思い浮かべた。
神殿の神官と言っても色々な人種はいるが、フェリシテが初めにいた神殿は彼女にとって
運が悪かったとしか言いようがなかった。
神官のほとんどが訳ありの貴族出身だったからだ。
貴族の問題児から脇腹の子や厄介払いなど理由は様々なのだが、自分達が捨てなければならない
過去の栄光に囚われているから始末に終えないのだ。
自分より下のものを蔑み優越感を満たしていたのだろう。フェリシテは正に打って付けだったに違いない。
氏素性が知れない捨て子だったのだから。
いずれにしても彼女の知性と博識の高さにマティアスは納得した。
彼の無表情な口元には無意識に笑みが浮かんでいた。
「良く分かりました。あれを読破した貴女の質問に神殿の教授は答えきれなかったのでしょう。良くある事です。
己の非を認めず他を貶める輩は何処にでもいますから、自分が悪かったと思わない事です。
質問は多いに結構です。いずれにしても貴女は手応えのある生徒で、
私は久しぶりに教えるのが楽しみになりました」
フェリシテは過去を思い出していて少し暗い顔をしていたが、
彼の言葉に花が一斉に咲き誇ったかのように一瞬で笑顔になった。
その笑顔にマティアスは魅入られずにはいられなかった。
ユベールは愉快そうに呆ける彼を見て心の中で思う。
(ふ〜ん。鉄面皮のマティアスにこんな表情をさせるなんて天の姫はたいしたものだね。
哀れな生い立ちにあのマティアスを感心させるだけの知性があり、そのうえ宝玉のような容姿・・・・
王位が絡んで無くても男なら絶対手にいれたがるだろう。
あのマティアスが初日でこれなら皆の目の色が変わるのも時間の問題かな?まあ、自分は関係ないけどね)
講義は終わった筈なのに意気投合して、まだ講義の続きのような話をしている二人を
ユベールはぼんやりと眺めていた。すると急に、くるりとフェリシテが自分に向きを変えたのだ。
それに何だか怒っている。その顔が何だか可愛いく、思わず微笑んでしまった。
「王子!何笑っているのですか?私達の話を聞いて下さいましたか!」
「何が?」
「何がではありませんよ!次回のマティアス様の講義までの私の宿題の件です!今日の続きから始まって――」
「今日の?それの百八二頁、第四章から? 何処まで?」
「 ! 」
フェリシテは驚いた。思わず手にあったその書物の頁を確認した。
ユベール王子が言ったのに間違い無く 一八二頁、第四章 だ。
「二四四頁、第七章までを次回まで教えていて下さい。宜しくお願いしますよ」
答えるマティアスも書物を見ていない。
(マティアス様は分かるような気がするけどユベール王子も?
さっきまで何にも聞いてない様子だったのに・・・・・)
「はいはい。承知しました」
投げやりにユベールはそう言うと、今度こそ開放されたと言うように退室していった。
驚いていて何気なく見送ってしまったけれど、王子を解放してはいけなかったのだ。
「ああ―――っ! ユベール王子を逃してしまったわ!」
「え?」
いきなり元気良く悲鳴のような声をあげる彼女をマティアスは、ぎょっ、として見た。
「大変です!昼過ぎからはシャルル王子が来られるのに!
ユベール王子は今日の予定も聞かれずに行ってしまった。女王陛下から言われているのに・・・・」
(本命はユベール王子なのだろうと女王の真意が読めていたが・・・・
我らより彼女との過ごす時間を長くとると言う訳だが、果たしてそれが良いのか悪いのか?)
マティアスは困り果てているフェリシテを、チラリと見た。
(私は王でなくても十分国政に関われるし、王を補佐する方が性にあっている。
だから女王の真意の通りで構わないと思ってはいたが・・・・・)
「フェリシテ、王子の行き先を教えましょう」
「え?分かりますか!」
「はい。手に取るように。行動の型を書き留めて差し上げましょう」
彼は、サラサラと流れるように幾つもの型を書き留めるとフェリシテに渡した。
彼女は眉を寄せていたり、瞳を輝かせたりと忙しく表情を変えて見ている。
「今日だと――この型で、それでこう来て、こうなって。あっ、此処ですね」
「ご名答。確率の問題です。でもあらゆる情報から割り出していますが
間違えたとしたら新しく入手した情報を更に繁栄させて割り出してみて下さい」
「マティアス様、本当に天才ですね。陛下のおっしゃった意味が分かりました」
マティアスは、こんな事で感心されても・・・とは思ったが尊敬の眼差しを送る彼女に珍しく笑顔を返した。
フェリシテはマティアスと一緒に部屋を後にして、急ぎ目的の場所へ向かってみた。
しかし広い王城内で途中訪ねながらでもその場所に辿り着くのは難しかった。
息を弾ませてドレスを翻して廊下を走る。
その姿を彼女の元へ向かう途中のシャルルが見とめた。
「フェリシテ姫! 」
「シャルル王子!あっ、もう時間ですか?」
「はい。もうすぐお約束に時刻になりますけど、如何されましたか?」
「ユベール王子がふらりと退室されてしまって探していました」
「兄上を?それは・・・・困りましたね」
シャルルもマティアスと同じように女王から言われているようだった。だけど自分には時間が限られていた。
全寮制の士官学校在学中の身の上の為、自由な時間があまり長くとれないのだ。
「すみません。私が王子に予定をきちんと伝えていなかったからなんです。
検討はついているのですが場所が分からなくて」
「何処ですか?」
フェリシテは此処ですと、マティアスに書いて貰った一つを指さした。
「ああ、この場所は正反対の場所ですね。此処からだと距離はかなりありますよ」
「ええ!そんなぁ。こんなに走ったのに」
上気した顔を歪めてフェリシテは思いっきり落胆した。
美人にありがちな取澄ました気取りが無く、飾り気の無い性格の彼女にシャルルは好感を覚えた。
「そこまで行く時間が無いので今回は諦めませんか? 僕が今日の内容は兄上には報告をしておきますから」
「そうですね・・・宜しくお願いします、シャルル王子」
「王子は結構です。シャルルと呼んで下さい」
「それなら私もフェリシテと呼んで下さい」
「はい、分かりました。それではお部屋に参りましょう」
シャルルの講義は宮廷生活には欠かすことの出来ない儀礼や作法の数々だった。
面倒なものばかりでフェリシテも辟易しそうな内容だ。
「シャルル、本当にみんなこんな事やっているの?」
「僕たちは此処で生まれ育っていますから、これらは自然で違和感は無いのですが、一般的には変ですか?」
「変とかそんなものでは無いのだけれど・・・・」
フェリシテもどう表現していいのか分からなかった。
「大丈夫ですよ。王族は何をしても許されます。無礼にあたりません」
「そ、そう言うものなの?」
「はい。知っていてしないのと無知でしないのとでは大きな差はありますけど、兄上などいつも適当ですし」
「はあ〜適当ですか・・・・何となく分かるような気がしますけど」
「あっ、誤解しないで下さいね。兄上は何時もあんな感じですけど、本当は何でもお出来になるのですよ。
それも非の打ち所が無いぐらい完璧に。それをしないだけで・・・・」
シャルルは慌ててユベールの弁解をしていたがフェリシテはそれこそ不快に感じた。
(容姿も完璧で他も完璧ね・・・・要するに出来るのに怠けて何にもしないと言うのね!
それって一番性質が悪いんじゃない!)
これまでのユベールの言動とか態度とか、ちょっとどうかと思っていたが、
それが王国を担う王族の筆頭なのだから女王陛下の苦労が思いやられた。
人を色々評価するのは嫌いだが出来る事をしない人種は好きになれない。しかし―――
(こうなったら徹底的に相手して貰って根性を叩き直してやるわ!)
「私は少しでも早く色々学びたいと思っているから、忙しいみなさんに代わって是非、
ユベール王子にも本気でお相手して頂かないといけませんね」
「本気ですか?そうですね・・・難しいと思いますが頑張って下さいね」
シャルルは兄の事は良く分かっていた。何時も気まぐれで自己中心の兄を一箇所に引き止めるのでさえ難しく、
まして人に何か教える事など最も面倒で絶対にしたがらないのだ。
シャルルは希望に溢れてキラキラと宝石のように輝いているこの人が、
落胆しなければいいのにと祈らずにはいられなかった。
「それでは今日の最後にもう一つですが、王族には許し無く直接話しかけるのは非礼にあたります。
ですから此方が何も言わなければ相手は何も話せませんので気をつけて下さい。
話しかけるか、言上する許しを与えて下さい」
フェリシテは又、肩をすくませて嫌な顔をした。
「またですか?」
とにかく何かと王族が先にするか、許しがなくては出来ないものが多い。
王家は現人神であり何事も権威を象徴しなければならないからだ。
「はい、またです。皆、天の姫からのお声がかかるのを待っていると思いますよ。今日は以上です。
何か質問はありますか?僕は他の方々のように特別抜きん出た才能がある訳でも無いので申し訳ないのですが、
この様な一般常識なら十分教えることが出来ますので頼りないと思いますが遠慮無く言って下さいね」
最後の方は少しうつむき加減にシャルルは答えた。
確かに他の三人が強烈な個性と才能があり、それに比べれば彼は平凡かもしれない。
一番若輩で何かと比べられたりもしただろう。
フェリシテは自分を卑下している様子のシャルルが心配になった。
「シャルル、顔を上げて!私は頼りないとか思わないわよ。誰だって得手、不得手があるでしょ?
私なんかおよそ女の子らしい事が駄目で裁縫をすれば違うところまで縫い付けるし、掃除すれば物を壊して、
料理を作ったら毒を入れたのかと言われて反省房に入れられたこともあるし、もう散々だったのよ!」
「料理を作ったら毒? ぷっ」
シャルルは想像して吹き出してしまった。悪いと思いつつ笑いを噛みしめる。
「そうよ。今回はそれらの習い事が無いから本当に助かったけど。あったら大変! 私は未知な事を知るのと、
身体を動かす事が好きだからどうも女の子らしいのは苦手なのよね。私、男に生まれたかったもの」
「ははは、君が男の子だったら大変だ。天の花嫁 でなくて 天の花婿 になってしまう。
そうなったら僕たちが候補じゃなくて姉上たちが候補になるね」
「ええ! 天の花婿 とかいたの!」
「ぷぷっ、そんなのいないよ!」
「なんだ、驚いた」
二人は顔を見合わせて大声で笑いあった。シャルルは何時も年配者に囲まれて年相応に振舞うことは無かった。
同年輩のいる仕官学校も王族と言うことで自分を律していた。
いつの間にか二人の会話も気軽な言葉使いになっていたようだ。
冗談を言い合って笑いが止まらない二人が気付かないうちにユベールが入室して来た。
何時も控えめで大人しい弟が、扉の外からでも聞こえるような笑い声を上げているのには驚いた。
こんな弟を見るのはたぶん初めてだと思う。
「随分楽しそうだね。何、笑っているの?」
二人は、はっとして声のする方に振り向いた。
気だるげに扉横の壁にもたれかかっているユベールを見つけた。
「シャルル、もう終わった?」
フェリシテは、あっと思った。ユベール王子は次にシャルルが来ると知っていて逃げた確信犯だと。
フェリシテは、つかつかとユベールに近寄って長身の彼を、ぐっ、と見上げた。
「逃げましたね?王子。ご存知だったのでしょう?」
「何かな?さあ、何のことだろう」
「誤魔化されませんよ!明日からは陛下とのお約束通り付き合って頂きますから。逃がしませんよ!
その為にも今からこの場所の案内をして頂けますか? 覚えたいので」
フェリシテは折りたたんで腰のサッシュに挟んでいた、マティアスの王子行動予想書付を広げて見せた。
「何だ、これは!私の何時も行く場所ばかりじゃないか!マティアス?
マティアスの字だな、これは!それも何?この複雑な矢印は」
詳しく見せないようにフェリシテは、さっと引いて再び折りたたんでサッシュの下になおした。
「王子の行動解析表です。今日はあれから風の小塔に行かれていませんでしたか?」
その通りだった。二、三時間ぼんやり昼寝でもして時間を過ごすのには打って付けの場所だった。
自分では裏をかいたつもりでも必ずと言っていいほどマティアスには所在が分かってしまっていたが、
それを文書化して彼女に渡しているとは・・・・
(冗談じゃない!)
「さあ、王子。案内お願いします!」
「ちょ、ちょっと待って。あ、シャルル、君が案内してあげたら?」
「兄上ご希望に副いたいのですが、残念ながら僕はもう戻らないといけませんので」
シャルルは優雅に一礼しながらフェリシテと愉快そうに瞳を交わした。
「王子、観念して下さい!さあ、参りましょう。
ご一緒して頂かないのなら今日逃げたこと陛下に言いつけますよ」
「それはないだろう?シャルル、ねえ助けて君は黙っていてくれるよね」
「兄上、申し訳ございませんが、ご希望には従えませんので行ってらっしゃいませ」
「裏切りもの―――っ」
「さあ、行きましょう!」