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第四章 嵐3 ![]()
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その後、暗殺者の気配が消えた。失敗して用心しているのだろう。
ギスランは死んでいないし、その周りで死んだものもいない。
証拠の毒入り菓子は跡形も無く消えてしまった―――
―――それは犯人をかえって慎重にさせてしまったようだった。
しかし進展が無いのでは無く、糸口は掴んでいた。
それは考えられないもので、確定するにはためらわれるものだったのだ。
もう一度、何か動きがあれば間違え無く押さえる事が出来るものと確信している。
数日が過ぎたその日の午後は突然の賓客が王城を訪れていた。
その対応に王宮は慌しく追われていた時だった。王都のはずれの砦から早馬が到着したのだ。
それは女王に宛てられた火急の救援要請だった。
その内容とは妖魔の群れが町を守護する砦を襲って来たとのことだ。
今は凌いでいるが、砦の人員だけで防ぐのは難しいとのことだった。
それを突破されたら砦内の町はひとたまりも無い状況だと言うことだ。
妖魔は少々の攻撃では死なない。傷はすぐ塞がり首が落ちてもすぐ再生するのだ。
再生が間にあわないぐらい徹底的に致命傷を与えなければ殺すことが出来ない。
獰猛で残虐な種族で、ひ弱な人間など軽く引き裂かれてしまうのだ。
すぐさまユベールが呼ばれた。砦の管轄が東だったからだ。
「火急の呼び出しにより参上いたしました」
臣下の礼をとって面をあげたユベールは、何時もは威厳に満ちた母の顔が青ざめているのを見た。
妖魔が出たとの報告を聞いて来たが、女王がこれほど狼狽しているのに驚いた。
「ユベール!そなた何故一緒に行っておらなんだ!」
「どうなさいました母上。そのような取り乱しようは?」
「そなた!フェリシテの今日の予定は知っておろうが!そなたの管轄なのに何故・・・」
ユベールは、はっ、と瞳を見開いた。
「まさか!妖魔が出たと言うのは!」
今日、フェリシテは城外の砦の慰労に出かけていた。
日帰り出来そうな砦や駐屯地など彼女は度々訪れては兵士達を労っているのだ。
その場所に妖魔が現れたと言うのだ。
「フェリシテはまだ聖剣を使うことが出来ない。
開放の呪を覚えただけでは使うことは出来ぬ。ユベール、急ぎ救援に向かうのじゃ!」
その時、後ろから声がした。
「ブリジット女王。私も同行させて頂きたい。その妖魔は私が追ってきたものかと思われます。
聞けば群れない妖魔が群れていると?あの妖魔ならやりかねない」
後ろから現れ玉座の前に進み出て、自分の横に立った人物をユベールは見た。
真っ直ぐな濃藍色の長い髪を背中に流し、
紫水晶のような瞳の冴える美貌―――額に宝玉の環が輝いている。
「レギナルト皇子。それは心強い。お頼み申す」
「女王のご依頼であった件もこれで片付きますでしょう。
聖剣の種類が違うとは言っても一度は見られた方が宜しいでしょうから」
レギナルト皇子と呼ばれた人物は今日突然現れた賓客で隣国のデュルラー帝国、第一皇子。
〈闇の聖剣〉を擁する皇位継承者だ。
近年稀に見ない傑出した皇子だとオラール王国にも名を馳せている。
最近デュルラー帝国にも〈冥の花嫁〉が現れたと聞いていたが、
同時代に天・冥の花嫁が揃うのは大変珍しいことだと話題になっていた。
まるで建国伝説のようだと―――
レギナルト皇子の突然の訪問は、オラール王国に逃げ込んだ上級妖魔を追ってきたとのことだった。
そこで王国での討伐許可と、捜査協力を女王に求めていた矢先だったのだ。
共通の敵である妖魔討伐は両国間の協力の下、強固なものなのである。
女王はその許可と共にフェリシテの聖剣の使い方の伝授を願っていたのだ。
女王は安堵の溜息をついた。
聖剣の持ち主が行けばフェリシテの生存率は高くなるからだ。
砦も簡単に突破される造りでは無い。彼らが到着するまで持ちこたえるだろう。
「頼みましたぞ。レギナルト皇子。横にいる者が、余の息子で第二王子のユベールじゃ。
このものが案内いたす。ユベールしっかり頼むぞ」
「第二王子のユベール殿?貴殿が第二?」
レギナルトは隣国のオラール王国のお家事情は知っているが、
目の前のユベールを初めて見て少し驚いた様子だった。
表情には出さないが紫の瞳が少し細められた。
「初めましてレギナルト皇子。急ぎますので話は道々」
「承知した」
ユベールは焦っていた。こんな所で時間をかける訳にはいかない。
一刻も早くフェリシテの元へ向かうことしか考えられなかった。
(皆、命をかけて彼女を守るだろうが安心は出来ない。
あの跳ねっ返りの事だ、前線に出るかもしれない・・・・今日に限って何故私は付いていかなかったんだ!)
ユベールは疾風のように馬で駆けながら自分の失態に唇を噛みしめた。
王都が王国の中で最も大きな街だが、その周辺は砦に守られた集落が点在する。
妖魔対策の為に町の周囲は堅牢な壁で囲まれ容易に越えられない。狙われるのは砦の外界へ開く門だった。
そこを突破されれば今度は逆に民衆は外へ逃げることも出来ず妖魔の餌食となる。
フェリシテはその要である砦の上にある物見の場所にいた。
急な襲撃でしかも初めて妖魔を見た彼女だったが冷静だった。妖魔はおぞましく人の形とは言えない。
頭のようなものが二つあったり手なのか足なのか分からないものが何本もあったり色々だ。
でも部屋の片隅で震えることなど無かった。勇敢にも防戦一方の味方の兵達を励まし続けた。
そして助けに来てくれると疑わなかった。
砂塵を舞い上がらせながら馬で駆けてくる一団を見つけた。
騎馬隊は妖魔を囲むように一糸乱れず展開して行く。その中に金色に光る髪を見た。
「みんな、ユベール王子が来てくれたわよ!もう大丈夫よ! 王子―――っ。
ユベールお・う・じ―――っ。ここよ!」
フェリシテは大きな声で叫びながら手を力いっぱい振って跳ねた。
ユベールが気付いたと思ったら一層跳ねて名前を呼んでいる。
「あの馬鹿!あんなところで。跳ねっ返りが!」
ユベールは悪態をつきながらも、安堵の溜息を漏らした。到着するまで生きた心地がしなかったのだ。
手綱を握る手が震えて仕方が無かった。まるで自分の指じゃないように感じた。
指先まで血が通って無く鼓動が止まったような感覚だった。
フェリシテの姿を確認出来た時に、一気に鼓動が脈打ち始める感覚に襲われた。目眩にも似た感覚だ―――
レギナルト皇子は横目でユベールの様子を窺った。
そして身を乗り出して手を振るフェリシテを見た。意外と物見の足場は高く無い位置にあり良く見える。
「勇敢で美しい〈天の花嫁〉・・・・オラール王国も安泰であろう。
ユベール殿も果報者であるな。では早速参ろうか」
「私は別に・・・・・」
〈天の花嫁〉は自分のものでは無いと否定するユベールに、
レギナルト皇子は意味深な笑みを向け、眼前の妖魔を見た。
妖魔は全部で小物を合わせて八体。
その中にレギナルト皇子が追ってきた妖魔もいた。それは自分より下級の妖魔を操り群れて人間を襲う。
砦からの軍勢とユベールの騎馬隊で挟み討ちをして今は妖魔達を足止めしている状態だ。
レギナルト皇子は響き渡る堂々とした声でフェリシテに呼びかけた。
「天の姫よ。今から闇の聖剣を使う。特と見られよ」
フェリシテはユベールの側らに騎乗する人物に初めて注意を払った。
王者の覇気に満ち夜の髪色をした姿に息を呑んだ。
「あの方は?闇の聖剣って」
「あ、あれは!デュルラー帝国の皇位継承者であられるレギナルト皇子殿下では?」
側らの将校が驚きに目を見張りながら答えてくれた。
レギナルト皇子は軽やかに大地に降り立つと腰に佩した〈闇の聖剣〉を抜き両手で捧げ持った。
〈闇の聖剣〉は柄に月の紋章が施された鈍い色を放つ銀色に光っていた。
ひと呼吸おいて皇子は聖剣本来の力を解放する呪を詠じ始めた。
「ДЖИУЫГЛ・・・深淵の静寂を破り我は汝を召喚する。
我にその闇の無限と虚を滅ぼす閃きを貸し与えよ・・・・йлФжДП」
呪が終わるに従って聖剣の刀身が白銀に輝き始め、その反対に周辺は光が失われたかの様に、
闇色に染まっていった。しかし妖魔や人々と建物はくっきり見えるのだ。
大気が闇色に染まったと表現したらいいだろう。
呪は妖魔の動きを支配する。その場で身動き一つ出来なくなるのだ。
皇子は聖剣を一振りした。するとその闇を切り裂くように閃光が降り注ぎ、
妖魔達に次々と雷が直撃する。
小物の妖魔ならひとたまりも無い。跡形も無く霧散し断末魔の叫び声が響き渡る。
皇子が動いた。例の妖魔の前で聖剣を構える。
さすがに上級妖魔だけあって力も強く、呪縛の効きも弱い。
皇子は攻撃をかわしながら妖魔に聖剣を突き立てた。
刀剣から雷がほとばしり耳に耐え難い、切り裂くような声をあげて妖魔は絶命したのだ。
それを確認した皇子はまだ白銀に輝く聖剣を鞘に収めた。
すると結界が消え周囲は次第に明るさを取り戻していった。
一軍が総がかりでかかっても斃すことが困難な妖魔を、
瞬く間に消滅させることの出来る聖剣の威力を人々は目の当りにした。
見たこと無いものは驚嘆し〈光の聖剣〉を見たことあるものでさえも格段に違う力の差に戦いた。
ユベールもレギナルト皇子の戦慄する力に感嘆した。
「レギナルト殿、噂通り素晴らしいお力ですね。建国王の再来とか言われる訳だ」
「ははっ、そのような戯言。貴殿こそ太陽神の如きと言われているとか」
「それこそ戯言です。見かけだけですから。しかし貴方は本物だ。
容姿といい、その力といい。我々と違ってデュルラー帝国は安泰でしょう」
「・・・・・オラール王国の継承者は私と同じ歳と言うのに〈沈黙の地〉の封印を施したとか。
私はその当時驚いたものだ。情けないことに私はまだ聖剣を扱えず、
脆弱な父が封印の儀式を共にした。結果、我が国は封印が弱く多くの妖魔が出没する。
素晴らしいことだ。だからあのような不幸が無く、その王子が成長されていたならば、
私など遥かに凌ぐ聖剣の守護者になられたであろう」
ユベールは苛ついた。そんなこと何時も聞かされることだった。
他国の皇子に、それも何か言いたそうに色々言われる筋合いは無いのだ。
「同じことを皆申します。しかし過ぎたことを言っても仕方ありません」
「これは失礼。私も繰言は嫌いであった。気分を害されたなら謝罪す――」
レギナルト皇子が最後まで言葉を結ばず、駆け寄って来たフェリシテを見た。
彼女は皇子を見つめる。フェリシテは聖剣の力を自在に操る彼の姿に感動していたのだ。
「これは困った。そのように美しい瞳で黙って見つめられたら言葉が出ない」
「あっ!申し訳ございません。不躾に見てしまって。髪のお色とかも珍しかったし、
聖剣を使う方は初めてだったので・・つい。大変失礼致しました。
私、フェリシテと申します。今日はありがとうございました」
「正直な方だ。この髪が珍しい? 濃い色が?
確に此処では確かに珍しいが我が国では一般的だ。
私はデュルラーのレギナルトと申す。妖魔討伐のついでにブリジット陛下より、
貴女に聖剣の極意を伝授するように申しつかっている」
フェリシテの瞳が輝いた。
「聖剣の!ありがとうございます。なかなか出来なくて困っていたんです」
「本当に勇敢な花嫁だ。しかしブリジット陛下の発想には驚かされた。
まさか花嫁に剣を使わせることを考えるなど・・・我々では思いつきもしない。
もし思いついても我が国の〈冥の花嫁〉にはとても無理だが・・・・」
「帝国には今〈冥の花嫁〉がいらっしゃるのですか?」
レギナルト皇子が、ふっと微笑んで頷いた。
その笑みは遠い愛しいものを思い浮かべて微笑みかけているようだった。
フェリシテはとても羨ましく感じた。
「貴女は大変だ。聞くところによると求婚者が数名いるとか?
それを聞くと私は幸せ者だ。彼女は私だけのものだったから・・・
だがもし此方のような事情だったとしても絶対に彼女を他の男に渡しなどしない。
そう他の全てを滅しても・・・・花嫁を手に入れるには、それぐらいの心がけが必要だと思うが?ユベール殿?」
「・・・・・・・」
問いかけられたユベールは返答出来なかった。お前は何をしているのだ?
と言われたようなものだった。
レギナルト皇子の〈冥の花嫁〉に対する烈しいまでの想いが伝わる。
揺ぎ無い大帝国の皇子が見せる愛の形だった。
フェリシテは皇子から目が離せなかった。
天と冥の違いがあっても皇統を継ぐ直系の皇子に、何かしら感じるものは同じなのかもしれない。
だがそれよりも自分と同じ立場の花嫁が結婚する相手を知りたくなった。
この皇子と〈冥の花嫁〉の関係が掴めればきっと自分の参考になると思うのだ。
何時までも瞳で追いながら魅せられたように帝国の皇子を見つめるフェリシテに、ユベールは苛立った。
圧倒的な自信と覇気をみなぎらせ、全てを兼ねそろえた男と比べると太刀打ち出来るものはそういない。
(恋に疎いフェリシテでも、あの皇子なら流石に心動かさずにはいられないだろう。
だがそれだけは絶対に駄目だ!許されないんだ)
ユベールはフェリシテが望む幸せのためなら、どんなことでも叶えてやるつもりだった。
それが自分の彼女に対する思いだった。
血脈を守る為、天冥の血は決して混ざることは許されない。
まるで神話をなぞるようだった―――