銀の龍3

 程なく宰相家の末っ子が宝珠となったという話題は上流階級に瞬く間に広がった。

血統正しい宝珠の出現と珍しい性の宝珠は否応無しに龍達の興味をそそったのだった。

毎日のように屋敷を訪れて契約を申し込む龍が後を絶たなかった。

ルカドは部屋から一歩も外へ出る事無く誰にも会わなかった。ただ、怯えるだけだったのだ。

今までこんなに注目を集める事など一度も無く、

目立たない存在だった彼にとって手の平を返したかのように

笑顔でちやほやする人達が嫌でたまらなかった。

出来すぎる兄と美人で快活な姉、その影でひっそりと暮らしていたルカドが

生まれてから常に持っていた根強い劣等感がそう思わせるのだ。
 扉向こうで使用人の呼ぶ声がした。
「ルカド様。―――家の――様が、是非お会いしたいとお越しでございますが・・・・」
「嫌だ!僕は会わない!帰ってもらって!」
 ルカドはそう強く言うと、使用人の足音が遠くなったのを見計らって窓際へそっと近づき、

窓枠の影から外の様子を眺めた。

去って行く龍を見る為だ。自分は嫌なのに龍と聞けば心が落ち着かないのだ。

だからつい確認してしまうのだ。

何人こうして断ったのか数え切れ無いのに・・・・
 今日もその後ろ姿を見ながら溜息をついた。違う!≠ニ、何かがそう言っているのだ。
 いつまでこんな日々が続くのだろうと暗い気持ちになってしまう。もう限界だった。
 その私邸の様子は忙しい母ネフェルの耳にも当然入っていた。

ルカドが宝珠となった時点で十分考えられた事態だったが

此処まで騒ぎになるとは予想していなかったのだった。
姿を全く見せない宝珠の噂だけが先走りしているのだ。

姿を現さないから余計に加熱しているようだった。

 事を重大に思ったネフェルは州城でルカドの正式なお披露目を行う事を決めた。

ルカドを衆目に公開すればこの騒ぎもある程度制御出来るのでは無いかと思ったのだ。

それと幼い頃より我が子よりも大切に育てた主でもある公女と娶わせしたかった。

婚約者だった兄のイザヤは当然ながら公女とは面識があったが、

その他の子供達というと公式はもちろん非公式の場でさえも

会わせた事が無かったのだ。

歳が近いのだから遊び相手に出入りさせれば良いと思うのだがネフェルはその行為を嫌ったのだった。

子供を使って公女を懐柔しているように思われたく無かったのだ。

公女は未成年で州公の地位につくのはまだ数年先になるが、

今のうちに龍としての力を溜める必要があった。

その効果的なものとしては当然ながら宝珠との契約が一番手っ取り早いのだ。

しかし公女の地位からして宝珠の質を検討しなくてはならなかった。

そう思っているところへ我が息子ルカドの覚醒―――天の采配のようだった。
「・・・・龍が欲しても宝珠が頷かなければ事は成り立たないが・・・・ルカド、そなたは誰を選ぶ?」
 そう呟いたネフェルの顔は、何時もの宰相の仮面を少し外した母親の顔のようだった。

  

 公女サーラは腹がたって仕方が無かった。

生まれた時から決まっていた婚約者とは言っても相手から


破棄されるなど誇り高い彼女にとって屈辱以外何者でも無かったのだ。
 城の中で会うイザヤは愛想など全く言わない実に面白みの無い男だった。

誰もが何かとかまう自分を完全に無視して、まるで道端に転がる石のような扱いだったのだ。

それこそ腹が立って何かとわがままを言ったものだがイザヤは平然とやり過ごすのだ。

本当に嫌な婚約者だった。
 しかし嫌な元許婚と言いながら本心は表に出る言葉とは裏腹で、知的な大人のイザヤに憧れていた。

その弟が宝珠となって自分に関わろうとしている。

心中穏やかでは無かったし、あのイザヤの弟なのだから否応無しに期待が高まっていた。
 そしてルカドはお披露目の前に、サーラ元へ挨拶に現れたのだ。
「お前がイザヤの弟?」
 思わずサーラは尋ねてしまった。何故ならルカドは想像していなかった風貌だったからだ。

確かに髪と瞳の色はイザヤと同じだが雰囲気は全く違っていたのだ。想像より遥かに―――
「もしかして妹?だったの!」
 目の前に立つルカドの銀灰の大きな瞳は頼りなげに揺れ、楚々とした美少女のようだったのだ。
 投げつけられた侮辱にも取れるその言葉にルカドは驚き顔に血が上った。

その頬を染めた様子がこれまた可愛らしく保護欲をかきたてられる感じだった。
「サーラ様、ルカドは男子でございます」
 横に付き添っていたルカドの母でもある宰相ネフェルが、抑揚の無い声で嗜めた。
「冗談よ。男型の宝珠って初めて見るけど、女型のようにやっぱり綺麗なのねぇ〜女の龍って損よね。

自分より綺麗な宝珠を連れて歩くなんて!男の龍と違って自慢になんかならないわよね。

そう思わない?ネフェル?」
「サーラ様。宝珠は龍の力を増幅する生きた貴石のようなものですから

美醜など問題ではございません。もちろん珠力の価値よりも宝珠の美しさに

重きを置く愚かな龍もおりますが、それこそ弱き者の証明でございます」
 公女は軽く溜息をついた。

そう言う宰相ネフェルは長年この
(けん)龍州(りゅうしゅう)一の美女の名をほしいままにしていた龍だった。

公女の母も美しい宝珠だったがこのネフェルには敵わなかったらしい。

銀糸の髪に銀灰の瞳の彼女は別名氷の女王≠ニ呼ばれていたのだから納得出来ない話だった。

 サーラは母親に似れば少しはましだったのかもしれないが皆が言うには父親似らしい。

別に醜いわけでは無いのだが特別に美しくも無く人並みで、

至って平凡な容姿なので年頃になりつつある彼女にとって、

多少の劣等感があると言う訳だ。
 イザヤからの婚約破棄は少なくとも自分この劣等感に追い討ちをかけていた。

氷の女王≠フ息子だけあって、その良く似た容姿は城中の女性達の憧れの的であり、

その婚約者であったサーラをまだ幼いとはいえ皆は羨んでいたものだった。

それが破棄されたとあっては何と言われるのか想像出来る。

しか
し、その件は当事者である二人と、母ネフェルとの間だけの話で留まっていた。

女性側から断るのならまだしも男側からなど公女の将来にも関わるからだ。

時期をみて公女から破棄という形をとる手筈だった。

サーラは改めてルカドを見た。憎らしいほど可愛らしい―――
「私はネフェルがそうした方が良いと思うならこの子と契約をしても良いわよ」
 その言葉に驚いたのはルカドだった。
(契約!どういうこと?)
 毅然とした輝きを放つこの州で一番高貴な龍を目の前にしてもルカドの心は

違う!≠ニ叫んでいた。
「ぼ、僕は・・・・」
 その時、春の香りがする風がふわりと頬をなでた。
 誰かが入室して来たようだった。
 ルカドは肩越しに振り返り、その誰かを見て声が出なかった。
 運ぶ風はもう春なのにその人物は冬を思わせた。
 凍る湖のような眼差しに、雪原を渡る風のような彼は――兄のイザヤだった。
 突然の来訪に母でさえ驚いていた。

固い決心のすえ、去って行った息子が帰って来るとは思わなかったからだ。

しかし、その瞳は以前より増して強い意思が宿っているのをネフェルは見逃さなかった。
「イザヤ何用か?公女の御前である。先触れも無く無礼であろう?」
 イザヤは頬を赤く染めているサーラにチラリと視線を流したが、直ぐにその視線は母へと戻された。
「失礼は承知のうえでございます。

ご多忙な宰相閣下とお会い出来る機会が見つかりませんでしたので」
「私に用か?」
「はい。手間はとらせません。少しお時間を頂ければ」
「承知した。次の間で待つが良い」
 目礼して立ち去ろうとするイザヤの後ろ姿に公女が叫んだ。
「イザヤ!私に何か言う事は無いの!」
 イザヤは立ち止まり振り向いた。
 その瞳に飛び込んできたのは憤怒するサーラでは無く、弟のルカドだった。
 ルカドはイザヤを見、そしてその声を聞き心が震え、何故か涙が溢れてきたのだ。
 大きな銀灰の瞳から溢れ出る涙は、春の訪れを告げる雪解けにも似ていた。
 イザヤは弟が宝珠として目覚めた事はジェマの知らせで知っていた。

ジェマとは連絡を取り合っていたからだ。
(これは・・・・寄って来る龍も多いだろう。母上も頭が痛いだろうな)
「イザヤ!聞いているの!」
 憤るサーラの声にイザヤは彼女に視線を移した。軽く溜息をつく。
「サーラ様。この場で色々と申し上げるのは支障がございますので、

又の機会にさせていただきます。それではごきげんよう」
 サーラは怒りの余り、次ぎの言葉が出なかった。
 イザヤは軽く頭を下げるとさっさと去って行ったのだ。
 公女は悔しさに涙が滲んできたが、泣きたく無かったので大きく瞳を見開いた。
「ルカド!私が城を案内するわ。一緒にいらっしゃい!ネフェルは用を済ませたら良いわ!」
 さあ、と言って呆然としているルカドの手を無理やり引っ張って行った。
 残されたネフェルは瞳を閉じ眉間に指を当てて溜息をついた。

そして顔をあげると其処には母の顔は無く、

宰相の面となりイザヤの待つ次の間へと向かったのだった。
 イザヤの帰郷の目的は当然ながら反ゼノアの組織がらみだった。

イザヤが加わる事により、たった一冬で完全に体制を整え始動するに至っていた。

その根回しをする為にやって来たのだ。
 用件は唯一つ―――完全なる沈黙。
 味方に組して欲しいと言うのでは無く、沈黙を願い出たのだ。

自州を守る為、敵になる可能性も十分考えられる。

そこを味方でも無く、敵でも無い状態を維持して貰うのだ。

ネフェル達の利点はどちらに転んでも損は無い点だ。

イザヤ達の利点はとりあえず確実な敵では無いというところにある。
 母ネフェルの性格や政策を十分考慮した交渉は難なくまとまったようだった。
 用件が済んだイザヤは早々に消えてしまい、ルカドは無償に悲しくなってしまった。
 お披露目の最中も上の空で、広間に集まった龍達の話など聞こえていなかった。
 その日を境にルカドはいっそう塞ぎ込むようになり、心は遠くに飛んでいるかのようだった。

そんな様子の弟を心配したジェマは何かと気を使ってはいたが、

ある日彼女は言い難そうに話しかけてきた。
「あのね・・・ルカド。こんな状態のあんたを置いて行くのはとても心配なのだけど・・・・

あんたは男の子なんだから大丈夫よね?」
「姉さん?どうしたの?何処かに行くの?」
「うん・・・兄さんの所」
 ルカドは姉のその言葉を聞いて呼吸が止まりそうだった。

靄がかかっていたような思考に、雪を纏ったような兄イザヤの姿が鮮やかに駆け抜けたのだ。
 ルカドは思わず姉の腕に取りすがっていた。
「姉さん!僕も・・僕も連れて行って!お願い!」
「ちょ、ちょっと、連れて行ってと言っても遊びに行く訳じゃ無いのよ。

私は兄さん達の組織の仲間になる為に行くのよ。

分かって無いでしょう?これは命をかけた戦いよ!だから駄目よ!」
 ルカドは戦い≠ニ聞いて、はっ、とした。
(そうだった・・・兄さんは戦っているんだ魔龍王と・・・・)
 争いは怖かった。自分が傷付くのも人を傷つけるのも嫌だった。だが・・・・
「連れて行って!姉さん!僕も戦うから!兄さんと一緒に戦うから!一緒にいたいんだ・・・」
「あんた・・・まさか?兄さんの宝珠になりたいとか?」
 ジェマのその言葉に驚いたのはルカドの方だった。
「兄さんの宝珠?何それ?」
「えっ?違うの?でも・・・無自覚かしら?はぁ〜兄さんじゃ勝ち目無いなぁ〜」
「だから何?姉さん」
 ジェマは呆れ顔で溜息交じりに言った。
「だ・か・ら〜あんたはイザヤ兄さんを自分の龍として感じているって言うことよ」
「えええぇ―――」
「だけど無理よ。兄さんは絶対あんたを自分の宝珠にしないと思うわ」
「ど、どうして?」
「私が仲間になりたいと言ってもなかなか承知してくれなかったのよ。

だいたい過保護なのよ。親代わりのつもりなんじゃない?

ましてルカドあんたは兄さんがと〜っても可愛がっていたしね」
「う、うそ!優しくされた事なんて無いよ!」
「あんたは小さかったから覚えていないだけよ。私なんか羨ましくって我がまま言ったりしたけどね。

だから生きるか死ぬかの戦いにあんたを絶対に巻き込まないわよ」
 ジェマの証言は驚きの連続だった。

遠い存在だった兄が自分をそんなに構っていてくれていたなんて信じられなかった。
「でも、姉さんは結局仲間になるんでしょう?だったら僕も」
「私はカサルア様に直談判しに行ったんだもの。だから兄さんには否と言わせなかったわ」
「カサルア様?」
「あっ、そうか!ルカドは知らないわよね。反ゼノアの指導者よ。

あの兄さんが心酔しているんだからそりゃ素晴らしい方よ」
 ジェマはそう言いながらうっとりとした表情をした。
「じゃあ、僕もカサルア様にお願いするから!お願いだから一緒に連れて行って!」
 我がままなど言った事の無いルカドがそこまで言う事自体珍しくジェマは実際迷った。

だがまるで生きるか死ぬかの様子のようなルカドに負けてしまい同行するのを承知したのだった。





                   
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