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最終章 真実2 ![]()
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フェリシテは自室に閉じこもって考えをまとめていた。
今までの言葉一つ一つを思い出してはそれに符合させていく。
そして浮かんできた疑惑を確かめるため再びユベールの宮殿へ向かったが、彼は既に出かけていた。
行動解析表を見てもその居場所は掴めなかった。心乱れたユベールは予測通りには動かなかったようだ。
仕方なくユベールの宮殿の女官達に、戻って来たら知らせて貰うように頼んで時を待った。
知らせは夜も随分遅くなって届いた。
早々に寝床につくフェリシテは着替えもせず、今か今かとその知らせを待っていた。
急ぎ供も連れず最短距離を駆けて行った。
王族の宮殿は王宮の周りを囲むようにあると言っても広い敷地に点在するようなものだ。
ユベールの宮は位置的には隣だが距離はあったので、到着した時は息があがって頬は紅潮していた。
先触れを請わず在室する場所だけ聞き、人払いもした。フェリシテはそっと扉を開いた。
灯りがともされて明るかった。まだ寝るつもりは無かっただろう。寝酒の準備がしてあった。
ユベールは夜着だろうか?ゆったりとした床まで丈がある、しなやかな服を身に纏っていた。
そして窓の外を眺めていた。
月も無い闇夜の外は、いくら目を凝らしても何も見えない筈なのに視線はその闇夜を見つめている。
彼は扉の開く気配に顔を向けることなく言った。
「今日はもう下がっていい。用があれば呼ぶ」
侍女と思っているようだった。フェリシテは、深呼吸をして呼びかけた。
「ジェラール王子?」
ユベールは今日一日中、自分を悩まし続けたフェリシテの声に驚き振り向いた。
しかも彼女は何と言った?ジェラール王子と言わなかったか?
「フェリシテ。どうしたの?こんな夜中に」
「ジェラール王子」
「何?ジェラールがどうしたの?」
フェリシテは、床を蹴ってユベールの胸に飛び込んだ。
そして胸元の服に手をかけると勢いよく左右に引っ張った。
ユベールは彼女の両手を咄嗟に掴んだが間にあわなかった。
留め金が弾けたあとには、滑らかな彫刻のような肌があらわになっていた。
その引き締まり隆起した左胸には金色 に輝く 太陽の刻印≠ェくっきり浮かんでいたのだ。
それは王位継承者の証である刻印。ユベールにある筈の無い印。
ユベールはフェリシテの手を振りほどき胸元を隠した。
しかし・・・・もう遅かった。フェリシテはしっかり見てしまったからだ。
「何故?ジェラール王子。どうしてこんなことを?王子?」
「その名を・・・その名を呼ぶな!その名を呼ぶんじゃない―――っ!」
王子はフェリシテの肩を掴み、狂ったように叫んだ。
「だけど貴方はジェラール王子だわ。私と同じ 太陽の刻印 を持っているのだから。そうでしょう?」
王子はそうゆっくり喋る彼女の胸元に視線を落とし、白い肌に輝く刻印を見た。
そして忌まわしいものから逃れるように、彼女の掴んでいた肩を突き飛ばした。
「―――どうして・・・どうして分かった・・・」
「今日偶然、レギナルト皇子の 星の刻印 を見た時、継承者にも私と同じ刻印があるんだ、
と実感したら思いだしたのです。王子と初めて出逢った湖でのことを。
今思えばあの時、色々問いかけていましたが私がそれを見てしまったのか確認したかったのでしょう?
私はあの時見ていたのにすっかり気が動転していて記憶が抜けていました。
だけど自分の刻印を初めて見た時、何だか見たことがある気がしていました。
それからご存知のように目まぐるしい状況で、すっかり記憶の片隅に追いやっていたみたいです。
私も今、再度確かめるまで半信半疑だったのですが・・・・それでどうしてこうなっているのですか?
私だけ知らなかっただけですか? そうじゃ無いですよね」
王子は俯いて嗤っていた。そして窓枠にもたれてフェリシテを見下ろす。
「迂闊だったな。一番知られたく無かった君に露見するとはね。
知らないよ。誰も、母上でさえも。この十三年間隠し続けたのだから・・・・」
「だから!どうしてそんな事を!」
王子は遠い目をした。その瞳に映るのは深い悲しみなのか、苦しみなのか―――
「私達は鏡に映したかのようにそっくりな双子だった。
でも一つだけ違うのはこの刻印だけ・・・だがこの刻印は全ての立場を分けた。
継承者とそうでない王の子供達とは天と地ほどの差がある。
もちろん母上の愛情は区別などしなかった。しかし周りはそうはいかない。
母上は忙しい。当然ながら全てが人任せになり二人で一つだったような弟ユベールとは差が出てしまう。
自分専用の大きな宮殿から持ち物全てだ。ユベールは羨ましがった。いや、そんなものじゃないな。
私を憎んでいた。全く同じ姿かたちをしているのにと・・・・
それで私はユベールの気が少しでも済むならと何週間か入れ替わったのだよ。
本当に子供の遊びだった。それぞれがお互いの振りをして過ごした。
誰も気付くものはいなかった。そしてあの嵐の日、起こってしまったんだ・・・・」
王子は耐えられないように言葉をとぎらせた。
「・・・・ジェラール王子の暗殺が行われたのですね・・・・」
「―――そうだ。もういい加減に交替しても良いかと思って、訪問を予告して王子宮に行った。
しかもそんな話をするからユベールは人払いをしていた。
部屋を訪れると刺客がユベールを刺していたんだ。そして人形のように弟を私に向かって放りだすと、
嵐の中外へ飛び出して行った。ユベールは私の腕の中で言った・・・
刺客はジェラールを殺しに来たとそして自分はジェラールなんだ、今から死ぬのはユベールじゃない。
ジェラールが死ぬと。だから永遠にこの取替えは終わらせない。
約束して、と血を吐きながら願った。そして怨嗟の声を漏らした。
自分がどれだけ惨めだったか、私をどれほど憎んだかと言った。
だから皆に惜しまれながらジェラールとして死なせてくれと。私は願いを聞くことにした。
そして刻印を消すために部屋に火をかけユベールを焼き、自らの左胸を火であぶった。
今でも皮膚の焼ける臭いとユベールの死ぬ間際の形相が目に焼きついて離れない。
暗殺者への復讐を燃える炎の中で誓った。だがその時私自身死んだんだ。
此処にいるのはジェラールでもユベールでも無い。ジェラールの亡霊だ・・・・・」
重く長い告白だった。話し終わった王子は瞑目している。
「それで全て終わったらどうするつもりだったのですか?」
「全てか・・・私を殺した犯人を見つけて一掃したら、私は行くべきだった所に行く」
フェリシテは瞳をこれ以上ないぐらい大きく見開いた。
「死ぬつもりですね!」
「―――そうだよ。当然じゃないか。私が死ぬ筈だったんだから。
ユベールもそれを望んで待っている。今か今かとね」
「馬鹿――っ。馬鹿じゃないの!死んだユベール王子は間違えられて可哀そうだったと思うわ。
だけどそれを王子が責任感じる必要は全く無いわよ!
子供の時のそんな出来事は深く心に傷を付けたと思うけど、でも死ぬなんて駄目だわ!
ユベール王子が一緒に死んでくれなんて言ってないでしょう?
自分はジェラールとして死にたいと言っただけでしょう?
貴方には生きる権利はあるわ!それなのに何故、死んだ人の分まで生きようとしないの?」
ジェラールは頭を抱えて激しく首を振った。
「君は見て無いから分からないんだ!ユベールの恨みに満ちた瞳を。私を責める瞳を!」
フェリシテはそっと王子の刻印に触れた。
「痛かったでしょう?苦しかったでしょう?
まだ幼かったのに自分で自分の胸を焼くなんて・・・誰にも相談もしないで十三年間も約束を守って」
「ああ、そうだ。この刻印はどうしても消えなかった。火であぶっても数日もすれば元通りだった。
まるで何も無かったかのように輝いた。皮膚を切り取ってもみた。それでも無駄だった。
何度も何度もやってみたが私の行為を嘲笑うかのように傷一つなく戻る。必死に隠したよ!
こんな決定的な証拠を持っていたのだから!これさえ無くなれば私はユベールとして生きていけたかもしれない。
だが否応無しに、私はジェラールだと、この太陽の刻印 が告げる。死んだ筈のジェラールだと!」
フェリシテはその様子が見えるようだった。幼い王子が大人達に隠れて、
自らの胸を血だらけにしながら傷つける様を―――
刻印を消すと言うよりも、自分の片割れのようだった弟への償いの為に、
痛みを与え続けていたのでは無いかとさえ思った。
フェリシテは胸に置いた手を背中に回し、もう片方の腕も回して彼を抱きしめた。
そして頬を胸に埋める。自分より大きな王子を包み込みたかった。
「逃げたら駄目!貴方は臆病者だわ。それに自分だけを愛している。
自分さえ良かったら良いと思っている。それは間違っているわ。逃げないで!」
彼女の喋る言葉はジェラールの胸から響いて身体中に巡るようだった。
「私が自己陶酔型で臆病者?」
「そうよ。だけど十三年間もそれをやり通していて 今更変えられない。
どうしても死ぬ って言うなら、私も連れていって!」
最後の言葉にジェラールは驚いて、彼女の両肩を掴んで自分から引き剥がした。
「馬鹿な!何を言っている!」
フェリシテは、にっこり笑った。迷いの無い瞳で彼を見上げている。
「だって私、王子を選びましたから。興味があると言ったでしょう?
たぶんあの頃からですよ。陛下が言っていました一緒にいたい人を選びなさい と。
本当にこんな気持ちって自然に出てくるのですね。自分でもびっくりしちゃった!
神の啓示のように突然ふっと頭に浮かぶのですもの。私は王子が好き!
だから王子が死ぬと言うなら、どこまでもついて行きます」
ジェラールは信じられない思いでフェリシテを見つめた。彼女は恋も知らない少女だった。
恋を知ったら鮮やかな花を咲かせるだろう、と言ったのはマティアスだった。
「そんな馬鹿な!私が好きだって? どうなったらそんな気持ちになる?
レギナルト皇子をあんなに熱っぽく見つめておいて。私を止める為にでまかせ言っているのだろう?」
「レギナルト皇子? またその話ですか!別に熱っぽく見つめて無いわ。熱心に見ていたのは確かですけどね!
だって私と同じ立場の花嫁と結婚する人だったから、参考にしようと思っただけだもの。
これでご納得頂けるかしら? 私は王子が好きなの!えっと好きだけでは駄目よね?
えっと愛しています!かな? シャルルよりもマティアス様よりもギスラン様よりもよ。
誰よりも!だから他の人達に私を押し付けたりしないで下さい。
そうしていて自分はこっそり死ぬつもりだったのでしょう?
継承者が生きていたら刻印の子は生まれませんものね。
でも私は王子を選んだから、子供が生まれるまで死ぬのはお預けです。
生まれてすぐ両親とも死んでしまうなんて、可哀そうなことしますけど、
後は優秀な私の夫候補の方々にお任せしましょう。うん、それが良いわ!
ねえ、ジェラール王子?ジェラール王子と呼んでも良いでしょう?」
十三年間呼ばれることの無かった名前を呼ぶ愛しい少女。
だが連れて行くことなど出来ない。手酷く振って諦めさせようと思った。
「お前が言ったように私は誰も愛さない自分だけを愛している。自分が私から好かれているとでも思ったか?
だからそんな事を言えば私が喜ぶとでも? 確かにその 豊穣と美の女神 の化身のような体には、
そそられるものがあるが所詮生理的な欲望だけだ。前にも言っただろう?
お前のことなど全く興味は無い。選ばれるのも迷惑だ!お前が死のうが生きようが関係無い!」
ジェラールは自分で言いながら酷いことを言っていると思った。
彼女が嫌がる言葉を選び最低な言い方をしていると。
早く泣くなり、怒るなりして立ち去って欲しかった。
しかしそれは叶わなかった。彼女には全く効き目が無かったのだ。
「王子はやっぱり優しいですよね。そんなに必死に自分が嫌われるように言って、
私が一緒に死なないようにしなくても良いですよ。私に興味無くても全然構いません。
私が好きだからそうしたいだけですから。私は勝手にそうします別に王子の許可なんて必要無いです。
ああ、そうだ!私のお願いがまだ何個か残っていますよね。では、お願いです。
私の自由にさせて下さい。私を止めないで!」
ジェラールは無邪気に言う彼女を見ていられなかった。
顔をそむけ瞳を閉じた。そして唸るような言葉を漏らした。
「何故、何故なんだ。願いは、私を止めるので無く自分を止めるな、
自由にさせろ、なんだ。君は何て馬鹿なんだ・・・」
ジェラールはレギナルトの言葉を思い出した。
『自分の命よりも大切なものが消えようとした時の絶望は、今でも思い出すだけで恐怖する。
本当に失った時はもう遅い』と彼は言った。
(自分の命よりも大切なもの それはフェリシテだ。自己憐憫に浸って、
ただ自分が楽になりたいが為に逃げていた己の命と、彼女の命は同等では無い。
だが彼女はいとも簡単に付いてくるだろう。今のように微笑みながら剣を胸に突き刺すに違いない)
ジェラールはフェリシテが自分の白い胸に輝く 太陽の刻印 を目掛けて
刃を突きたてる様子が目に浮かんだ。
真紅の血が刻印と蜜の香りがする肌を紅く染め上げていく―――
鮮やかに咲いた花が散っていくのだ。血染めのユベールより耐え難い光景だ。
ジェラールの閉じた瞼から涙が溢れてきた。
この十三年間、一度も泣いたことが無かった彼の頬を涙がつたっていく。
「王子。泣いているの?よし、よし。今まで一人で頑張りましたね。
これからは迷惑でも私がずっと一緒ですからね」
フェリシテは自分より大きなジェラールの頭を、子供をあやすように撫でてやった。
彼女はとうとう開いたのだ。王子の からくり箱 を。
そこから出て来たのは十三年前の傷ついた少年の心と、フェリシテを愛する心だった。
ジェラールは笑いだした。迷いから抜け出たかのような明るい声だった。
それから頭を撫でる彼女の手を捕らえた。
「フェリシテ、子供じゃないんだから、よしよしは無いだろう?」
「子供でしょう? 身体だけ大きな子供だわ。私がお母さんになってあげましょうか?」
「それは困る。君が母親になったら結婚出来ないじゃないか」
ジェラールはそう言うと捕らえた手の平に、ゆっくりと口づけをした。
自分の指の間から覗く彼の魅惑的な碧い瞳に、フェリシテはどぎまぎしてしまった。
「あ、あの、えっと、け、結婚してくれるのですね。
そ、それなら陛下に報告しに、い、行かないと。あの、ちょっと手は離して貰えませんか?王子!」
ジェラールは彼女の手を捕らえたまま背中をもう片方の手で、ぐっと引いて自分の胸に引き寄せた。
それから再び手の平に唇を這わせる。
「今何時だと思っている訳?真夜中だよ。報告は夜が明けてからでも遅く無い。
だからこんな夜中にすることは一つだよね」
「駄目―――っ」
フェリシテはそう一声叫ぶと、顔を近づける彼の唇を両手で塞ぎ、押し戻したのだ。
ジェラールは自分の顔から彼女の手を剥がすと不満げに言った。
「駄目はないだろう?君は言ったじゃないか。夫となる人と今度からするって!」
「駄目なものは駄目です。こんなことは結婚してからです!」
「冗談だろう?口づけだけでも?」
フェリシテは真っ赤になって大きく頷く。
「はは・・・・禁欲生活な訳ね。さすが元女神官と言いたいところだけど。
はぁ〜なんか君とのこと考えたくなったな」
「え?王子・・・・」
フェリシテは少し不安そうに彼を見上げた。その瞳をジェラールは見つめる。
「フェリシテ、名前を呼んでくれないか?私の名前を」
「 ? ジェラール? ジェラール王子でいいの?」
ジェラールは再びフェリシテを抱き寄せて、彼女の耳元に顔を埋めて囁いた。
「ありがとう。考えるなんて嘘だよ。もう自分を誤魔化さない。
君を愛している。一緒に生きて行こう。ユベールの分も・・・」
フェリシテは欲しかった二つの言葉に胸が震え、頷く代わりに彼を強く抱きしめた。
それから二人は女王に何と言うのか、今後の犯人捜査をどうするのか、
他にも他愛無い話を続けて夜明けを待つ事となった。
フェリシテは何時の間にか転寝していた。だが朝日が眩しくて瞼を薄っすらと開ける。
「おはよう。フェリシテ」
光りも霞むかのような極上の笑みを浮かべたジェラールが間近にいた。
彼にもたれかかって寝ていたらしい。と、いうか腕の中だった。
起きぬけで状況が把握できず瞳を丸くしている彼女に、ジェラールは小鳥がついばむような口づけを唇にした。
文句を言おうとするフェリシテに彼は おはよう の挨拶だよ、と笑って言った。
ジェラールは穏やかな中にも今までには無かった他を従わせるような覇気をみなぎらせていた。
もう復讐と死の淵ばかりを覗いていた彼では無かったのだ。
それを感じて昨晩のことは夢で無かったことに、フェリシテは胸を撫で下ろした。
後はユベール王子の暗殺を謀った犯人を見つけなければ、本当の意味で終わらないだろうと思うのだった。
ジェラール王子が存命だとすると標的は彼一人になる。
王子はその方が都合良いと言っていたがフェリシテは心配で堪らなかった。
結局は命を狙われるのに変わらないのだからだ。いずれにしても今日の報告後の話になるのだ。