第二章 4人の候補者3



 結局ユベールは日が暮れるまでフェリシテに付き合わされてしまったのだった。

しかも自分の隠れ場所を全て把握されてしまった。

ついでにそこの近辺にいる警備中の近衛兵はもちろん、侍女や従僕にいたるまで声をかけていた。
『ユベール王子を見かけたら私まで教えてくださいね』
 と、にっこり微笑んで言うものだから、近衛兵など横のいるユベールが上官の筈なのに

直立不動でご丁寧に剣まで掲げ最敬礼して
『御意!直ちに!』
 と、勢い良く言っていたのだ。きっと目の色変えて見張るに違いない。
 ―――と、言う訳で翌日は朝から真面目にフェリシテの宮殿へ向かうこととなってしまった。

誰もが自分を見張っている気分なのだ。
「おはよう」
「おはようございます!今日はちゃんと来て下さったのですね。ありがとうございます。

今日はオベール公だけですから午後は解放して差し上げますよ」
「はいはい。そうして頂くと嬉しいね」
 すっかり主導権を握られてしまっていた。
 今日のフェリシテは剣術の稽古に相応しい恰好だった。

髪はうなじで束ねてレースやフリルなど邪魔
になりそうな装飾が一切付いてない長着。

両脚はそれぞれピッタリと厚手の生地で包まれて膝まである丈長の靴を履いていた。女性の武官用だろう。

女王の治める王国だけあって女性の武官や警備兵も組織されているのだ。
(あで)やかなドレスも似合うが凛とした彼女にはこういった衣装の方が良く似合っていた。
(まあそれでもあと一、二年でも経てば今の身体とアンバランスな幼さが消えて、

彼女の
(まばた)き一つで幾らでも命を懸けて盾となる騎士達が列をなすだろうな・・・・

馬鹿な男共は幾らでもいるのだから)
 ユベールは昨日の近衛兵達の態度を思いだして嗤った。
「何を笑っているのですか?」
「何でも無いよ。ところで叔父上は?」
「少し遅れると連絡がありました。クスッ。でも可笑しいですよね。王子がオベール公を 

叔父上≠チて呼ばれると公とそんなに歳が違うように見えないから」
「まあ母上とは親子ほど歳が離れているからね。私の叔父と言うより五歳上なだけだから兄みたいなんだろう? 

叔父上は先王がいい年をして若い妃との間に出来た子だし、母上は結婚してから十年目にしてやっと

私達を授かったしね。十年も!大恋愛とか言っていたけど、だいたい王位継承者の自覚が無いと思わないかい? 

十年も子が授からないのなら夫を他にも持つべきなのに。考えられないよ」
 女王ブリジットのこの恋物語は三十年以上も前の事だが庶民の間でも有名な話だ。

ブリジット王女には後に結婚したがセゼール侯爵家のアルフォンスと言う婚約者がいたのにも関わらず

困難な恋を成就させたのだ。

 ユベールの父でもあるノエル・ヴァランは家柄的には一応伯爵家であったが

王位継承者と釣り合う家では無かった。

しかしオラール王国一の騎士で、その功績を認められてブリジットの双子の妹ルイーズ王女の婚約者に

指名されていたのだ。これはルイーズ王女の強い希望でもあった。

だが、ブリジットとノエルはお互い惹かれあい大恋愛の末、とうとう王を説き伏せて結ばれたのだった。

 ブリジットもその後、彼一人を愛して王位継承者には珍しく夫は一人だったのだ。

これがユベールの指摘した継承者の自覚が無いと言うところだろうが・・・・・・
 ヴァラン卿がまだユベールが物心つかない頃に不慮の事故で死去した後は、

元婚約者であったセゼール侯爵アルフォンスの婚約当時から変わらない静かな愛で

女王は悲しみを癒したとの事だった。その候も五年前、病気で死去している。

女王ブリジットは激流のような恋と静かな湖のような愛を与えてくれた二人の夫を生涯愛していると言う。
 王女と騎士の恋物語に薄幸の貴公子の愛。神に仕える女神官たちの間でも憧れる大人気の話だ。

自分達もそんな恋愛をして、この神殿から出て行きたいと夢描いていたものだった。

フェリシテはみんなのように恋愛に憧れは感じてはいなかったが、ユベール王子の意見には反発を感じた。
(夫を何人も持ったほうが良いなんて嫌な言い方!男の人の考え方って本当に嫌い!)
 何だか意地悪を言いたくなってきた。
「王子の意見だと、今やっているのは無駄ですよね?」
「何?どういうこと?」
「私の夫選びのことですよ。候補者の方々どなたでも良いのなら

全員と結婚してしまったらいいじゃありませんか?その中のどなたかの間に子は授かるでしょう?」
 フェリシテはそれなりに自尊心の強いであろう彼に

みんな同じだから私は誰でも良いのよ
と毒舌を吐いたようなものだ。
そして自分の魅力も知らずに蠱惑(こわく)な微笑を浮かべた。
 その表情にユベールはドキリとしたが、所詮、男女の駆け引きなどお手の物である彼に敵うものではなかった。

 ユベールのその色に溺れそうな碧い瞳の底が光った。
「へぇ〜それは良いね。面倒じゃないから私は賛成だな。それで王代行は他の三人に任せていたら良いし、

私は王族としての義務である君の夜のお相手だけさせて貰うよ。

ああそうだ、別に夜でなくても良かった。今から予行練習でもするかい?」
 そう言うなりフェリシテの細い胴をいきなり、グイッと片手で自分に引き寄せた。
「ユベール!私はそのような戯言、承知しない!」
 オベール公爵ギスランが激昂した形相で扉口に立っていた。先ほど到着して、この会話を聞いたらしい。
「叔父上」
 ギスランは抱き合うような二人に近寄って、フェリシテの腕を掴んで引き離すと、

その腕を掴んだまま彼女に腹立たしく言った。
「ユベール!その呼び方は気に入らないと言っただろう。以後気を付けよ!それに〈天の花嫁〉よ、

私は他の者と一列に扱われるのは
御免(ごめん)(こうむ)る!

他の三人と違って私は多いに王権に魅力を感じているのだ。やる気の無いものは捨て置くがいい!

そなたは私を選ぶが良い。いや、選ばせてみせよう!」
「じょ、冗談ですよ。みんなで結婚しようなんて言うのは。売り言葉に買い言葉で、

言っていただけで本心ではありませんから、なあフェリシテ。フェリシテ?」
 人間臭さを感じないユベールをそんなに気にしたことが無かったのだが、

さっきは無防備に彼を挑発してしまった。

それによって
(こうむ)ったのがいきなりの抱擁だった。

硬い筋肉と骨格それは否応無しに男性を感じ、驚愕しているところへ

今度は、猛々しいギスランにももっと強烈な男を感じる。恐怖すら覚え
だ! 
 様子のおかしい彼女に二人は気が付いた。真っ青になって震えている。

 ギスランは掴んでいた手を離し彼女の肩に触れようとしたが、

悲鳴に似た声をあげられて手を払いのけられてしまった。

 そして彼女の周りだけ、まるで空気でも無いかのように息苦しそうにしていた。

何か病気の発作なのか検討が付かなかった。
「医師だ!医師を呼べ!」
 大きな声で指図するギスランの言葉を聞いたフェリシテは、いらないと首を横に振った。

そして何度か大きく深呼吸すると、両手を強く握り締めて震えを止めようとした。
「だ、大丈夫です。ごめんなさい。病気じゃないので平気です」
「平気って言うような顔色ではないようだけど?」
 答える彼女の顔を覗き込むようにユベールが言ったが、フェリシテは意識的に大きく一歩下がって返答した。
「あの、ごめんなさい。言い(にく)いのですけど急に近づかないで欲しいのです。以前、ちょとありまして・・・」

「何?それってもしかして男関係?」

 フェリシテの表情が固まった。当たりだった。
 
 ユベールとギスランはお互いに目を合わせた。


「そなたは女神官であっただろう?神官にそんな不埒な行いをする者がいたのか!」
 憤るギスランの問いに、フェリシテは言って良いものかと困った顔をしたが軽い表現で言った。
「神官ですか・・・・そうですね。あんまり関係ないようでしたけれど・・・

しつこく言い寄って来たのは神官でしたから」
「何?神官だと!何と言うことだ!」
「その神官は 自分が誘われた被害者だ とでも言ったとか?」
「王子、良く分かりますね。その通りです。それで王都からあの女神官だけの神殿に移されたのです」
 フェリシテも随分落ち着いてきたようだった。
 見捨てられた神殿でおよそ不似合いな彼女は、あからさまな男達の欲望にさらされて

嫌な思いをしていたのも確かだろう。

「―――ということはその男は罪に問われることも無くまだ、神官としてのうのうとしているのだな!

神官に有るまじき行いといい、先日のあの神殿での狂乱にしてもだ!神殿はたるんでいる。

全く何をしているのだ!エルヴェ・ガロアは!監督不行き届きもいいところだ。大神官は寝ているのか!」
 ギスランは益々激昂して怒鳴っていた。
「まあ、叔父・・・オベール公。幾ら大神官だと言っても数ある地方の神殿の監視は難しいと言うものですよ」
「それでもだ!今度厳しく申しつける」
 その後、フェリシテを陥れた神官の末路は言うまでもない。




 

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